立てばヒーロー 座ればヴィラン 歩く姿はクソ無能   作:ハスハス

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第4話 転職

 

 荒れ果てたコンビニの店内には、静寂が広がっていた。

 

 レジカウンターは弾痕だらけで、中のレジスターは見るも無残な姿を晒している。壁には銃弾の穴が無数に空き、そこから煙が薄く立ち上っていた。棚は軒並み倒れ、商品が床に散乱している。カップ麺の容器がいくつも転がり、割れたジュースの瓶がべたつく液体を撒き散らしていた。

 

 ──とてもじゃないが、営業できる状態じゃない。

 

 俺はそんな惨状をぼんやりと眺めながら、深く息を吐いた。

 

 

「……マジでごめん、店長」

 

 

 言いながら、倒れた黒服たちを見回す。全員が気絶しており、ピクリとも動かない。呼吸はしているが、どいつもこいつもこれからしばらくは戦えそうになかった。

 

 さて、こいつらをどうするかだ。

 逃げるにしても、ただ放置するのは気が引ける。店長に更なる迷惑をかけそうだ。警察に捕まえられて根掘り葉掘り聞かれるのも面倒だし……ここはひとまず、適当に縛り上げておくか。

 

 俺は近くに落ちていたビニール紐を拾い、黒服たちを拘束しようとしゃがみ込んだ。

 

 ──その時だった。

 

 

「予想以上ですね、死神さん」

 

 

 まるで時が止まったかのような、張り詰めた気配がコンビニ内に満ちた。

 

 俺の肌が総毛立つ。

 直感が警鐘を鳴らしている。これはただの有象無象ではない。別格の存在が、すぐ背後にいる。

 

 

「まさかこんな短時間で行動不能にできるなんて……。この子達は優秀な部下だったのですが、どうやら噂に違わぬお力のようですね」

 

 

 甘く、澄んだ声が店内に響く。

 振り向くよりも早く、俺は反射的に後方へ跳んだ。すぐさま構えを取るが──視界に入ったのは、黒いロングコートをまとった女だった。

 

 黒髪は艶やかに流れ、まるで絹糸のように滑らかだった。整った額から自然に流れる前髪が、その端正な顔立ちを引き立てている。肌は透き通るように白く、まるで陶磁器のような繊細さを持つ。

 装飾は控えめながらも、一つ一つが洗練されていた。耳元には小さなパールのピアスが揺れ、首元には華奢なネックレスが静かに輝く。指先には、繊細な彫刻が施されたリングがはめられ、その優美な指の動きに合わせて微かに光を反射していた。

 

 まとう雰囲気は、まさに気品そのもの。まるで王宮に佇む貴婦人のような静謐な美しさを備えている。しかし、その眼差しには確固たる意志が宿り、決して揺るがぬ冷静さが滲んでいた。まるで研ぎ澄まされた刃のような、触れれば切れそうな鋭い美しさを持つ女性──それが、彼女だった。

 

 俺は無意識に拳を握っていた。

 女はゆっくりと歩を進めながら、穏やかに微笑む。

 

 

「初めまして。私はオメガと申します。十州犯罪者連盟の……そうですね、一応、王と呼ばれています」

 

 

 その瞳には、何の迷いもない。ただただ、確信だけがあった。

 

 この女──オメガとやら、ただ者じゃない。この黒服どもとは違う。危険な空気が全身から滲み出ている。

 俺の本能が【警戒しろ】と告げていた。

 

 そんな張り詰めた空気の中、俺は──

 

 

「タイムっ!!」

 

 

 ──両手をパーにして、オメガの前で制止のポーズをとった。まるでサッカーの主審が試合を止めるかのように、あるいはバスケのタイムアウトを要求する選手のように。

 

 

「……はい?」

 

 

 オメガはわずかに目を瞬かせる。まるで予想外の動きをされた猫が、興味深げにこちらを見つめるような表情だ。

 

 そんなオメガを尻目に、俺は思考を巡らせる。

 腕を組み、顎に手を当てながら視線をわずかに落とす。指先で顎をトントンと叩きつつ、体の重心を左右に移動させるようにわずかに揺らす。片足のつま先で床を軽く擦りながら、さらに考えを巡らせた。

 やがて、僅かに眉を寄せる。

 

 ──なるほど、()()()()()()()()()()

 

 さっきの黒服どもと、この女の登場の仕方を照らし合わせれば、自ずと見えてくるものがあった。

 

 多分、流れとしてはこうだ。

 まず、十州犯罪者連盟はどこからか俺の情報を仕入れた。自分で言うのもなんだが、是非とも仲間にしたいと考えたはずだ。とはいえ、その情報だけを頼りに判断するのは危うい。どんなに有力な情報でも、実際に確かめるまでは信用できない。

