立てばヒーロー 座ればヴィラン 歩く姿はクソ無能   作:ハスハス

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序章 嵐の前の騒がしさ
第0話 北空道戦線


 

 

 

 ──世界一危険な国【ニポン】。

 犯罪組織、昆虫怪人、巨大怪獣。邪悪妖怪、焼肉定食、異界生物。ありとあらゆるカオスが日常に溶け込んだ島国、それが【ニポン】だ。

 

 都市の上空を戦闘機が飛び交い、海では謎の巨大生物と軍艦が交戦する。山奥では異形が跋扈し、路地裏には化け物が潜む。

 警察も軍も日々奮闘しているが、それでも治安は焼け石に水状態。この国で生きるなら、凄惨な戦いに巻き込まれる覚悟が必要だ。

 

 ──これは、そんな国に住むとある男の物語。

 立てばアホ面、座ればバカ面、歩く姿はクソ無能。戦いしか能がない正真正銘の悪党、類い希なる才能を下水に流した本物の甲斐性なし。

 そんな面白可笑しな犯罪者の、面白可笑しな物語だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

【それ】は、ニポンの北にある広大な寒い土地──北空道で起こっていた。

 

 

「あかんこれ! マジで死ぬっ! これマジで死ぬや……危ねっ!」

 

 

 晴天の青空を隼のように飛び回る戦闘機に、木々をなぎ倒しながら這いずるように進む戦車。遥か彼方の水平線から砲撃を行う戦艦に、己の命を投げ捨てるようにして戦う人間達。

【それ】はまさに、戦争と言っても過言ではないものであった。

 

 

「十字砲火は卑怯だって! 流石はアマテラス、汚い! 政府の組織汚いっ!」

 

 

【それ】の名は──北空道戦線。

 北空道を拠点とする犯罪組織 PUGYA-と、ニポンを俺達のような犯罪者から守る政府の組織 アマテラス。現在、この2者が北空道の人気のない荒野で総力を挙げて激突していた。

 

 

「俺じゃなかったら百万回は死んでるからな! いやマジで!」

 

 

 そんな熾烈極まりない戦場を叫びながら駆け抜ける男が1人。至るところで土煙と爆炎が上がる戦場にて、銃声よりも騒がしい声を上げる犯罪者が1人いた。

 それは──俺だ。

 

 

「こちら【死神】!! もしもし!? 本拠地聞こえる!? もしもし!?」

 

 

 通信機を片手に叫びながら、俺は戦場を駆け抜ける。

 前方で爆発、後方でも爆発。右を向けば銃弾が飛び交い、左を向けば戦車の歩みが大地を揺らす。

 頭上では戦闘機が唸りを上げ、地獄という言葉が生温く思える程の光景が視界に広がっていた。

 

 

「誰か答え──」

 

 

 通信機のマイクに向かって再度叫ぼうとした、その瞬間だった。背後で何かが炸裂し、吹っ飛ばされた。

 熱と圧力が全身を押し潰し、砂利と金属片が雨のように降り注ぐ。受け身を取りながら背後を確認してみれば、さっきまでいた場所のすぐ後ろがクレーターになっていた。

 

 

「……あかん、これマジで死ぬっ!!」

 

 

 頭を低くしながら前方へ駆け出す。爆風を背に、転がるようにして近くにあった遮蔽物の裏へ滑り込んだ。

 

 クッッッソ、マジで戦場が崩壊しかけてる!! つーか、もうほぼ崩壊してやがる!! 

 

 荒い呼吸を整えながら、俺は右手の通信機を乱暴に操作する。しかし、聞こえてくるのはノイズ混じりの雑音だけ。焦燥感だけが募っていった。

 戦場の轟音にかき消されそうになりながら、何度かスイッチを入れ直す──その瞬間だった。

 

 

『──死神!? 何やってんだ──今どこだ!?』

 

「ぜぇ、ぜぇ……ようやく、繋がった……」

 

 

 荒い呼吸を整えながら、俺はようやく役目を果たした通信機を強く握りしめた。

 

 やっとだ……やっとだぞ!! 

