黒上采南は生存者でない   作:ソフ

8 / 16
好きな讃岐弁後書きで発表ドラゴン


第7話 人の夢と書いて……

 夜明け前の仄暗い空気があたりを満たす中、小町はキッチンの前で自分の右腕を見つめていた。

 

(…………)

 

 起きた時から腕が痺れて力がうまく入らない。ニラを切ることすらままならず、このままでは自慢の雑炊が具なしになってしまう。それだけは避けようと、冷蔵庫から卵を取り出して割ろうとするが、盛大に失敗してボウルの中が殻だらけになってしまった。

 

「おぁちちゃん……おぁよぉ……」

 

 慌てて殻を取り除いていると、背後から呪文のような声が聞こえてくる。振り返ると、そこにはボウルの中身よりも悲惨な頭をした采南が立っていた。

 

「おはよう。とりあえず髪、直してきなよ」

「はぁい……」

 

 采南を洗面所に誘導しているうちに、小町は大急ぎで雑炊を完成させ、二人分のお椀によそって配膳する。

 

「また雑炊かあ……」

 

 しばらくして戻ってきた采南は不服そうにしているが、もう強く文句は言わなくなっていた。

 二人は向き合うようにして座り、静かな食事が始まる。

 

「あのさ」

「なに……?」

「今日だけど、采南はどこか行きたいとことかある?」

「別に……」

 

 今日は小町が大赦に戻る前に、二人でお出かけができる最後の日だ。せっかくなら采南のリクエストを聞こうと思ったが、どうやら采南には行きたい場所がないらしい。

 そうなると必然的に小町が行き先を決めるわけだが、困ったことに言い出しっぺの小町もまた行きたい場所なんてなかった。

 

「……じゃあうどんでも食べに行くか?」

 

 長考の末、導き出された結論はうどん屋。ここ香川では、困ったらとりあえずうどん屋を選べばよいという風潮(へんけん)がある。それは何気ないお出かけであってもまた然りだ。

 一応この前七海たちと一亀に行った時から、采南をうどん屋に連れて行きたいという願望はあったので、ちょうどいい機会ではあるだろう。

 

「うん、わかった……」

 

 とりあえずこれでお昼の予定は決まったものの、采南は昨日からずっと元気がない。

 初めは恩人が死んでいるかもしれない現実に打ちひしがれているのだろうと思っていたが、采南の様子を見るに、どうやらそれだけではないようにも感じる。

 そして小町はその真の理由にうっすらと見当がつきはじめていた。しかし……

 

「ほら、せっかく出かけるんだしテンション上げてこ」

「そ、そうだね……」

 

 小町は見て見ぬふりをするように、その可能性を心の奥底に押し込めた。

 

  *

 

 昼頃になり、二人は適当に準備をしてから家を出る。すると、ちょうど外出から帰ってきた糸杉とばったり出くわした。

 

「あら、お出かけかしら?」

「今から采南とうどんを食べに行くんです」

「そう、よかったわね。いっぱい楽しんでおいで」

 

 事情を説明する小町に糸杉は笑顔を向ける。その優しい顔はまるで本物の親のようだ。

 

「…………」

 

 その様子を見て、采南は糸杉からを本音を聞き出せていないことを思い出した。

 今から小町の計画を無かったことにするには、糸杉が大赦復帰を望まない可能性に賭けるしかない。そう思った采南は誘導気味に語りかける。

 

「大赦に戻りたくなんかないですよね!?」

「……?」

「今の生活に満足してますよね!?」

「この子はどうしちゃったの?」

「……気にしないでください」

 

 采南は首を縦に振らせたかったが、その甲斐虚しく小町に体を引きずられてしまった。

 

  *

 

 采南の気が晴れないまま、二人は目的のうどん屋『すずみ』に到着した。

 

「並んでるね」

 

 お昼時なのもあってか、暖簾をくぐった目の前からセルフの列が続いている。

 二人が最後尾に並ぶと、背後から少女の元気な声が聞こえてきた。

 

「やっぱり! 采南ちゃんだ!!」

「……?」

 

 聞き覚えのない声のする方に振り向くと、そこには知らない二人の少女が立っていた。

 

