冷酷死霊術師とわがまま女神のリスタート 〜殺し合いの因縁を超えた先の、あまりにも短い幸福〜 作:えびふぉねら
ラナスの世界から女神ラナスオルが去り、シードは新たな守護者として君臨した。
彼の破壊と創造の力によって、ラナスの大地は均衡を保ち続けている。
果てしなく続く緑の平原、空を舞う精霊たち、営みを繰り返す命――すべてが彼の力によって守られていた。
しかし、その中心に佇むシードの姿は孤高そのものだった。
異形の力を纏う彼に近づく者はなく、かつての女神を知る者たちは畏怖を込めて遠くから見つめるのみ。
精霊ですら彼を畏れ、必要以上に近寄ろうとはしなかった。
時折、彼はふと呟く。
「……ラナスオル」
その名前を口にするたび、痛みとともに胸に熱いものが込み上げる。
それは苦しみではなく、かつて彼女と過ごした日々の記憶が力となり、彼を突き動かす感情だった。
――彼は気づいていた。
彼がこの世界を守り続ける理由は、使命や義務ではなく、ただ一つ――彼女と再会するという純粋な願いのためであることを。
どれ程の年月が流れようとも、この静寂と孤独に耐え続けられるのは、彼女が再び命を持ってこのラナスの地に戻ってくるという希望が胸に灯り続けているからだった。
ラナスオルが戻るその日、彼女が何を望むのか、そして彼自身にどんな答えを求めるのか。
それを知るためにも、彼はこの世界を守り抜こうと誓っていた。
大地を見渡し、風が緩やかに木々を揺らす中、シードはそっと銀色の瞳を閉じ、呟く。
「次に会う時は、僕の答えを伝えよう……どれだけの時が流れたとしても」
その声は誰に届くこともなく、空に散った。
やがて訪れる再会の日を信じて、彼は歩き続けるだろう――。
* * *
神界――自分の世界を持たない神々が住まう地。
次元を隔てた遥か彼方に存在するその世界は、かつての最高神を失い、秩序の崩壊と混乱の渦中にあった。
神々の掟を司る絶対的存在が滅び去り、その掟と呪いは永遠に消えた。
しかし、ラナスの二神の「罪」は、神界からも消えることはなかった。
最高神を滅ぼした異形の神と、「無」を生み出し消え去った女神。
神界の神々の間で、シードとラナスオルの存在は禁忌のように語り継がれていた。
愛の名のもとに神を殺し、掟を打ち砕いた――その罪は、神界の混沌と欲望に火をつける。
残された神々は新たな力と支配の象徴を求め、互いに牙を剥き始めていた。
* * *
噂が広がる。
「ラナスの守護者――異形の神、シードを斃した者には最高神格が与えられる」
その言葉は神々の間で瞬く間に広がり、欲望に飢えた者たちを狂わせた。
元は人間であったシードの神格は、神として「正常な形」ではない。
ゆえに、たとえ神であれ彼を殺すことは罪とされなかった。
むしろ、神々にとってそれは新たな権力を手にする正当な行為と見なされるようになっていった。
* * *
そして――ラナスに神々が襲来する。
無数の神々が次元の裂け目を通り抜け、ラナスへと舞い降りた。
彼らは一様に狂気の瞳を輝かせ、埒外の神であるシードに神罰を下すべく襲いかかる。
しかし、シードはそのすべてを斃し続けた。
彼の銀色の瞳には、怒りも憎悪も宿っていなかった。
ただ冷徹に、淡々と侵略者たちを破壊する。
青白い異形の魔力が荒れ狂い、
こうして数百年、数千年と続く中、ラナスの大地にはおびただしい数の神々の屍が積み上げられた。
それらの魂が再誕の循環に戻ることを許さぬため、彼は死霊術を用いて縛り付け、自らの力とした。
シードを滅ぼそうとした神々は、今や彼の従僕としてその足元に跪き、ラナスを守るための道具として使役されている。
* * *
ラナスは守られた。
しかし、その守護者の姿は、かつてラナスオルが愛した「人間らしさ」を完全に失っていた。
人々は、彼を「死と恐怖の神」と呼んだ。
女神が祝福した世界。
だが、そこに生きる人々は彼に祈ることすらしない。
遠くから畏れ、震えながら、ただひれ伏すだけだった。
彼の存在は、救済ではなく恐怖そのものだった。
かつて愛を知った者が、その反動のように孤独と罪の深淵に沈む。
神々を殺し続けた罪、守るべき世界の人々の畏怖……それらのすべてが、シードの肩に重くのしかかる。
それでも、シードは立ち止まらなかった。
その背に向けられる人々の怯えた視線も、無数の神々の骸も、すべて無意味なものに思えた。
彼がこの世界を守る理由は、もはや人々のためではない。
それはただ一つ――
ラナスオルが還る場所を守るため。
何千年でも、何万年でも、彼女が再び世界に生まれ落ちるまで。
それだけのために、彼はこの呪われた力を振るい続けている。
彼は静かに空を見上げた。
神々の襲撃が収まる気配はない。
次元の裂け目から、また新たな光が降り立とうとしている。
終わりの見えない侵略の連鎖。
彼は鋭い銀の瞳でその輝きを睨みつけた。
「終わりが来るまで、僕はただ――」
誰にともなく呟いたその声は、虚空に吸い込まれ、届くことはなかった。
いつか還ると信じた彼女のために、死と恐怖の神は孤独な戦いを続ける――。