神世紀301年1月。勇者たちの活躍により天の神は撤退。四国の外を覆っていた炎の結界も消滅し、人類はおよそ300年ぶりに失われた大地を取り戻した。
そしてそれから数か月。待ちに待った本土上陸の日がやってきた。
「広々とした青空の下で友奈ちゃんと二人きり……ああ、なんて最高なのかしら!」
「おーい、東郷。私もいるんですけどー」
「やだもう夏凜ちゃんたら、冗談に決まってるじゃない」
「あんたが言うと冗談に聞こえないのよ……まったく、兄貴に頼んで調査させてもらってるんだからもう少し真面目にやりなさいよ」
近畿地方の大地に佇む少女の戯言にすかさずツッコミを入れるもう一人の少女。今日は勇者部メンバーの東郷美森、三好夏凜、結城友奈の三人で壁外調査に来ている。
本来は腰が重い上の者たちに業を煮やした、大赦のごく一部の人たちが非公式で行う予定だったのだが、以前から友奈と東郷が壁の外に興味を示していたため、夏凜と乃木園子が大赦のコネを使って代わりに調査をさせてもらっている。
「そういえば夏凜ちゃんのお兄様は来てないのね」
「兄貴は別の任務に関わってるから」
「それって大赦から人が失踪したとかいうアレよね? あれから結構経つけど、まだ見つかってないのかしら?」
「所在はとっくに掴めているわ。ただまあ色々とあってね……」
夏凜と東郷が話をしていると、少し離れた場所で調査していた友奈が二人に向かって大声で叫ぶ。
「二人とも大変! あっちに人が倒れてるよ!」
「あら? またご遺体かしら?」
「友奈、その人の状態は?」
大慌てでこっちに向かって走ってくる友奈に夏凜は冷静に状況を尋ねる。
「それが肌はつや〜ってしてて、見た感じ気絶してるみたいなの!」
「つまり状態のいいご遺体ということかしら」
「へぇ、そこまで綺麗に残ってるのは珍しいわね」
三人はここに至るまでにも多くの遺体を見てきた。その全てが白骨化していたが、それでも300年もの時が経過していることを考えると、不自然なほど綺麗な状態だと言えるものばかりだった。
そんな中、肌が綺麗な遺体まで見つかったとなれば、これはいよいよ念のために控えていた遺体解析班の出番かもしれない。
「とりあえず遺体の解析班を呼んで……」
「違うよ! 生きてるんだよ!」
夏凜が控えの人間を呼びに行こうとすると、友奈は耳を劈くような声量でそれを遮った。
「なっ……!? でも友奈は肌が綺麗でまるで気絶してるみたいに見える遺体だって……」
「それは例えじゃないよ! 本当に気絶してるんだよ!」
「夏凜ちゃん、友奈ちゃんは遺体だなんて一言も言ってなかったわよ。ちゃんと話は聞かなきゃ」
「あんたに言われたくないわよ……」
夏凜はもっと言ってやりたかったが、生存者がいるかもしれない状況で小競り合いをしている場合ではない。
友奈に人が倒れている場所まで案内してもらうと、そこには自分たちと同年代に見える小柄な少女が何もない道端に一人寂しく倒れていた。
「これは間違いなく生きてるわね……」
夏凜は少女に息があるのを確認すると、今日の調査を打ち切り、少女を抱えて全員で来た道を引き返した。
* * *
四国に戻って病院に運び込まれた少女は、しばらくしてからベッドの上で目を覚ました。
「あ、あれ……私……」
「やっと目を覚ましたわね」
病院に運び込まれてからずっとそばで見守っていた夏凜は、目を覚ましたばかりの少女に優しく声をかける。
「誰……ですか?」
「私は三好夏凜。あなたが倒れていたところを私たちが助けたのよ。良ければあなたの名前も聞かせてもらえる?」
「
采南はいきなり景色が変わったことに困惑しながら、辺りをキョロキョロと見回す。すると突然何かを思い出したかのように大声をあげた。
「あっ! そうだ! 私行かなきゃ!」
「行かなきゃってどこに?」
「えっ? 確かにどこに行けばいいんだろ……」
采南はいきなり立ち上がったかと思うと、今度は腕を組んで考え込む。あまりに脈絡がなく、情緒不安定ともとれる一連の行動に夏凜は目を丸くする。
「どうやら記憶が混乱してるみたいね……まあ、300年眠ってたのなら無理もないけど」
夏凜の発したその言葉に采南は耳を疑った。
「300年?」
「ええ。あなたは300年間眠っていたかもしれないの」
「はっ……そんなわけないじゃん。だって私まだピチピチだよ? ほら!」
采南はそう言いながら患者衣の袖をまくって夏凜に自身の白い肌を見せびらかす。救出後に泥だらけだった肌を拭いてあげたとはいえ、確かにこのツヤは300年間眠り続けていた人のそれではない。
夏凜ですら本当に生存者なのか半信半疑なのだから、采南にとっては尚更だろう。
