1.ダンジョンの帰り道
「なんで、そんなこと言うんですか?」
「私は貴方とパーティを組んで困ったことなんてありませんよ」
「ナンセンスです、誰に唆されたんですか?」
長い黒髪が風に揺れていた。
街灯が薄く光るファンタジーな街並みの中で、そのように言う彼女の目は氷のように冷たかった。
まさに蛇に睨まれた蛙の如く、俺は怯んで何も言えない。
「馬鹿なことを言わないでください」
黒い鎧に長剣を携えた彼女は、そう言い放って背を向けた。
異世界の空は綺麗で、二つの月の月光と星空が降り注いでいる。
その後ろ姿はまるで何かの絵画のように美しく、対する俺の平凡さが身に染みる。
少し高い身長に、凛々しい顔つき。秋風に揺れる髪は艶めいている。
彼女はそう言うが、この二人パーティにおいて俺はお荷物でしかない。
つまるところ、彼女が蹂躙した跡のドロップアイテムを集めるぐらいしかやることがないのだ。その結果ついた渾名がヒモである。
どうしようもなく開いたレベル差と、そもそもの才能、説明しようと試みたことは何度もあるが「ナンセンス」の一点張りで返される。ぶっちゃけ言葉のセンスがないのは手前だと思う。
この世界に来て初めて会った同郷、ファーストコンタクトの時の関係性を維持し続けて妙なことになってしまっている。
歩みの遅い俺を不審に思ったのか、少し前から振り返ってこちらを見て来る。
「認めませんからね」
はっきりと念押ししてくる。
なぜ彼女がこのパーティに固執しているのかが全くわからない。
2.クランハウス
解決しない問題に途方に暮れながら、自室に帰宅した。
ここ最近の想いをやっとの事で伝えたと言うのに、結果は暖簾の腕押しだ。
転移者、
クラン【Sleepy streets】にはクランメンバー全員に個室が与えられている。現在のクランメンバーは両手で数えられるぐらい。去るもの追わずの方針で、たまにOBが訪ねてくることもある。
クランのランクは堂々たるAランクであり、これは多くの冒険者を輩出してきた過去から評されている。
しかし漆原柊の実力は高く見積もってCランクだ。
冒険者は往々にして各地のモンスターを討伐して、ダンジョンに潜り、未開域領域を探索する。また冒険者ギルドに貼られる依頼をこなす事で日銭も稼ぐ。
【Sleepy streets】の近頃の実績といえば、ランク9ダンジョン<不死迷宮>の踏破、海龍リヴァイアサンの討伐、仙界第五ベースキャンプの設営と話題に欠かさない。超一流である、部屋にはシャワーもある。
海龍の討伐は漆原のパーティ———と言っても二人だけであり、実質は彼女一人の功績———によるものである。高圧洗浄機も真っ青のレーザーに消し炭にされかけながら、討伐の前準備や補助を行った。しかし、本音を言うと圧倒的レベル差による死の危険に迫ってまで、態々自分がやる必要性はないと感じていた。
———いっそのこと、黙って出て行ってやろうか。
夜逃げ、夜のうちにさっさと荷物をまとめて別の町に渡る。
実のところ、案の一つではある。
腐っても冒険者、身一つで新天地に突撃しても生きていけるだけの自負はあるのだ。
話し合っても碌に取り合ってもらえない以上話は平行線なのだ。最近噂の温泉街、聞くところによるとどうやら和風っぽい地域があるようなので新生活を始めたっていい。
学生の頃にこの世界にやってきて、それなりの年月が経過した。元の世界に帰れる気配もなく、だらだらと流されるままに生きてきた。
うだつの上がらない日々を過ごすうちに、彼女に出会った。
怯えた目をして蹲っていて、懐かしい、見覚えのある格好をしていた。
同郷のよしみだ、衣食住ぐらいなんてことないさ、俺の時はそれは苦労したからな。
冒険者ギルドに登録すれば金は稼げる、なんとかなるさ。
こうして、漆原は少女の生活を支援した。漆原にとっても、同郷の存在は心の支えになった。互いの過去を語ったり、流行っていた物の話題を話したりして、地球は確かに存在していたと確かめることができた。
そして、少女は立ち上がった。故郷を想って泣くこともあった。生活水準の差異に苦労してアイデアを出し合ったりした。パーティを組んで幾分か時が過ぎた。