 このクソみたいな戦場で孤立してるかと思うと心細かったが、ようやく仲間の声を聞くことができた。

 これで俺も一安心だ。

 

 

「いやぁ、やっぱり通信って大事だわぁ……声が聞こえるだけでこんなに安心するなんて」

 

『今それどころじゃねぇんだよ!!!!』

 

「そんなこと言うなよ。 めちゃくちゃ寂しかったんだぞ? ……この戦場で、誰にも話しかけられずにさぁ! ひたすら爆風と銃弾に殺されかけてさぁ!」

 

『知るか!!!!』

 

「てかさ、せっかく繋がったんだから、もうちょっと優しくしてくれてもいいんじゃ……」

 

 

 俺は遮蔽物からチラッと顔を出す。

 相変わらず戦場は大炎上中。煙と炎の向こうでは、戦車が砲撃をぶっ放し、戦闘機が爆撃を撒き散らしている。

 

 いや、マジで地獄だ。

 こんな中でたった1人生き残ってる俺は、むしろ褒められるべきでは? 

 

 

『お前が優しくされる状況じゃねぇんだよ!!』

 

「ひっどいなぁ……そんなこと言わないでよぉ」

 

『お前がそんな呑気だから言ってんだよ!』

 

「えぇ? でもさ、俺、この地獄の戦場を一人で生き抜いてるんだよ? もっと褒められてもよくない?」

 

『褒めるどころじゃねぇんだよ!!』

 

「いやいや、俺のこの奇跡的な生存力は称賛されるべきじゃ──」

 

『本拠地が崩壊寸前だ!!』

 

「……は?」

 

 

 思考が一瞬、停止した。

 戦場の混乱がひどすぎて、本拠地の状況なんて考えてる余裕がなかった。爆音と銃声の嵐の中、とにかく生き延びることで精一杯だった。

 なのに今、本拠地が崩壊寸前なんて言葉を聞かされて、頭が真っ白になる。

 

 どういうことだ? 本拠地が? 何があった? 

 

 疑問が浮かんでは消え、最悪の想像だけが脳裏にこびりつく。

 

 

「ちょちょっ、ちょっと待って……それどういう──」

 

『ジャミング装置が壊れて、敵の通信を妨害できねぇ!!』

 

「はぁ!? おまっ……だからか! アマテラスの動きが予想以上に柔軟だったのは!」

 

 

 戦前の計画では、ジャミング装置を使いアマテラスの通信をかき乱すはずだった。指示系統を混乱させ、連携を崩し、その隙に俺達PUGYA-が攻勢をかける。

 そんな完璧な作戦だったはずなのに……現実はまるで逆だった。

 アマテラスは組織的に動き、こちらの戦略を先回りしてきていた。

 

 まぁ、戦略や組織行動じゃ勝てないと判断したからこの作戦にしたのに、それが機能してなかったらこうなりますよね。はい、必然……クソがよ!! 

 

 

「クッソ!! どこが壊れたんだよ!! そんな重要な装置の!!」

 

『それが分かれば苦労しねぇんだよ!! 何もしてないのに急にダメになったんだ!!』

 

「何もしてないだぁ!? そんな電気屋へパソコンの修理をしに来たジジババみたいな言い訳が──」

 

 

 刹那、俺の脳裏にとある記憶が蘇った。

 

 

 

 

 

 それは、昨日の夜のことだった。

 重苦しい雰囲気の作戦会議が嫌になった俺は、多くの機器が置かれている倉庫にて、炭酸飲料を片手にサボっていた。

 結露で濡れた炭酸飲料飲料の缶、連日の会議で疲れていた俺、薄暗い倉庫。様々な要因が重なり──決定的なミス。

 

『あっ! やっべ!』

 

 結論から言うと、俺は手を滑らせた。

 プシュッという軽快な音とともに、勢いよく弾け飛ぶ炭酸飲料。俺の手元から落ちたそれは、ポツリ、ポツリと床に水たまりを作り……すぐそばにあった機械に、じわじわと染み込んでいった。

 俺は慌ててハンカチで拭き取ろうとしたが、時すでに遅し。

 

 怒られるのが嫌だった俺は、即座にその場を立ち去った。

 

 

 

 

 

「…………」

 

『……死神? ……おい、死神!! どうした!?』

 

 

 ──ジ ャ ミ ン グ 装 置、完 全 死 亡 の 理 由 が つ い に 判 明 ! ! 