「誰……ですか?」

「あっ、私たちのことわかんないよね! 私は結城友奈。そしてこっちが東郷さん!」

「差し詰めあなたの第一発見者ってところよ」

 

 名前だけではハテナ状態だったところに東郷の補足が加わり、采南はようやく二人のことを理解した。

 

「そうなんだ。助けてくれてありがとう」

「隣の子は采南ちゃんのお友達?」

「う、うん……小町ちゃんっていうんだ」

「そっか、新しいお友達ができたんだね!」

 

 友奈は采南の手を取り、まるで自分のことのように喜ぶ。積極的なスキンシップに戸惑いながらも、友奈のおかけで采南のメンタルは少し回復した。

 

「今日は平日ですけど、二人は学校休みなんですか?」

「実は特別に休暇をもらって旅してるのよ」

「旅……?」

「うどん屋をひたすら巡るだけの二人旅。名付けて『御饂飩行脚・中讃編』よ!」

「は、はあ……」

 

 お淑やかそうに見える東郷の口から発せられる勢いのある言葉に、小町は唖然とする。

 

「資金を出し合って、割り勘でうどんを食べるんだよ!」

「セルフのうどん屋で割り勘……?」

 

「毎回私の方がたくさん食べちゃうから、東郷さんにはなんだか悪いなって思ってるんだ」

「だから友奈ちゃんは毎回差額を祖国復興のために募金してるのよね。偉いわ」

「でもそのせいでいつも予算ギリギリなんだ〜。えへへ」

「素直に別会計にすればいいのに……」

 

 小町が二人の奇行に呆れていると、采南は何か良からぬことを思いついたのか、にやけ顔で小町に話しかける。

 

「私たちも割り勘しようよ! 差額は私に募金で!」

「采南の方がたくさん食べるのに、割り勘した上にお小遣いまであげないといけないのか……」

「お小遣いじゃないよ。募金だから!」

 

 小町が小食なのをいいことに、采南はお金をせびろうとしている。そんな采南をイジりたくなった小町は、財布から10円玉を取り出し、采南に手渡した。

 

「じゃあはい、募金」

「えー、たった10円ぽっち?」

「ああ。ぽっちだ」

「そんなお賽銭じゃないんだから!」

「私の募金は10円。お賽銭の2倍だ。よかったな」

「むうぅ、ケチ!」

 

「あははっ、二人は仲良しさんだね!」

「そうね。私と友奈ちゃんとの間柄にはかなわないけど」

 

 二人の微笑ましいやり取りを傍観していると、気づけば注文口まで列が進んでいた。

 四人は個別に注文をし、ペアで会計を済ませて同じテーブルに座る。

 

「これがうどん……」

 

 恐らく初めて食すであろう讃岐うどんを目の前に、采南は何やら神妙な顔をしている。そして恐る恐る麺をすすった次の瞬間、采南の顔はわかりやすく綻んだ。

 

「おいしい!うどんってこんなに美味しかったんだね!」

 

 テレビだと演技を疑われそうなほどの大げさな反応に、小町は連れてきてよかったと満足感を覚える。隣で反応を見ていた友奈と東郷も、香川県民として誇らしげだ。

 

「ねね、せっかくなら連絡先を交換しない?」

 

 すっかり采南のことを気に入った友奈は、采南に連絡先の交換を提案する。

 しかし采南の携帯は西暦時代に天災の影響で電力供給が途絶えて以降、使い物にならなくなっていた。そんな携帯を常に携えるはずもなく、今や携帯なんて持っていない。

 

「小町ちゃんどうしよう……私携帯持ってないよ……」

 

 西暦時代の暮らしを思い出したのか、采南は少ししゅんとしてしまう。

 その様子を見かねた小町は、采南にとあることを耳打ちした。

 

「……実は采南に新しい携帯を用意してるんだ」

「え……!? そうなの!?」

「恵本さんに頼んで契約してもらって、昨日話した時に受け取ったんだ」

「あの時の箱、携帯だったんだ!」

「携帯は明日渡す。連絡先は一旦私がもらっておくよ」

 

 采南にそう伝えると、小町は友奈に代案を提示する。

 

