冷酷死霊術師とわがまま女神のリスタート 〜殺し合いの因縁を超えた先の、あまりにも短い幸福〜   作:えびふぉねら

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81話 異形の神の挑戦

 まもなく、空が暗く染まり、重い闇が世界を包み込んだ。

 晴れ渡っていたはずのラナスの空が一瞬にして曇天へと変わり、雷を帯びた雲が渦を巻くように侵食していく。

 

 轟き渡るのは落雷か、それとも空間が張り裂ける音だろうか。

 螺旋を描くように影が舞い降り、圧倒的、そして異質な存在がいよいよ降臨した。

 

 それは、「神の掟」を司る三柱の最高神格。

 

 炎、氷、雷――神界から現れた三つの根源的な力を纏う彼らは、まるで世界そのものを制御する絶対的な秩序の化身だった。

 

 その姿を見ただけで居城に宿る精霊たちは一斉に逃げ去り、ラナスの生命たちが彼らの威圧に畏れ跪いているかのようだった。

 

 ドォォン――!

 

 突如居城の天井を雷が貫き、石壁が砕け散る。

 破片が降り注ぐ中、白い衣を纏った三柱の神は見るものを震え上がらせる威厳を携えてシードの前に降り立った。

 

 足元の床は彼らが着地しただけで亀裂が走り、それぞれが放つ魔力の波動が嵐のように吹き荒れる。

 

 しかし、シードは微動だにしなかった。

 

 彼は鋭い銀の瞳で神々を見据える。

 砕け散る瓦礫も、吹き荒ぶ風も一切意に介さず、その表情には冷徹な静寂と、氷のように研ぎ澄まされた覚悟だけを湛えている。

 

「……これが神々の裁きの化身、ですか」

 

 シードは神々を嘲るような冷笑で歓迎した。

 

 三柱の最高神格。炎を纏う者は燃え盛る業火を揺らめかせ、氷を纏う者は周囲の空気を瞬時に凍てつかせ、そして雷を纏う者は――身体の周囲に絶え間なく稲妻を走らせ、雷そのもののように激しく魔力を明滅させていた。

 

 どの存在も一柱で世界を焼き尽くし、凍結させ、粉砕する力を持つ恐るべき神々だ。

 

 しかし、シードはその威容を前にしても冷然と歩を進めるだけだった。

 

「ラナスオルを裁き、そして僕を無へと送り返そうというのが目的でしょう」

 

 冷たく鮮烈な意志を宿した声で言い放つ。

 彼が一歩踏み出すたび、シードの周囲に漂う魔力が膨張し、居城全体に青白く濃密な霊気が広がっていく。

 

 それは無から生まれた異形から滲み出すおぞましい拒絶の波動――神々すら侵しえぬ、異質な存在の証明だった。

 

「……だが、あなたたちが掟を語るならば、僕は掟そのものを否定しよう」

 

 シードの足元から青白い魔力が渦を巻き、石床が次々と砕け散る。

 

「僕は『無』から戻った存在。そして、永遠を生きる異形の神だ。掟を作り、従わせようとするなら――」

 

 銀の瞳が青白く閃き、感情の欠片すらない冷酷な笑みが浮かぶ。

 

「――その掟を作った者ごと、打ち砕く」

 

 その瞬間、彼の魔力がさらに膨れ上がり、肌を刺すような霊気が横溢した。

 力の余波だけで城壁が崩壊し、天井の残骸が雪のように降り注ぐ。

 

 シードは目の前の神々を試すかのように、その手をゆっくりと掲げる。

 指先には異形の魔力が凝縮され、触れればすべてを消し去るような不吉な気配が宿っていた。

 

 シードは冷静に構え、神々を睨み据える。

 鋭利な青銀の瞳には、一切の恐れも迷いもない。

 

「……来るがいい。『神々』よ」

 

 その言葉は最高神、そして神界への宣戦布告そのものだった。

 崩壊する居城の中、青白い魔力を纏う異形の神と、神界の秩序を司る三柱の最高神格が向かい合う。

 

 その場に存在する全てが息を潜め、世界が凍りついたような静寂が訪れる。

 そして、次の刹那――雷鳴とともに、神々が一斉に動き出す。

 

 シードの放つ青白い異形の魔力が周囲を歪ませる中、三柱の神々は微塵の恐れも見せずに前へ歩み出た。

 その足音一つ一つが、すべての次元の神々の理を支配する存在であることを誇示するかのように重く響く。

 

