黒上采南は生存者でない   作:ソフ

16 / 16
Q.柿の長〜い花言葉を知ってますか?(答えは後書きで!)


第10話 奇跡的な再会

 采南は小町のベッドの上で横になっている。糸杉に「小町の居場所は自分で突き止める」と啖呵を切ったものの、小町のいない部屋まで戻ってくると、再び気分が沈み、そのまま夜が明けていた。

 

「采南ちゃーん!」

 

 焦点の合わない瞳で何もない空間をぼーっと眺めていると、外から采南を呼ぶ声が聞こえてきた。

 この声は美花だが、今は鍵を開けに行く気力すら湧かない。しばらく放置していると、鍵の開く音とともに美花が入ってきた。

 

「あ、いたいた」

「……鍵なんか持ってたの?」

「ななみんから合鍵をもらってたから」

 

 美花はそう言って采南に合鍵を見せびらかす。どうやら七海は采南以外にもこの部屋の合鍵を配っていたらしい。

 

「そんなことより大丈夫?」

 

 美花は心配そうに采南の顔を覗き込む。何も考えられないほどに気分が沈んでいた采南だったが、美花の顔を見て采南はようやく自分のやるべきことを思い出した。

 

「……ひとつ聞いてもいい?」

「うん。なんでも言って?」

「小町ちゃんは大赦の施設で安静にしてるらしいんだけど、怪我人が運ばれる場所とか知らない?」

「うーん……ごめん、わからない……」

 

 美花はかつて防人だったということもあり、何か心当たりがあるかもしれないと思ったが、残念ながらそんなものはないようだ。

 しかし、美花はただ心当たりがないだけの人では終わらなかった。

 

「楠さんにも聞いてみる?」

 

 的確な提案。確かに防人のリーダーなら詳しく知っていてもおかしくない。采南はベッドからゆっくりと起き上がり、美花とナズナ塾に行くことにした。

 

 *

 

「候補が多くて絞れないわね。そういうのは大赦の人間に聞くしかないんじゃないかしら?」

 

 塾まで来てみたものの、あの芽吹ですら特定には至らないようだ。このままでは美花がやっぱり心当たりがなかっただけの人になってしまう。

 

「誰か知ってる人はいないんですか?」

「三好さんならその辺詳しいかもしれないわね」

 

 三好さん。知らない人だ……と思いや、采南はどこかで聞き覚えがあった。確か采南が最初に香川で目覚めた時にいた少女がそんな名字だった気がする。

 

「もしかして、かりんとうみたいな名前の人ですか?」

「三好夏凜ね。実際はかりんとうというより煮干しって感じの人だけど」

「ええと、ミヨシカリン……煮干しなお人……」

 

 采南は塾に常備されている紙とペンでメモを取る。たらい回しにはなるが、この三好夏凜という人と接触できれば今度こそ間違いなさそうだ。

 

「その三好さんと連絡は取れますか?」

「そこまで仲が良かったわけじゃないから……」

 

 直接連絡を取れる手段があれば一発だったのだが、そんな都合のいい話はないらしい。

 芽吹が申し訳なさそうにしていると、そこに雀が割り込んできた。

 

「ハイ! だったら讃州中学に行けばいいと思います!」

「讃州中学……?」

「ふっふっふ。何を隠そう、私はそこでその勇者様と会ったことがあるんだぜい」

「え。三好さんって勇者だったの!?」

「しかもそこなら他にもいっぱい勇者様がいるんだぜい」

「そ、そうなんだ……」

 

 采南は夏凜が勇者だったことに衝撃を受ける。采南はいつの間にか現代の勇者と会っていたらしい。

 しかもそんな勇者がいかにも普通っぽい中学校に在籍しているとなると、これは会いに行くしかなさそうだ。

 

「念のため他の勇者の名前も聞いていい?」

「ええと確か結城さんに東郷さんに……」

「ユウキさんにトウゴウさん……って、あれ?」

 