「悪い。采南は今携帯を持ってないんだ。だから連絡先は私が代わりに交換するよ」

「ごめんね、私のわがままで気を遣わせちゃったかも」

「いいんだ。連絡先は後で采南に共有しておくよ」

 

 連絡先の交換会とうどんの昼餐会を終え、四人はうどん屋の前に集まった。

 

「おいしかったね! 采南ちゃんたちもお腹おきた?」

「おきた??」

「香川の方言でお腹がいっぱいになるという意味らしい」

「ふーん……お腹おきた!」

 

 采南の元気な声を聞き、友奈たちも嬉しそうだ。

 

「私たちは次のうどん屋に向かうからここでお別れだね」

「まだ食べるの!? どこかの小町ちゃんとは大違い!」

「驚いてる時点で采南とも大きな開きがありそうだけど」

 

「それじゃあまたどこかで会えるといいね!」

「うん! ばいばい!」

 

 別れの言葉を交わすと、友奈たちは次のうどん屋に向けて出発し、後には采南と小町が残される。

 

「じゃあ帰るか……ん?」

 

 小町がふと携帯の時間を確認すると、東郷から写真付きのメッセージが送られているのに気がづいた。

 

『身長の全く届かない暖簾をくぐる采南ちゃん』

 

 写真では身長が届かず、くぐる必要のない暖簾を小町につられてくぐる真似をする采南の姿が激写されている。

 

「どうしたの?」

「……いや、なんでもない」

 

 小町は写真のことは告げずに、自分の携帯にこっそり保存した。

 

  *

 

 うどん屋からの帰り道、采南はひたすら10円玉を見つめている。

 

「見慣れないか? 大赦が発行してる貨幣だもんな」

「いや、10円を見てるとやりたくなるなあって」

「……何を?」

「ほら、スーパーによくあるガムのガチャガチャ!」

 

「そんなの今の時代、滅多に見かけないぞ」

「だったら探すあるのみ! だよね? 小町ちゃん!」

「ま、まさか……今からそのためだけにスーパーをハシゴするのか!?」

「もちろん! 朝聞いてたよね? 行きたい場所はないかって。今その場所ができたよ!」

「嘘だろ……」

 

 あとは帰るのみ。そう思っていたところに采南の爆弾発言が飛び出す。相変わらず采南爆弾はどこから飛び出すかわからない。まあ、おしゃれなお店で買い物するよりは、こっちの方が采南らしいと言えるのだろうか。

 せっかくのお出かけを楽しみたかったこともあり、小町は采南の話を聞くことにした。

 

 それから二人はスーパーを十軒以上回ったが、お目当てのモノはまったく見つかる気配がない。

 道中でのおしゃべりは楽しいが、それでも次第に虚無感が強くなる。

 

「私たち、一体何してるんだろうな」

「何って、そりゃあもちろんガムマシーン探しだよ」

「そうじゃなくて。本当に見つかるんだろうな?」

「見つかるよ、いつか!」

「……次で最後な。時間も時間だし」

「えーそんなあ……」

 

 采南は本気で見つけたそうにしているが、これ以上は時間的にも小町の体力的にも厳しい。不満げな采南を説得し、次で最後と二人は近くのお店に立ち寄った。

 

「やっぱないな……」

「そうだね……あ、でも見て! あそこに普通のガチャガチャがあるよ!」

 

 采南は一瞬の落胆を見せたが、すぐさま出口近くに設置されたガチャガチャに興味を示す。近寄ってラインナップを確認すると、采南はネコと枕が合体したようなキャラクターの立体キーホルダーを気に入った。

 

「これ引きたいなっ」

「10円玉じゃ回せないぞ」

「わかってるよ。だから、ね?」

 

 采南は小町に振り向くと、両手でお皿を作ってオカネクダサイのポーズをとる。小町は軽くため息をつきながらも、財布を開いて素直にお金を手渡した。

 

「言っとくけど、これ糸杉さんのお金だからな」

「じゃあ糸杉さんに感謝だね!」

「今朝ちょっかいかけてたくせに調子のいいやつだな」

 

 采南は糸杉に感謝をしつつ、お金を投入してガチャを回す。すると中から黄色いネコのキーホルダーが出てきた。

 