 

 終わった。

 今まで生きてきて、これほど詰んだ状況はあっただろうか。ある意味で俺の人生はずっと詰んでいたが、これは次元が違う。

 これは、ガチで詰み。リアル詰み案件。チェックメイト不可避。

 

 

『死神!? どうした、なんか心当たりあるのか!?』

 

「……あっ、すぅぅぅぅぅぅう」

 

 

 口を通信機のマイクから離し深呼吸。ここは冷静に、慎重に……いや、むしろ堂々とだ。

 

 

「これは……アマテラスの工作だ」

 

『はぁ!?』

 

「急にジャミング装置が壊れたんだぞ。 偶然か? いや違う、絶対に敵の仕業だ」

 

『そ、そうなのか……?』

 

「そうだ!! じゃなきゃ説明つかないだろ!!」

 

 

 いや、全然説明はつく。俺が炭酸こぼしたからだ。

 でもそれは絶対口には出せない。それだけは絶対に言わない。

 

 

「奴ら、俺たちの中にスパイを紛れ込ませてるかもしれない……!」

 

『な、なるほど……!』

 

「くそっ、アマテラスめ……!」

 

 

 よし、流れは完璧だ。なんとかアマテラスのせいにできた。完全に誤魔化せたな、うん。

 

 

「でも、本当にアマテラスの仕業なのか? 装置のあった倉庫にはセンサがあって、登録されている組織以外の人間がいたら警報が──」

 

「そういえばさぁ!! ジャミング装置の故障以外になんかあったのか!? それだけで戦場がこんな総崩れになるなんて、俺思えなくてさぁ!!」

 

 

 相手が言い終わる前に、俺は強引に話題をずらした。

 

 確かに、ジャミング装置が機能しなかったのは痛手だった。だが、それだけでここまで一方的な展開になるかって話だ。

 味方は全滅寸前、敵はスムーズに動きすぎてる。

 何か他に決定的な原因があったとしか考えられない。

 

 

『あ、ああ……それが……』

 

「それが!? なんだ!? 何があった!? ジャミング装置のせいじゃないよな! 戦場がこんなことになっちまったのは! ジャミング装置のせいじゃないよなぁ! なぁ!」

 

「あ、ああ。右側の味方が……全滅した」

 

「……は!? なんで!? 右側は安全だったはずだろ!?」

 

 

 今度は背筋が凍った。

 戦場は確かに地獄絵図だが、それでも作戦はしっかり組まれていたはずだ。

 少なくとも、俺たちの配置は間違いなく適切だった……はず。

 

 

『……数十分前、アイツが現れやがった』

 

「アイツ?」

 

『アマテラスの単体最高戦力──雨宮 アマネだよ!!』

 

「……はぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?!?!?」

 

 

 えっ、ちょっ、待っ……やばいやばいやばい!! 

 

 この名前は聞き覚えがあるどころの騒ぎじゃない。

 俺が生きてきた中で、最も関わりたくないランキング堂々の一位を獲得し続けている存在。たった一人で戦況をひっくり返す、いや、戦場そのものを更地にすることで有名なアマテラスの最強兵器人間──【雨宮 アマネ】

 過去に彼女が出撃した戦いは、一切の例外なく犯罪者側の敗北で終わっている。マジもんの化け物だ。

 

 

「なんで右側に!? 左側って話じゃなかったっけ!?」

 

『知らねぇよ! こっちが聞きてぇよ!』

 

「いや、待て待て待て!! アマネは左側に来るって話だったじゃん!!」

 

 

 俺の声は、もはや悲鳴に近かった。

 事前の報告では、あのクソババアは左側から来る予定だった。だから、俺たちは右側の戦力を薄め、左に兵を集中させていたはずだ。

 にもかかわらず──その最強の化け物が、右側から来た!? 

 

 

『とにかく、右側は全滅した!』

 

「……え? いやいや、ちょっと待てよ? それは、その……マジ?」

 

『マジだよ! 嘘つく理由がねぇだろ! あの怪物が一瞬で俺達の戦線をズタズタにしやがったんだよ!!』

 

 

 血の気が引く。戦場の爆音も、銃撃の雨も、すべてが遠くなった気がした。

 

 おかしい、何かがおかしい。

 アマネの位置は左側だったはず。俺は確かに、そう報告を受け──受け? 

