冷酷死霊術師とわがまま女神のリスタート 〜殺し合いの因縁を超えた先の、あまりにも短い幸福〜 作:えびふぉねら
「
雷の神が咆哮した。
シードの圧倒的な魔力が白刃となり、幾筋もの銀色の軌跡を生んだ。
刃は衝撃音の連鎖とともに、雷の神を無慈悲に切り刻んでいく。
それはもはや、魔法というより殺意そのものの具現化のようだ。
反撃するいとますら与えない立て続けの攻撃に、雷の神は防御に徹する他なかった。
身に纏う白い衣には無数の裂傷が走り、滴り落ちた鮮血が石畳に滲む。
大きく体勢を崩した彼の顔には、恐怖とも取れる苦痛が刻まれていた。
眉間に皺が寄り、眼窩から止めどなく冷や汗が伝う。
しかし――その口元には不気味な笑みが浮かんでいた。
「貴公がそれ以上抵抗すれば、女神の命は終わるぞ?」
雷の神が低く呟いた瞬間、刃は止まり、場の空気が凍りついた。
「えっ……!?」
ラナスオルの掠れた声が響く。
次の瞬間――
何もない空間から、雷の奔流が生まれた。
それは瞬く間に鎖の形を成し、神の呪いでまともに動くことすらできないラナスオルの身体に雷光を纏いながら絡みついた。
鋭く燃える稲妻が肌を裂き、彼女の白い腕に深い焼跡を刻みつける。
「あ、ぐっ……!!」
ラナスオルの身体が跳ね、声が激痛に歪む。
鎖から放たれる雷撃が全身を駆け巡り、指先から滴る血がシーツを染めた。
「うぅっ……!」
ラナスオルの瞳から涙が零れ落ちた。
それは恐怖や痛みだけでなく、シードの足手纏いとなっている自分の無力感から滲んだものだった。
それでも、彼女は歯を食い縛り必死に絶えていた。
その惨状を目の当たりにした瞬間、シードの銀の瞳が僅かに揺らぐ。
しかし、彼の冷徹な表情は一切崩れなかった。
「……なるほど。僕ではなく、ラナスオルを人質に取るとは」
一見、乱れのない無感情な声。
しかしその裏腹、彼から立ち昇る魔力は明らかに異常だった。
青白い波動と霊気を含んだ異形の力が融け合い、輪郭が陽炎のように揺らめく。
彼はゆっくりと雷の神へ向かって歩を進めた。
その一歩ごとに石畳が砕け、魔力の余波で破片が浮き上がった。
冷酷な足音を響かせ、嘲笑うように口を開く。
「神々の掟を盾に掲げ、自らの力を誇示しておきながら、最後は女神を盾に取る。これが神の威厳……『最高神』のやり方か?」
侮蔑と怒りを滲ませた、氷のように冷たい笑み。
青銀の視線は雷の神を鋭く射抜き、そこには容赦なき残酷さと計り知れない圧力が込められていた。
「だが、あなたのその鎖はあなた自身の雷で成り立っている。つまり……」
言葉を切り、シードはラナスオルの身体を締め上げる鎖に視線を落とす。
「……あなたが存在する限り、その鎖もまた続く」
彼の瞳には冷徹な計算と、狂気に近いほどの冷たい怒りが宿っていた。
空間が再び軋みを上げる。
シードの魔力がさらに濃密になり、雷の神へと押し寄せる憎悪が一層おぞましさを増す。
「……ならば、選べ」
シードは手を上げ、指先に異形の光を凝縮させる。
「むぅっ……!」
雷の神の瞳が揺らぎ、警戒の色を帯びる。
彼もまた直感していた。シードの魔力は、今や異常な領域に踏み込んでいることを。
「あなたが消え去れば、鎖は解かれる。そして、ラナスオルは自由になる」
彼が一歩近づくたび、雷の神の鼓動が早まり、顔に焦りが滲む。
しかしシードの声には容赦の欠片もない。
「それとも、あなたの威厳を守るために彼女の命を奪い、僕とこの地で永遠に争い続けるか?」
「くっ……!」
雷の神は奥歯を噛み締め、怒りと恐怖が入り混じった表情でシードを睨む。