最初は先輩風を吹かしていたが、彼女は勤勉であり、努力家でもあった。
無双、修羅、絶刀。
そんな二つ名で呼ばれるほどに、彼女は成長した。
チートは自前だった。
名を
頭痛の原因は、相方の俺の実力が全く見合っていないことだった。
冒険者にはリスクがある。怪我、未知の病気、そして死。冒険者は死線を超える毎に強くなる。
最近はもはや一滴の経験値すら入っていない、パーティの相方に吸われているのである。
心強過ぎてもはや要らない仲間の扱いに四苦八苦した俺はついに相談に切り出したが、結果は上述した通りである。
季節は秋、窓から入る夜風は涼しく、空に見える月は相変わらず二つだった。
片方が満月で、もう片方は三日月だった。
彼女と初めて出会った時も、こんな季節だったように思う。
記憶の中の彼女は臆病で、心配性で、今と真逆と言ってもいいかもしれない。
パーティに固執するのはそんな彼女の本性の表れなのかもしれない、とはいえ俺は今のまま続ける気はもうないし、ヒモと揶揄されて黙っていられるほど人間として堕落してもいない。
3.ダンジョン<宵の迷宮>
ダンジョン探索の真髄は遺物の発掘である。
ダンジョンは神秘で満ちており、蓄積された神秘は時に時空を超えて武具や魔法具を産み出すことがある。
冒険者は優れた武器や道具を求めて日々ダンジョンアタックを繰り返す。中には目的が逆転し厳選を繰り返し続ける冒険者もいる。
漆原のパーティは地球の名残を求め、ダンジョン攻略の比率が高い。現在までの目立った成果は象の印の魔法瓶が一つ。
ダンジョン内部は少しづつだが常に変化しており、新しく繋がった場所は神秘で満ちている。
冒険者はお宝を目指してダンジョンに突入し、立ちはだかるモンスターを討伐して先に進む。最下層の最も神秘の濃い領域を探索し尽くせば晴れて完全踏破である。そこまで探索すればその過程で出現する遺物やモンスターの傾向もはっきりするからだ。
そんな訳で、この日パーティはダンジョン<宵の迷宮>に訪れていた。
迷宮と言っても、灯り一つない暗闇ではなく、松明が掲げられていたり、奇妙な壁画が描かれている遺跡のような物である。
彼らはある程度の探索を終えて、戦利品の確認をしていた。
「なあ見なよこの鎖、固有スキルついてる」
「…………」
「
漆原が話しかけている黒い鎧の美少女、
<宵の迷宮>は異界深度の高いダンジョンであり、前人未到の領域が多い。それに比例してモンスターも強力になるが、発掘できる遺物も特異なものが増える。彼らの前では回収した遺物が杜撰に積まれていた。
東雲凛花は鎖を手に取ったり他の遺物と見比べたりしながら、めずらしく物静かだった。
漆原はそんな彼女を怪訝に思いながらも、厳選の手を進めていく。荷物を減らすために遺物の大部分はダンジョンに還元することになる。
「あー、何か気になるものでもあったのか?」
「……うん」
沈黙に耐えきれなくなった漆原に対し、東雲が応じる。
「この前貴方が言ってたこと、ずっと考えてて」
「この前? ああ、パーティの話ね。東雲ももう立派な冒険者だし、面倒見る必要も」
「駄目ですよ」
悪い返事に思わず閉口してしまう。
東雲凛花は静かな態度をとる一方で、漆原が何かに思い悩んでいることを感じ取っていた。二人の間に微妙な沈黙が漂い、それが緊張感を生んでいた。
「……いや、だからさ。もう東雲は一人でやっていけるだろうし、今の俺はもうただの荷物持ちじゃんか」
「サポーターを雇うパーティも増えているようですよ」
「俺は冒険者なんだが」
東雲の向けた視線の先には、ここまで漆原が担いだりアイテムボックスに収納して持ってきた野営拠点が陣取られていた。食事の用意までされている。
「それならそれでサポーターを雇えばいい話じゃねえか」
「いいえ、その様な話ではないのです」
姿勢を正し、はっきりと面を向かってそう言われる。
「貴方には私が必要です」
東雲凛花はさも当然の様に語る。
その一方で漆原は辟易としていた。
「いいや? 第一パーティ組む前はソロだったんだからさ」
「ではここから一人で帰還してみますか?」
意見の曲げない漆原に対し、東雲も思うところはある様子。
