冷酷死霊術師とわがまま女神のリスタート 〜殺し合いの因縁を超えた先の、あまりにも短い幸福〜   作:えびふぉねら

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96話 甘い論争とプリンの行方【後編】

 その夜、居城のキッチンの奥からなにやら器具がぶつかるような音が響く。

 普段は神聖で荘厳な雰囲気を纏う城内に似つかわしくない、どこか慌ただしい気配。

 

 音の発信源はラナスオルだった。

 

 彼女はドレスの袖をきっちりまくり上げ、エプロンを身につけながら慣れない手つきでボウルと格闘していた。

 その姿は、世界を創造し破壊する力を持つ女神とは思えないほど、ぎこちなくも健気だった。

 

「さて……砂糖、卵、牛乳を混ぜて……これでいいのか?」

 

 ラナスオルはレシピを手に、小声でぼやきながら材料を混ぜ合わせていく。

 額にはうっすらと汗が滲んでいるが、紫色の瞳は真剣そのもの。

 

「彼がどうしてあのプリンにあそこまでこだわるのか……本当にわからない……」

 

 とは言え、シードが楽しみにしていたプリンを奪ったのは確かに自分。

 だからこそ、その代わりに自分の手で作ることで、少しでも償おうとしていた。

 

 もっとも、本人にその自覚はなかったかもしれないが――。

 

 カラメル作りに取り掛かった彼女は、鍋の中で煮詰まっていく砂糖をじっと見つめていた。

 しかし、タイミングを誤ったのか砂糖はあっという間に焦げつき、煙が僅かに立ち上る。

 

「……うむ、香ばしいな」

 

 鼻をつくほろ苦い匂いを気にも留めず、彼女は満足げに頷く。

 そして何事もなかったかのようにプリン液を型に注ぎ、慎重な手つきで蒸し器にセットした。

 

「ふふ、これで彼も私の腕前を認めざるを得ないだろう。神が本気を出せば、プリンなど造作もない!」

 

 自信に満ちた笑みを浮かべ、勝利を確信したかのように胸を張った。

 そしてプリンが蒸し上がるのを待つ間、堂々とキッチンを後にした。

 

 きっと、彼女は完璧なプリンができると信じて疑わなかったのだろう。 

 

 

   * * *

 

 

 しかし、翌朝――。

 

 キッチンのテーブルには、彼女が作った特製プリンが鎮座していた。

 その威容(?)を目にしたシードの銀色の瞳が、呪物でも見るかのように歪められた。

 

 表面は妙に硬くひび割れ、カラメルは黒く焦げ付き、プリン全体が微妙に傾いている。

 ふわっと漂う香りも、なんとも形容し難い、何か独特な苦味が混じっていた。

 

「……ラナスオル、これは?」

 

 シードの声がほんの少しだけ震える。

 普段ほとんど動かない彼の表情筋だが、今は僅かに引き攣っているように見える。

 

 その問いに対し、ラナスオルは満面の笑みを浮かべながら誇らしげに答えた。

 

「ああ、これが君に食べてもらうための特製プリンだ。文句はあるまい?」

 

 屈託のない笑顔が、余計に罪深い。

 

 シードは無言でスプーンを手に取ると、恐る恐るプリンに差し込んだ。

 だが、スプーンに返ってきたのは硬い手応えだった。

 

「……これはプリンというより、もはや何か別の創造物のようですが……」

 

 彼の冷静な指摘に、ラナスオルはそっぽを向きながら不満げに答える。

 

「文句があるなら食べなくてもいい。君のために作ったというのに、何という失礼な感想だ」

 

 シードは少しだけ息をつき、改めてスプーンを手に取ると、一口すくって口に運んだ。

 

 一瞬の沈黙――。

 

 カラメルは確かに焦げているが、ほんのりとした甘さが不思議と口の中に広がる。

 

「……味自体は悪くありません。ただし、改良の余地があるようですね」

 

 シードは率直にそう評した。

 すると、ラナスオルは腕を組みにやりと笑う。

 

「ほう……ならば、次は君が作る番だな。今度は私が審査してやるよ」

 

 その挑発的な言葉に、シードは僅かに眉を上げた。

 驚きというよりも、彼女の無邪気さに呆れたような表情だった。 

 

「僕が……ですか? それはまた、厄介な挑戦状をいただきましたね」

 

 そう返しつつも、シードの声はどこか柔らかかった。

 プリン一つでここまで張り合える関係が、妙に心地よく思えたのだ。

 

 

   * * *

 

 

 こうして、二人の間に「プリン作り」という些細な共通の「楽しみ」が生まれた。

 

 威厳ある神としてラナスを統治する夫婦も、こんな穏やかな時間を共有することで、互いの距離をさらに縮めていく。

 

 次のプリンも失敗するかもしれない。

 でも、そんな失敗すら二人にとっては、愛おしい日々の一部なのだろう。

 

 ――夫婦喧嘩の結末は、甘いデザートとともに。

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