立てばヒーロー 座ればヴィラン 歩く姿はクソ無能 作:ハスハス
黒服たちは、無言のままゆっくりと店内へ入ってきた。
その身に纏っているスーツには、シワひとつなかった。立ち振舞いも、体格も良い。明らかに一般の客じゃない。
それだけならまだしも──彼らが醸し出す空気が違った。まるで周囲の温度を数度下げるような、冷たい圧迫感。普通の人間なら、ただ目を合わせるだけで背筋が凍るような威圧感がそこにあった。
コンビニ特有の蛍光灯の白い光が、彼らの黒い服をさらに際立たせる。背後に広がる夜の闇と溶け合い、まるで歩く影そのものだ。
……まぁ、そういう物々しい雰囲気の連中が来ても、俺のやることは変わらないんだけどね。
俺はレジカウンター越しに彼らを見やり、にっこり笑って口を開く。
「いらっしゃいませ~~!」
いつも通りの完璧接客モード。
だが、黒服たちは誰ひとり表情を変えない。無言のまま、ゆっくりとレジへと歩み寄ってきた。
そのうちの一人──特にガタイのいい男が、俺の前に立つ。彼はじっと俺を見下ろし、短く言い放った。
「お前が死神だな?」
「いえ、違います。アイ アム ア ただのコンビニ店員です」
俺は即答した。
「とぼけるな」
「とぼけてません! 俺、コンビニバイト歴1週間のフレッシュな店員なんで!」
「そのわりに妙に堂々としているな」
「接客業はメンタルが大事なんで!」
ガタイのいい黒服は、ジロリと俺を睨む。その目は裏社会で散々見てきた、本物の殺し屋の目だった。
この男、相当の場数を踏んでやがる。
「俺たちは【十州犯罪者連盟】の者だ」
【十州犯罪者連盟】──たしか、十州に根付く犯罪組織やギャング、賞金首たちが集まり、アマテラスに対抗するために作られた巨大な犯罪同盟だったはずだ。
表向きはまとまりがあるように見えるが、実際は有象無象の無法地帯。それぞれの利害で動き、時には協力し、時には殺し合っている。
そんなPUGYA-が可愛く見えてくるような組織が、
絶対やばい案件だろ、これ。
「十州犯罪者連盟? うわ、やだなぁ……もうちょっとオブラートに包んだ方がよくないですか? せめて十州平和維持団とか」
「……お前を迎えに来た」
「だから、アイ アム ア コンビニ店員なんで」
「……ふざけるな。アマテラス相手に戦い、北空道戦線をほぼ無傷で生き延びた唯一の人間。そんな逸材を俺たちが放っておくと思うか?」
「いや、放っておいて欲しいんですけど」
俺は静かに深呼吸し、両手を広げて笑顔を作る。
「わかります? 俺、今バイトしてるんですよ。レジ打って、お客さんと談笑して、夜勤明けのお客さんに缶コーヒーおすすめしたり。平和! 健康! 最高!」
「……バイト?」
「イエス、バイト」
「……お前、本気で逃げ切れると思ってるのか?」
「逃げてません。俺はここで立派に生きてるんです!」
そう言い切り、俺は堂々と胸を張る。背筋をピンと伸ばし、胸をドンッと叩いてみせた。
どうだ、この堂々たる態度!!
犯罪者としての過去? そんなもん今は知らん!! 俺は今、このコンビニのバイト戦士として、社会の一員として、真っ当に生きているのだ!!
少なくとも、世間が死神の存在を忘れるまでは働き続けるぞ! アマテラスの
戦いたくないしなッッッ!!
「お前の居場所はここにはない」
「あるよ?」
「……どうやら、話し合いは無駄なようだな」
黒服たちは顔を見合わせ、何やら小声で話し始めた。
ヤバい、これは絶対ロクな相談じゃねぇ。
──と、そこで俺はあることにふと気づく。
さっきまで隣にいたはずの店長が、消えていた。
バックヤードにでも行ったのか? いや、それにしちゃ足音もしなかったし、気配が完全に消えてる。
……え? この俺の気配察知から逃れたってマジ? 店員、何者?
だが、その疑問を考える暇はなかった。
「……仕方ない。強行手段に出る」
「え、ちょっと待っ──」
黒服の一人が俺の襟首を掴もうとした──が、その手が俺に届く前に、鈍い衝撃音とともに、そいつの顔がグシャッと歪んだ。俺のカウンター越しの掌底が、黒服の顔面を直撃したのだ。
数歩よろけた黒服が、倒れまいと踏ん張る。しかし耐えきれなかったようで、バランスを崩し、そのまま棚へと突っ込んでいった。
派手な音とともに、ポテチの袋や駄菓子が宙を舞う。
「あ~、そういうことしちゃう?」
他の黒服たちが、一瞬動きを止める。
鼻骨が砕けたのか、最初に襲いかかってきた男が鼻血を垂らしながら呻いている。
「……殺す」
低く唸るような声が聞こえた。
黒服たちの表情が険しくなり、じわじわと殺気が膨れ上がる。
俺は深い深呼吸をしながら、カウンターの下にそっと手を伸ばした。
指先が触れたのは、小さな赤いボタン──緊急通報ボタンだ。
ご存じの通り、ニポンはとっても危険な国だ。故に、全国殆どのコンビニには、防犯対策として警察に即時通報できるこのボタンが設置されている。強盗や不審者が現れた際、店員が目立たないように押せるようになっているのだ。
まさか、自分がこれを使う日が来るとは思わなかった。俺は、拳銃の引き金を引くような感覚で、静かにボタンを押し込む。
「当店はおさわり禁止になっておりま~~~す。お客様~~~」
短く控えめなカチッという音が指先に伝わる。これで警察には通報がいったはずだ。
「……囲め」
その声を合図に、黒服たちが一斉に動く。低く、短い命令だった。
だが、それだけで十分だったようで。黒服たちは一斉に動き出し、ゆっくりと俺を包囲していく。
それは容赦のない、ガチの殺しの動きだった。
「あ~あ。お客様は神様だから、仏様にはしたくないんだよなぁ……」
俺はそうつぶやきながら、服の下に隠してあった武器を手に取った。
【Q3 緊急通報ボタンって?】
その名の通り、緊急時に警察へ通報するためのボタン。大体の店に設置されている。
最近、このボタンを一般男子学生が舐める事件があったらしい。世も末だね。