ひねくれ高学歴ニートの幼馴染   作:束田せんたっき

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必要なのは、現実に向き合うひとかけらの勇気

 労働において最も避けるべきことの1つに、能力以上に仕事を抱え込むことがある。そしてどうやら、俺は自身の能力を見誤ってしまったようだった。

 

 目覚めると、見知っている天井が見えた。俺の部屋だ。

 やにわにソフィアが視界に入り込んだ。頬が紅潮し、目にはいっぱいに涙が溜まっている。今にも泣き出しそうな彼女の肩を叩こうとして、俺は顔を歪めた。右手に鈍痛が走る。

 

「ああ、良かった…… ウィルぅー!」

 

 抱きしめてくるソフィア。俺はたまらずうめき声を上げた。

 

「あだだだだ!」

「あっ、ごめんよ。痛かったよね」

 

 はっとしたソフィアが離れた。文句の1つでもいってやりたい気分だったが、まずは現状を把握することが先決だ。俺が口を開くと、果物を持ったリズが部屋に入ってきた。

 

「あ、目覚めたんですか。気分はどうですか?」

「最悪だ」

「でしょうね。何せ高い木から落ちたんですから」

「はあああ!?」

 

 混濁する意識から無理矢理今日の出来事を引っ張り出そうと試みる。しかし、すべて徒労に終わった。いまいち何があったのか思い出せない。

 そんな俺の様子を見かねて、リズはリンゴの皮を剥きながらいった。

 

「覚えていませんか? 昨日、庭の剪定をやってもらっていたんですけど、あなた落っこちちゃったんですよ。お医者さんは過労のせいだろうっていってました。あと、右腕骨折してるので安静にしてくださいね」

「そうだったのか……」

「ソフィアさん、あなたがここに担ぎ込まれてから付きっきりで看病していたんですから。ちゃんとお礼いってくださいよー」

 

 そういうと、リズはウサギ型にカットされたリンゴを残して去って行った。この後にも商談があるらしい。ロージンズの若頭は忙しいようだ。

 俺は所在なくベッドのそばに佇んでいる居候に向き合った。

 

「ありがとうなソフィア。看病してくれて」

「い、いやこれぐらいボクの立場ならやって当然というか、こうなったのはウィルに甘えていたボクのせいっていうか…… 医者の手配とかもリズミカルゴリラさんが全部やってくれたし…… ボクはほんとにただそばに居ただけっていうかブツブツ……」

「リズミカルゴリラ?」

「あ、いやあのリズ! ボクのフレンドいたでしょ? あの人が実はリズさんだったんだよ」

 

 リズはリアルのみならずゲームでも有能だったらしい。流石である。

 彼女の置いていったリンゴを食べようと身をよじって左手を伸ばす。たちまち俺は眉をしかめた。痛え。

 

「無理しないでよ。ウィルは寝てて。ボ、ボクが食べさせてあげるから」

「いや、そこまでしてもらうのは」

「遠慮は要らないよ。ボクとキミの仲じゃないか。口開けて、ほら……あ、あーん」

 

 なぜか自分も口を開いてリンゴを突き出してくるソフィア。勢いに流された俺は、結局こっ恥ずかしい態勢でそこにあったリンゴを平らげたのだった。

 

 治癒魔法が体系化された現代においても、そう簡単に快癒することはないようである。伝説の聖女ならいざしらず、片田舎の町医者の腕では全治に3か月を要するという。当然、治るまで家事はおろか庭仕事なんてできるわけがない。

 いきなり無収入となってしまったが、金銭面に関してはジェインが預けてくれた金でどうにか食いつないでいけそうだった。本当は手を付けたくなかったが、背に腹は代えられない。

 身の回りの雑事に関しては、意外にもソフィアが八面六臂の活躍をした。以前の食っちゃ寝のぐうたら生活からは想像もできないほどてきぱきと働くようになったのだ。もちろん、慣れていないので失敗は多いし詰めも甘いが、それでも非常に助かったのには変わりない。

 

 ソフィアの絆創膏だらけの指を見ながら、俺は彼女が作ってくれたスープを飲んだ。甘い。どうやら、砂糖と塩を入れ間違えたようだ。そんな古典的な間違いするか普通。

 

