黒上采南は生存者でない   作:ソフ

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芽吹が塾を開くという設定、わりと気に入ってます


第3話 小さな居場所

 足元に影すら落とさないほどの暗闇。その中心に采南が一人ぽつんと立っている。

 

「采南! 遊びに来たよ!」

「采南ちゃん! 一緒にこの前できたばかりのカフェに行かない?」

 

 背後から懐かしい声が聞こえてくる。振り返るとそこには数人の友達の姿があった。

 

「……! うん!」

 

 采南は元気よく返事をして、友達のところへ走り出す。

 しかし、走っても走ってもみんなのところに追いつけない。ついにはみんな消えてゆき、暗闇の中で再び采南だけが取り残される。

 

「みんな……? どこに行ったの……? おーーい!」

 

 不安に駆られて暗闇の中を走り回るが、みんなの姿は見当たらない。次第に心臓の鼓動が速くなり、呼吸も荒くなる。遂には平衡感覚すらなくなり、采南はその場に立てなくなってしまった。

 

「誰か……」

 

 必死に声を絞り出すが、当然誰の耳にも届かない。

 孤独、絶望、暗澹、虚脱。采南を覆う闇は時間の経過とともに濃くなり暗くなる。

 数多の闇に肉体を押し潰されそうになりながら、采南はようやく目を覚ました。

 

「はぁ……はぁ……はぁ……」

 

 気づけば采南は涙を流していた。素手で涙を拭うと、采南の視界に朝ごはんをお椀によそう小町の姿が映る。

 

「おっ、おはよう采南」

「……おはよう」

 

 采南の目覚めに気づいた小町は出来立ての朝ごはんをテーブルに運ぶ。今日の朝はニラと卵のシンプルな雑炊。エプロンに謎のスカーフと気合の入った格好をしている割には質素な内容だ。

 采南は僅かに震える手で小町の手作り雑炊をゆっくり口に運ぶ。

 

「どう? 美味しい?」

「うん……美味しい」

 

 その言葉を聞き、小町は嬉しそうに微笑んだ。

 

「そういや今日はナズナ塾に行くんだろ?」

「うん。何時ごろに行けばいいかな?」

「ナナが言うには朝6時からやってるって」

「ろ、ろくじ!?」

 

 壁掛け時計を見るともうすぐ8時になろうとしており、焦った采南は雑炊を勢いよく掻き込んでいく。

 

「そんなに急がなくても大丈夫。なんたって出入り自由なんだから」

「あ、そっか。じゃあおかわり!」

 

 安心した采南は元気よくお椀を持ち上げておかわりを要求する。小町は自分のぶんを采南のお椀によそった。

 

  *

 

 食事を終えてしばらく休憩していると、いつの間にか9時が過ぎていた。

 

「そろそろ行ってくるね!」

「あっ、ちょっと待ってくれ」

 

 小町は出発しようとする采南を呼び止め、お金の入った封筒を采南に手渡す。

 

「これは?」

「采南用の服とか鞄も必要だろ? 帰りにでもこれで買ってきなよ」

 

「私は別に小町ちゃんのお下がりでもいいけどね」

「いやでかいだろ。今着てるそれだってぶかぶかじゃん」

「それは長いのしか持ってない小町ちゃんが悪いんだよ? 半袖のがあれば少しは誤魔化せたかもしれないのに」

 

 小町は何故か自分が責められていることに理不尽さを感じながらも、采南を優しく説得する。

 

「サイズ感は誤魔化せても、借り物感までは誤魔化せないだろ。采南と私は容姿も体格も違うんだから、ちゃんと合うのを着ないと塾で浮いちゃうぞ」

「わ、わかったよ……」

 

 小町の説得に折れた采南は仕方なくお金を受け取る。

 

「じゃあ今度こそ行ってくるね」

「ああ。いってらっしゃい」

 

 采南は封筒をポケットにしまって家を出る。

 ……すると、今度は玄関から数歩のところで、外から帰宅してきた一人の女性と鉢合わせた。

 

「もしかしてあなたが采南ちゃん?」

「え? はい、そうですけど……」

 

 采南が名前を知られていることにきょとんとしていると、女性の方から自己紹介をしてくれた。

 

「お隣に住んでる小町の"母"です」

「小町ちゃんのお母さん……?」

 

 そういえば小町は一人暮らしをしている風だったが、親のことは聞いていなかった。

 

「一緒に暮らさないんですか?」

「本人の希望だから……」

 

 小町の母を名乗る女性は少し寂しそうな様子を見せる。采南は小町も母が嫌いなのだろうかと想像する。

 

「今からお出かけ?」

「はい、これから塾に行くんです」

「そう。頑張ってね」

 

