黒上采南は生存者でない   作:ソフ

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過去編は8.5話の2回を含めて全5回です。つまり……


第9話 似たもの同士

 あれからどれだけ時間が経ったのだろう。気づけばレースカーテン越しに日が傾き始めているのが見える。小町が倒れてからもうすぐ丸一日といったところだが、昨日のことが随分と遠い昔のように感じる。

 何をするにも気力が起きなかったので、寝る準備でもしていようかと思ったちょうどその時だった。

 

「あの子を返してよ!」

 

 外から揉めているような声が聞こえてきた。この声の正体は糸杉だ。今朝は不在だったはずだが、いつの間にか帰ってきていたらしい。

 采南は話の内容が気になり、そっと扉を開ける。するとそこには糸杉の他に碓氷の姿もあった。

 

「さ、采南ちゃん……」

「おっと失礼。騒がしかったかな?」

「あの、小町ちゃんは……」

「もちろんそのことを伝えに来たつもりさ」

 

「小町ちゃんの体の話、今朝になって初めて聞きました」

「そうか。だったら話は早い。糸杉さん、部屋にあがらせてもらえないか? そこで改めて詳細を話したい」

「…………」

 

 糸杉は苦しそうな表情を浮かべながらも素直に二人を部屋に入れる。どうやら糸杉は先に話を聞いていたようだが、碓氷は改めて二人に小町の容態を伝える。

 

「とりあえず一命は取り留めたが、体内に残っていた根はほとんど枯れかけている。その影響か血胸や腹腔内出血なんかも見られて、医者の話によると、あいつの命は持ってあと半月らしい」

「そんな……」

 

「神樹様はとっくに枯れてしまったというのに、その根が人体でここまで残り続けたのはむしろ奇跡だ。あいつは大赦の施設で寝かせてあるから、あとはもうそっとしておくべきだろう」

 

 せっかく小町があの時の勇者だと知れたというのに、今度はその小町に死期が迫っている。一度置いていかれて、やっとの思いで再び会えたというのに、采南はまた小町に置いていかれてしまう。

 あまりのやるせなさに采南はただ小さな拳を震わせることしかできなかった。

 そしてそんな重たい空気の中、糸杉は碓氷の言葉に噛みついた。

 

「そっとって……じゃああの子には残された時間を大赦で過ごさせるってこと?」

「ああそうだ。それがあいつのためだ」

「冗談じゃないわよ! あの子を返してよ!」

 

 糸杉の鋭い怒声が狭い室内に響く。温厚なイメージのあった糸杉からは想像もできないような激昂っぷりに采南は息を詰まらせる。

 

「あいつの体はボロボロなんだぞ。これ以上無理をさせるべきじゃない」

「そんなことは分かってる! それでも私はあの子の願いを叶えたいのよ!!」

 

 小町の願い。その言葉を聞いて采南ははっとした。その内容に今朝七海から聞いたばかりの心当たりがあった。

 碓氷も同様に何か心当たりがあるようだ。しかし碓氷の方は何やら不思議そうな顔をしている。

 

「願い? キミの大赦復帰を望んでる話じゃないのか?」

「そんなんじゃないわよ! あの子は外の世界が見たいって、会いたい人がいるって言ってたのよ!」

「なに?」

「……!!」

 

 やっぱり自分のことだ。采南はそう思った一方で、すぐに「あれ?」と心に引っかかる。確かに碓氷の言う糸杉の大赦復帰も小町の願いと言えなくもない。実際、采南も小町から同じことを頼まれている。

 しかし、小町は当の糸杉にもまた別の願いを伝えていたらしい。しかも糸杉の様子から察するに、糸杉は会いたい人がいると伝えられているにも関わらず、その人が采南であることは知らないようだ。

 どうしてそんな奇妙なことをしているのだろう。小町の考えていることがわからず、采南は混乱してしまう。

 

「なるほどな。キミが頑なに大赦に戻ろうとしない理由はよく分かった。だがあいつはキミが大赦に戻ることも望んでいるんだ」

「ええ、そうみたいね……」

 

「会いたいという人だって恐らく西暦時代の人間なんだろ? 壁の外に出て探すつもりなら、何よりもまず大赦を動かさなければならない。そして大規模な壁外調査の実現は俺たちの悲願でもあるんだ。だからキミが大赦に戻って力を貸してくれると、我々としてもとても心強い」

「力を"貸す"なんて嫌よ……私一人でなんとかするわ」

「なぜだ……」

 

 糸杉は意味深なことを言っているが、その意味が理解できなかった碓氷は困惑してしまう。その一方で采南は発言を聞いてふと小町の言葉が頭に浮かんだ。

 