東雲凛花には信念がある。
「そこまでいうならソロで活動してみては如何でしょうか。今、ここから」
「この階層から無事に帰れるというのなら安心もできるというものですよ、はい」
「無理ですよね? 死にますよ、貴方は鈍感だから」
風を切る音がした後、鈍い音がした、何かが倒れる音が後ろから聞こえる。
そこにあるのは既に事切れた魔物の残滓だった。
「貴方は放っておくとすぐ死にます、冒険者として危機感も実力も何もかもが足りてない、そもそも向いてないですよ」
「ソロに戻る?冗談でしょう?クランはどうするのですか?生活水準を態々下げる意味もない」
「私の隣にいてください。私が守るので」
……彼女の昏い目で見つめられると、何もいえなくなる。
わかったよだなんて適当に返事をして、遺物の鑑定に戻る。
パチパチと音を立てる焚き火越しに、彼女はじっとこちらを見つめていた。
過保護だ、とも思うが実際は依存のような物なのかもしれない。
無理もないだろう。気がつけば見知らぬ土地に1人立っていたあの感覚は今思い出しても恐ろしい。
考え出してみれば、この関係は危ういとばかり考えていた。
自分と東雲凛花の関係はなんだろうか、パーティを組んではいるが、それはただの同郷という成り行きでずるずると続いているだけに過ぎない。
ヒモだなんだと揶揄されることはよくあるが、全くもってその通りである。普通実力差の離れたパーティは機を見て解散するのが通例であり、才能のある冒険者はよりよい環境へと移っていく。
俺はどうだろうか?彼女について回るだけでA級クランの一員である。
やっかみを受けるのも当然だろう。実際俺は東雲の善意に甘えているだけなのだ。
彼女にとって俺は確かに恩人かもしれない。だが誰だって異世界で同郷の人間を見れば助けるだろう。誰だってそうするし、俺だってそうした。
当然のことを当然に行っただけに過ぎないのだ。
それに比べて、彼女とパーティを組む恩恵は大きすぎる。分不相応というものだ。
確かに死にかけることはよくあることだ。クエストの難易度、敵のレベルは空前絶後ではある。だが冒険者なんて上から下まで皆そんなものだ。
俺が割りのいい報酬を受け取れるのは彼女の才能によるものである。
条件のいいクランと巡り会えたのも彼女のおかげでである。
俺は活躍する東雲の後ろをドロップを拾いながら着いていくだけなのだ。
これを恩に着せて利用していないと誰が言えるだろうか。
それに、もし自分がいなければ彼女はもっといいパーティを組めるだろう。
【Sleepy streets】の他のパーティにも、「凛花を独占するな」と言われたりする。彼女達のパーティに東雲が加入すればランク10のダンジョンにも手が届くだろう。
考えれば考えるほど、自分がいかに東雲に相応しくないかという理由が山のように浮かんでくる。
バチッと、一際大きな焚き火の音が鳴った。
考え事をしていたせいか、遺物の整理も終わりかけていた
「…………その、少し言葉が強かったかもしれません。ごめんなさい」
少しの無言の時間のお陰か、険の取れた声色で東雲が語りかけてくる。
凛とした瞳がこちらを覗き、長い黒髪が焚き火に照らされていた。
焚き火、というのはリラックス効果がある。冴えた頭で考えて、自分が何をするべきか決心がついた。
思い立ったが吉日である。
帰還後荷物をまとめて、新しい町で一から始めよう。
東雲には話してもキリがなさそうなので、夜逃げである。
4.クラン〈Sleepy streets〉-玄関前
帝都は夜になっても外灯が道を照らし、不夜の都と呼ばれることもある。酒場は夜遅くまで賑わい、ダンジョン帰りの冒険者の活気が伝播するように街全体が稼働している。
だがそれも、朝と夜の境目の時間帯となると少しは鳴りを潜める。
クラン【Sleepy streets】が居を構える一等地であればなおさらである。
冷える夜だった。冷たい風が頬を撫で、見上げると満月が輝いている。
背にはクランハウスの大きな黒い扉がある。この家もこれで見納めかと思うと感慨深いものがある。
部屋には書置き一つ残していない。
義理に欠けるとは思うし、クランマスターに申し訳なくも思う。