「んー……せっかくなら主人公みたいなのがほしいな〜」

「主人公って……どれだ?」

「多分あのピンクのやつだよ! というわけで、もう一回引いてもいい?」

「……わかったよ」

 

 小町は言われるがままにお金を渡す。采南は無駄に気合を入れてからガチャを回したが、出てきたのはさっきと全く同じものだった。

 

「被っちゃったかぁ……まあいいや。はい小町ちゃん!」

「被りの押し付けか?」

「違うよ。これすれば……おそろい!」

 

 采南は小町のポーチと自分の鞄にキーホルダーを取り付け、ニカっと笑う。その屈託のない笑顔に小町の口元もつい僅かに緩んでしまう。

 

「…………」

 

 本来の目的からは逸れてしまったが、采南は満足そうだし、小町はこれで良かったんだと思うことにした。

 

  *

 

 スーパーを出てふと空を見上げると、そろそろ日が落ちる頃合いになっていた。

 二人はアパートに戻るため、来た道をゆっくりと歩き始める。

 

「楽しかったね」

「正直途中アレだったけど、結果的には楽しかったよ」

「…………」

 

 二人はしばらく横並びで歩いていたが、采南は突然黙り込み、そのままその場で足を止める。

 

「……どうしたんだ?」

「とうとう明日なんだね……」

 

 俯きがちな采南の口から発せられたのは、さっきまでとは打って変わって、今朝に戻ったかのような弱々しい声。

 そんな采南を慰めるように、小町は優しく声をかける。

 

「もしかして一人で暮らしていけるか不安か?」

「…………」

「きっとすぐ慣れるよ。ナナもいるし、塾では美花とも仲良くなったんだろ? 生活費の補助も続けさせるつもりだから、私なんかいなくても何も変わらないさ」

「…………」

「さ、帰ろう」

「そう……だね……」

 

 本当は大赦に戻ってほしくない。もっと一緒にいたい。それが采南の本音だった。でもそのたった一言を口にする勇気がない。

 采南は遠く見える小町の背中を眺めながら、再びゆっくりと歩き始めた。

 

 

  * * *

 

 

 次の日、采南は日が昇る前に起きた。というより、あまり寝られなかったというのが正しい表現だろう。

 今日の夕方、小町は大赦に帰ってしまう。その後糸杉まで大赦に戻れば、采南はまた一人ぼっちだ。それ思うとまともに寝られるはずもなかった。

 

 采南は水を飲もうと、重い足取りで冷蔵庫へと向かう。すると、その途中で小さな呻き声が聞こえてきた。

 

「うっ……ううぅ……」

「小町ちゃん……?」

 

 振り向くと、そこにはソファーに横たわる小町がいる。采南は心配になって顔を覗き込むが、小町は普通に眠っている。

 呻き声も最初の一回きりだったこともあり、采南は水を飲んでから、再びベッドに横になった。

 

 次に気づいた頃には窓の外が明るくなっていた。どうやらあれから、かろうじて眠れたらしい。

 ふと時計を確認すると、午前11時を回っている。どうやらかろうじてどころか、がっつり眠っていたようだ。

 

「あ、采南……おはよう……」

 

 目覚めに気づいた小町が声をかけてくるが、その小町もなにやら眠そうにしている。

 

「おはよう……小町ちゃんも今起きたの?」

「まあな」

「珍しいね。いつも早いのに」

「あはは……ちょっとな……それより今からお昼買ってくるけど、何か食べたいものはあるか?」

「え、ええと……」

 

 采南は一瞬小町の様子がおかしいようにも感じたが、突然のお昼の話に全てかき消されてしまった。

 

  *

 

 お昼を自宅で済ませ、しばらくゆっくりしていると、とうとう約束の時間が来てしまった。

 小町は昨日采南からもらったキーホルダーの付いたポーチを肩にかけ、ソファーで小さくなっている采南に話しかける。

 

「そろそろ出発するぞ」

「う、うん……」

 

 時間になっても采南の覚悟は決まらない。いや、決まるわけがない。

 決まらない覚悟を諦めの感情で塗り潰し、采南は仕方なく小町と待ち合わせ場所へと向かった。

 

  *

 

