黒上采南は生存者でない   作:ソフ

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この作品のくめゆに関する設定はアニメ寄りだよ


第6話 その双眸は無彩色

 采南はベッドの中で昨日小町と観に行った恋愛映画の内容を思い返す。

 

 恋に落ちた二人のうちの片方に病気が発覚し、最終的にその片方が病気で命を落として終わる。

 そこだけ切り取ればありがちなストーリーなのだが、この作品は命を落とすと同時に物語が終わり、後に残されたもう一人のその後は一切語られない。

 

 一体なぜだろう?

 

 その後の話を省くことで、二人が共有した時間そのものが物語の中心であることを示唆している?

 死とともに物語を終えることで、生命と愛の儚さを強調したかった?

 

 きっと解釈は無数にあるのだろうが、采南は次のように考えた。『残されたもう一人は立ち直れなかった』と。

 

 大好きな人を亡くして世界から彩りが失われた日々。きっと主人公は生きる気力をなくしてしまったのだろう。

 

 そう考えると采南はその人物にどこか親近感を覚えた。

 

 

  * * *

 

 

 いつも通りの平日、いつも通りのいい天気。

 そんな朝にはもちろん、いつも通りの……

 

「雑炊……」

「どうしたんだ采南。食べないのか?」

「どうしたじゃないよ! なんなのこの雑炊率は!!」

 

 いつも通りの雑炊に、これまたいつも通りの采南のぼやきが始まる。

 

「別にいいだろ。私は雑炊が好きなの」

「だからってほぼ毎日雑炊はやりすぎだよ! 私これでも我慢した方だと思うよ?」

 

 相変わらず采南爆弾はいつ爆発するかわからない。小町はため息をつきながら適当に言葉を返す。

 

「後で高菜明太でも買ってくるからそれで許してくれ」

「それ絶対雑炊用じゃん!」

「失礼な。おにぎり用かもしれないだろ?」

「どっちも……大差ないよ……ん! ごちそうさま!」

 

 采南は文句を言いながらも、しっかり完食してくれる。こういうのを人はツンデレと呼ぶのだろう。

 そんなつまらないことを考えながらゆっくり食器を片付けていると、超特急で塾の支度を済ませた采南が小町に声をかける。

 

「じゃあ、行ってくるね」

「行ってらっしゃい」

 

 朝の機嫌がどんなに悪くてもちゃんと塾には通う采南。きっとこの生活が習慣になってきているのだろう。とてもいい傾向だ。

 

 食器の片付けが終わり、しばらくソファーで休んでいると、小町の携帯に大赦から電話がかかってきた。

 

「おはよう。調子はどう?」

「おはようございます。それが最近はあんまり……」

「まあそうよね……それで今週の水曜日だけど、ようやくマルタルの会議室を確保できたから後で詳細を送るわね」

「ありがとうございます。助かります」

「ふふ。当日元気な姿で会えるのを楽しみにしてるわ」

 

 電話が切れ、部屋に静寂が戻る。

 

「ふぅ……」

 

 明後日、神官には采南が探している勇者について、何も知らないと証言してもらう。采南には申し訳ないが、神官が知らないと断言することで人探しに少しは諦めがつくだろう。そうすればきっと……

 

『マッチは本当にこれでいいの?』

 

 小町の頭にふと七海の言葉がよぎる。その言葉を押し込めるように、小町は心の中で呟いた。

 

(いいんだ……これで……)

 

 

  * * *

 

 

 塾に到着した采南は、何やら小さな手帳を必死に読み込んでいる美花を見かけて声をかける。

 

「美花ちゃん、おはよ!」

「うぇ!? お、おはよう……」

 

 いきなり声をかけられた美花は慌てて手帳を隠し、徐に呼吸を整える。

 

「そ、その……采南ちゃんは人を探してるんだよね?」

「うん、そうだよ」

「私その人についていい情報を持ってるよ」

「へぇ、そうなんだ」

 

「…………」

「…………」

 

「あれ……それだけ!?」

「うん、だってそんな感じはしてたし」

「どんな情報か気にならないの?」

「いや、だってもうすぐ大赦の人から話を聞けるし」

 