夏凜が返す言葉に困っていると、病室の入り口から一人の女性が入ってきた。
「まあその辺は今後の聴取で明らかにしていきましょう」
「……!?」
その女性は真っ白な仮面で顔を隠しており、これまた真っ白な装束に身を包んでいる。あまりに奇天烈な人物の登場に、采南の頭も負けないくらい真っ白になる。
「な、なな、なんなんですか……!!」
「あなたが黒上采南ちゃんよね?」
「そ、そんな名前の人は知りません!」
きっと危ない人だ。そう思った采南は咄嗟に自分の名前を隠そうとする。
「嘘をつく必要はないわ。全部聞こえてたから」
「私をどうするつもりですか!」
「7.30天災の生き残りとして、しばらく大赦で保護させてもらうわ」
「7.30テンサイ? タイシャ?」
采南にとって聞き馴染みのない言葉が連続する。わかりやすく顔にハテナを浮かべている采南に夏凜が口を挟む。
「バーテックスっていう空飛ぶ化け物は知ってる?」
「あの白くて人を襲う変なのなら……」
「西暦2015年7月30日。そいつらが初めて現れた日の出来事を私たちは7.30天災と呼んでいるの。そしてそのバーテックスに対抗するため存在していたのが大赦という組織よ」
「なんで私がそのタイシャに保護されないといけないの?」
「だからずっと言ってるじゃない。あんたは300年眠ってたかもしれないって。もしあんたがその天災の生き残りだとしたら、大赦に目をつけられるのは自然な流れでしょ?」
「冗談じゃないよ!」
夏凜が丁寧に説明していると、采南は再び大声をあげる。
「私には行くべきとこがあるの! こんなところで足止めされてるわけにはいかないんだから!」
「でもどこに行くのか分かってないのよね?」
「それは歩きながら考えるよ! じゃあね!」
「あっ、ちょっと!」
夏凜は逃げ出そうとする采南を呼び止めたが、采南はそのまま病室から出ていってしまった。
「なんなのよあいつ……」
「…………」
残された二人が呆然と立ち尽くしていると、采南と入れ違いで園子と一人の男性神官が病室に入ってきた。
「あれ? にぼっしー、女の子は?」
「逃げ出しちゃったわ」
「何!? なぜ止めなかった?」
夏凜が端的に状況を説明していると、そこに男性神官が割って入ってきた。
「いや、勢いがすごくて……」
「冗談じゃない! ヤツは貴重な生き証人として我々の監視下に置くべき人間なんだぞ! お前もなぜ見逃した!」
男性神官の怒りは夏凜と一緒にいた女性神官に降りかかる。
「ふふ。ごめんなさいね、
「くそっ! もういい!」
男性神官は詰りを適当にあしらう女性神官を怒鳴りつけると、病院の入り口に向かって走り出す。どうやら采南を追うつもりだ。
「あらあら。大変なことになったわね」
女性神官はそう呟くと、携帯電話を取り出し、男性神官とは逆の方向へと歩いていった。
「……やっぱり人、いたじゃない」
「そうだね〜」
「でもあんた、本土に人はいないって言ってなかった?」
「あれはね、みんなには普通の女の子に戻ってほしいっていう私からのメッセージでもあったんだ。生き残りがいるかもって言うと、みんな探しに行っちゃうでしょ?」
確かにその可能性は否定できない。生存者の捜索に協力したいと主張する友奈の姿がよく目に浮かぶ。夏凜は黙って園子の言葉を受け止めた。
「それにね、にぼっしー。あの子が『生存者』と決まったわけじゃないよね?」
「それってどういう……」
夏凜は園子の意味深な発言について尋ねたが、園子がそれに答えることはなかった。
* * *
「な、なにここ……」
病院を抜け出し、外に出た采南は目の前の光景に驚きの声を漏らす。建物は悉く綺麗な形を保っており、道路には大量の車が走っている。
「おい! 待て!」
「う、うわあぁ!?」
後ろを振り向くと、これまた怪しげな格好をした謎の人物が全力で迫ってきている。そのあまりの迫力と不気味さに恐怖を感じた采南は、一段と速度を上げて逃げ出した。
「はあ……はあ……」
ひたすら逃げ続けること十数分。人気のない公園まで逃げ込むと、采南は震える膝を押さえながら呼吸を整える。
ここまで逃げれば大丈夫だろう。しかしそう思ったのも束の間、今度は背後から別の声が聞こえてきた。
「はいはい、ストップストップ!」
「……!?」
静止してるのに制止を呼びかける奇妙な声。その声のする方向に振り向くと、そこには采南と同じくらいの歳に見える長髪の少女が立っていた。
「君が大赦から逃げ出したって子だよね?」
まただ。また采南に用のある不審者だ。しかも今度の不審者は首に寒色のスカーフを巻いて何やらカッコつけている。これはますます怪しい。
「次から次に……今度は誰なの!」
「私は