 聞いた名前をメモする采南。その途中ではっとした。この二人、この前うどん屋で会った二人だ。

 しかもこの二人とは連絡先を交換している上、小町が采南の携帯にちゃんと登録してくれている。ないと思っていた都合のいい話は、どうやらアパートに置いてきた携帯電話の中にあったようだ。

 

「その二人となら私から連絡できるかも!」

「え! メブより先行ってるじゃん! メブなんか三好さんに『全てが解決したらゆっくり話そう。会わせたい人がいる〜』って死亡フラグみたいなコト言われたらしいのに、まだ誰も紹介されてないからね!」

「うるさいわね」

 

「私家に戻って連絡してみる! ありがとう!」

 

 連絡手段があるのなら、こんなところでモタモタしている場合ではない。

 

「美花ちゃんもありがとう!」

「え。う、うん……」

 

 今朝の沈み散らかした様子から一転、いきなり元気を取り戻した采南に美花は逆に心配になる。

 采南は心配する美花のことなど気にもせず、部屋から軽やかな足取りで出ていった。

 

  *

 

 程なくして自室に戻ってきた采南は、早速スマホに友達登録されていた友奈と東郷にメッセージを送る。すると二人は休暇中ということもあり、すぐに友奈の方から返信がきた。

 

『夏凜ちゃんに聞いてみる!』

 

 夏凜に大赦の施設について聞きたいと伝えただけで、友奈は詳しい事情を詮索せずに夏凜に話を取り次いでくれる。采南がスマホを片手にしばらく待っていると、今度は夏凜からメッセージが届いた。

 

『どういうつもり?』

 

 友奈と違って慎重派な夏凜に、采南は詳しい事情を伝える。すると夏凜は『園子に聞いてみる』と、采南の知らない謎の人物に確認を取ってくれ、最終的に夏凜が小町のいる施設まで案内してくれることになった。

 

 翌朝、采南は待ち合わせ場所の大束駅へと足を運ぶ。

 もうすぐ小町にずっと嘘をついていた理由を問い詰めることができる。そう思うと、采南は小町に対する怒りが再燃してきた。

 怒りを抱えて大束駅に到着すると、夏凜は口に小魚を咥えながら柱にもたれかかって待っていた。

 

「久しぶりね。どうしたの、そんな不機嫌そうな顔して」

「なんでもありません」

「煮干しでも食べる?」

 

 采南のむすっと顔を感知した夏凜は、これを食べて落ち着けとばかりに煮干しをやんわりと押し付けてくる。これは確かに噂通りの煮干しなお人だ。

 

「……ありがとうございます、ニボシさん」

「三好よ。それじゃあ行きましょ」

 

 夏凜の話によると、小町は玉藻市にある大赦の施設で保護されているらしい。途中までは電車で移動するため、采南と夏凜はガラガラの車両に向かい合うようにして座る。

 

「……まさかあの華原の友達だったとはね」

「小町ちゃんのこと知ってるんですか?」

「いや、噂で聞いた程度よ」

「そうですか……」

「…………」

「…………」

 

 移動中夏凜は何度か采南に話しかけるが、会話は全く続かない。車内に緊張が走る中、夏凜はずっと気になっていたことがあることを思い出した。

 

「……あのさ」

「……なんですか?」

「あなたは"生存者"なの?」

「どういうこと……?」

 

 質問の意図がわからず、采南は思わず聞き返す。

 

「いや、私の友達があなたのことを『生存者と決まったわけじゃない』って言ってたのが心に引っかかってて……」

「…………」

「……変なこと聞いちゃったわね。ごめん今のは忘れて」

 

 自分でも何が聞きたいのかよくわからなくなった夏凜は、質問を取り下げようとする。

 するとその時、采南の震えた声が夏凜の耳に届いた。

 

「生存者なんかじゃないよ……」

「え……?」

「私はあの日死ぬはずだったんだ。それなのに何故かそれを許してくれなくて、望んでもないのに今の今まで生かされて。私は私のことを生存者だなんて一度も思ったことがないよ……!!」

「ご、ごめん……」

 

 今にも泣きそうな深刻な表情でそう口にする采南に、夏凜は言葉を詰まらせる。夏凜には想像できないほどの采南の苦悩。それを意識すると、夏凜は采南に何の言葉もかけることができなくなった。