「ど、どうだい……?」

 

 緊張した面持ちで、コック長が上目遣いに訊いてくる。野菜は中心まで火が通っていないし、馬鹿みたいに甘ったるいが、俺は一気にそれを飲み干した。

 

「うまい」

 

 途端に満面の笑みを浮かべるソフィア。本当に目の前の人物があの学歴厨と同一人物か疑いたくなる。

 

「そうだろうそうだろう。まあ、ボクにかかればざっとこんなもんさ」

 

 俺に続けてスープを飲んだソフィアが、苦し気にむせた。涙目でこちらを睨みつける。

 

「ケホッケホッ、だ、騙したな!」

「いや、お前が一生懸命作ってくれたもんが不味いわけないだろ」

「ま、またそんなこと…… い、いっておくけどボク以外にそんなふざけた口は利かないことだね。ボクは賢いからわかっているけど、節操なくいってたら勘違いするバカ女が出てきちゃうかもしれないしブツブツ……」

「はいはい」

 

 ソフィアの献身的なサポートの甲斐もあってか、順調に俺の腕は回復へと向かっていった。

 日常生活に支障がないほど治ってきた頃、ソフィアが突然外出したと思うと、ばっさりと髪を切って帰ってきた。驚いてその理由を訊いてみてものらりくらりとかわすので、昔彼女がジェインに泣かされたときの話を始めたらすぐに白状した。

 

「り、履歴書に貼るための証明写真を撮ってきたんだよ。いくらボクが優秀でも、身だしなみでなめられたらたまったものじゃないからね」

「お前、どうしたんだよ。昨日変なものでも食ったか?」

「昨日はボクの作ったグラタンだったじゃないか! そんなにボクが就活しているのがおかしいのかい!」

 

 働いたら負けとかのたまっていたようなソフィアである。これは明日は槍が降るのではないだろうか。

 

「悪かったって。ソフィアががんばってるのが嬉しくて、つい。今日は俺がグラタン作ってやるから」

「またグラタンかい? まあ、ウィルのグラタンは毎日食べたって飽きないけどさ」

「そうかよ」

 

 ソフィアは真剣な表情でぽつりと呟いた。

 

「それに、ウィルが倒れたときに思ったんだ。互酬性だとかそんなこと関係なく、この人のために何かしてあげられるような人間になりたいって。だって、キミは初めてダメダメなボクをありのまま受け入れてくれたから。だからボクは……!」

 

 そこまでいって、唐突に手を口に当てたソフィアは赤面して黙り込んでしまった。

 

「だからボクは?」

「うるさいうるさいうるさい! 本っ当にキミってやつは……! だからこんな年になっても恋人の1人もできないんだよ!」

「そのことはお前に関係ないだろ」

「そ、そうだね…… そうですとも……!」

 

 その後、俺が仕事に復帰した時期と時を同じくしてソフィアの8つ目の職場が決まった。ロージンズ商会である。リズのところだ。ソフィアの魔法の知識が買われたようだった。

 いつまで持つか内心ひやひやとしていたが、意外にも長続きしていた。勤務態度も良好らしい。庭を整えに行ったときに、リズが嬉々として教えてくれた。

 

「ソフィアさんってばすごいんですよ。博覧強記とは彼女のような人をいうんですね。品物の目利きも良いですし、取引先からも好評です」

 

 リズをしてこの評価だ。まともに能力を発揮したらこれぐらいは朝飯前なのだ、ソフィアという女は。幼馴染として俺も鼻が高い。

 対する俺も、順風満帆とまではいかないが地道に庭師としてのキャリアを積み上げていた。この調子でいけば王都に進出するのも夢ではない。

 

 ソフィアの社会復帰が無事に果たされ、俺の庭師業も順調。そろそろ居候関係も解消かと思い、夕飯時にグラタンを食べながら彼女に切り出した。

 

「なあ、俺、近々王都で開業しようと思う。だから、もう少ししたらこのアパートとはおさらばだ」

「王都か。良いねえ、最先端の書物もあるだろうしワクワクするよ」

 

 どうにも話が噛み合っていない気がする。俺は念の為に付け加えた。

 

「いや、だから別れて暮らす準備をしようって話なんだけど」

 

