冷酷死霊術師とわがまま女神のリスタート 〜殺し合いの因縁を超えた先の、あまりにも短い幸福〜 作:えびふぉねら
氷と炎、二柱の神が同時に地を蹴り、宙を舞った。
彼らの動きは流麗で、互いに相反する属性でありながら見事な調和を披露している。
しかし、そこから放たれる力は破滅の象徴のように荒々しい。
「自ら死を望むか、面白い。相反する我らの力、その身に刻むがよい」
氷の神が冷ややかに告げると、周囲の温度が急激に下がり、重く空気が強張り始めた。
まばたきする間もなくシードの足元から冷気が噴き出す。
白い霧が視界を覆うように広がると、一瞬で石床ごと凍りつかせ、彼の両脚を硬く凍結させていく。
「なるほど……」
シードは動きを封じられたまま、淡々と状況を観察していた。
しかし、皮膚に染み込む寒さと、徐々に脚から上へと広がる凍結の痛みを無視することはできない。
その隙を逃すはずもなく、炎の神が宙を旋回しながら両腕を広げ、神術の構えを取る。
「炎の矢よ!」
炎の神の姿はさながら舞い踊る火の鳥のようで、シードの頭上に圧倒的な灼熱が顕現した。
翼のように広げられた両腕から無数の炎の矢が放たれ、四方八方からシードを包囲する。
炎の一本一本がまるで意思を持つように旋回し、逃げ場を完全に断った。
シードは即座に結界を展開したが、炎の矢の雨は容赦なく撃ちつけ、障壁を突き破ろうとする。
結界の表面が焦げ、石が軋むような音を響かせながら徐々に侵食されていく。
氷と炎――正反対の属性が絶妙な連携を見せる。
(……さすがに少々厄介か)
シードは冷静に状況を見極めようとするが、両脚が凍りついたままでは押し寄せる熱を完全に防ぐことは難しい。
そしてついに――
バキィンッ!
結界が硬質な音を立てて砕け散り、無数の炎の矢が無慈悲にシードの身体に突き刺さった。
それは神である彼の肉体すら容易く貫く、最高神格による地獄の業火。
黒衣が焼かれ、灼けつく苦痛が走る。
皮膚は黒くただれ、熱傷は骨まで達し、焦げた肉の匂いが立ち込めた。
もし彼が人間のままであれば、跡形もなく消滅していただろう。
それでもシードは表情を崩さなかった。
彼の銀灰の瞳は目の前の二柱の神ではなく、少し離れた場所で不敵な笑みを浮かべる雷の神をじっと捉えていた。
(あの者が動かぬ以上、これも序章に過ぎないか)
シードが視線を戻すと、宙を舞っていた氷と炎の神が同時に着地し、間合いを詰め始めた。
「たわいもないな」
そう呟く二神の顔には勝利の確信が浮かんでいた。
氷と炎の神は、身に纏う魔力を増幅させながらシードにとどめを刺すべくじり寄っていく。その殺気は尋常ではない。
「くだらん虚勢を張るな。今すぐ塵へと還れ」
炎の神が嘲笑しながら手を掲げ、とどめの一撃を放とうとした瞬間――
「待て、近寄るな!」
突然、雷の神が雷鳴のごとく鋭い声を上げた。
しかし、その警告は遅すぎた。
「……?」
氷と炎の神がその声に振り返った瞬間、シードの影が伸び、妖しくうねった。
黒く蠢くそれは、それぞれ氷、炎を纏う二匹の蛇を形取り、獲物を見据えるように鎌首をもたげる。
「何ッッ!?」
刹那、蛇は地を潜るように突き進み二神に迫った。
神ですら目で追うことのできない凄まじい速度。
瞬く間に、氷の神には炎の蛇が、炎の神には氷の蛇が絡みつき、全身を異形の魔力が包み込んだ。
「おのれ……呪術かッ!?」
炎の神が狼狽する。
蛇は彼らの体に食らいつき、相反する力によって神の肉体を内部から蝕んでいく。
炎の神の身体の表面には、凍てつく結晶がこびりつくように生じ、氷の神の身体には燃え盛る痣が浮かび上がった。
呪術――その身に受けた苦痛を媒介に発動される魔術。術者固有の効果を持つものが多く、敵を油断させるには効果的な戦術だった。
神から受けた苦痛であれば、それは神罰たりうる威力となるだろう。
「あえて攻撃を受けた理由がこれか……!」
氷の神が苦悶の声を上げる。
二神は相反する互いの力で蛇を振り解こうと必死にもがくが、シードの魔力は思った以上に根深く、蛇の毒のようにじわじわと内部へ侵食していく。
そしてその間、シードは静かに息を整え、足元の氷を魔力によって溶かしていった。
氷が流れ切る間、焼け焦げた皮膚が再生を始める。
青白い魔力が血のように滲み出ると、傷を癒しながら白く残滓をたなびかせた。
「苦しいか? ならばこうすればどうだ」
治療を終えたシードは無慈悲に告げると、手を掲げ軽く指を鳴らした。
次の瞬間、氷と炎の蛇が一気に収縮し二神の身体に深く喰い込む。
「ぬぉぁっ!!」
力の反動が二神を吹き飛ばし、激しく城壁に叩きつけた。
もはや氷の神は冷気を失い、炎の神の身体は燻るように黒い煙を上げているだけだった。
二神はよろめき、肩で荒く息をしながら異形の神を睨みつけた。
だが、シードの青銀の瞳には微塵の容赦もなかった。
「……面倒だ。まとめてかかってくるがいい」
冷酷な一言とともに、おぞましく青白い異形の魔力が再び沸き立った。
その向こうでは雷の神が鋭く彼を見据え、次の一手をうかがっている。
嵐の前の静寂が支配する。
しかし、その静寂はすぐに崩れ去るだろう。
ここから始まるのは、神々の理すら揺るがす狂乱の戦場なのだから――。