 女性はそう声をかけると、采南に一礼してから自分の部屋へと入っていった。

 

(小町ちゃんのお母さんかあ……)

 

 お淑やかでどこか陰りのある雰囲気を醸し出していた女性。正直あまり怪しい組織にいるような人には見えない。

 采南は今すぐ小町に母のことを聞きたくなったが、やっぱり帰ってからにしようと思い直して、再び塾へと足を運んだ。

 

  *

 

 10分ほど歩き、采南はナズナ塾があるという建物に到着した。元防人仲間の保護者が所有する建物の一室を借りて塾を開いているということもあり、外見だけではぱっと見わからない。

 階段を上がり、『ナズナ塾』と書かれた手書きの張り紙のある部屋に入室すると、一人の少女が仲間に勉強を教えている姿がまず目に映った。

 

「亜耶ちゃん、ここはこうやって解くのよ」

「なるほど! ありがとうございます!」

 

「メブ〜! あややの面倒ばかり見てないで、私にも教えてよ〜」

「いい? 亜耶ちゃんは巫女だったの。巫女は大赦の厳しい管理下に置かれて、勉強はおろか家族に会うことすらほとんどできなかったのよ。雀にも後でちゃんと教えるから今は少し待っててもらえる?」

 

「その説明、何度目なのさ。そう何度も説明されると甘やかしてる感が強まるよ」

「あ、甘やかしてなんか……」

 

 メブと呼ばれている少女が恐らく楠芽吹で、この塾の塾長的存在だろう。采南が芽吹と思われる人物に近づいて声をかけようとすると、芽吹の方から話しかけてきた。

 

「あら、見慣れない顔だけどあなたは?」

「今日からお世話になる黒上采南です!」

「あなたが。話は聞いているから自由にしていいわよ」

 

「自由……?」

「ええ。ここでは基本的に一人一人の自主性に委ねてて、みんなここに置かれてある本を使って友達と一緒に勉強してるの」

 

 周りに目をやると確かに本棚にぎっしりと教科書や問題集が並んでおり、それを使って勉強する集団がいくつか見られる。

 

「もし勉強で詰まるところがあれば、私が教師の代わりとして教えるから何でも聞いてね」

「あ、ありがとうございます……」

 

 芽吹との会話が終わると、話を聞いていた少女が采南に声をかけてきた。

 

「ねえ、良かったら私たちと一緒に勉強しない? しずくもいいよね?」

「うん、加賀城がそう言うなら」

「じゃあお言葉に甘えて……」

 

 采南は本棚から適当に教科書を取り出してから、声をかけてきた少女の隣に座った。

 

「私は加賀城雀。そしてこっちが……」

「山伏しずく。よろしく」

「もしかして君って中学一年生?」

 

 雀は采南が持ってきた中学一年生向けの教科書を見ながら質問する。

 

「え? そ、そうなるのかなあ……?」

 

 采南は自分の学年をあまり気にしていなかったこともあり、少し言葉に詰まってしまう。采南は10歳の頃にバーテックス襲来の影響で学校に通えなくなって以来、数年間授業を受けていないため、今の正確な学年がわからなくなっていた。

 もしまともに授業を受けられていたなら本来の学年はもう少し上だろうが、今は中学一年生で通すことにした。

 

「だったら私でも教えられるかも! よし、ここはこのチュン助先生が何でも教えてしんぜよう!」

「加賀城、すごいやる気……」

 

「そしたらひとつ聞きたいことがあるんだけど……」

「はいどうぞ!」

「サキモリって一体どんな人たちの集まりなの?」

「へっ? 防人?」

 

 てっきり勉強に関する質問が飛んでくると思っていた雀は想定外の質問にフリーズしてしまう。すっかり固まってしまった雀に代わってしずくが話を続ける。

 

「防人のことが知りたいの?」

「うん。実はそのために来てるとこもあるんだ」

「よくわからないけど、とりあえず楠を呼んでくる」

 

 しずくは芽吹を呼びに行く。すると芽吹は国土亜耶に勉強を教えていたところを中断して采南のところまで来てくれた。

 

「防人について……ねぇ」

「どうかお願いします!」

「ダメよ」

 

 防人の話を期待していた采南だったが、芽吹の口からはそれを打ち砕く言葉が発せられる。

 

「ど、どうして!!」

「一応防人のお役目は口外するなと言われているのよ」

「そんな……」

「悪いわね。勉強のことなら教えられるからまたいつでも呼んでね」

 

 芽吹はそう言い残すと再び亜耶のところへと戻っていく。立ち去る芽吹を横目に雀は口を開いた。

 

