黒上采南は生存者でない   作:ソフ

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第8.5話(後編) ナナカマド

 本日四度目の目覚ましが鳴る。すると布団の中から手が伸びてきて、それはすぐに止められる。

 春の陽気に包まれた朝、家の布団に包まれた少女は目覚まし時計と我慢比べをしていた。

 

「七海! いつまで寝てるの!」

 

 あと少し勝てそうだったのに、ここにきて不機嫌そうな母が乱入してきた。

 これにより少女の敗北がほぼ確定してしまったが、それでも少女は最後の抵抗を見せる。

 

「眠気、眠気、眠気。アラームを止めて、あとは、沈黙……」

「変なこと言ってないで、早く朝ごはん食べなさい!」

 

「朝ごはん……もしかしてオムレット?」

「オムレットは朝に食べるもんじゃないでしょ」

「だったら夢で食べるしかないね。てわけでおやす……」

「いいから起きなさい!!」

「う……はぁい」

 

 母の怒りが爆発し、結局朝の我慢比べは毎回母の勝利で幕を引く。

 

「では、尼寺へ行ってきます!」

 

 食事を終えた少女は学校へ行く支度を済ませ、元気よく家を飛び出す。

 

「何言ってるんだ、あいつ」

「私たちはどこで育て方を間違えたのかしら……」

「まあ何かと影響を受けやすい年頃なんだろ。今はふらふらしてても、最終的には立派な子に育ってくれるはずさ」

「だといいんだけどね……」

 

 両親は時折、その少女について将来の不安を口にする。

 幼い頃から『特別な存在』への憧れがあり、それを追い求めているうちに変人に片足を突っ込みかけている少女。

 そう、それこそが千竈家の問題児、千竈七海だ。

 

 

  * * *

 

 

 七海の趣味は人間観察だ。ちょっと変わった人を見かけると、それだけでテンションが上がる。これはきっと昔両親に連れられて、落語やスポーツといった様々な世界を教えてもらったことが影響しているのだろう。

 他の誰とも違うってかっこいい。特別な存在ってかっこいい。だから七海は自分もそうありたいと強く思っていた。

 

 そしてそんな七海も今日から小学六年生。

 今日はクラス替えがあり、まだ知らない人たちと知り合える、一年で最高の一日だ。

 どんな変わった人がいるのだろう。七海は期待に胸を膨らませながら、駆け足で学校へと向かった。

 

(うーん……普通!)

 

 新しいクラスで全員の自己紹介が終わったが、特に興味を惹かれる人はいなかった。

 強いて言うなら、最初の方に喋っていた空木美花という女の子が気になったが、引っ込み思案っぽい子が一番個性的というオチには、今朝のワクワクを返してほしいと言いたくなる。

 

 休み時間になり、七海は美花に声をかけてみる。

 

「ねぇ、つっきー」

「つ、つき……って私のこと?」

「そうだけど、他に誰がいるの?」

「い、いや、いない……で、ごめん……誰だっけ?」

「アタシは七海ちゃん! よろしくねっ」

 

「ななみ……じゃあええと……ななみん? かな?」

「なんで疑問形?」

「い、嫌じゃないかなって……」

「全然! むしろ可愛さ10割増しって感じで好きだよ! ありがとね、つっきー!」

「う、うん……」

 

 いきなりニックネームで呼んだだけでこの動揺っぷり。そして律儀にニックネームを考えて、その確認までしてくれる可愛らしさ。

 七海は確信した。美花はいい観察対象になると。

 

 それから事あるごとに美花をつけ回す日々が始まった。

 教室の移動や図書室には必ずと言っていいほどついていき、美花が教室で本を読んでいるだけの時もチラチラと視線を送っていた。

 

「な、何……?」

「なんでもっ」

「ぅ……」

 

 嫌がっているようで実は内心嬉しがっていそうな絶妙な感じが、七海は観察のしがいがあると気に入っていた。

 しかし、そんな日々も突如一旦の終わりを迎える。

 

「空木さんは諸事情でしばらく学校を休むことになりました」

 

 突然の休学。美花は学校に来なくなった。

 七海は休学の理由が気になったが、結局美花に会えないまま、3月の卒業を迎えてしまった。

 

 七海はそのまま中学に進学するも、面白みに欠ける毎日を送っていた。

 新しい友達とのおしゃべりは楽しいが、心の奥底ではどこか物足りなさを感じる毎日。学校という閉鎖的な空間ではみんな猫を被っているのか、七海の周りには特徴のない人しかいない。

