立てばヒーロー 座ればヴィラン 歩く姿はクソ無能 作:ハスハス
荒れ果てたコンビニの店内には、静寂が広がっていた。
レジカウンターは弾痕だらけで、中のレジスターは見るも無残な姿を晒している。壁には銃弾の穴が無数に空き、そこから煙が薄く立ち上っていた。棚は軒並み倒れ、商品が床に散乱している。カップ麺の容器がいくつも転がり、割れたジュースの瓶がべたつく液体を撒き散らしていた。
──とてもじゃないが、営業できる状態じゃない。
俺はそんな惨状をぼんやりと眺めながら、深く息を吐いた。
「……マジでごめん、店長」
言いながら、倒れた黒服たちを見回す。全員が気絶しており、ピクリとも動かない。呼吸はしているが、どいつもこいつもこれからしばらくは戦えそうになかった。
さて、こいつらをどうするかだ。
逃げるにしても、ただ放置するのは気が引ける。店長に更なる迷惑をかけそうだ。警察に捕まえられて根掘り葉掘り聞かれるのも面倒だし……ここはひとまず、適当に縛り上げておくか。
俺は近くに落ちていたビニール紐を拾い、黒服たちを拘束しようとしゃがみ込んだ。
──その時だった。
「予想以上ですね、死神さん」
まるで時が止まったかのような、張り詰めた気配がコンビニ内に満ちた。
俺の肌が総毛立つ。
直感が警鐘を鳴らしている。これはただの有象無象ではない。別格の存在が、すぐ背後にいる。
「まさかこんな短時間で行動不能にできるなんて……。この子達は優秀な部下だったのですが、どうやら噂に違わぬお力のようですね」
甘く、澄んだ声が店内に響く。
振り向くよりも早く、俺は反射的に後方へ跳んだ。すぐさま構えを取るが──視界に入ったのは、黒いロングコートをまとった女だった。
黒髪は艶やかに流れ、まるで絹糸のように滑らかだった。整った額から自然に流れる前髪が、その端正な顔立ちを引き立てている。肌は透き通るように白く、まるで陶磁器のような繊細さを持つ。
装飾は控えめながらも、一つ一つが洗練されていた。耳元には小さなパールのピアスが揺れ、首元には華奢なネックレスが静かに輝く。指先には、繊細な彫刻が施されたリングがはめられ、その優美な指の動きに合わせて微かに光を反射していた。
まとう雰囲気は、まさに気品そのもの。まるで王宮に佇む貴婦人のような静謐な美しさを備えている。しかし、その眼差しには確固たる意志が宿り、決して揺るがぬ冷静さが滲んでいた。まるで研ぎ澄まされた刃のような、触れれば切れそうな鋭い美しさを持つ女性──それが、彼女だった。
俺は無意識に拳を握っていた。
女はゆっくりと歩を進めながら、穏やかに微笑む。
「初めまして。私はオメガと申します。十州犯罪者連盟の……そうですね、一応、王と呼ばれています」
その瞳には、何の迷いもない。ただただ、確信だけがあった。
この女──オメガとやら、ただ者じゃない。この黒服どもとは違う。危険な空気が全身から滲み出ている。
俺の本能が【警戒しろ】と告げていた。
そんな張り詰めた空気の中、俺は──
「タイムっ!!」
──両手をパーにして、オメガの前で制止のポーズをとった。まるでサッカーの主審が試合を止めるかのように、あるいはバスケのタイムアウトを要求する選手のように。
「……はい?」
オメガはわずかに目を瞬かせる。まるで予想外の動きをされた猫が、興味深げにこちらを見つめるような表情だ。
そんなオメガを尻目に、俺は思考を巡らせる。
腕を組み、顎に手を当てながら視線をわずかに落とす。指先で顎をトントンと叩きつつ、体の重心を左右に移動させるようにわずかに揺らす。片足のつま先で床を軽く擦りながら、さらに考えを巡らせた。
やがて、僅かに眉を寄せる。
──なるほど、
さっきの黒服どもと、この女の登場の仕方を照らし合わせれば、自ずと見えてくるものがあった。
多分、流れとしてはこうだ。
まず、十州犯罪者連盟はどこからか俺の情報を仕入れた。自分で言うのもなんだが、是非とも仲間にしたいと考えたはずだ。とはいえ、その情報だけを頼りに判断するのは危うい。どんなに有力な情報でも、実際に確かめるまでは信用できない。
