冷酷死霊術師とわがまま女神のリスタート 〜殺し合いの因縁を超えた先の、あまりにも短い幸福〜   作:えびふぉねら

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94話 幕間 結婚式の記憶

 居城の最上階、見晴らしの良い天窓付きの大広間。

 

 ここには客人も神々も、神父もいない。

 精霊たちがそっと見守るだけの、二人きりの秘密の結婚式が執り行われようとしていた。

  

 午後の陽光が長く伸びる回廊に差し込み、白いカーテンの隙間から入る風が微かな音を立てて吹き抜けていく。

 

 シードは石の階段を上がり、ラナスオルの待つ大広間へと歩を進めていた。

 そこは普段魔術の儀式などに使われる場所だが、今日は花々が飾られ、神聖な雰囲気で満たされている。

 床には白い布が敷かれ、天井から吊るされた灯火が祝福の光を湛えて揺れていた。

 

 ラナスオルは彼の姿を認めると、頬をほんのり紅く染め、目を細めた。

 

「……遅い」

 

 そう言いながら彼女は一歩近づき、胸元の飾りを直す。

 正確には、彼女が予定より早く来すぎただけなのだが。

 

 ラナスオルが纏うのは、白銀の装飾が施された純白のドレス。

 動きに合わせて何層にも重ねられた薄絹がふわりと舞い上がり、背に流れる透明なヴェールが、白髪とともに風にそよいで光の粒のように輝く。

  

 普段は圧倒的な威厳に満ちた彼女が、儚さすら感じさせる一面を垣間見せる装い。

 

 シードは相変わらず無表情だったが、不器用な銀の瞳にはその姿が胸を締めつけるほど美しく映っていた。

 

 一方彼は、普段の黒衣を基調としながら、今日は少し格式高い式典服を纏っていた。

 深紅の刺繍と漆黒の絹の長衣が重ねられ、威圧感と気品を漂わせる。

 胸元には、ラナスオルが用意した紫の花飾りが一輪添えられ、彼の冷徹な佇まいに唯一の温もりを与えているようだった。

 

 黒と白――闇と光。

 対照的な衣装でありながら、二神が並び立つ姿はどこか懐かしさすら漂う。

 

 シードは無言のままラナスオルをじっと見つめていた。

 美しい装いだけではない。それを纏う「彼女」自身を確かにその目に焼きつけるように。

 

 ラナスオルは視線を泳がせながらぼやくように言う。

 

「……じろじろ見ないでもらおうか……」

 

 遮るような声音だが、彼女の目が語る言葉をシードは見抜き、淡々と感想を述べた。

 

「あなたはどんな装いでも美しいです」

 

「……っ。そ、その……もっと、気の利いた褒め方はないのかね……!?」

 

「……今のあなたは、ただ美しいだけではありません。ラナスがその中心に称えるべき理想そのもの。僕がどれだけ言葉を尽くしても……あなたの魅力の半分も伝えられないでしょう」

 

「そ、そこまで褒めろなんて……誰も言っていない……」

 

 小声でそう返すのがやっとだった。

 

 

   * * *

 

 

 気を取り直したラナスオルは腕を組み、部屋の真ん中で足をトンと鳴らす。

 

「花は私が用意したし、飾りもつけた。だが、肝心の神父役がいないではないか?」

 

「……僕たちが神である時点で、その役は形骸化していると思いますが」

 

「冷静な指摘はやめたまえ。雰囲気というものがあるだろう」

 

「雰囲気……ですか」

 

 そう言うとシードは指を鳴らし、書斎から分厚い書物を召喚した。

 

「では、一応形式に従いましょう。『フィガロ・フリアライズ神典・婚姻の章』より、誓いの文を抜粋して朗読します」

 

「やめろ、それは重すぎる!」

 

 ラナスオルは半ば本気で本を取り上げ、ぽんと彼の頭に乗せた。

 

「君という男は……何にでも真面目に取り組めばいいという訳ではなかろう。今日はもっとこう……軽やかに、甘く、だな?」

 

「軽やかさと甘さ……僕の専門外ですね」

 

「はぁ……もういい」

 

 ラナスオルが呆れたように笑って仕切り直すと、二人は向かい合って立つ。

 誰が司式をするわけでもない。ただ静かに視線を交わすだけだ。

 

「それで……どう進めるのが正しいのだ?」

 

「人間の風習では、誓いの言葉を述べ、指輪を交換するのが一般的です」

 

「ふむ。誓いの言葉は……私からでいいか?」

 

「どうぞ。あなたが主導されることに異論はありません」

 

「……ふふ、さすが従順な夫だ」

 

 ラナスオルは上目遣いでにやりと微笑む。冗談めかした声だが、照れ隠しのようにも聞こえた。

 彼女は、少し緊張した面持ちで右手を胸に当てる。

 