だがしかし、いざ筆をとれど書くことは思い浮かばず、逡巡の気持ちが巡るのみであった。
そもそも書置きを残すなど、あからさまな
引き留めてもらいたいわけでもなければ、探しに来てほしいわけでもない。聡明なクランの面々ならば俺の気持ちも各々理解してくれるだろう。
良く聞いた話だ、実力差によるパーティの解散など今時珍しさもないだろうと考えていた。
荷物をまとめるのにも、そう時間はかからなかった。
もとより物欲の低いほうであるという自覚はあるが、パーティの共有資産という名目の物品に手を付けるのは憚られたからだ。
故郷の偉人は、三十六計逃げるに如かずと記した。
今の環境が毒だとわかっているのだから、もはやこの行動は逃避ではない、未来への前進である。
決めたのならば迅速に動かねばならない。この手の逃避は速さが命だ、そうでなければ
「あれ、うるしーじゃん、なにしてんの?」
こういうことになる。
5.クランハウス -軒先
突如後ろから投げかけられた言葉に背中が跳ねる
鼓動が少し早くなり、自分が歯を食いしばっていたことに気づく。
振り返ると、そこには高身長の獣人がいた。
カリア・ガーネット
元気が取り柄というタイプ。
セミロングの癖のついた金髪に、少し大きめの垂れた犬耳がある。
犬獣人、というと彼女は不服そうにする。本人曰く神狼の末裔らしい、詳細は不明。
ざっくりいうとゴールデン・レトリバーだ。
ギャルっぽいのが特徴である。
「……カリアか、そっちこそこんな夜中にどうしたんだ?」
時刻は未明
夜更かしする者はいい加減に床に就き、早起きな者もまた微睡の時間であろう。
「あー、えっとね。……今から仕事って感じ? ちょっと下準備っていわれてさー? 早すぎじゃんね」
「で、そっちは? しのちーはどうしたの? めずらしいね、ひとりでいんの」
ご指摘のとおりである、思えば一人の時間というものも懐かしく感じる。
「ちょっと野暮用でな」
「やぼよー?」
きょとんとした目で顔を傾ける。
「部屋というか……倉庫を借りたから荷物を移そうとおもっててさ」
「ああ、それでそんな大荷物なんだ。ふーん……」
我ながらよくもそんなでまかせが出るものだと自分でも驚いた。
「ね、気になる。見に行ってもいい?」
ぎくり。
カリアはニヤリと笑みを浮かべ、目を細めた。
表情から見て悪戯心半分好奇心半分といったところだが、
それは困る、すごく困る
なぜならば借りた倉庫なぞ、この世に存在しないからだ。
「……いや、仕事なんだろ? それにそんな大したもんじゃないぞ?」
「時間は大丈夫だよ、余裕持たせたからこの時間なんだし」
「うるしーも早起きだね」
「ああいや、早起きっていうか寝てないんだけどさ」
「……ちゃんと寝ないとだめだよ。今日は予定ないの?」
「ああ、うん。なんにも。久々に昼まで寝ようかな。」
嘘である。
通常通りのスケジュールなら明日もダンジョン探索の予定だった。
カレンダーには末日までのスケジュールがびっしりと書き込まれていたが、今しがた全て白紙にしてきたところだ。
「で、ついていっていい?」
「……ちょっと困る、かな」
「なんで?」
「そりゃあ、俺にもプライバシーってもんがあるだろ」
「ないよ?」
カリアは自分は何も間違ったことは言っていないという様に、こちらの台詞を否定してくる。冗談ではない。
「なぁ、もういいだろ? 仕事なら急いだほうがいいって。そんなに気になるもんか?」
「うーん、確かにそうなんだけどさ」
首を傾げるカリア。
「なんか、ね。アヤシーんだよね、かなり」
「……怪しいって、なにが?」
一呼吸置くと、カリアの顔が真剣なものになる
「まずね、表情がなめらかじゃないよね、ひきつってるよ。声も少しだけど上ずってる。目も合わせようとしてくれないし……これはいつものことだけど」
「今までないよね、この時間に起きてること。だって君はしのちーに合わせた生活してるもんね。しのちはこの時間は絶対ぐっすりだし」
「ね、隠れてこそこそ何かしようとしてたってことだよね。しのちーに内緒で。気になるなぁ? 私すっごく気になる」
……これだから獣人は嫌いなんだ!