 

 ──いや、待て。

 報告を【受け】た……っけ? 

 

 俺は脳内をフル回転させ、2日前の夜を思い出す。

 

 

 

 

 その日の夜、俺はアマテラスへ送り込んだ密偵からの情報を整理していた。

 手元には、手書きのメモと盗み取った通信ログのデータ。アマテラスの動向を掴むため、仲間たちが命がけで手に入れた情報だ。

 俺はそれを睨みつつ、深夜の倉庫でひとり、カリカリと報告書をまとめていた。

 

『はぁ……眠っ』

 

 数日間の作戦準備で疲労はピーク。目の前の文字がかすみ、意識が遠のく。

 そんな中、俺はふと手元のメモに目を落とした。そこには、密偵が掴んできた最も重要な情報が書かれていた。

 

【雨宮アマネは、北空道戦線の右側から侵攻予定】

 

 ──右側。了解した。

 俺はこの情報をしっかり頭に叩き込んで、作戦部へ報告しなきゃならなかった。

 

 だが、その時の俺は眠かった。猛烈に眠かった。

 脳が半分寝かけた状態で、ポテチをつまみながら、適当に通信機を手に取る。

 

『あ~、そうそう。みだりっ……違う、みっ…………左から来るらしいよ。怖いよなぁ。絶対に戦いたくねぇわ』

 

 言いながら、ぼりぼりとポテチを口に放り込む。

 塩気の効いた味がうめぇな~なんて考えつつ、報告を済ませると、俺はそのまま寝落ちした。

 

 

 

 

 

 ……え? 今、俺の脳内に蘇った記憶、なんかおかしくない? 

 

『みだり……違う、みっ……左から来るらしいよ』

 

 え? 左? 

 

 

「…………」

 

 

 俺は、ゆっっっくりと顔を上げた。

 

 

「……あれ? 俺、もしかして……いや、そんなはずは……」

 

『死神? どうした?』

 

「……」

 

 

 ──俺、右と左、逆に言ってない? 

 

 背筋が更に凍った。喉がカラカラに乾く。心臓が嫌な音を立てた気がした。

 

 おっ、落ち着け。整理しろ、あの時の状況を思い出せ! 

 密偵が報告してきた情報は、たしかに【右から来る】だった。それを俺が本部に報告する時、適当に言い直して──

 

 

「……えっ? 俺、なんで左って言った?」

 

 

 ちょっと待て。マジで俺なんで、左って言った? 

 確実に密偵からの情報は【右から来る】だったはずだ。

 なのに俺は本部に報告するとき、なぜか左って言っちまってた……は? 意味わかんねぇんだけど。

 

 ──朗 報 、 右 側 全 滅 の 真 相 も 判 明。

 

 

「……やっちまったなぁ」

 

『ん? なんか言ったか?』

 

「いや、なんでもないです」

 

 

 俺はまた口を通信機のマイクから離し、静かに深呼吸した。

 いける。これはまだ誤魔化せる。まだバレてない。いける……これはいけるって!! 

 

 

「……つまり、アマテラスは事前に俺たちの動きを察知して、作戦の段階で情報をすり替えた……ってこと!?」

 

『……そっ、そういうことか!』

 

「くそっ、完全にやられたな……! まさか情報戦をここまで完璧に仕掛けてくるとは!」

 

 

 よし、誤魔化せた。

 完璧だ。完全に敵の陰謀ってことになった。

 ジャミング装置といい、アマネの出現位置といい、全部アマテラスの策略だったということで……許せん! アマテラス許せん! 

 

 

『いや、でも……本当にアマテラスの仕業なのか? 密偵は情報をアマテラスの最奥で見つけたと確か言っていた。そんな情報が──』

 

「今はこんなことでくよくよしてる場合じゃねぇ!! 俺たちがすべきことは、まず戦線を立て直すことだろ!? 違うか!?」

 

『あ、ああ……そうだな!』

 

 

 あっぶねぇ~~~!! 