 二人は時間をかけて指定の公園に到着したが、肝心の碓氷はまだ来ていない。

 その公園は人気がなく、沈みかけた夕日が錆びついた遊具を仄かに赤く染め上げ、逃げ出したくなるほどの寂寥感に包まれている。

 

「はぁ……はぁ……」

 

 采南がふと横を向くと、小町が走ってもいないのに息を切らしていた。

 

「大丈夫……?」

「ああ……それより采南に渡しておきたいものがある」

 

 采南の心配を押しのけ、碓氷を待っている間にと、小町は自分のポーチに手をかける。

 

「これが采南の携帯だ。もしこの先何か困りごとがあれば、これを使って連絡してくれ」

「わかった……」

「一応うどん屋で会った二人の連絡先も登録してある。暇な時にでも適当な文章を送ると喜ぶんじゃないかな」

「うん……」

 

「まあそんなとこかな。糸杉さんのこと、頼んだよ」

「…………」

 

 どうしてこんなことをする必要があるのだろう。采南はいまだに腑に落ちていなかったが、今更ごねたところでどうせ何も変わらない。

 現実から目を背けるように、地面に落ちた影を静かに見つめていると、公園の入り口から車の停車音が聞こえた。

 

「お待たせ。悪いね、こんなとこに呼び出しちゃって」

 

 車から現れたのは大赦神官の碓氷。この前の恵本と同様に、素顔を晒して私服に身を包んでいる。碓氷に関しては仮面姿よりもこっちの方が似合っている。

 

「そこの采南ちゃんはお見送りかな? どうだ、ここでの生活には慣れたか?」

「…………」

 

 碓氷は采南に声をかけるが、采南は何も答えない。そんな采南を横目に小町は碓氷に話しかける。

 

「……行きましょう」

「ちゃんと別れは済ませたか?」

「必要ないですよ、そんなの……」

「……車で待ってる。心残りのないようにな」

 

 碓氷は二人を置いて少し離れた自分の車にもたれかかる。気を利かせたのだろうが、今の采南にかけられる言葉なんて何もなかった。

 

「……困ったらナナたちにも連絡するんだぞ?」

「う、うん……」

「じゃあ……元気でな」

「…………」

 

 小町は少しだけ言葉を交わし、碓氷の車に向かって歩き出す。碓氷は本当にいいのか?と言いたげな顔をしているが、本当に本当にこれでいい。きっとこれが最善なのだから。きっとこうするしかなかったのだから。

 

 ……しかしその時だった。

 突然、体の内側から焼けるような痛みを感じた。

 

「ぐっ……うぅ……」

 

 小町は痛みで背中を丸め、両手で胸を強く押さえる。

 

「小町……ちゃん……?」

 

 采南が小町の名前を呟いた次の瞬間、小町は口から大量の血を吐いた。

 

「ぐ……ぐぼっ!!」

「小町ちゃん!?」

「……!!」

 

 血を吐いた小町は、気を失ってその場に勢いよく倒れ込む。その衝撃でポーチの中から小さな木箱が転がり出た。

 

「これはまずいな……」

 

 慌てて駆けつけた碓氷の端的な言葉からは、静かな絶望が伝わってくる。

 

「ど、どうしちゃったんですか……!?」

「もしかして聞いてないのか?」

「はい……私は何も……」

「……悪いがゆっくり説明する時間はない。こいつのことは後で必ず伝えるよ」

 

 碓氷はそう言いながら、気絶した小町を担いで自分の車に乗せる。

 

「あの、私は……」

「お前は糸杉のところに居てやってくれ」

「で、でも……小町ちゃんは……!」

「大丈夫だ。こいつは絶対に死なせない。落ち着いたらキミと糸杉に容態を伝えに行くから、今は無事を祈って待っていてほしい」

 

 間もなく小町を乗せた車は病院に向けて出発し、采南は状況が飲み込めないまま、夕暮れの寂れた公園にたった一人取り残されてしまった。




「お腹おきた?」←疑問系で使うと尚良し

【ちょこっと裏話】
今回モデルとなったうどん屋は、身長160cmほどで頭の端が暖簾の先をかすります(2025年4月時点)。
そこから采南と小町の身長がある程度わかりますね!

次回、第8話「橋頭堡の悲劇」
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。