だから、喧嘩っ早い黒服どもをけしかけ、俺の戦いぶりを観察した。結果、俺は全員をぶっ飛ばし、情報が誇張ではないことを証明してみせた。
そこで満を持して現れたのが、この女。これが本命のスカウト役ってわけだ。
「うん、あ~……これっぽいな。うん、多分これで正解」
俺はそう言いながら、制止のポーズを止める。
オメガは腕を組み、じっとこちらを見ていた。俺の表情を見ていたのか、それともただ反応を楽しんでいたのか。
「……状況の理解は済みましたか?」
オメガは優雅に微笑むと、倒れた黒服の一人の上に静かに腰を下ろした。まるでサロンのソファに腰掛けるかのような、優雅な所作だった。
「まぁ、なんとなくは。黒服が雑な勧誘兼実力確認。あなたが本命の勧誘……かな?」
「ふふっ、話が早くて助かります」
オメガは品のある微笑みを浮かべながら、ゆっくりと脚を組んだ。
そして唐突に、だが堂々とした口調でこう言い放った。
「さて、単刀直入に申し上げます。貴方を、私どもの組織にお迎えしたいのです」
オメガは一瞬の沈黙を挟んでから、ゆっくりと口を開く。それはまるで、言葉そのものに重みを持たせるかのような、静かで確信に満ちた間合いだった。
「私たちの目的は、政府組織アマテラスの打倒。組織の規模は、現在ニポン最大と言っても過言ではありません」
「……ふむ」
「日給は500万、完全週休二日制、有給消化率95パーセント」
「…………ん?」
「仕事で使う武器や装備はすべて支給。壊れても新品交換、好きなだけ使用可能」
「えっ?」
「福利厚生も充実しております。怪我をされた場合、専門の医療班が手厚くサポートいたします。休日もしっかり確保され、もちろん残業はございません」
「ちょっと待って、それマジ?」
オメガはゆるりと口角を上げながら、僅かに伏し目がちに呟いた。
「情報通り……ですね」
まるで独り言のような、かすかな声。だが、その言葉には妙な含みがあった。
俺が反応するより早く、オメガはすぐに顔を上げ、今度ははっきりとした声で言い切る。
「ええ、大マジです」
その声には迷いがなかった。
いや、待遇が良すぎるだろ。なんだこれ、犯罪組織ってそんなにホワイトな職場だったっけ?
俺の知ってる悪の組織って、もっとこうピラミッドの底辺が地獄みたいなもんなんだけど。ブラックどころか漆黒で、逃げようものなら即処分みたいな。
でも、このオメガの言葉を信じるなら……むしろそこらの企業よりよっぽど待遇がいい。
というか、俺が今までいたPUGYA-の待遇がゴミすぎたのか? あそこ、弱みを握って時給500円でこき使ってきたし。
それに比べて、日給500万。装備支給。完全週休二日制。医療サポート完備。
犯罪組織のくせに、普通に超ホワイトじゃん。
正直、今すぐ飛びつきたいレベルの条件だ。
「……ちょっと考えさせてもらっていい?」
「ええ、もちろんです」
オメガは余裕の態度で微笑みながら、手元の指輪を軽く弄ぶ。そして、足を組み直しながら俺をじっと見据えた。まるで俺の反応を楽しんでいるかのような、柔らかな笑みを浮かべながら。
「ただし、長くは待ちませんよ? 貴方ほどの方を欲しがるのは、何も私たちだけではないでしょうから」
オメガの視線は揺るがない。スカウトのための言葉を並べながらも、その瞳はじっと俺の動向を探っている。
まぁ、それもそうか。
どれだけ条件が良くても、俺が使い物にならなければ意味がない。だからこそ、黒服を差し向けて実力を測ったし、こうして直接交渉しに来たってわけだ。
「あ~、他にも俺を狙ってるとこがあるってこと?」
「さあ、どうでしょう?」
オメガはふっと優雅に微笑む。
「ですが、いずれそうなるのは確実ですね」
微笑みの奥に、確信があった。
「貴方ほどの人外じみた戦闘能力を持つ方は、どこでも貴重な存在。どこかの誰かが目をつけるのは時間の問題です。……でしたら、一番待遇の良いところを選ぶのが賢明ではありませんか?」
「うん、まぁ、そうなんだけどさぁ」
確かに、それは一理あるかもしれない。俺の戦闘力を考えれば、スカウトしてくる組織は他にも出てくるだろう。なら、条件のいいところを選ぶのは当然っちゃ当然だ。
──でも、それでいいのか?