 おかしい。七海のシナリオでは、采南はここで目の色を変えて食いつくはずなのに。七海が適当なことを言うとも思えないし、采南にトーンダウンするような何かがあったのだろうか。

 

「どうしたの? 美花ちゃん」

「え、ええと……」

 

 作戦会議でのシナリオ通りにいかずに美花があたふたしていると、部屋に芽吹が入ってきた。

 そして、芽吹の口からはその困惑に拍車をかけるようにおかしな言葉が放たれる。

 

「おはよう。今日はみんなでランニングよ!」

「「ふぇ……?」」

 

 采南と美花の気の抜けた声が重なる。芽吹の言葉は一瞬にしてこの場を混乱で包み込んだ。

 

  *

 

 一人一着トレーニングウェアが与えられ、着替えを済ませたみんなは臨海公園に集められる。

 

「みなさん頑張ってください!」

 

 ジャージ姿の亜耶が紙メガホンでみんなにエールを送る。主に芽吹を中心に鼓舞されるが、采南たちのモチベーションは特に上がらない。

 

「なんで走らないといけないの!」

「防人時代の楠さんの日課だったらしいよ」

「ほんと酷い巻き込まれだよ! ああ、頭の頭痛が痛いことにして今すぐ帰りたい……!」

 

 疑問を呈する采南に美花と雀が一言ずつ添える。二人もあまり乗り気じゃないようだ。

 

「よっしゃ! 久々に俺の出番だな!」

「あ、あれってしずくちゃんだよね……?」

 

 後ろを振り返ると、しずくらしき人物が何やらオラオラしている。普段の人物像とはずいぶんかけ離れた雰囲気に采南は困惑を隠せない。

 

「あっちはシズク。しずくの別人格だよ」

「別人格……?」

「運動が嫌で呼び出したんだろうね。ああ、私も別の人格に代わってもらいたい……!」

 

「みんな準備運動はバッチリかしら? 出発するわよ!」

 

 準備運動が終わると芽吹は元気よく走り出し、みんなも芽吹の後に続く。

 コースは至ってシンプルだ。まず駅へ向かい、そこから線路沿いを走り、遊歩道を通って再び臨海公園に戻ってくる。

 

 芽吹はいつもこのコースを二周するのだが、一周したところでみんなバテてきたのか、明らかにペースが落ちてきた。

 

「オラオラ、防人やめてなまっちまったんじゃねーのか! あの時の方がまだ根性あったぜ!」

「当たり前だよ! あの時は命に関わってたんだから!」

 

 雀はまだツッコむ余裕があるが、他のみんなはほとんど死にかけている。

 

「しょうがないわね……」

 

 無理をしてもしょうがないので、二周目に入ってすぐの広場で一度休憩を挟むことにした。

 そこは河津桜の名所らしいが、今はもう完全に散ってしまっている。

 采南は水飲み場で水分補給をしてから美花の隣に座り、額の汗をぬぐう美花に話しかける。

 

「もしかして美花ちゃんも、防人時代はこんな生活をしてたの?」

「お役目に特訓にほんの少しの学業に……とにかくとても忙しかったよ」

 

「そういえばずっと気になってたんだけど、防人のお役目って結局なんなの?」

「壁の外の調査と『トヨアシハラ作戦』が主だったかな」

「トヨアシハラ作戦……?」

 

「壁の外に神樹様の根を張って、天の神に書き換えられた理を元に戻しながら近畿地方を目指すの」

「近畿地方って私がいたところだ……!」

「采南ちゃんは兵庫生まれなんだっけ?」

「うん。でもそんなとこ目指して何するの?」

 

「そこまでは正直……私途中で防人やめちゃったし……」

「どうして?」

「そ、それは……」

 

 美花はよほど話したくなかったのか、あからさまに目を逸らす。すると視線の先で足音を忍ばせてランニングから逃れようとする雀の姿が見えた。

 

「雀。どこに行くつもりなの?」

 

 雀に気づいた芽吹は怒り混じりに声をかける。

 

「ええとマル◯カにまーるい愛をショッピングしに……」

「な、なに……?」

「知らないの? ナカマカナって曲」

 