 このままでは自分もつまらない人間になってしまう。そう危機感を募らせた七海はネットを駆使して学校の外に出会いを求めた。

 

 そして辿り着いたのが……大赦をデタラメに非難する得体の知れないデモ集団だった。

 デモはちょうど学校が終わる時間帯に隔週で実施されており、七海は一度帰宅して着替えてから参加する。

 

「こんな若いのに偉いわね」

「大赦は我々に重大な事実を隠しているのだよ! それについては後で私がたっぷりと……」

 

 中学生の参加者は珍しいこともあり、七海はみんなから持て囃された。七海は大赦に恨みがあるわけでも、デモ隊の思想に共感しているわけでもなかったが、自分とは違う考えを持った人たちとの交流を楽しんでいた。

 

 それから七海はデモ集団とよく絡むようになり、同級生にそのことを知られるまでになっていた。

 そしてちょうど自前の拡声器を購入したタイミングで意外な出来事が起こる。なんとあの美花が帰ってきたのだ。

 七海は久しぶりに美花に会えて嬉しかった。またいっぱい絡もうかと思っていたが、残念なことに記念すべき美花の復活日は、学校に持ち込んで没収された拡声器の奪還に多くの時間を費やすことになった。

 放課後になってようやく拡声器を取り戻せた七海は、気分を切り替えてデモに途中参加する。

 

「それは?」

「拡声器です! これで声を枯らすまで叫び倒してやりますとも!」

「下品な真似はしないで。そんなものは不要よ」

「そんな……! せっかく買ったのに!!」

 

 頑張ってお小遣いを貯めて買った拡声器だったが、デモ集団の謎の理念に反していたようだ。

 

「それはお友達の目覚まし用にでもとっておきなさい」

「アタシにあの安眠を破壊する非人道的兵器になれと?」

「あれは迷惑を承知で人々を正しい方向へ導く救世主よ」

「アタシは目覚まし時計が憎い!」

 

 結局、その後拡声器は自宅の押入れで眠ることになり、七海はデモに参加することが滅多になくなった。というのも、拡声器を否定されたからではなく、七海の興味が再び美花に移ったからだ。

 

「ねぇつっきー、どうして学校休んでたの〜? ねぇ」

「い、言えない……」

「やめときなよ七海。美花が嫌がってるじゃん」

「だって『言いたくない』じゃなくて『言えない』だよ? 絶対何かあると思うんだけどなー」

「うっ……それは……」

 

「よしなよ。七海にだって人に言えない秘密くらいあるだろ?」

「秘密……秘密?」

「ヤバい連中と関わってることすら隠さない七海に秘密なんてなかったか……」

 

 それからも七海はしばらく美花を追い回していたが、ある時美花は再び学校に来なくなってしまった。

 

「つっきーはなんでまた学校に来なくなったんだろ」

「七海がちょっかい掛けまくったせいじゃないの」

「アタシのせい!?」

「いやだってそれしか心当たりないし……」

「そんなはずは……確かにないとは言い切れない!」

 

 美花が学校に来なくなったのは七海のせい。その可能性はかなり低いだろうと思いながらも、七海は美花のことがほんの少しだけ心配になった。

 しかしだからといって何か行動を起こすわけでもなく、また定期的にデモに参加する日々に逆戻り。そして次に事態が大きく動くのはそれから数か月後のことだった。

 

「空木美花さんですが、学校を辞めることになりました」

 

(え……?)

 

 突然の退学。美花はもう今後学校には来ない。その瞬間、七海の中で美花に対する心配が一気に強くなった。

 七海は職員室で先生に何度も退学の理由を尋ねたが、いくら聞いても当然何も教えてもらえない。

 

「せめて家の場所だけでも教えてもらえませんか!」

「ダメよ。教員には守秘義務があるの」

「そこをなんとか!」

「住所なんて知ってどうするの?」

「もちろん会いに行くんですよ! アタシはつっきーのことが心配なんです!」

「…………」

 

 七海の数日間にも渡る尋問。最終的に先生はその熱量に屈し、美花の母にきちんと確認をとってから七海に家の住所を教えた。

 

「くれぐれも周りには漏らさないようにね」

「はい! ありがとうございます!」

 

 七海は教えてもらった情報をもとに早速美花の家へと向かう。

 

「あら、あなたが七海ちゃん?」

「そうです! つっきーに会いに来ました!」

「学校辞めてるのにわざわざありがとうね」

 

 美花の母に迎えられ、七海は美花の部屋の前まで案内される。ドアをノックしてから入ると、そこには薄暗い部屋でベッドに横たわる美花の姿があった。

 

