冷酷死霊術師とわがまま女神のリスタート 〜殺し合いの因縁を超えた先の、あまりにも短い幸福〜   作:えびふぉねら

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86話 命を賭して

 シードの魔力がさらに増幅し、空間は悲鳴を上げる。

 戦いの余波で居城は半壊し、冷たい風に晒された彼の黒衣は千切れそうな程に激しく翻っていた。

 

 魔力が凝集し、雷の神の頭上に青白い刃が再び形を成す。

 それは全身を縛り上げるような軌道を描き、絡み合い、雷の神の四肢を締め上げていく。

 

「ぬうっ……!」

 

 抜け出そうと身を捩るたび、刃は容赦なく雷の神の肌を裂き、血飛沫が舞った。

 既に全身は傷まみれで、神界を統べる最高神ですらもはや抗う術はなかった。

 

 シードの青銀の瞳が雷の神を射抜く。

 

 彼の右手のひらに浮かぶ最後の刃は、死と恐怖の顕現のように美しく、青白く輝き、今まさに雷の神の命を断とうとしていた。

 しかし、同時に彼の内に潜む呪いが、その殺意を糧として理性を徐々に侵食していく。

 

 自らを蝕んでいく「呪い」に抗いながら、彼は陽炎のようにふらつく足取りで雷の神へにじり寄った。

 

「シード……!」

 

 刃を振り下ろす直前、ラナスオルの呼ぶ声が聞こえた。

 シードの指先が微かに震える。

 

 しかしそれは迷いではなく、異形の魔力に蝕まれつつある己の肉体が限界を迎えつつある証だった。

 身体の内側で冷たい炎が暴走し、亀裂が肌の下を這うように広がっていく。

 

(あと一撃……これで終わる)

 

 異形の力が完全に侵食する前に。

 自分の存在が「呪い」に変わり果てる前に。

 

 だが、シードにはわかっていた。

 

 この一撃を振るえば、自分はもう戻れない。

 この身は完全に呪いと化し、心すら飲み込まれる。

 

 それでもいい。

 たとえ自分が滅びても、すべてを終わらせ、ラナスオルを救うことができるのなら。

 

 ――そう、思った瞬間だった。

 

「バカめえっ! 力とは、こういうものを言うのだァッ!」

 

 雷の神の叫びが響くや否や、シードの頭上の空間が弾けた。

 

 空を見上げたシードの瞳を恐るべき神の威光が覆い尽くす。

 そこに浮かんでいたのは――密かに空間に忍ばされ、長い時間をかけて力を蓄えられた雷の槍。 

 

「……っ!?」

 

 槍は瞬時に雷光に包まれ、強力な神性を帯びた稲妻が切先に集まっていた。

 それは神の魂すら貫く最高神の究極の力――天罰の雷。

 

 槍はシードの心臓を正確に狙い定め、空間が閃光で満たされていく。

 回避も防御も、もう何もかも間に合わない。

 

 視界が白く染まる。

 耳に届くのは、落雷のように鳴り渡る雷の神の勝ち誇った笑い。

 

 槍がシードの命を貫こうとする刹那――彼は静かに目を閉じた。

 

(ここまでか……だが、それでもいい……)

 

 滅びを受け入れる。

 命が尽きるならば、自らの死をもって異形の呪いと化し、最後の一矢を放つ。

 

(ラナスオル……)

 

 シードの脳裏に、幻のラナスオルと人間のラナスオルの姿が浮かぶ。

 彼女たちが命を賭けて彼にすべてを託したのは、きっとこの瞬間のためだったのだろう、と。

 

 

 

 

 ――

 

 

 

 

 ――――

 

 

 

 

『違う!』

 

 

 凛とした声が響いた。

 

 誰のものなのか。

 現実なのか幻聴なのか。

 

 ――わからない。

 

 しかし、気づいた時には彼は宙を舞っていた。

 

 衝撃と柔らかな温もりが、彼の身体を突き飛ばしていた。

 

 彼が目を開けた時、仰向けの視界には砕け散る雷光と暗い空が映り込んだ。

 そしてその端に、長い白髪とドレスが血飛沫と共に舞い上がる光景が見えた。

 

 血の香りが広がり、意識が現実に引き戻される。

 

「私の……運動神経を舐めてもらっては……困る……な……」

 

 痛みに歪んだたどたどしい声がシードの鼓膜を震わせる。

 命の灯火の消えゆく声。それは彼が決して聞きたくなかったものだった。

 

 雷の槍を背中に受け止め、身体を貫かれながら立っていたのは――ラナスオル。

 彼女の白いドレスは瞬く間に赤く染まり、紫の瞳が苦痛に細められる。

 

「……ラナスオル!」

 

 シードは恐怖にも似た衝撃に突き動かされ、瞬時に彼女のもとへ駆け寄った。

 

 崩れ落ちるラナスオルを抱き止めると、血の滲んだ長い白髪が彼の腕に覆いかぶさる。

 

 ぼろぼろの身体は驚くほど軽い。

 

 雷の槍がなおも彼女の背を貫き、残された魔力の残滓が体内で暴れ、その魂を焼き尽くさんとしていた。

 

「なぜだ……なぜ僕を庇った……!」

 

 シードの銀色の瞳には冷徹さの欠片もなく、かつて見せたことのないほどの動揺と苦悩が浮かんでいた。

 

 ラナスオルの紫の瞳がゆっくりと彼を捉えた。

 彼女は薄く微笑み、唇を震わせながら掠れた声を紡ぐ。

 

「君を……守るためだ……」

 

 苦しみの中にも満足げな表情を浮かべながら、彼女の瞳は揺らいでいた。

 だが、その言葉はシードにはあまりにも残酷に響いた。

 

「守る……?」 

 

 なぜ自分を守ろうとしたのか――

 なぜそんな無茶をしたのか――

 

 それが、たった一つの理由に集約されていることに、シードはすぐに気付いた。

 

 ラナスオルが命を賭してまで守ろうとしたもの。

 

 それは、彼女がずっと教えようとしていた、そして彼自身が理解できずにいたもの――。

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