 

 その後一言も会話を交わすことなく施設に到着すると、そこには碓氷の姿があった。ここで夏凜とはお別れだ。

 

「あ、ありがとう……」

「……え、ええ」

「ん? なんか二人とも気まずそうだけど大丈夫か?」

 

 碓氷は様子のおかしい二人を心配するが、すぐにまあいいかと切り替え、采南を小町のいる場所へと案内する。

 

(黒上采南、か……)

 

 夏凜は去っていく後ろ姿が完全に見えなくなるまで、采南をじっと見つめ続けていた。

 

 *

 

「ここがあいつの部屋だ」

「ありがとうございます……」

「じゃっ、俺はこの辺で」

 

 部屋の前まで到着すると、碓氷は気を利かせてすぐにその場を立ち去った。

 

「…………」

 

 目の前の扉を開けた先には小町がいる。

 小町は采南のことをずっとそばで守ってくれていた少女だった。それを知っただけで、香川で会ったばかりの頃とはずいぶん関係が変わった気がする。

 采南は大きく深呼吸をしてから恐る恐る扉を開く。するとそこには、ベッドの上で身を起こしている小町の姿があった。

 

「さ、采南!? どうしてここに……」

 

 小町はひどく動揺している。どうやら碓氷は采南がここに来ることを伝えていないらしい。

 

「わ、悪いな……心配かけて……」

「…………」

「ここには碓氷さんに連れてきてもらったのか?」

「…………」

 

 采南は無言のまま、いつものスカーフが巻かれていない小町の首元を見つめる。そこには話に聞いていた、神樹の根に貫かれたと思われる傷跡が剥き出しになっている。

 こんなボロボロの状態で小町は真実を隠し続けていたと思うと、采南はどうしても納得することができなかった。

 

「どうして……」

「采南……?」

「どうして本当のことを教えてくれなかったの……?」

「…………」

 

 どうやら全て知られてしまったらしい。そう悟った小町は采南に本心を打ち明けることにした。

 

「……采南には過去に縛られてほしくなかった」

「どういうこと……?」

「私のことなんか早く忘れて、こっちで第二の人生を歩んでほしかったんだ」

 

 時として"死"は人の人生を大きく狂わせる。小町も糸杉も大切な人の"死"がきっかけで過去に囚われ、周りが見えなくなった。

 小町が助けると決めた以上、采南には同じ道を辿ってほしくない。そしてそのためには、何よりも"死"から意識を遠ざける必要があると考えた。

 

 幸か不幸か西暦時代の兵庫とは場所も時間も大きく離れていることもあり、ここ香川は采南に新たな人生を歩ませる上でまさに最適な土地だ。

 勇者華原小町は300年前に死んだ。香川での生活に慣れさせた上でそう告げることで、一時的にショックを受けることはあっても、時間的にも空間的にも遠い過去の記憶として切り離せる可能性がある。

 

 もしそこで正体を明かせば、采南には勇者小町がこれから死ぬという現実を突きつけることになる。そうなれば、全ての意識が再び目の前に迫る"死"に絡め取られ、香川で新たに生きる希望を持ってもらうための積み重ねが水泡に帰してしまう。

 だから小町は自分の正体を隠したまますっと姿を消すことで、采南の歩みに"死"の影を落とさないことを選んだ。これが小町の理屈だった。しかし……

 

「勝手なこと言わないでよ! 私がどんな思いで小町ちゃんのことを探してたと思ってるの!?」

「そうだな……返す言葉もない」

 

 どんなに言い繕っても、結局は園子に言われたとおり、小町の自己満足でしかなかった。采南から逃げているだけでしかなかった。小町は今もなお、自分が救えなかった家族や仲間の命と采南を重ねているだけだった。采南のことなんか何も考えていなかったんだ。

 

「それで……采南は私に怒りに来たのか?」

 