「私はもう言っちゃってもいいと思うんだけどねえ」

「だったらこっそり教えてよ!」

「ムリムリそんなことしたらメブに怒られちゃうよ!」

 

 結局この日は防人の話を聞くことができなかった。采南は雀としずくと一緒に数時間勉強し、その後自分の服と鞄を買ってから小町のアパートに戻った。

 

「だだい゙ま゙あ゙あ゙〜!」

 

 采南は小町に声をかけると買い物袋をその場に置いて真っ先にソファーに飛び込む。出発時は帰宅したら小町に母について尋ねようかと思っていたが、もうそんなことはすっかり忘れていた。

 

「おかえり。塾はどうだった……って聞きたいとこだったけど、その様子じゃかなりお疲れみたいだな」

「結局人探しに関する手掛かりは何一つ得られなかったし、ひたすら勉強させられただけだったよ! 私は七海ちゃんに騙されたんだ!」

 

 帰宅して早々、采南は怒りを露わにする。

 

「たった一日程度で大袈裟だな。ナナはそんな嘘はつかないと思うけど」

「もし明日も何も得られなければ確信に変わるからね!」

「そ、そうか……」

 

 翌日、小町が起きると采南は朝早くから出かける準備をしていた。

 

「あれ、もう行くのか?」

「今日が勝負所だからね!」

「勝負所?」

「今日で七海ちゃんが信じるに値するか決まるんだ!」

「はあ……」

 

 困惑する小町のことは気にせず、采南は新しい服と鞄を身につけて勢いよく玄関を飛び出した。

 それからわずか数分で塾に到着した采南は、一番乗りのつもりで部屋に乗り込んだ。

 

「一番乗り〜っ!」

 

 そう高らかに叫んだ采南だったが、既に部屋には数人おり、声を聞いたみんなが采南に視線を送る。

 

(ぜ、全然一番乗りじゃなかった……!!)

 

 恥ずかしさに頬を紅潮させていると、セーラー服姿の少女が采南に近づいてきた。

 

「思わず一番乗りと叫んでしまうほどの前のめりな姿勢。感動いたしましたわ!」

「だ、誰ですか……?」

「わたくしは弥勒夕海子。フレッシュでピチピチな女子高生ですのよ!」

 

 夕海子はそう言いながら両手で短いスカートの裾をつまんでカーテシーをしてみせる。

 癖の強い人物の登場に困惑していると、雀が夕海子のところへ近寄ってきた。

 

「こらこら弥勒さん! その格好で歩き回らない!」

「どうしてですの? わたくしは先ほども申しましたとおり、フレッシュでピチピチな……」

「弥勒さんの通ってる学校の制服はブレザーでしょ!」

 

「そ、それは……」

「ここはコスプレ会場じゃないんだから! ほら出てった出てった!」

「あっ、あ〜れ〜!」

 

 夕海子は雀に背中を押されて部屋から追い出されてゆく。二人の様子をわけもわからず目で追っていると、今度は芽吹が采南のところへ近寄ってきた。

 

「土日はいつもこんな感じなの。ごめんねやかましくて」

 

 その言葉を聞き、采南は今日が休日であることを初めて認識する。そしてそれと同時に一つの疑問が浮かんだ。

 

「……そういえばここって昨日も朝から空いてましたけど、みんな学校とかないんですか?」

「そうね。ここに来るのは基本、学校復帰ができなかった元防人の人たちなのよ」

「学校復帰ができなかった……?」

 

 采南のデリカシーのない質問にも芽吹は丁寧に答える。

 

「私たち防人はお役目に集中するため、学校を離れて大赦の施設で生活していたの。そのせいもあってお役目が終わっても学校復帰がうまくいかずに不登校気味になってしまった人が何人かいて、私はそんな人たちの受け皿を作りたくてこの塾を開いたのよ」

 

 芽吹が熱い想いを語っていると、夕海子を追い払った雀が戻ってきた。

 

「いやー、立派だよねえ。だから私たちも塾に通うことでメブを応援してるんだ〜」

「雀は別に来なくてもいいのよ」

「またまた〜、ほんとは嬉しいくせに」

「う、うるさいわね……」

 

 芽吹は頬が熱くなるのを隠そうとそっぽを向く。

 その微笑ましい光景を見ていると、采南は少し離れた場所から一つの視線が自分に注がれていることに気がついた。視線を感じた方角を向くと、一人の少女が采南をじっと見つめており、目が合うとその少女は慌てるようにして目を逸らした。

 

(……?)