『あの人には糸杉芽依という娘がいて、私をその娘と重ねているんだ』

 

 もしかすると娘のことが関係しているのかもしれない。いや、糸杉が何かに固執する理由なんて今の采南にはそれしか思いつかない。

 碓氷は糸杉が小町と芽依を重ねていることを知っているのだろうか。もし知らないとしたら、今糸杉の心に触れられるのは采南だけだ。

 

「……碓氷さん。私と糸杉さんの二人だけで少し話をさせてもらえませんか?」

「ん? それはまたどうして……」

「お願いします」

「……わかった。そしたら俺は先に帰らせてもらうが、また何かあればすぐに報告に来るよ」

 

 采南の唐突な言葉に碓氷はますます困惑しそうになったが、その真っ直ぐな目を見て碓氷は糸杉のことを託して部屋を出る。

 自分は一体何がしたいのか。采南は迷走しているようにも感じたが、今は糸杉から話を聞きたいと、二人だけの空間で采南は糸杉に問いかけた。

 

「糸杉さんは小町ちゃんと亡くなった芽依ちゃんを重ねているんですよね?」

「……もしかしてあの子から聞いたの?」

「はい。もし良かったら詳しい話を聞かせてください」

「……芽依はね、巫女だったのよ」

「巫女……」

 

 采南はその単語を最近とある場所で聞いていた。そう、それは采南が初めてナズナ塾を訪れた日のこと。芽吹がこんなことを言っていた。

 

『いい? 亜耶ちゃんは巫女だったの。巫女は大赦の厳しい管理下に置かれて、勉強はおろか家族に会うことすらほとんどできなかったのよ』

 

 糸杉の言う巫女とはまさにそのことだろう。我ながらよく覚えていたなと采南は思う。

 

「知ってる? 巫女のこと」

「詳しくは知りませんが、大赦の厳しい管理下に置かれるんですよね」

「そう。外には滅多に出られないし、家族とも簡単には会わせてもらえない。だから芽依は外の世界に憧れてたし、私たちと一緒に居られる時間を何よりも求めていたの」

 

 その言葉だけでも糸杉が小町と芽依を重ねる理由がわかる気がした。小町の願いと芽依の願いにはどこか重なる部分があったんだ。

 

「でもその願いはほとんど叶えてあげられなかった……」

「瀬戸大橋の崩落事故……」

「あの日はたまたま橋の周辺で大事な仕事があってね。芽依の同伴が許されたこともあって、芽依は久しぶりに家族と外に出られるって喜んで手紙を送ってくれたわ。私たちが橋の前で笑ってる絵が描いてあって『こんな写真を撮りたい』って」

 

「…………」

「私は直前で風邪をひいちゃって結局行けなかったんだけど、あんなことになるくらいなら、無理をしてでも行っておけばよかった……そうすれば何か違っていたかもしれないのに……」

 

 糸杉は後悔の言葉を口にする。ずっと心に残り続けていた後悔。それが小町との出会いに大きな影響を与えたのだろう。

 

「その後悔があったから、糸杉さんは小町ちゃんの願いを聞き入れたんですね……」

「ええ。芽依に叶えてあげられなかった分、今度こそ私の力で叶えようと思った。だから私は大赦から離れたし、デモ組織の上に立って人々を動かすことで、壁の外を解放するよう大赦に外部から圧力を与えていたのよ」

 

 その話を聞いて、糸杉のような穏やかそうな人物がわざわざ怪しい組織に身を置いていた理由に合点がいった。全ては"願い"のためだったんだ。

 それにしてもとんでもない行動力だ。大赦にいた頃も有能だったであろうことが窺える。だから恵本はこの前采南たちと話した時に糸杉を高く評価していたし、碓氷も大赦に戻ってほしそうにしているのだろう。

 だが当の糸杉は大赦に戻りたいはずもなく……

 

「でもその結果が碓氷さんたちに認められて、願いを叶えてあげられないまま大赦に帰されそうになっただけだなんて皮肉な話ね……」

 

 糸杉は自嘲するような薄笑いを浮かべる。聞いていて改めて確信したが、やはり糸杉は小町と采南の関係は知らないようだ。

 だったら糸杉のためにも伝えておいた方がいい。そう思った采南は今朝明かされたばかりの事実を共有する。

 

「それなんですけど、願いなら叶ってたんです」

「どういうこと……?」

「実は私が小町ちゃんの会いたがってた人だったんです」

「えっ……!?」

 

 糸杉は案の定驚いた様子を見せる。采南はそのまま自分と小町の関係を全て話した。

 