しかし、その眼差しにはすでに迷いが生まれていた。
最高神たる自分が、異形の神の前で恐怖を感じている――。
シードはそんな神の葛藤すら、冷徹な瞳で見透かしているようだった。
「僕は……どちらでも構わない」
吐き捨てられるのは冷たい断罪の声。
指先に集まった魔力が増幅を続け、その限界をも超えようとしていた。
――その時、ラナスオルの必死の叫びが崩れかけた居城に響き渡った。
彼女の声は血の滲むような懇願だったが、雷の神の表情には一片の揺らぎもなかった。
「もう、やめてください……最高神よ、罪を犯したのは私です……。彼は……元は人間でした。私が一方的に彼を愛してしまっただけなのです。どうか彼を傷つけないでください……!」
雷の鎖に縛られた彼女の体は痙攣し、焼けるような痛みが神経を蝕んでいた。
しかし、それ以上に彼女を苛んでいるのは、シードが異形の力を振るうたびに、彼の人間性が失われていくのではないかという恐怖だった。
「シード……もう戦わないでくれ……裁きを受けるのは私だけでいい……!」
紫の瞳は涙に濡れ、それでも必死にシードへ向かって訴え続ける。
しかし、彼はその声に答えず、冷徹に雷の神を睨み据えていた。
青い輝きを灯す銀色の瞳には、純粋な怒りと静寂が宿っている。
雷の神はラナスオルを一瞥し、彼女の懇願を無意味とするかのように冷たく言い放った。
「この者はすでに神を殺している。もはや貴女の犯した罪とは比較にならぬ」
「っ……!」
ラナスオルの瞳から涙が溢れ落ちるが、シードは微動だにせずその言葉を無感情に受け止めていた。
「……神の威厳? と言ったか?」
雷の神がシードへ向き直り、にやりと口角を上げた。
「我々神は……力こそが全て。力ある者が常に頂点に立つ。そのためにはくだらぬ情さえも切り捨てる」
シードはその言葉を黙って聞いていた。
銀の瞳には一瞬、かつての自分自身の姿がよぎる。
力を追い求め、全てを犠牲にし、孤独と虚無に沈んだ日々――。
しかし、その感情をすぐに断ち切り、静かに口を開く。
「力が全て……。あなたのその考え、かつての僕なら理解できただろう」
シードはゆっくりとラナスオルの方を振り返る。
雷の鎖に縛られ、神の呪いに蝕まれ、苦しげに身を縮める彼女の姿。
全力を尽くして滅ぼし合い、そして今は――全力を尽くしてでも守るべき存在。
「だが、今の僕にとって、力とはただの手段だ。力の先に何があるかを見失った時、僕たちは異形となる。それは……僕自身の姿を見れば明らかだろう」
彼は迷いなく一歩踏み出し、雷の神を見据える。
その指先には青白い光が凝集し、一層攻撃的な重圧感を放つ。
「……ラナスオル」
彼は静かに彼女の名を呼ぶ。
その声には、普段の冷徹さの奥に言葉にならない何かが込められていた。
「あなたは裁きを受けると言ったが、それでは何も変わらない。この場であなたを救えなければ、僕がいる意味もない」
ラナスオルの身体が震え、紫の瞳が揺れた。
彼の言葉が、心の奥底に深い想いと葛藤を刻みつける。
「シード……」
――本当は、助けて欲しいと叫びたかった。
しかし、彼女はそれを口にすることができなかった。
涙とともに、喉の奥に押し殺すことしかできなかった。
「力が全てだと言うのなら、僕はその『力』であなたを超える。そして、ラナスオルを奪い返す。それが、僕が果たすべき『使命』だ」
言葉と同時に、青白い光が空間を貫き、雷の神へと一直線に放たれる。
その光は、破壊と再生の狭間で揺らめくように力強く輝く。
雷の神の怒りに満ちた瞳を真正面から貫くために。