 だから、喧嘩っ早い黒服どもをけしかけ、俺の戦いぶりを観察した。結果、俺は全員をぶっ飛ばし、情報が誇張ではないことを証明してみせた。

 

 そこで満を持して現れたのが、この女。これが本命のスカウト役ってわけだ。

 

 

「うん、あ~……これっぽいな。うん、多分これで正解」

 

 

 俺はそう言いながら、制止のポーズを止める。

 オメガは腕を組み、じっとこちらを見ていた。俺の表情を見ていたのか、それともただ反応を楽しんでいたのか。

 

 

「……状況の理解は済みましたか?」

 

 

 オメガは優雅に微笑むと、倒れた黒服の一人の上に静かに腰を下ろした。まるでサロンのソファに腰掛けるかのような、優雅な所作だった。

 

 

「まぁ、なんとなくは。黒服が雑な勧誘兼実力確認。あなたが本命の勧誘……かな?」

 

「ふふっ、話が早くて助かります」

 

 

 オメガは品のある微笑みを浮かべながら、ゆっくりと脚を組んだ。

 そして唐突に、だが堂々とした口調でこう言い放った。

 

 

「さて、単刀直入に申し上げます。貴方を、私どもの組織にお迎えしたいのです」

 

 

 オメガは一瞬の沈黙を挟んでから、ゆっくりと口を開く。それはまるで、言葉そのものに重みを持たせるかのような、静かで確信に満ちた間合いだった。

 

 

「私たちの目的は、政府組織アマテラスの打倒。組織の規模は、現在ニポン最大と言っても過言ではありません」

 

「……ふむ」

 

「日給は500万、完全週休二日制、有給消化率95パーセント」

 

「…………ん?」

 

「仕事で使う武器や装備はすべて支給。壊れても新品交換、好きなだけ使用可能」

 

「えっ?」

 

「福利厚生も充実しております。怪我をされた場合、専門の医療班が手厚くサポートいたします。休日もしっかり確保され、もちろん残業はございません」

 

「ちょっと待って、それマジ?」

 

 

 オメガはゆるりと口角を上げながら、僅かに伏し目がちに呟いた。

 

 

「情報通り……ですね」

 

 

 まるで独り言のような、かすかな声。だが、その言葉には妙な含みがあった。

 俺が反応するより早く、オメガはすぐに顔を上げ、今度ははっきりとした声で言い切る。

 

 

「ええ、大マジです」

 

 

 その声には迷いがなかった。

 

 いや、待遇が良すぎるだろ。なんだこれ、犯罪組織ってそんなにホワイトな職場だったっけ? 

 俺の知ってる悪の組織って、もっとこうピラミッドの底辺が地獄みたいなもんなんだけど。ブラックどころか漆黒で、逃げようものなら即処分みたいな。

 

 でも、このオメガの言葉を信じるなら……むしろそこらの企業よりよっぽど待遇がいい。

 というか、俺が今までいたPUGYA-の待遇がゴミすぎたのか? あそこ、弱みを握って時給500円でこき使ってきたし。

 それに比べて、日給500万。装備支給。完全週休二日制。医療サポート完備。

 犯罪組織のくせに、普通に超ホワイトじゃん。

 

 正直、今すぐ飛びつきたいレベルの条件だ。

 

 

「……ちょっと考えさせてもらっていい?」

 

「ええ、もちろんです」

 

 

 オメガは余裕の態度で微笑みながら、手元の指輪を軽く弄ぶ。そして、足を組み直しながら俺をじっと見据えた。まるで俺の反応を楽しんでいるかのような、柔らかな笑みを浮かべながら。

 

 

「ただし、長くは待ちませんよ? 貴方ほどの方を欲しがるのは、何も私たちだけではないでしょうから」

 

 

 オメガの視線は揺るがない。スカウトのための言葉を並べながらも、その瞳はじっと俺の動向を探っている。

 

 まぁ、それもそうか。

 どれだけ条件が良くても、俺が使い物にならなければ意味がない。だからこそ、黒服を差し向けて実力を測ったし、こうして直接交渉しに来たってわけだ。

 

 

「あ~、他にも俺を狙ってるとこがあるってこと?」

 

「さあ、どうでしょう?」

 

 

 オメガはふっと優雅に微笑む。

 

 

「ですが、いずれそうなるのは確実ですね」

 

 

 微笑みの奥に、確信があった。

 

 

「貴方ほどの人外じみた戦闘能力を持つ方は、どこでも貴重な存在。どこかの誰かが目をつけるのは時間の問題です。……でしたら、一番待遇の良いところを選ぶのが賢明ではありませんか?」

 

「うん、まぁ、そうなんだけどさぁ」

 

 

 確かに、それは一理あるかもしれない。俺の戦闘力を考えれば、スカウトしてくる組織は他にも出てくるだろう。なら、条件のいいところを選ぶのは当然っちゃ当然だ。

 

 ──でも、それでいいのか? 