奴らは洞察力が高すぎる。特に高レベルの冒険者ならなおさらだ。
基本的に嘘は通じない。生物としてのスケールの違いと言ったほうがいいか。
じわじわとした気配、プレッシャーを感じる。
レベル差だ。【Sleepy streets】は先鋭ぞろいのA級クラン、目の前に佇む犬っ娘もまた同様に、一騎当千級の猛者であることは確かだ。
「面白い推理だな、探偵か……小説家にでもなったらどうだ?」
「ふふ、探偵かぁ。確かに向いてるかも?」
カリアは得意げに、それでいて真剣な眼差しでこちらを問い詰める。
「ねえ、うるしー、リラックスしなよ。緊張してるんだね。後ろめたいんだ? いけないことしようとしてるって気持ちがある? それは誰にとって?」
「あ、答えなくてもいいよ。言わなくてもわかるから」
「しのちー? やっぱそっか。鞄の中身は何? 何が入ってるの? 君の大切なもの? 何? ……へえ! 全部! そっか、へー……」
「だめだよ」
カリアの翡翠色の瞳が、月光で爛々と輝いていた。
ぞわりと鳥肌が立つ。目の前の存在からあふれ出た魔力が周囲の空気ごと此方を捉えていた。
「うるしー? それはダメだよ? 間違ってる。それは君の為にも、間違ってもしのちーの為にもならないよ」
優しく諭すような声色だった。幼子を叱るようで、それでいて有無を言わせない気迫があった。
「私もね、うるしーにはすっごくお世話になってるよ、返しきれない恩だってある。でもね、これを見て見ぬふりをするってのはできないなぁ」
「ごめんね? 私は君のことは大好きだけど、それ以上にしのちーのことも大好きなんだ」
「だから、二人ともが傷つくことになる結果は……認められないかな」
ぴゅう、と冷たい風が吹いた。
「……なにをいってるのかわからないな。話が飛躍しすぎじゃないか?」
「あー。ごめんね? でもさ、君の今の態度は噓つきのそれだよ。隠しても無駄、君のことはよくわかってる」
「どう思ってるかは知らないけど、俺にも隠し事の――」
「ねえ」
強い口調で言葉が遮られる。
「私はさ、本気で言ってるんだけど」
真っ直ぐに見つめられる。
いつの間に距離を詰められたのか、否が応でも視線を交わすことになる。
「……このことはさ、誰にも言わないでおいてあげる」
「悩みがあるなら、私が聞いてあげる。おんなじクランなんだしさ」
「だから、今日のところは全部なかったことにして、部屋に戻ろ?」
……これは、無理そうだ。
カリアは軽装のアサシン、ジョブで言えば忍者だ。
仮にここで真っ直ぐ逃げ出したとしても、奴にとっては子供のかけっこの様なものだろう。
目くらましもできるが効かない。閃光耐性は忍者のパッシブスキルの一つだ。
日を改めるか、いずれにしても昨日の今日ではさすが準備不足が否めない。
うちのクランはそう人が多いわけではないが出入りがないわけでもない。こうやって唐突に誰かに出会わすことも考えなくてはならな――
「……だめ? そっか。じゃあしかたないね」
――瞬間、視界がひっくり返る。
いったい何が起こった?衝撃で目が回る。
組み伏せられ、頭上からカリアの双眸がこちらを見下ろしていた。
一瞬の早業。両足が縄で縛られ、既に身動きは取れなくなっていた。
「わかんないかなぁ、言い方が悪かった?」
「私が言ったのは今日はやめてってことじゃないよ、金輪際そんなこと考えないでって言ったの」
「……俺は、何も言ってないぞ」
組み伏せられながら、せめてもの抵抗を試みる。
「ん? ……そうだね、君は何にも言ってない。倉庫に荷物を置きに行くだけ……だっけ? ふふっ、ねえ、本当にそんな言い訳が通じると思ってるの?」
カリアの声色が冷たくなったのを感じた。
「私は、私たちは目がいいよ。呼吸も、感情も、読める。大切な人の事なら猶更ね」
「止めても聞く気はない、みたいだし」
縄によってきつく縛られる。刃物の類は鞄の中だ。
魔法でどうにかすることは出来るが、これ以上の騒ぎになると人が増える可能性があるだろう。
「ほら、いまもどうやったら抜け出せるかって考えてる。往生際が悪いよ全く」
「君のあきらめないところは好きだけど、こういうとこに発揮されちゃうのはやだなぁ」
「ねえ、どうしたら言うこと聞いてくれるのかな?」
「――とりあえず、しのちーのとこ、いこっか?」
6.クランハウス -東雲凛花の自室
「おはよー! しのちー!」
「……はい、おはようございます……?」
眠気眼のまま東雲が返事をする。
彼女は朝が弱い。低血圧だったか、起動するまでいくらか時間がかかる
「カリアさん、一つ聞いてもいいですか?」
「え? うん。いいよ?」
「どうして、私の大切な人が、……朝から簀巻きにされているのですか?」