「ああ、最近あまり聞かなくなった……じゃなくて、勝手な行動は許さないわよ!」

「だってメブには足りてないでしょ? まーるい愛。だから私が代わりに買ってきてあげるよ」

 

「雀ぇええーーーっ!!」

「ひっ! お、お助けぇ〜〜!」

 

 雀の挑発は芽吹をすっかり焚き付け、芽吹は雀を全速力で追いかける。

 

「なんだ加賀城の野郎、なかなか根性あるじゃねえか。よっしゃー! お前らも休憩は終わりだ! あいつらの後に続け!!」

 

 二人の追いかけっこにシズクがみんなを巻き込む形で乗っかり、更にペースの上がった地獄のランニングが始まる。会話をぶった斬られた上に完全なとばっちり。累が及んだ采南たちは体力とともにメンタルも大きく削られた。

 

「あ゙あ゙あ゙あ゙ぁ゙ぁ゙〜!」

 

 ランニングを終えてすぐアパートに帰ってきた采南は、真っ先にソファーに倒れ込む。洗面所から出てきた小町はよく見る光景にまたかと思いつつも、一応事情を尋ねる。

 

「毎度毎度どうしたんだ?」

「それはこっちのセリフだよ! なんでいつもそこから出てくるの!」

 

「悪いか? 洗面所から出てきちゃ」

「別に。それより聞いてよ! 学習塾なのに運動だよ!? 嘘つきだと思わない?」

「……は?」

 

 今日の采南はいつにも増して支離滅裂だ。流石に意味が分からなかった小町は采南に詳しい説明を求めると、どうやら采南は塾でランニングに付き合わされたらしい。

 

「しかも明日も走るんだよ!?」

「それはそれはお気の毒さま」

「小町ちゃんも一緒に走ろうよ!」

「私はいいよ」

 

「なんで! 運動不足の小町ちゃんにぴったりじゃん!」

「そういう問題じゃないんだよ」

「わかった! だったら私もバックれる!!」

「なぜそうなるんだ……」

 

 次の日、采南は本当にバックれた。

 

「塾には行かないのか?」

「行かない!!」

「はあ……」

 

 こうなってしまっては小町にはもう手がつけられない。

 

「……とりあえず朝ごはんでも食べなよ」

 

 そう言いながら提供したのは高菜明太雑炊。

 

「やっぱり雑炊……」

「でも昨日よりは豪華だろ?」

「うぅ……ひもじい……」

 

 采南は他に食べ物はないかと辺りを見渡す。するといつも小町が身につけている白い肩掛けポーチが視界に入った。

 もしかするとあれにはまだ柿大福が入っているかもしれない。そう思った采南は小町の目を盗んでポーチに手を伸ばす。

 

「待て!!」

「……!?」

 

 采南の行為に気づいた小町は珍しく声を張り上げる。突然の大音声に采南の肩がびくりと揺れた。

 

「ど、どうしたの……?」

「それには触らないでくれ」

「ご、ごめん……」

 

 采南のか細い声はすぐに消え入り、二人の間に静かな時間が流れる。

 

「……私は明日以降のスケジュール調整で出かけるけど、采南はうちでゆっくりとしてるといいよ」

「う、うん……」

 

 小町ははっとしたのか、平静を装うように話を逸らす。

 小町のポーチには何か触れられたくない秘密があるのだろうか。采南はポーチの中身が気になったが、流石にそれを聞くのは憚られた。

 

  *

 

 火曜日は何事もなく過ぎ去り、水曜日の朝がやってきた。今日はいよいよ神官から話を伺う日だ。

 

「焼き鯖定食……」

 

 起床した采南の目の前には豪華な朝食が並べられている。

 

「どうだ、今日は気合いが入ってるだろ?」

「うん……でも急にどうしたの?」

「私も反省したんだ。毎日雑炊はやりすぎだったなって」

 

 小町はそう弁明するが、何か別の意図があるように感じるほどには白々しい。

 

「……小町ちゃんは食べないの?」

「私はいいよ」

「そう……い、いただきます……」

 

 少し気になるところもあるが、采南は初めてとも言える小町の本気の朝食をゆっくり味わった。

 

 昼過ぎになってから、二人は丸亀城のすぐ近くに建てられた市民交流活動センターのマルタルへと向かった。

 予定よりも早めに到着した二人は、先に会議室に入って神官を待つ。

 