「そう……だったのね……」

「…………」

「でもあの子はどうして今まで隠してたのかしら……」

「……わかりません。だから聞きに行きたいんです」

「聞きに行くってあの子のところに?」

 

「はい。小町ちゃんのいる施設の場所を教えてください」

「そう言われても候補がたくさんあって絞れないわ……」

「だったら碓氷さんに聞いてもらえませんか?」

「実は私から碓氷さんに連絡を取ることができないのよ。そういうのはあの子任せにしていたし……」

 

「そうですか……じゃあ私の方でどうにかします」

「役立たずでごめんね……」

「いえ。話を聞いてて思いました。私と小町ちゃんが再会できたのは糸杉さんのおかげでもあるんだろうなって」

 

 恵本は言っていた。「糸杉の活躍によってできた大きな後ろ盾のおかげで、壁外調査の進まなかった現状が変わりつつある」と。もしかすると、采南が助けられたあの時の調査も、糸杉がいたから実現したのかもしれない。

 

「だからむしろ感謝しています。小町ちゃんからは必ず全て聞き出すので、糸杉さんはゆっくり休んでてください」

 

 采南は糸杉に一礼してから部屋を出る。

 小町の"隠しごと"に采南も含めて無駄に振り回された人がいる。そう思うと采南はやっぱり小町に対して怒りが湧いてきた。

 小町から必ず真意を聞き出してやる。その思いを胸に、小町と会う方法を考えるため、采南は一旦自室に戻った。

 

 

  * * *

 

 

 一方その頃、小町は大赦の施設で安静にしていた。患者衣姿でいつものスカーフも外しているので、生々しい首の瘢痕が丸見えになっている。

 特にできることもなかったのでスマホをぼーっと見ていると、部屋に園子が入ってきた。小町は一時期大赦で保護されていたこともあり、園子とは一応面識がある。

 

「何見てるの〜?」

 

 ずっと携帯の画面を見つめている小町に園子はそっと問いかける。小町はこの前采南とうどん屋に行った時に東郷から送られてきた、采南の後ろ姿の写真を見ていた。

 

「可愛い背中だね〜。ハムスターみたい」

「そうだな。采南には小動物の例えがよく似合う」

「ほうほう、この子がサーナンなんだね〜」

「サーナン?」

「現状壁の外を最後に歩いた時間飛行士兼こまっちのお友達。つまりユウジン・サーナンなんよ!」

「はあ……」

 

 園子も小町の体のことは知っているはずだが、シリアスな様子は見せずにむしろ気楽に話しかけてくれる。今の小町にとってはそっちの方がありがたい……のだが、園子は結局別の角度からシリアスな話をぶつけてきた。

 

「ところで二人はどういう関係なの?」

「さっき園子が言ってた通りだ。私と采南は友達同士」

「それだけじゃないと思ってるから聞いてるの」

 

 小町ははぐらかそうとしたが、園子には全く通用しない。本当はあまり話したくなかったのだが、小町は仕方なく采南との関係を話した。

 

 采南との最初の出会いは天災が発生した翌日だった。

 小町は天災発生時に突如として勇者の力に目覚め、今で言うところの巫女と協力し、人を集めて安全だと噂されていた四国に向かおうとしていた。そんな中、一人の少女から友達と連絡が取れないと言われ、家まで様子を見に行ったのが采南との出会いだった。

 出会いとは言っても顔も名前も知ることはなかった。というのも、家の前で呼びかけると「放っておいてよ!」と追い返されたからだ。

 

 悠長にはしていられない状況だったこともあり、この時は采南を置いてみんなと避難することにした。

 しかし、一緒に避難した仲間たちは最後まで守りきれずに全滅。無力感に襲われながら、ふと思い出したのが置いてきた采南のことだった。

 例の家に戻ると采南はまだ生きており、小町はこの少女だけは守ってみせると決意した。

 結局最後まで助けはいらないと拒絶されていたが、小町は顔も名前も知らないまま采南のことをずっと離れた場所から守り続けていた。

 

「じゃあこまっちは最近サーナンの顔を知ったんだね」

「少し前までこの写真のような後ろ姿すら見られなかったからな。まあ少しと言っても300年以上前の話だけど」

 

「でもせっかく再会できたのにどうして正体を隠すの?」

「どうしてそのことを……?」

「えもたんから聞いたんだよ」

 

 えもたんは恐らく恵本のこと。どうやら園子は恵本と繋がっているらしい。しかもこの前采南に対して嘘をつくよう頼んだことが流石にやりすぎだったのか、恵本に色々と悟られてしまっていたようだ。

 こうなると小町としては正直に話すしかなくなる。

 

「采南は私に感謝の言葉を伝えたいと言っていた。でも私には面と向かって感謝される資格がない。そう思ったから私は采南から距離を置きたかったんだ」

「どういうこと?」

 