瞼を擦って欠伸をしていた東雲が、ジト目でカリアに問いかける。
東雲の部屋は飾り気がなく、フローリングの床にベッドと、小さな机がひとつだけ。俺は入念にぐるぐるにロープで巻かれ、床に転がされていた。
「しのちー? うるちはね、私たちに黙ってクランを出ていこうとしてたんだよ。夜逃げだよ? ひどくない? だから縛ってる」
「ええ、そうですか、そうですか。まあそんなところだとは思っていましたが」
……妙だ。東雲は俺が逃げ出すことに気が付いていた、ということだろうか。
カリアも同じように疑問なのか、東雲の発言に目を見開いた。
「え、しのちーは知ってたの? じゃあなんで――」
「ええ、そのようなことは前々から直接聞いていましたからね」
「パーティを解散したいだの、釣り合わない、だのというのは」
「――そうじゃなくて、いいの? しのちーはこのままうるしーがどっかいっちゃっても」
「わたしはいやだよ?だから止めた。だってしのちーはうるしーのこと大好きだから! 我慢したんだよ? 私が大好きな二人には一緒にいてほしいから」
「あの、少し恥ずかしいので私の代わりに勝手に告白しないでいただけますか?」
しん。と、少し気まずい沈黙が空間を支配する。
「……そうですね、
カリアは嬉しそうな表情を見せた。
「カリアさんもよく知るように、この人は言っても聞かない人です」
「聞かなかったことにする、都合のいいように解釈する。会話での対処は難しそうでしたし、それに、愛しい人のやりたいことを邪魔するのも忍びないですからね」
「なので、罰という形を取りました」
東雲は伏し目がちにこちらを覗いた。
「このように、嫌でも話を聞かなければならない状況を、一度作ろうと思いまして」
ならば東雲の思惑通りに、状況は進んでいるというだろう。
いつも適当にハイハイと相槌を打つが、こうも身動きが取れなければ嫌でも話を聞くに他ない。
最初に本人に相談した段階で、策を打たれていたということだろうか
「気になりますか?」
東雲が床に転がされているこちらを向き、問いかける。
その表情はまるで悪戯が成功した子供の様に無邪気だった。
「ああ、気になるもんだな」
「実際、もしカリアに出くわさなけりゃ、今頃俺は列車に乗って此処とはおさらばだった訳だからな」
ベシッっとカリアに頭をはたかれる。
不満そうな表情だ。
「そんなこと、やすやすと許すと思ってんの?」
「ええ、私も許しませんよ」
苛立ちの表情を隠さないカリアとは対照的に、東雲はクスクスと笑っている。
「ちょっと危なかったんだからね?」とカリア
「大丈夫ですよ、心配ないです」と余裕の仕草をみせる東雲
「ならいいけどさぁ」
「ええ」
東雲はごく自然体のまま、何でもないような事のようにこう言い放った。
「漆原さんの体には既に私の術式が刻まれています。GPS、といっても伝わらないでしょうか。まあ、どこにいようと漆原さんの居場所は把握できるようになっています」
7.クランハウス
……異常だ
意外にも、自分は冷静だった。
GPS、
だが、いったい何が彼女をそうさせるのか。
深い後悔が頭をよぎる
こうなるべきではなかった、もっと早く行動を起こすべきだった。
彼女との差を理解したあの日あの時に、身を引くべきだったのだと。
「勝手に逃げ出したところを捕まえれば、貴方も少しは罪悪感というものを感じてくれると思いまして」
「理解していただけましたか?」
これは罪悪感なのだろうか。
才能有る者の足にしがみつき、お零れを授かろうとする姿は罪であるとは考えているが。
ふと、窓の外から小鳥の囀りが聞こえてくる。気づけば朝日は昇り、晴れ晴れとした青空がカーテンの切れ目から覗くことができた。
「いい天気ですよね、私もそう思います」
……天気の様相とは裏腹に、少しばかり嫌な予感がした。
「居場所だけじゃありませんよ。分かることは」
「体調も、考えていることも、心臓の鼓動も、より深いところまで」
「前から、思っていたんです」
「私が一番、貴方のことを愛しているというのに、私が一番、貴方のことを想っているのに」
「どうして私は、カリアでも自然にわかるようなことを、知れないんだろうって」
ぞくり、とした。
東雲の昏い瞳がこちらを覗いていた。
どろりとした感情が、まっすぐに向けられている。
「怖がらせてしまいましたか?すみません、言うつもりはなかったのですが」
「感情が高まってしまうとつい......ああ、でも」
「貴方のその顔は私好みです」
蠱惑的な笑みを浮かべると共に、東雲の冷たく小さい手が両頬に触れる。
「さて、漆原さん」
「……なんだ」
「わたしは貴方のことが好きです。私と付き合っていただけませんか?」
「…………断る」
……ふふふ、あはは、アハハハハハハハ!