 これ以上詮索されたらマジで終わる。とっとと話を別のものに変えてしまおう。

 

 

「とにかく、指示を仰がねぇと! ボスはどこだ!? ボスに繋げ!! 今すぐ!!」

 

 

 俺はボスならと思い、喉の奥から絞り出すように声を発した。

 

 ボス──俺たちPUGYA-の総帥にして、数々の伝説を持つ最凶の男。

 その圧倒的なカリスマ性と狂犬じみた戦闘力は、数多の敵を屠り、裏社会を支配してきた。どんな戦場でも決して怯まず、己の信念を貫き通すその姿は、まさに俺たちの頂点に立つにふさわしい存在。

 そんなボスならきっと、この状況をどうにかする作戦を既に何か考えてるはずだ。

 

 

『……いや、それが……』

 

「え? 何?」

 

 

 通信機からの声が、一瞬途切れた。戦場の喧騒は変わらず続いているのに、まるでそこだけ時間が止まったかのようなような静けさだった。

 わずかな間を置いて、雑音混じりの声が再び届く。

 

 

『……ボスはずっとトイレにいる』

 

「……は?」

 

 

 ……は? 何言ってんだコイツ。

 

 

「……は?」

 

『……もう三時間は出てきてねぇ!! さっきも『ボス!! 戦場崩壊寸前です!!』って言ったら『すぐ行く……』って唸るだけで!!』

 

「…………」

 

 

 いやいやいやいや、待て待て待て待て。

 戦場が崩壊してるってのに、なんでボスがトイレに引きこもってんだよ。意味わからん、マジで意味が分からない。

 

 

「ちょっと待て。ボス、昨日まで普通だったよな?」

 

 

 カリスマ性がバチバチ。拳一つで敵を沈め、部下には豪快に笑いかける。

 戦場では鬼神、敵には悪魔、俺たちには最強のリーダー。それがボスだった。

 

 どんな修羅場でも決して動じず、どれだけの強敵が相手でも真っ向から叩き伏せる。

 その姿はまさに俺たちPUGYA-の象徴であり、誰よりも頼れる絶対的な存在だった。

 ボスがいる限り、どんな状況でも勝ち目がある──そう信じさせてくれる男だった。

 

 なのに今、トイレに3時間もこもってる……? 

 

 ……嘘だろ? あのボスが? 

 あの何があっても決して戦場を離れない、俺たちの頂点が? よりにもよって、戦況が崩壊寸前のこのタイミングで? 

 

 戦争の指揮を執るでもなく、敵陣に単騎で突っ込むでもなく、たったひとつの個室の中で呻いている? 

 いやいや、そんなバカな話があってたまるか。

 

 

『何度も呼びかけてるんだが……』

 

「返事は?」

 

『ずっと『ぐぅぅ……』とか『お゛ぉ……』とかしか聞こえない』

 

 

 うん、どう考えても腹壊してるな、それ。

 戦場が崩壊しかけてるこの状況で、トイレから出てこない。返事は「ぐぅぅ……」「お゛ぉ……」とか、完全に腹を下した奴のうめき声だ。

 

 

 

「いや、ボス。なんで……?」

 

 

 考えろ。何かおかしなことはなかったか? 

 ボスがここまで戦えない状態になるなんて、普通じゃありえない。

 体調不良? いや、昨日までピンピンしてたし、酒もガンガン飲んでた。

 毒? いや、そんなマヌケな手に引っかかるような男じゃない。

 

 となると──そこで俺の脳裏に、今日の朝の記憶がよみがえった。

 

 

 

 

 

 ボスと俺は、久々に組織幹部たちが集まったからと朝飯を共に食べた。ただの飯じゃない。みんなで持ち寄って作る闇鍋だ。

 

 食材はルール無用、何を入れるかは完全に自由。

 誰かがカエルをぶち込み、誰かがサソリを投下し、誰かが訳のわからん発酵食品を沈めた。

 そして俺は──

 

『ふははははっ! 俺はお前らと一味違う! そんなココナッツだとか、カツ丼だとか、面白くない物じゃない……もっとすげぇ物をぶちこんでやらぁ!』

 

 

 

 

 

 ……俺、ノリで下剤ぶち込んだわ。

 

 

「………………」

 

『死神? どうした? 何か心当たりあるのか?』

 

「…………あ~」

 

 

 ──悲 報 、 ボ ス 完 全 戦 闘 不 能 の 原 因 も 判 明 。

 

 

『……死神? おい、どうし──』

 

 