 食器を取り落とすソフィア。心なしか怒っているように見える。穏やかな笑みを浮かべているが、目の奥が笑っていない。

 

「は? ウィル、何いってるんだい。もしかしてボク、何か気に障るようなことしたのかな。だったらいってくれよ。すぐに直すからさ」

「別にそういうわけではないんだが……」

「じゃあどうしてさ! なんかいろいろと今更過ぎないかい? ボク、ウィルと離れるくらいならまたニートになるよ」

「やめてくれよ縁起でもない」

 

 意を決したように、ソフィアは口を開いた。

 

「それに、ボク、実はもう一度ロンボーン大学に入りたいと思うんだ」

「え? なんで? もっと偏差値高いところに入りなおすってこと? お前は学歴ロンダリングする必要ないだろ」

「違うよ! リズのところで働いているうちに、魔法工学に興味が湧いてさ。大学生の時まじめに勉強しなかったのを後悔していたんだ。そうしたら、リズが奨学金を貸してくれるといってくれて。キミも王都に行くのなら、経済的にもちょうどいいし、だから、さ、一緒にブツブツ……」

 

 潤んだ目で見つめてくるソフィア。自立した後も同居をご所望のようだ。俺は、いったん別々に暮らした場合のことを考えてみることにした。

 このようにして一緒に食事をとる機会はぐっと減るだろう。夜中にソフィアがゲームで大騒ぎする声に煩わされることもなくなるわけだ。それはちょっと、いやかなり寂しい。

 そこではたと気づいた。もう俺の生活の一部にはソフィアがいて、彼女がいない人生は考えられなくなっていることを。そして、きっと彼女も俺と同じ心情だということを。

 

 俺は食器を静かにテーブルに置き、真っすぐにソフィアのアイスブルーの瞳を見つめた。ただならぬこちらの雰囲気を感じ取ったのか、彼女も背筋を正した。からからに乾く口から絞り出すようにして、俺は声を出した。

 

「お前と過ごす時間は退屈しないし、実際俺たち相性良いじゃないか? つまりだな、あー、くそ、こういうときはなんていえば良いんだ? ……俺と庭を一緒にしませんか?」

「ぷっクククッ…… 随分とムードも何もない告白だねえウィルクン。しかも、まだボクら付き合ってもいないじゃないか。よっぽどボクのことが大好きなんだねえ」

「調子乗んな。返事はどうなんだよ」   

 

 ソフィアの端正な顔が迫ってきたかと思うと、唇に柔らかいものが押し当てられた。突然のことに目を丸くして反射的に仰け反ろうとすると、彼女のひんやりとした手に頬をしっかりとつかまれてしまった。

 互いに視線を絡ませ合ったまま、永遠ともいえる時間を過ごした後、ソフィアの顔が離れていった。2人の間に銀色の橋が架かって落ちる。まだ体温が残る唇を押さえて、茹でダコのように首から上を朱に染めながらソフィアがいった。

 

「これがボクの答えさ。ご存知の通り不束者だけど、末永くよろしく頼むよ、ウィル」 

 

 

 

 靴を履いて玄関を出る。俺は日光の眩しさに目を細めながら、後ろの彼女に振り返った。

 

「どうした? 早く行かなきゃお義父さんとの約束の時間に間に合わなくなるぞ」

 

 輝くようなボブカットの白髪を戴いた彼女は、ぎゅっと服の裾を握りしめた。

 

「や、やっぱりやめないかい? 父さんだって勘当したボクなんかと会いたくないだろう?」

「そんなわけないだろ。立派になって帰ってきた娘と会いたくない親父がどこの世界にいるんだ。むしろ俺の方がお前と釣り合わないって追い出されるかもな」

「そんなことないよ! キミの庭、この間だって王都の賞を貰っていたじゃないか! それに……」

「それに?」

「ボクが立ち直れたのはキミのお陰だってことは、父さんも知っていると思う。だから、その、ありがとう」

 

 返事をする代わりに、俺は彼女の手を取って歩き出した。

 ちょっぴりひねくれていて元高学歴ニートな、愛する彼女の手を。




ザ・エンドってね。
これにて完結です。
ここまで読んでくださりありがとうございました。

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