 小町は諦めきったような表情で采南を見つめる。

 采南は勿論そのつもりだった。しかし、小町の今にも消えてしまいそうな弱々しい姿を見ていると、次第にそんな気持ちも薄れてくる。それどころか、小町に本当に死期が迫っていることを実感して、置いていかれる恐怖と焦りが湧いてきた。

 

「怒らない……もう怒らない……」

「…………」

「だからお願い……死なないでよ……」

「……無茶を言うな。采南だって知ってるだろ? 私の体はもうボロボロで……」

 

 また無茶なことをと小町は采南に冷静に諭す。すると堪えていた采南の感情が爆発した。

 

「嫌だ……! 嫌だよ! ずっと私のそばに居てよ!!」

「何? プロポーズ? 愛の告白ですか?」

 

 聞き覚えのあるフレーズに小町はあの時の采南の言葉が口を衝いて出る。それは小町と采南がここ香川で出会ったばかりの時のやり取りだった。

 あの時とは立場も状況もひっくり返ってしまった。しかしただ一つだけ、変わらないものがあった。それは……

 

「そうだよ! 愛の告白だよ!!」

「…………!」

 

「私は小町ちゃんが好き! 大好き!! だから……だから……もう勝手にいなくならないでよ!!」

 

 心からの叫び。それは采南の本心だった。

 采南はずっと小町のことを探していた。それは長い時間の中で、小町が采南にとってとても大切な存在になっていたからだ。

 にも関わらず、小町はそんな采南の気持ちを無視して采南から逃げることを選んだ。感謝を伝えたい人がいる。そう言っていたのに、采南に拒絶され続けた過去がフラッシュバックして、素直に感謝の言葉を受け取ることができなかった。これは小町が采南の性格をわかっていなかったことが原因だ。

 

「……ったく、面倒くさいやつだな」

「小町ちゃん……」

「わかった。ずっと一緒に居るよ」

 

 采南の新しい人生がどうだなんて烏滸がましい。采南の人生は采南自身が決めることだ。

 そのことに漸く気づけた小町は采南の望み通り、最期までそばにいることを約束する。

 

「そうだ。柿大福でも一緒に食べるか?」

「……うん」

 

 小町はとりあえずこの重苦しい空気をなんとかしようと、ポーチから新しく買ってもらった柿大福を取り出し、采南と分け合った。

 

「美味しいね……」

「そうだな……」

 

 神樹の恵みのおかげで、こんな季節外れの時期に美味しい柿大福が食べられている。しかし神樹が枯れた今、もうじきそれもなくなるのだろうと思うと少し寂しくなる。

 余命幾許もない患者が、柿の木に残った最後の実と残り寿命を重ねるというのは物語でよくある話だが、小町の場合もある種例外ではなかった。小町も体内に残ったままの神樹の根が枯れることで死に至る。この季節外れの柿と小町はまさに運命共同体とも言える。

 小町はそんなことを考えながら、最後かもしれない柿大福をよく味わって食べた。

 

「……それで、これからどうする?」

「小町ちゃんはどうしたいの?」

「私は最期に芽依の慰霊碑に手を合わせたい」

「そっか……」

「采南はどうしたい?」

「…………」

 

 采南は沈黙しながらふと目線を逸らす。すると開けっぱなしのポーチの中に、采南が回収したはずの小箱が入っているのを見つけた。

 あれは新しく用意してもらったものだろう。ということは、恐らく箱の中には"あの薬瓶"も入っているはずだ。

 

(…………)

 

 どんなに頑張っても小町を失う未来は避けられない。采南の大切な人はみんないなくなる。だったら采南の答えはひとつだ。

 

「私は……」

 

 采南は食べかけの柿大福を大事そうに手のひらに乗せたまま、小町に自分の意見を正直に伝える。小町は采南の言葉に激しく動揺したが、「采南が本当に望むことなら、もう止めようとは思わない」と受け入れてくれた。

 

 その後小町は碓氷を呼び出し、今後のことを伝えた。

 

「私たちを壁の外に連れてってもらえませんか?」




A.柿の花言葉『広大な自然の中で私を永遠に眠らせて』

次回、最終話「黒上采南は生存者でない」
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。