「私はあの時、采南の家に二度訪れている。一度目は避難の前。この時は采南のお母さんが頑なに逃げようとせず、置いていけなかったから采南は私を拒絶した。そして二度目は避難失敗の後。ここでも私は拒絶されたんだが、その理由がわかるか?」

「同じじゃないの……?」

 

「……私が次に訪れた時、采南のお母さんは死んでいたんだ。自殺だったらしい。きっと采南はお母さんの後を追って死ぬつもりだった。早く死んで楽になりたかった。だから私を拒絶したんだ」

「…………」

 

「それなのに私は守りたいという自分の都合で手を差し伸べた。早く死んでしまいたい。もう放っておいてほしい。そう思っていた時に差し伸べられた手がどんなに残酷なものなのか今ならわかる。勘のいい園子なら察しがつくんじゃないか?」

「まさか……」

 

「ああ。私のしていたことは今の糸杉さんとほとんど変わらないんだ」

 

 小町は守れなかった仲間たちと采南を重ねていた。この先采南だけは何があっても守ってみせると。

 それは何としてでも小町の願いだけは叶えてみせると、亡くした娘と小町を重ねる今の糸杉と同じだ。

 

「こんな体になってしまって、私は早く死んでしまいたかった。放っておいてほしかった。そんな中、糸杉さんが私に手を差し伸べたんだ。残された時間が少ない私のために自分の立場を捨てて、おかしなデモ組織の一員へと堕ちていく姿に私は堪えられなかった。そこでようやく采南の置かれていた立場を客観視することができたんだ」

「…………」

 

「糸杉さんの方は私が『今外の世界はどうなっているんだろう』とか『あいつは無事なんだろうか』とか呟いちゃったせいでもあるんだけど、采南の方は最初から一貫して私を拒絶していた。だからその分私の方が悪質なんだ」

「だからこまっちはサーナンから感謝される資格がないと思ってるの?」

「ああ、そうだ」

 

「私はそんなことないと思うな。だって事実として今のサーナンはこまっちに感謝してるんでしょ?」

「それは采南が今日まで生きてこられたから言えることなんだ。本来は既に力尽きていてもおかしくなかった」

 

 壁の外の炎が消えたのが今年の1月で、采南はそれから数か月もの間を四国の外で生きていた。

 そんなことは普通考えられない。だから小町は采南の生存をほとんど諦めていたし、実際に采南と再会した時も勇者を探していると聞くまで采南とは気づかなかった。

 

「私は無責任に手を差し伸べて、中途半端なところで勝手に姿を消しただけ。最終的にここまで生き残れたのは全て采南自身の力だ。だから私のすべきことは采南から感謝の言葉を受け取ることじゃない。采南がここで新しい人生を歩めるよう、残された時間で少しでも手助けすることだ」

 

 だから小町は采南を塾に通わせるという七海の提案に乗ったし、暇なのに忙しいと言ってわざと距離を置いているつもりだった。しかもその上、糸杉には後で本当のことを伝えて、大赦に戻ってから采南の生活を支援するよう頼むことまで考えていた。

 しかし園子はどうしても小町の考えに納得することができなかった。

 

「……そんなのただの言い訳だよ」

「園子……?」

 

 園子の声色が鋭くなるのを感じ、小町は思わず息を呑む。園子は小町に自分の気持ちをストレートに伝えた。

 

「どんな事情があっても感謝の言葉は直接受け取るべきだよ。大切な人に『ありがとう』も『さよなら』も言えないままお別れなんてことが、一番辛くて苦しいことだから」

 

 小町は園子がこれまで歩んできた人生については何も知らない。しかし、園子の言葉にはどこか実感がこもっているようにも感じる。

 

「サーナンに新しい人生を歩ませたいんだったら、ちゃんと気持ちに区切りはつけさせてあげて」

「…………」

「本当は気づいてるよね? こまっちのやってることはただの自己満足。理由を見つけてサーナンから逃げてるだけだって。どんなに言い繕ったとしても、こまっちが勇者とは別の女の子として死んで楽になるのは、こまっち一人だけだよ」

 

 園子の忌憚のない意見は小町の胸に深く突き刺さる。小町は何も言い返すことができなかった。

 

「……私はこの後予定があるからもう行かなきゃだけど、少し考え直してほしいな」

 

 園子は最後にそう口にし、ゆっくりと部屋を後にする。

 園子が部屋を去ってからも、園子の言葉は小町の心にずっと残り続けていた。




次回、第10話「奇跡的な再会」

10話の前にも9.5話(残りの3回)が挟まります
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