東雲の笑い声が響く。日が昇り朝も、そろそろいい時間だというのに。
「さっきの話を聞いて、まだそんな台詞を私に信じてもらえると思っているんですか?」
信じるも何もないだろう、口に出した言葉が全てだ。
「恥ずかしがり屋さんですね、素直になったらどうですか?貴方も私のことが大好きなくせに」
そんなことはない、お前といると自分が惨めになる。俺はどうだ、万年C級で満足してた、本来なら既に何処かでくたばっていた筈だ。
お前はどうだ、才能があって、人望があって――
「そういうところが好き、なんですよね」
返事を口にしようとする前に、東雲に言葉を被せられる。
「分かりますよ、不安なんですよね。いつか捨てられるんじゃないかって、いつか見放されるんじゃないかって。明日には追放されるんじゃないかって。」
「だから、いつか失ってしまうぐらいなら、自分から手放そうとした。違いますか?」
「かわいい人......杞憂ですよ、愛していますので」
「私から貴方を手放すことなど、ありえない」
「まあ、これに関しては私も人のことを言えないのですけどね」
「だって、貴方も私のことを好きだってことは知っているというのに、万が一私の元を離れてしまったらと考えると恐ろしくなる」
両手で自身の体を抱きしめながら彼女は言う。
「なので、貴方のことはなんでも知るようになりました」
「昨日は誰と話したかとか、どこにいるのかとか、すべて、すべてです」
恐ろしいと、思った。
東雲とは長い間行動を共にしてきたが、このような表情を見るのは初めての事だった。
頬は紅潮し、獲物を狩るような目つきだった
「しかし、誤算でした、貴方がここまでいじらしい方だったとは……」
「いえ、それも少し違うのでしょうか」
そう言うと彼女はニヤリと笑った。可愛げのある悪戯を見つけた時のような笑みだ。
「求められたかった、のですよね? こうやって」
違う
「赦しと安心、でしょうか。試し行為ともいうものですよね」
「良かったです、正解だったみたいですね? 理解はできても、それが答えかどうかはわからないものですから」
……
……冗談じゃない
「冗談じゃないぞ、見透かしたようなことをいう」
「見透かしていますよ」
東雲はそれが当然だとばかりに、自然体で返事をする。
「心が読めると?じゃあ俺のしたいこともわかるだろう」
「パーティーは解散して、クランは抜けさせてもらう」
せめてもの抵抗として、はっきりと口に出す。
しかしこうも否定されては、これが自分自身の本心であったかどうか思い出せなくなっていた。
「駄目ですよ」
分かってはいる、こんなものはただの劣等感だ、矜持の問題に過ぎない。しかし、この程度のプライドも守れないようでは、自分が自分でなくなってしまう。
「貴方は少し、意地になっているだけですよ」
「もともと、自分の本心に素直になれない方だとはわかっていましたが」
ふぅ、と彼女は息を吐いた。困り顔で落ち込んだような表情をする。
「……俺の本心とやらをこの世で最もよく理解しているのは俺自身だ」
「違います、私です。……すみませんが、こればかりは譲ることができません」
「貴方のそれはただの破滅願望といいます」
「行きつく先の事を考えないようにしているだけ」
東雲がこちらに詰め寄る。
「5年か10年か、しばらく先の未来を考えてみてください」
「冒険者というものは、危険で不安定なものです。収入も安定しない、いつ死んでもおかしくない」
「貴方の言うように一人になったとして、あと何年その生活ができるでしょうか?」
「このクランなら、そのような不安はありません」
「私ならば、必ずあなたを幸せにして差し上げます。」
「目を閉じて想像してみてください」
「貴方が居るべき未来は、日差しのいい縁側で、子供たちが庭で遊んでいるのを眺めるような光景ですよ」
「……子供は何人ほしいですか?」
「お嫁さんだって、もし貴方が望むなら……」
ね?