 俺は静かに、通信機の電源を切った。

 

 え~っと、取り敢えず……これまでの状況を整理しよっか。

 

 ① ジャミング装置、俺が炭酸ぶちまけて物理的に死亡。

 → 敵の通信妨害ができず、作戦崩壊。

 

 ② アマネの位置、俺が右左間違えて報告。

 → 味方が壊滅し、戦場崩壊。

 

 ③ ボス、俺が闇鍋に下剤ぶち込んで社会的に死亡。

 → 指揮系統が崩壊。

 

 つまり……だ。

 

 

「うん、全部俺のせいだな」

 

 

 言い逃れができないレベルで、全部俺のせいだ。

 ジャミング装置も、右側全滅も、ボスがトイレで苦しんでるのも、ぜ~~~~んぶ俺が原因。

 

 

「…………」

 

 

 ──マズい。

 

 いや、これまでの人生の中でマズい状況なんて何度もあった。だが、今回のこれは、ちょっと桁が違う。

 冷静に考えてみろ。もし俺のミスが発覚したら……? 

 

 ジャミング装置の故障──撲殺確定。

 アマネの誤情報──刺殺確定。

 ボス戦闘不能──終身刑確定。

 

 やべぇ。マジでやべぇ。

 ……どうにかするしかない。このやらかしが霞むくらいの功績を、戦績を、実績を、この戦いで立てるしかない。

 

 ──そうだ、俺はまだ死んでねぇ。ってことは、まだ挽回のチャンスはある。

 今のままじゃ、戦場が崩壊するどころか、俺の人生が崩壊する。だったら、やるしかない。

 ここで俺が大活躍すれば、全部帳消しになるはずだ。

 

 取り敢えずの作戦はこうだ。

 

 ① まず、敵の動きを混乱させる。

 → ジャミング装置は使えない。じゃあ俺がジャミングになればいい。

 → ひたすら無線で適当なデマを流しまくる!! 

 

 ② 戦況をひっくり返す奇策を打つ。

 → 戦力差? 関係ねぇ! なんか派手なことをやらかせばいい! 

 → たとえば、敵の旗艦に突っ込むとか、アマテラスの本拠地を爆破するとか……! 

 

 ③ 俺が英雄になる。

 → 「死神がいなかったら戦場は崩壊していた!」と思わせる!! 

 → そうすれば、俺のミスなんて誰も気にしなくなるはず!! 

 

 

「よっしゃ、どれも実現可能な範囲だ……いける! やれる!」

 

 

 俺は立ち上がり、崩壊寸前の戦場を見渡した。

 どう考えても絶望だが、俺の未来がかかってるんだ。

 ここでヴィラン達のヒーローになれなきゃ、マジで終わる!! 

 

 

「──全員、ぶち転がしてやる」

 

 

 通信機のマイクに向かってそう誓おうとしたその刹那だった。

 ──遥か後方の山が大爆発を起こした。

 

 俺は思わず目を見開く。

 

 

「……あそこって確か」

 

 

 轟音とともに火柱が天を突き、黒煙がもくもくと立ち昇る。

 さっきまで無線で指示を出していた本部の連中がいるはずの場所。そこが今まさに、地形ごと吹き飛ばされた。

 

 

「…………」

 

 

 思考が追いつくよりも先に、体が動いていた。

 足の爪先が地面を蹴る。全身の筋肉が悲鳴を上げながらも、本能的に生存を優先して動いている。爆風の熱が背中を押し、空気が振動する。破片が飛び交う中、俺はただひたすら前へ。

 考える暇なんてない。もしここで立ち止まったら、次の瞬間には俺もあの爆炎の一部になっているだろう。

 全速力で走る。俺は決して振り返らなかった。

 そう、これは戦略的撤退だ。決して逃亡ではない。

 

 

「マジでごめんっ!! 死んだら地獄で土下座しまぁぁあす!!」

 

 

 地獄の戦場を駆け抜け、俺はひたすら遠くへと走り続けた。

 

 





【Q1 死神って何?】

この物語の主人公。馬鹿、アホ、マヌケ。
金と気分しだいでなんでもやる 何でも屋。最近、とあるサイトのワンクリック詐欺に引っ掛かり、電話にビクビクする1日を過ごしたらしい。

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