「つっきー、メリクリ〜!」

「ななみん……? どうして……?」

 

 事前に母から聞いていなかったのか、美花は驚きの表情を見せる。そのいつも以上に弱々しい様子から美花が精神的に参っていることは容易に想像できた。

 

 七海はそこで美花から学校を休んでいた間の話を聞いた。防人の存在とその御役目。話のほとんどが簡単には飲み込めない内容だったが、自分の全く知らない世界の話に不謹慎ながらも興味深く聞いていた。

 七海はその中でも美花が助けたという少女のことが強く気になったが、美花の辛そうな様子からその少女について詳しく聞くのは憚られた。

 

「じゃあまた時々会いに来るから!」

「あの、ななみん……」

「なあに?」

「ありがとう……」

「……うん」

 

 その約束通り、七海は定期的に美花の家を訪れるようになる。徐々に元気を取り戻していく様子に七海は安心感を覚えたが、結局例の少女については何も聞くことができなかった。

 

 それから年を跨ぎ、長年四国を護ってくれていた神樹は忽然と姿を消してしまった。

 一体何が起こったのか。詳しい説明がないまま人々の暮らしは一変した。物価の高騰に先行きの不安。肥大化した負の感情は大赦に向けられる。

 すると世間から注目を浴びるのはデモ隊の存在だ。七海の知らないうちにデモ隊もまた変化の時を迎えていた。

 そしてそんなある日、七海はとある話を耳にした。

 

「我が隊にかつて大赦にいた人が入ったらしいぞ!」

「しかも訳ありな少女を連れてるらしいね」

「噂では壁の外で見つかった子っぽいよ」

「きっと酷い仕打ちを受けていたところを命からがら逃げ出したんだ!」

 

 複数の人たちがなにやら盛り上がっている。その中で七海は気になる言葉を聞いた。

 

(壁の外で見つかった少女……?)

 

 七海はその少女に心当たりがあった。もしかすると美花が言っていた少女と同一人物かもしれない。もしかするとずっと気になっていた少女に会えるかもしれない。そう思った次の瞬間には七海は少女の居場所を尋ねていた。

 

「すみません! その子の居場所はわかりますか?」

「わかるよ。もしかして会いたいの?」

「はい! 良ければ教えてください!」

「いいよ。歳も近そうだし、仲良くなれるかもね」

 

 ありがたいことに、こっちは学校の先生とは違ってすんなりと居場所を教えてくれた。

 もう既に立派な住処を確保していることを知った七海は、早速教えてもらったアパートへと向かう。

 程なくしてそのアパートに到着した七海は部屋番号を確認してからインターホンを鳴らす。すると、首に巻かれたスカーフが特徴的な一人の少女が出てきた。

 

「誰……?」

「アタシ千竈七海! 同じデモ隊のメンバーだよ!」

「そうか。悪いけど大した用がないなら帰ってくれ」

「あ! ちょっと待って!」

 

 呼びかけも虚しく扉をバタリと閉められる。七海としてはほんの少しお話がしたかっただけなのに、強い拒絶で追い返されてしまった。

 ここまで強く拒絶されると多くの人は萎縮してしまうだろう。しかしここでますます興味が湧くのが七海である。

 どうしても少女と話したくなった七海は、一旦自宅に帰っていい感じの作戦を考えることにした。

 

 翌日七海は三角帽子のヘアピンをセットし、クラッカーを持って再び少女のもとを訪れた。インターホンを鳴らして出てきた少女に対して、七海はクラッカーを鳴らす。

 

「は……?」

「ハッピーバースデー! いや〜おめでたいね〜!」

「……別に誕生日は今日じゃないんだけど」

「ほんとに? 嘘じゃないよね?」

「嘘ついてどうするんだよ」

「うーん、違ったかぁ……」

 

「どうして誕生日だと思ったんだ?」

「会う口実が思いつかなかったから、とりあえず今日が誕生日である可能性に賭けてみたんだよ!」

「……おめでたいのはお前の頭だったみたいだな」

 

 七海の奇行に呆れながら少女は扉を閉めようとする。しかし今度はそうさせないと、七海はギリギリのところでドアの隙間に足を挟んだ。

 

「あいたたたたっ!!」

「お、おい大丈夫か!?」

「骨が折れたかも! もうダメだぁ〜!」

 

 足を挟んだ七海はその場で大袈裟にのたうち回る。

 

「しょ、しょうがないな……うちで手当してあげる」

 