小町と名乗るその少女はさっきの仮面の人とは違って妙に落ち着きがある……が、そんな飄々とした雰囲気の人ほど警戒しなければならないと采南の第六感が告げている。
「どうせ私を追ってきた人の仲間なんでしょ!」
「いや、私は大赦とは別の組織の人間だよ」
「嘘! 別の組織の人がなんで私のことを知ってるの!」
「私のいる組織は大赦とは対立関係にあって、情報を横流しするスパイみたいなのがいるんだよ」
小町は色々と弁明しているが、その全てが胡散臭い。
「怪しい組織と対立する組織も結局怪しいに決まってる! 悪いけど私には行くべき場所があるから! じゃあね!」
そういって采南は逃げようとする……が、体力が回復しきっていないまま急に走り出そうとしたこともあり、最初の数歩目から盛大に転んでしまった。
「ぎゃっ!?」
「だ、大丈夫か……?」
勢いよく転んだ采南に小町は呆気にとられながらもそっと手を差し伸べる。
「私は君を捕らえに来たんじゃない。君にひとつ頼みがあるんだ」
「怪しい人の頼みなんか聞かない! それにさっきも言ったけど、私にはやることがあるの!」
采南は小町が差し出した手をはたいて自力で立ち上がる。あまりの拒絶に小町は一瞬怯んだが、すぐ冷静になって采南に問いかける。
「やることって?」
「あの時私を助けてくれた人に感謝の言葉を伝えたいの!」
「あの時って?」
「もちろんあの白い化け物に襲われたあの時だよ!」
「……へ?」
采南の言っていることが理解できなかった小町は素っ頓狂な声をあげる。どうやら采南は西暦時代に誰かに助けられたらしいが、今になってその人に直接感謝を伝えるなんて到底無理な話だ。
「あ! ちなみに白い化け物はさっきの不審者のことじゃないよ! 確かにアレも白い化け物だけど私が言ってるのは空飛ぶ方の化け物で……」
「わかってる」
いきなり早口で喋り始める采南を制止し、小町は現実を突きつける。
「話は聞いてるだろ? 君は300年間眠ってたんだ。君が特殊だっただけで普通に考えたらもう当時の人間は……」
「そんなぶっ飛んだ話、信じるわけないでしょ!」
「でも白い化け物は見てるんだよな? あれこそまさにぶっ飛んでる存在のはずだけど。もちろん浮遊してるでなく、信じ難いという方の意味でな」
「そ、それは……」
「つまり、この世界はそんなあり得ないような話が真実でもおかしくないんだよ」
「うぐっ……!」
否定する材料が思いつかなかったのか、采南は狼狽えている。采南の言葉には勢いがあるが、こうした言い合いは苦手なようだ。
「じゃあこうしよう。私もその人探しに協力してあげる。だから私の頼みも聞いてほしい」
「別にいいよ、一人で探すから」
「そうは言っても他に頼れる人なんていないだろ?」
「うぅ……それはそうだけど……」
「だから私たちを頼りなよ」
「じーーっ」
采南は怪しい人を頼るわけないじゃん!と言いたげな目を向ける。
「しょうがないな……ほら」
小町は采南から信用を得ようと、スマホサイズほどの白い肩掛けポーチから丸い包みを取り出して采南に手渡した。
「なにこれ?」
「私の大好きな柿大福。ひとつあげるよ」
「じーーーーっ」
采南はこれ永眠薬入りじゃないよね?と言いたげな目を向ける。
このままでは埒が明かないと感じた小町は慎重に言葉を選びながら説得する。
「頼みと言っても君にとっては大した話じゃない。君……いや、采南には私のそばに居てほしいんだ」
「何? プロポーズ? 愛の告白ですか?」
「違う。本当はもう少し色々あるんだけど、今はそれ以上説明のしようがないんだ」
今の段階で細かいことを話しても仕方がないので、小町は采南にとってのメリットを強調する方向にシフトチェンジする。
「とにかく、生活費も私たちが負担する。采南は住む場所を手に入れられる上に自分のやりたいことまできるんだ。最高だろ?」
「どうして私なんかにそこまで……」
「それだけ采南を必要としてるからだよ」
「…………」
「頼む。一緒に来てくれないか」
「しょ、しょうがないなあ……」
小町の必死の説得で采南はとうとう折れてくれた。警戒心が強くなるのも無理はないが、現状住む場所のない采南にとって、実際これは悪くない話だろう。
「その代わりちゃんと人探しは手伝ってもらうからね!」
「わかってる。これからよろしくな、采南」
「うん、よろしくね。その……小町ちゃん」
こうして采南と小町の少し変わった生活が始まった。
これは300年の時を経て、長い眠りから目覚めた一人の少女が、過去に自分を助けてくれた顔も名前も知らない恩人に、ただ一言「ありがとう」と伝えるまでの物語。
作者が失踪するまでの物語にはなりませんようにっ!
次回、第2話「隠しごと」