東雲が笑みを浮かべ、カリアの方を向く。
へ?とカリアは茫然とした。
目を大きく見開かせ、体を硬直させる。尻尾がピンと立った。
「わたしは......! そんなんじゃない......! から!」
たちまちに頬を紅潮させ、片言に否定する。
「貴女も素直じゃありませんね」
呆れたように息をつく。
「……ペットを飼うのも、いいかもしれませんね?」
最早茹蛸のように赤くなったカリアが、扉に向かって後退を始めた。
「ほんとに違うからね!」
といって脱兎のように逃げ出していく。バタンと乱暴に扉を閉め、駆け出していく足音が聞こえる。
東雲は「残念です」といい、それを見つめていた。
8.クランハウス
縄を握っていたカリアが居なくなったことで、拘束にゆるみが生じていた。
――と、考えたところでジッと視線が突き刺さる。
ジト目の東雲が睨むようにこちらを見ていた。
「分かっていただけませんか?」
「ああ」
「それは……かなしいです」
およよ、と噓泣きをする東雲は手で目元を覆ってはいるものの、その隙間から見えるものは涙目などではなく、澱んだ、真っ暗な瞳だった。
「感情が読めるっていうなら、今俺がどう思ってるかも分かるだろ」
心が読まれるだなんてのは最悪だ。
「それは貴方の表面的な意識に過ぎませんよ」
「本当は理解してほしい、すべてを受け入れてほしい」
「我儘なひとですね、いいですよ? 私はどこまでもついていきますから」
話が通じない。
やはり異常なのだ、この状況は。
会話をしているようで、まるで会話になっていない。全てが一方的なのだ。
気づけば東雲に対して、得も知れない恐怖を感じていた。
スンと東雲から表情が抜け落ちる。
「理解していただけませんか」
ああ、平行線だな。
……
東雲はニコリと微笑んだ。
……
……
……
「……確かに、何も言わずに出ていこうとしたのは良くなかったな」
「俺たちはもう少し、話し合うべきだったと思う」
「反省してるよ、悪かった」
様子を窺う。
東雲はにべもなく、変わらずこちらを見つめている。
「あー……。だからさ、そろそろこの拘束、解いてもいいか?」
「ええ、そうですね」
……
「わかりましたよ」
「――貴方が、私と話をするつもりが一切無いということが」
……
「いくら何でも、その態度は悲しくなりますよ」
………
「そこまで拒絶しますか、もう話すことも、伝えることもないと?」
…………
「ええ、いいでしょう。話はお仕舞いです。終わりにしましょう」
「聞かないんでしょう? じゃあ最初からこうすればよかった」
目が据わっている。魔力が立ち上り、幽鬼のような佇まいだ、不敵な笑みを浮かべている。このままでは何をされるかわからない。
いや、まて。いったい何をするつもりだ。
「わからないですか?」
三十六計逃げるに如かず、だ。
「『炎刃』ッ!」
「『狗の鎖』」
あの鎖は……ッ!
昨日のドロップ品だ、俺自身で鑑定したものだ、よく覚えている。縄を焼き切る側から四肢を拘束される。
「最近ずっと考えてたんです」
「もう、
ベットの上に投げ出される。
鎖の拘束は解けたが、東雲に馬乗りで両手を拘束されていた。
振り解こうとするも力では敵わない。
東雲は体勢を低くし、顔を近づける
互いの吐息が聞こえる距離だ
「結局のところ貴方は、私のことを理解していないのです」
「悲しいすれ違いです。なのでしっかりと教えて差し上げますね?」
「私が一体どれだけ、貴方のことを愛しているかを……ね?」
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ねぇ、柊さん?
子供は、何人欲しいですか?