オメガの視線を受けながら、俺は無意識に顎に手を当てる。考え込む俺を見て、オメガはくすっと微笑み、肩を軽くすくめながら言った。
「ちなみに、ですが……このコンビニの店長さんが、貴方を私たちに売った張本人です」
「……は?」
「貴方がこのコンビニにこだわっていたのは、拾ってくださった店長に恩を感じていたからでしょう? ですが──」
「あっ、すぅぅぅぅうううう」
俺は一瞬、視線を天井に向ける。僅かに息を吐き、考える素振りを見せ──
「よし、転職します!」
即決だった。
オメガは一瞬だけ沈黙し、まばたきをする。次の瞬間、そっと口元に手を添えながら、静かに微笑んだ。
「ふふ……貴方、面白い方ですね」
余裕を含んだ柔らかな笑み。だが、その目は俺の反応をしっかりと観察している。
一方俺は、内心で怒号をぶちまけていた。
あの筋肉モリモリマッチョマンの変態が!! ふざけやがって!!
せっかく人がさぁ、恩を返そうとさぁ、頑張ってたのにさぁ!!
こういう奴がいるから社会はどんどん駄目になっていくんだ!! あのクソハゲ!!
腐ったプロテインでも飲んで腹を壊せ!!
そんな心の叫びをよそに、オメガは優雅に微笑み続ける。
「貴方、なかなか愉快な方ですね。気に入りました」
「ありがとうございます! んで、俺はどうすればいいんですか? なんか契約書とかある?」
「いいえ、そういったものはありません。貴方が入ると決めた時点で、お話は成立しています」
オメガは黒服の上から静かに立ち上がる。ロングコートを優雅に翻しながら、出口の方へと歩き出した。
俺も一度だけコンビニを振り返り──すでに滅茶苦茶な店内を見て、深く息を吐く。
「……ファ○キュー店長!! 短い間だったけどお世話になりました!! ファッ○ュー!!」
叫ぶように言うと、俺はオメガの後を追って外へ出た。
──ここから、俺の新たな物語が始まる。
敗れ去ったただの負け犬だった俺が、再び悪の道を歩み出す。
政府と対立する巨大組織、その王自らが俺をスカウトし、未知なる戦いへと誘う。
強者たちがひしめく世界。陰謀が渦巻く戦場。
これは、俺が最強の悪となる物語。
血と硝煙の先に、俺は何を見るのか。
仲間と共に、敵を薙ぎ倒し、最強の名を刻むのか。
すべては、今この瞬間から始まる──
──はずだった。
「動くなァァァァ!!!」
俺がオメガの後に続き、堂々とコンビニを出た瞬間だった。その瞬間、眩い無数のライトが俺たちを照らした。
「強盗の姿を確認! 総員、構えろ!」
一斉に響き渡る怒号。警察のサイレンがけたたましく鳴り響く。周囲にはパトカーがずらりと並び、武装した警官隊が銃を構えていた。
「…………」
「……やっべ」
──あ。
その刹那、俺はついさっきのことを思い出した。
そうだ。俺、通報ボタンを押してたんだった。
「………………」
「………………」
オメガがゆっくりと、俺の方を向く。
その目には、すべてを察したという無言の圧力が込められていた。
「……すみません」
「…………」
「ごめんなさい」
「…………」
「心の底から後悔しております」
オメガは軽くため息をつきながら、涼やかに微笑む。
「言い訳は結構です。……制圧してください」
「……努力します」
瞬間、俺は警官隊へ向かって全速力で駆け出した。
結果だけを言うなら、数十人の武装した警官隊はものの1分で制圧できた。
ぜぇ、ぜぇ……雑魚どもが!!
ちなみに、黒服の時はクソの役にも立たなかった蛇腹剣が、素晴らしい活躍をして俺を助けてくれたのは、また別のお話。
【Q5 黒服はどうなったの?】
傷だらけだったけど、頑張って帰ったみたい。可哀想。