「ちょっと早かったかな」

「うん……そうだね……」

 

 今日の采南は朝からずっとテンションが低い。きっと采南は、探している人はもう生きていないと心のどこかで思っていたのだろう。それが明らかになるのが怖いんだ。

 それを見越して、采南を少しでも元気づけるために小町は朝食を豪勢にしたのだが、たったそれだけでは気分が上がらないのも無理はない。

 

 しばらく黙って待ち続けていると、約束の時間に一人の女性が入ってきた。

 その女性は大赦の神官ということだが、いつもの謎の格好ではなく、大人の女性といった感じの清楚な服に身を包んでいる。

 

「こんにちは〜」

「……!!」

 

 神官が二人に声をかけながら着席すると、采南は何か反応を示した。

 

「どうしたんだ?」

「そ、その声は……」

 

 采南は神官の声に聞き覚えがあった。

 間違いない。采南が目覚めた時にいたあの神官だ。

 

「……以前にも会いませんでしたか?」

「あら、人違いじゃないかしら? 私たちはじめましてだと思うけど」

「どうして嘘をつくんですか? 私、声の記憶には自信がありますよ」

「……采南ちゃんには敵わないわね。そうよ、私たちは一度だけ会ったことがあるわ」

 

 神官はすっとぼけたかと思うと、急に手のひらを返す。なんとも読めない人物だ。

 

「ねえ、小町ちゃん」

「何?」

「この人のこと信用して大丈夫なの?」

「もちろん。私の折り紙付きだよ」

 

 小町は小町でこの神官を妙に信用している素振りを見せる。采南はあまり釈然としなかったが、そのまま神官の話が始まった。

 

「改めまして、大赦神官の恵本(えもと)よ。今日はよろしくね」

「よろしくお願いします……」

「そうだ、先にこれを渡しておくわね」

 

 恵本はそう言いながら、小箱を小町に手渡した。

 

「何それ?」

「また今度教えるよ」

 

 采南は箱の中身が気になったが、小町は謎に勿体ぶる。

 今教えてよと目で訴えようとしたが、それを遮るかのように恵本が采南に話しかける。

 

「采南ちゃんは昔助けてくれた勇者を探してるのよね?」

「は、はい……」

「そのことなんだけど、残念ながら私たちはその勇者を認識してないのよね」

 

 恵本は早速本題に入り、采南が探している勇者はいないと言い切った。

 

「それって本当なんですか?」

「本当よ。大赦は全ての人々を把握しているのだけど、よそからやってきた元勇者なんて聞いたことがないわ」

 

「でも外の人が勇者だったかどうかなんて、本人が名乗らない限り知りようがないんじゃないですか?」

「確かにその通りだな。恵本さん、采南の他に壁の外から入ってきた人はいないんですか?」

「いないわね。現状西暦時代からの生き残りは采南ちゃん一人だけだと考えられてるわ」

「…………」

 

 それは采南の中でも薄々覚悟していたことだった。それでもいざその現実を突きつけられると、采南の性格では無駄に抗いたくなってしまう。

 

「壁の外は完全に捜索しきったんですか……?」

「まだほとんど調査できていないわ」

「探さないんですか?」

「もちろん探したいとは思っているわ。ただなかなか進まないのよ」

「どうしてですか?」

「上の頭が固いのよ。せっかく深い霧が晴れたというのに、あいつらの視界はまだ曇っているようね」

 

 そう溢す恵本の顔には怒りと悔しさが滲んでいる。

 

「でも最近になって風向きが変わりつつあるの」

「そうなんですか……?」

「生存者はいないとされていたところに、生存者が見つかった。この事実は壁外調査の必要性を迫る上で強力な材料になるわ」

 

 その言葉からは強い覚悟を感じる。恵本は本気で調査の進まない現状を変えたいようだ。

 

「それに糸杉さんのおかげで大きな後ろ盾もできたしね」

「糸杉さんのおかげでできた後ろ盾……」

「大衆の声よ。あなたたちがいる組織はもともと適当に反権力を振りかざすだけの集まりだったの。そこから組織の最終的な目標を壁の外の解放に定めて、多くの人から理解を得られるまで支持を広げたのは偏に糸杉さんの功績ね」