 

 オメガの視線を受けながら、俺は無意識に顎に手を当てる。考え込む俺を見て、オメガはくすっと微笑み、肩を軽くすくめながら言った。

 

 

「ちなみに、ですが……このコンビニの店長さんが、貴方を私たちに売った張本人です」

 

「……は?」

 

「貴方がこのコンビニにこだわっていたのは、拾ってくださった店長に恩を感じていたからでしょう? ですが──」

 

「あっ、すぅぅぅぅうううう」

 

 

 俺は一瞬、視線を天井に向ける。僅かに息を吐き、考える素振りを見せ──

 

 

「よし、転職します!」

 

 

 即決だった。

 オメガは一瞬だけ沈黙し、まばたきをする。次の瞬間、そっと口元に手を添えながら、静かに微笑んだ。

 

 

「ふふ……貴方、面白い方ですね」

 

 

 余裕を含んだ柔らかな笑み。だが、その目は俺の反応をしっかりと観察している。

 

 一方俺は、内心で怒号をぶちまけていた。

 

 あの筋肉モリモリマッチョマンの変態が!! ふざけやがって!! 

 せっかく人がさぁ、恩を返そうとさぁ、頑張ってたのにさぁ!! 

 こういう奴がいるから社会はどんどん駄目になっていくんだ!! あのクソハゲ!! 

 腐ったプロテインでも飲んで腹を壊せ!! 

 

 そんな心の叫びをよそに、オメガは優雅に微笑み続ける。

 

 

「貴方、なかなか愉快な方ですね。気に入りました」

 

「ありがとうございます! んで、俺はどうすればいいんですか? なんか契約書とかある?」

 

「いいえ、そういったものはありません。貴方が入ると決めた時点で、お話は成立しています」

 

 

 オメガは黒服の上から静かに立ち上がる。ロングコートを優雅に翻しながら、出口の方へと歩き出した。

 俺も一度だけコンビニを振り返り──すでに滅茶苦茶な店内を見て、深く息を吐く。

 

 

「……ファ○キュー店長!! 短い間だったけどお世話になりました!! ファッ○ュー!!」

 

 

 叫ぶように言うと、俺はオメガの後を追って外へ出た。

 

 ──ここから、俺の新たな物語が始まる。

 

 敗れ去ったただの負け犬だった俺が、再び悪の道を歩み出す。

 政府と対立する巨大組織、その王自らが俺をスカウトし、未知なる戦いへと誘う。

 強者たちがひしめく世界。陰謀が渦巻く戦場。

 

 これは、俺が最強の悪となる物語。

 血と硝煙の先に、俺は何を見るのか。

 仲間と共に、敵を薙ぎ倒し、最強の名を刻むのか。

 

 すべては、今この瞬間から始まる──

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──はずだった。

 

 

「動くなァァァァ!!!」

 

 

 俺がオメガの後に続き、堂々とコンビニを出た瞬間だった。その瞬間、眩い無数のライトが俺たちを照らした。

 

 

「強盗の姿を確認! 総員、構えろ!」

 

 

 一斉に響き渡る怒号。警察のサイレンがけたたましく鳴り響く。周囲にはパトカーがずらりと並び、武装した警官隊が銃を構えていた。

 

 

「…………」

 

「……やっべ」

 

 

 ──あ。

 

 その刹那、俺はついさっきのことを思い出した。

 

 そうだ。俺、通報ボタンを押してたんだった。

 

 

「………………」

 

「………………」

 

 

 オメガがゆっくりと、俺の方を向く。

 その目には、すべてを察したという無言の圧力が込められていた。

 

 

「……すみません」

 

「…………」

 

「ごめんなさい」

 

「…………」

 

「心の底から後悔しております」

 

 

 オメガは軽くため息をつきながら、涼やかに微笑む。

 

 

「言い訳は結構です。……制圧してください」

 

「……努力します」

 

 

 瞬間、俺は警官隊へ向かって全速力で駆け出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 結果だけを言うなら、数十人の武装した警官隊はものの1分で制圧できた。

 

 ぜぇ、ぜぇ……雑魚どもが!! 

 

 ちなみに、黒服の時はクソの役にも立たなかった蛇腹剣が、素晴らしい活躍をして俺を助けてくれたのは、また別のお話。

 

 

 




【Q5 黒服はどうなったの?】
傷だらけだったけど、頑張って帰ったみたい。可哀想。
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