 三柱の神はそれぞれ人の姿をとりながらも、あまりに畏怖すべき存在感を放っていた。

 

 氷の神は白銀の衣を纏い、長く流れる氷晶の髪が透き通るように揺れている。その瞳は底なしの冷たさを宿していた。

 

 炎の神は燃え盛る焔の衣を纏い、歩くたびに床を焦がしながら、獲物を見据える猛禽のような鋭い眼光を向けていた。

 

 雷の神は雲のような白い衣を纏った巨躯に稲光をまとわせ、雷鳴のごとき重低音の声を響かせる。

 

 彼らは神々の頂点、神の掟を律する存在。

 しかし、今ここで向き合うのは無から戻りし異形の神。

 

「なんだ、この異形の存在は。人か? 神か? ……否、どちらともつかぬ、成れの果てよ」

 

 氷の神が冷たい声を響かせると、周囲の空気が一瞬で凍りつく。

 石畳が瞬時に霜に覆われ、シードの足元から冷気が絡みつこうとするが、彼の放つ魔力がその全てを拒絶した。

 

「この者が女神を誑かしたか。女神も随分とその格を落としたものだな」

 

 炎の神が嘲笑混じりに言い放つたび、焔が舌を巻き、周囲の瓦礫を瞬く間に灰へと変えた。

 彼の声には軽蔑と侮蔑しかない。まるでシードの存在そのものが、神々にとっては塵芥でしかないと言わんばかりに。

 

 最後に雷の神が重々しい声で宣言する。

 声が地鳴りのように響くと、余韻となって稲妻が迸る。

 

「無から戻った、とな。世迷言を。無は我ら神ですら存在を保てぬ終焉の闇……」

 

 閃光がシードの周囲を弾け、床に亀裂を刻んでいく。

 雷の神はシードに興味を示すようにさらに続けた。

 

「我らの目的は、罪を犯した女神を裁き、神界へ連れ帰り婢女とすること。神々の慰み者になるというわけだ」

 

 その瞬間――時間が止まったかのように張り詰めた空気が居城を支配する。

 

「……!」

 

 ラナスオルの顔が絶望に染まった。

 

 驚愕に見開かれた紫の瞳に涙が溢れ、頬を伝う。

 震える声でシードの名を呼ぼうとするが、声にならない。

 

 彼女の身体を苛む呪いよりも、今の言葉の方が遥かに彼女の心を抉った。

 

 シードは、三柱の神々の言葉を一言一句聞き逃すことなく冷酷に凝視していたが、雷の神が最後に発した言葉に対し、身体から放たれるおぞましい魔力が異常な程濃密さを増す。

 

「……慰み者、だと?」

 

 短く、残忍な響きすらある一言。

 その瞬間、青白い魔力が波紋のように床を伝い、無数の裂け目を刻む。

 シードが僅かに前に踏み出しただけで、床が悲鳴を上げるかのように軋む。

 

「神々よ、あなたたちは永遠を生きる『力』の象徴でありながら、愚かしい存在だ」

 

 彼の声は冷徹なまま。しかし空気が震えるほどの憤りが滲んでいる。

 かつて何者に対しても無感情だったシードの内側で、確かな怒りが燃え上がっているようだった。

 

 彼の魔力がすべてを押し広げるように膨れ上がり、居城全体を包み込む。

 

「あなたたちが掟とやらに縛られるのは勝手だ。しかし、ラナスオルを裁くと言うのなら――」

 

 徐に手を挙げ、異形の魔力を周囲に放った。

 

「――僕を先に裁してみるといい」

 

 シードの唇が僅かに歪む。

 それは、これから何が起こるのかを確信している者だけが浮かべる、冷酷な笑みだった。

 

「……だがその前に、一つだけ教えておこう。『無』は、終焉の闇ではない。あなたたちですら理解し得ない真の静寂だ」

 

 広げた手のひらから青白い魔力が爆ぜ、煙が立ち込めるように霊気が充溢する。

 銀色の髪が狂ったように舞い、黒衣が大きくはためく。

 

 その姿はもはや神ですらない。掟を打ち砕くために生まれた、異形の化身そのものだった。

 

「最高神の力とやらを、この僕に見せてみるがいい」

 

 その一言が落とされた瞬間、最高神たちの瞳に僅かな警戒の色が灯る。

 雷鳴が轟き、炎がうねり、氷の刃が鋭く煌めく――そして、神々の理を司る神と異形の神の激突が、今まさに始まろうとしていた。

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