 

 それから采南は昨日と同様、雀と一緒に勉強をして過ごした。

 この日も頭に入ってくるのは、教科書の堅苦しい文章と雀の暑苦しい世間話ばかりで、人探しの手掛かりとなりそうな情報は何一つとして手に入る気配がない。

 七海に対する疑念が深まるとともに少しずつ采南のやる気は削がれていき、お昼の直前、采南は帰ることを決心した。

 

「あれ、もう帰るの? 昼からはしずくも来るのに」

「とりあえず数時間は勉強したし、今日はもういいかなって。こういうのは引き際が大事だよ!」

「確かに頑張りすぎは身体に毒だからね。じゃあまたー」

 

 雀はあっさりと采南の退室を受け入れ、采南はそのまま出入り口へと向かう。

 しかし部屋から出ようとした直前、采南は背後から何者かに「ねえ」と呼び止められた。

 采南が振り向くと、そこには今朝采南のことを気にかけていた気弱そうな少女が立っていた。

 

「えっと、その……采南ちゃん……だよね?」

「そうだけど、どうして私の名前を?」

「ななみんから聞いたんだ。采南っていう女の子が遊びに来るから一度会ってみてほしいって」

「ななみんって、七海ちゃん?」

「うん。だから挨拶だけでもしておこうと思って……」

 

 七海の名前を聞いて采南の頭にハテナが浮かぶ。七海は一体どういうつもりなのだろうか。

 

「私は空木美花(うつきみはな)。よ、よかったら覚えておいて……!」

 

 美花は名前だけ名乗ると逃げるようにして自分の席へと戻っていった。

 

「あっ、ちょっと!」

 

 采南は追いかけて話を聞きたかったが、歓迎されなさそうな雰囲気と、一度帰ると伝えた雀の視線もあることから聞きに行くことができなかった。

 

「だだい゙ま゙あ゙あ゙〜!」

 

 アパートに帰ってきた采南は誰もいない室内に向かって叫ぶと真っ先にソファーに飛び込む。すると、采南の声を聞いた小町が洗面所から出てきた。

 

「あ、あれ……今日は早かったな」

「……それはこっちの台詞だよ。なんで小町ちゃんがいるの? 忙しいんじゃなかったの?」

「い、いや、思ったよりも早く事が進んでな……」

「本当は忙しくないのに忙しいって嘘をついてたわけじゃないよね!?」

 

 帰宅して早々、采南は疑心暗鬼を発動する。

 

「そんな嘘、私にメリットないだろ。そんなことよりナナは信用できそうか?」

「……わからない。何か考えがありそうなのは分かったけど、それを知るにはもう少し塾に通って話を聞かないと」

 

 初めは防人について知ることが人探しのヒントに繋がると思っていたが、どうやら空木美花と名乗る人物が鍵を握っていそうだ。次塾に行く時はあの少女からもっと話を聞きたい。

 

「そっか……」

 

 采南の話を聞いた小町は何かを考え込むように沈黙する。そして小町は何事もなかったかのように別の話題へと移った。

 

「それで明日なんだけど、私と一緒に動けるか?」

「おっ、ついに私の出番なんだね! 腕が鳴るなあ」

「なんか妙にやる気だな」

「だって人探しを手伝ってくれる日が近づいてる感じがするからね!」

「……まあとりあえず明日のことを軽く説明するよ」

 

 小町は興奮気味の采南を抑えながら明日の詳細について話し始めた。

 

「今大赦は新生大赦として生まれ変わろうとしてるんだけど、その先駆けとして徳島県にある大赦の一部主要施設を香川県に移す計画があるんだ。そして明日はその下見が丸亀で行われる予定で、私たちはそこに直接抗議しに行くことになっている」

 

 采南はぽかんとしているが、小町は気にせず話を続ける。

 

「……というのはあくまでも組織全体の話。その中でも実際に私たちがやることとしては、大赦の神官と直接話をするだけだから、すぐに終わると思うよ」

「私その大赦に追われてたんだけど、シンカンと会っちゃっても大丈夫なの?」

 

「それについては信用できる人に話をつけてあるから問題ない」

「すごい……!! それなら人探しの時も大赦に話を聞きやすそうだね!」

「ま、まあな……」

 

 相変わらず采南は人探しに固執している。何が采南をそこまでさせるのか、小町には想像がつかなかった。

 しかしこれだけははっきりしている。小町にとっては明日からが真の勝負になる。そして、采南には色々と迷惑をかけることになるかもしれない。

 

「よおし! 明日に備えて今日はもう寝るぞー!」

「まだ昼だぞ……」

 

 わざとなのか天然なのかよくわからない采南の発言にツッコミを入れつつ、小町は心の中で今後について思いを巡らすのだった。




ナズナ塾。原作にあっても違和感はないはず!

次回、第4話「茶番」
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