「……私は、神としてではなく、一人の存在として……君と在りたい。君の隣でこの永い時を刻み、怒り、笑い、そしてともに『答え』を見つけていこう。君のプリンを勝手に食べず、何かあってもすぐに右手を振るわずまず話し合いから……これが私の誓いだ」

 

「……後半、具体的すぎませんか?」

 

「君との暮らしで学んだことだ。私なりの愛情表現さ」

 

 ラナスオルは肩をすくめ、いたずらっぽく笑う。

 

「さあ、次は君の番だ」

 

 促され、シードは銀色の瞳でまっすぐに見つめた。

 いつもの冷静な声で、呪文のように淡々と誓いの言葉を紡ぐ。

 

「僕は……完璧ではありません。無愛想で、感情の扱いにも不慣れです。ですが、あなたと生きるこの時間を誇りに思っています。あなたの傍に在り、守り続けること、それが……僕の願いであり、誓いです」

 

「シード……」

 

 ラナスオルは顔を赤くし、思わず目を逸らしてしまう。

 そんな様子を見て、シードは少しだけ口角を上げながら付け加えた。

 

「……それと、プリンについては、容器に名前を明記することで、今後の衝突を防ぎたいと考えています」

 

「っ! それは余計だ!!」

 

 ラナスオルは恥じらいながら声を張り上げた。

 不満げに口を尖らせつつも、最後には笑顔がじわりと滲む。

 

 言葉を終えると、シードは小箱から指輪を取り出し、ラナスオルの左手薬指に嵌めた。

 白い宝石があしらわれた銀色のそれは、数日前に彼が町のアクセサリー職人に注文していたものだ。

 魔法の力が込められているわけでもない、平凡な指輪。

 

「ふふ……」

 

 ラナスオルが愛おしそうに眺めると、彼女もまた小さな金属の輪を取り出す。

 創造の力で生み出された、なんの変哲もない結婚指輪。

 

「寸法が合っているといいのだが……君の指は冷たいし、骨ばっているから測りにくかった」

 

「……冷たい、は余計です」

 

 まるで先ほどのやり取りの言い返しのような言葉に、ラナスオルはくすりと笑う。

 そして彼の指にそっと指輪を嵌めた。

 

 ラナスオルの細く白い指がシードの左手に触れた瞬間、指輪から仄かに光が溢れた。

 

 二人は互いの手を取ったまま視線を重ねる。

 風が天窓から吹き込み、純白のカーテンが祝福するかのように大きくたなびいた。

 

「……では」

 

 ラナスオルが頬を赤らめたまま小さく呟いた。

 言葉はないが、何か言いたげに紫色の瞳で彼を見つめている。

 

 司式者も聖句もない、自分たち以外の神々すらいないこの結婚式において、人間の文化を真似た象徴的な行為。

 

 シードは一歩近づき、手を離さずそっと顔を寄せる。

 

 ラナスオルは目を伏せ、小さく息を呑んだ。

 そしてほんの少し、首を傾ける。

 

 そして――

 

 触れるか触れないかの距離で、シードは彼女の唇に静かに口づけを落とした。

 

 長くはない、甘い刹那の時間。

 それでも、交わされたキスは言葉以上に深く、二人の誓いと愛を物語っていた。

 

 その時、居城に吹き込む風に乗ってどこからか花びらが舞い込んでくる。

 それは今日この式を見守る、精霊たちの小さな祝福。

 

 唇を離すと、ラナスオルは視線を逸らして少しだけ顔を赤らめた。

 そして、ぽつりと小さく呟く。

 

「……今のは、ちゃんと軽やかで甘かった」

 

「それは……良かったです」

 

 シードはほとんど表情を変えないまま、握る手にそっと力を込めた。

 ラナスオルはその手を握り返しながら、いたずらに問う。

 

「……どうだ、これで私たちは正式に夫婦だ。感想は?」

 

「特に変化はありません。ただ、悪くはないと思います」

 

「君らしい感想だが……せめてもう少し情緒のある言い方はできないのかね?」

 

「……今はまだ、言葉にするには早すぎる気がします。ですが……きっと人間はこういう時『幸せ』と言うのでしょうね」

 

 ラナスオルはその返答に肩をすくめて、嬉しそうに微笑んだ。

 

「ふふ、上出来だ。……ありがとう、シード」

 

 彼女の言葉に、シードは目を細めながら応えた。

 

「……こちらこそ、ラナスオル。これからも、あなたとともに」

 

 その言葉を最後に、二人の距離はそっと縮まる。

 

 誰に知られることもない結婚式。神々すら立ち入らない、二人きりの誓い。

 それでも――ここに、ラナスを守る神の夫婦が誕生した。

 

 世界が滅びようと、再び離れ離れになる運命が訪れようと。

 

 この一瞬だけは――永遠に続く。

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