 

「そうなんですね……小町ちゃん、知ってた?」

「…………」

 

 采南は小町に話を振るが、小町は何も答えない。

 

「とにかく生存者探しは大赦がやるべき仕事だから、一刻も早く捜索が開始されるよう私も手を回すわね。また何か動きがあったら連絡するわ」

 

 この言葉を最後に、神官との話は終わった。

 

  *

 

 神官との話を終えた帰り道、小町は沈黙気味の采南に話しかける。

 

「人探しはうまくいけば大赦の方で進めてくれるかもな」

「……うん」

「とまあ一段落はしたし今度は私の頼みを聞いてほしい」

「…………」

 

 人探しに区切りがつくと、糸杉を大赦に戻す手伝いをする。それが小町との約束だ。

 しかし、それは今の暮らしが無くなってしまうを意味している。そこがどうしても解せなかった采南は、足を止めて反発する。

 

「一段落したかどうかは小町ちゃんが決めるの……?」

「え……?」

「私、まだ満足してないよ!」

 

 まさかこのタイミングで反発してくるとは思っていなかった小町は呆気にとられる。しかし、ここで約束を先延ばしにされるわけにはいかない。

 

「でもこれ以上私たちにできることは……」

「一緒に海を渡って探そうよ!」

「無茶言うな。大赦は一般人の壁の外への立ち入りを禁止してるんだぞ?」

「でも小町ちゃんは大赦にいたんだよね? どうにかできないの?」

 

「今の私は取るに足りない一般人だ。どうにかするにしても、まずは大赦に戻ってからじゃないと」

「ぐうぅ……」

「大赦に戻ったら、私も恵本さんと一緒になって大赦に壁外調査を働きかける。それでいいだろ?」

「で、でも……」

「采南は一体何が不満なんだ?」

「そ、それは……」

 

 采南は言葉を詰まらせる。采南は自分の気持ちを言葉にすることができなかった。

 もちろん采南を助けてくれたあの人を探すことも大切だ。しかし、今はそれ以上に……

 

「…………」

 

 何も言えないままきゅっと口を噤んでいると、先に小町が口を開いた。

 

「明後日だ」

「えっ……?」

「明後日の夕方、私は大赦に戻る。だから明日、最後に一緒にどこか出かけないか?」

 

 その声色は優しいが、瞳はどうしようもないほど濁っている。それは采南と同じ、未来がない者の眼だ。

 まるで自分を見ているかのような感覚に、采南は完全に言葉を失ってしまった。

 

 

  * * *

 

 

 二人の帰った会議室で恵本は大赦に電話をかける。

 

「思ったより早かったな。どうだった?」

 

 電話に出たのは大赦神官の碓氷。恵本は碓氷に今日のことを話した。

 

「なるほど。特にトラブルはなかったようで何よりだ」

「でもどうして嘘をつかなければならなかったのかしら……?」

「尋ねる相手を間違えてるな。そういうのは本人に直接聞くべきだろう」

「……それもそうね」

 

「とにかくここから先は俺の仕事だ。糸杉の大赦復帰は我々にとってメリットがある。お前はそのためにあの二人を引き合わせたんだからな。俺もうまくやってみせるさ」

「……任せたわよ、碓氷さん」

 

 最後に碓氷の名を呼び、恵本は静かに電話を切る。

 

(…………)

 

 壁外調査を進めさせるという野望に向かって着々と準備が進んでいる。しかしながら、恵本の顔は冴えなかった。

 小町の頼みを聞き入れる。これは恵本たちにとっても恩恵があるからこそ協力できたことだ。だから恵本は小町の指示に従って、糸杉を大赦に戻す手伝いをしている。

 大赦の人間としてはこれでいいのだろう。しかし、一人の人間としては本当にこれでいいのか甚だ疑問が残る。

 

 "嘘"を通して抱いた違和感を形にするように、恵本は小さな会議室でそっと二人の名前を口にする。

 

「小町ちゃん、采南ちゃん。もしかして二人は……」




ただし壁の外の状態(炎)は原作の方が近い気がするよ

次回、第7話「人の夢と書いて……」
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