 少女はドン引きしていたが、優しい心の持ち主だったおかげでなんとか中に入れてもらうことができた。

 

「じゃあお話しよっか!」

「え。怪我は?」

「なんともないよ。アタシの足は頑丈だからね!」

「くっ……騙された……」

「まあまあ、ちょっと話を聞きたいだけだから!」

「どうしてそこまでして……」

 

 少女は明らかに不機嫌そうにしているが、一度部屋に入ってしまえばこっちのものだ。少女もそのことを理解したのか、観念して話をする気になってくれた。

 

「まずはお名前から! アタシの名前は覚えてる?」

「ナナミだろ? 覚えてる。私は華原小町」

「さっすがぁ! 敬意を込めてマッチと呼ぼう!」

「……好きにして。で、結局話って何?」

「体の方は大丈夫かなって。ただそれだけ」

「……!? お、お前は一体……」

 

 そういえば七海と美花の繋がりはまだ話していなかった。無駄に驚かせてしまったことは反省しつつ、七海は小町に美花のことを話した。

 

「じゃあナナミはその子の友達ってわけか」

「うん。マッチのことすごく心配してた」

「そっか……」

「でも元気そうで良かったよ。このことはつっきーにも伝えておくね」

「…………」

 

 とりあえず話も無事の確認もできたしそろそろ帰ろうか。そう思っていたのだが、小町は何やら冴えない顔をしている。というより何か疑問に思っているようだ。そして小町はその疑問を七海にぶつける。

 

「なあ、怪我のこと本当にちゃんと聞いてるのか?」

「え? 怪我の程度までは聞いてないけど、無事……なんだよね?」

「……ナナミには見せておいた方がいいかもな」

 

 小町はそう口にすると、背を向けて着ていた服を徐に捲り上げる。そして七海はその姿に衝撃を受けた。

 

「そ、その体……」

 

 それは七海が思っていたよりもずっと深刻で、悲惨だった。体には大量の縫い跡が残っていて、植物の根と思われる細い線が血管のように複数浮き出ていて、皮膚の一部は浅黒く変質している。

 

「その子から何を聞いたか知らないけど、私の体はもうボロボロなんだ。これのせいで長くは生きられないだろうって言われてる。だから決して無事なんかじゃないんだ」

「…………」

 

 その言葉を聞いた時、七海は最悪なことを考えてしまった。「自分は普通の人間で良かった」と。

 七海は幼い頃から特別な存在に憧れていた。しかし七海はちょっと街を歩けば何千人と見かけるような平凡な人間だ。だから埋もれてしまわないよう、自分のことを敢えて"アタシ"と言ってみたり、変わった人と自ら積極的に関わったりすることで、特別感を演出していた。

 そんな中、他の誰よりも特殊な存在である小町と接して、七海が最終的に抱いた感想は「かわいそう」だった。自分が大海のようにありふれた存在であることに安心感すら覚えてしまった。

 

「別にこうなったことは恨んじゃいない。もしその子が私のことで悩んでいるのなら、こう伝えといてほしい。『私は今のこの体を受け入れてる』って。そして私たちはもうこれっきりだ」

 

 運命を受け入れていると言うが、まだ諦めのつかいない部分があることはその淀んだ瞳が物語っていた。

 小町はなぜか七海を遠ざけようとしているが、ここで簡単に引いてはいけない。ただの好奇心で首を突っ込んだ以上、そして昔から憧れていたはずの特別な存在に「かわいそう」という罪な感情を抱いてしまった以上、小町の悩み、そして美花の悩みに真剣に向き合わなければいけない。七海は強くそう思った。

 

「わかった、伝えとく。ただしまた会いに来るよ」

「できればもう来ないでほしいんだが……」

 

「知ってる? ナナカマドって七回かまどに入れても燃え尽きないとも言われてるんだよ。実際はそんなことないらしいんだけどね」

「いきなり何の話だよ」

「簡単には燃え尽きない。要するにアタシは諦めないってこと。マッチがどんなに拒もうともね」

 

「私にとっては迷惑極まりない話だな」

「じゃあまた来るね」

「…………」

 

 それから七海はデモの参加はやめて美花だけでなく、小町ともよく会うようになった。

 会う回数を重ねるうちに小町とも少しずつ仲良くなり、途中で小町には会いたい人がいるという話も聞けた。

 そしてその会いたい人、黒上采南と本当に会えたのは新しい年度を迎えてからのことだった。




千竈七海 → ナナカマド(七竈)
花言葉は「私はあなたを見守る」
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