ちいさい選ばれし者と聖火守指長たち   作:匕囗

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幼くなってしまった選ばれし者と、彼女の世話役(のような立場)になってしまったサザントス。
“なってしまった”同士の二人は大聖火を見つめながらお話ししています。


“おかえり”

 大聖火がきらきら灯る、フレイムグレース大聖堂。その柱の陰から、大聖火と同じくらいきらきら輝く瞳で炎を見つめる子がいました。5分でしょうか、10分でしょうか、もうどれだけの時間そうして眺めているかわかりません。

「……そなたは本当に聖火が好きだな」

「うん! きやきや、きえい!」

 祈りを捧げる巡礼者たちの邪魔にならないよう、ひっそりと声を掛けたサザントスでしたが、ちいさいミトスはまだ声の大きさをうまく調整することができません。しかも、だいすきなサザントスに抱っこされて、だいすきな聖火を見ていたのですから、その声のゴキゲンっぷりは相当なものです。

 そんな彼女の声に驚いた巡礼者が何人か顔を上げてしまいました。ですが彼らは、屈託なく笑うミトスを見ると一様に目や口を綻ばせて、何事も無かったかのようにもう一度俯くのです。中には祈りに戻る前に手を振る者もいて、ミトスは嬉しそうに振り返すのでした。

 彼女が教会に保護されて早数ヶ月、もはやこの光景も大聖堂の平和な日常と化しています。

 ミトスがお昼寝している間に(彼女のことはロンドに任せて)ふと聖火の間に寄った時なんて、大聖堂常連のおばさまたちが「あら、今日はミトスちゃんいないの?」とサザントスに声を掛けてきたぐらいです。“前聖火守指長”の肩書きより、“ミトスの守役”の方をすっかり認知されてしまっているサザントスなのです。

 若い騎士たちが陰でこっそり“子連れ銀狼”と揶揄していることも、彼は知っています。が、相手にしていません。と言うより相手にしている暇がありません。何しろ、目を離せばミトスがどこかへ行ってしまうのですから。

 年相応に元気いっぱい興味津々遊びたい盛りのミトスはまるで子猫や子犬のようで、好き勝手に気の赴くまま大聖堂の中を駆け回ります。その有り余る元気の良さは、サザントスが思わず「以前の落ち着きはどこへやったのだ…!」と零すほど。「追う方の気持ち、わかっていただけましたか…」とロンドがぐったりしながら言ったのは、教会で彼女の面倒を看るようになった翌日の夜でした。でもすやすや眠る彼女を見て、『まあ、いいか』と二人して疲労などどうでもよくなってしまったのもこの時のことです。

 幼くなってしまったミトスですが、体を動かす感覚は覚えているようで、あまり転んだりしません。ただ筋力や体力は落ちてしまっているので、時々隅っこで座り込んでいる姿が目撃されています。ロンド曰く、この時が絶好の捕まえチャンスなのだとか。あとは大聖火を眺めている時も。

 実は今サザントスがミトスを抱っこしているのも、追いかけっことかくれんぼの攻防の末、やっと捕まえることができたからなのでした。

「さて、部屋に戻るぞミトス。そろそろロンドが戻ってくる頃合いだ、“おむかえ”するのだろう?」

「しゅゆ!」

 ミトスちゃんじゃあねと手を振る巡礼者たちにばいばいして、ミトスはサザントスに抱っこされたまま聖火の間を後にしました。

 

 ちいさいミトスのお部屋は、サザントスの部屋のお隣です。じゃあロンドの部屋はさらにその隣なのかと言うと、そうではありません。

 ロンドの部屋はサザントスやミトスの部屋よりもっと奥にあります。かつてサザントスが使っていた、聖火守指長のためのお部屋です。

 サザントスが使っていた頃は必要最低限のものと任務資料しか無く、すっきりさっぱりとしていたのですが、今はロンドが少しずつ私物を増やしている途中だったりするのです。気に入った小説や戯曲などなど……最近はミトスのお世話があるからあまり進められていないけれど。

 それはさておき。二人と部屋が離れているから、おやすみの時間になるとロンドはちょっと寂しそうにしつつ自分の部屋に帰っていきます。抱っこしたあとだと彼女の温もりが無くなる分、より寂しそうです。でも「おゃしゅみ、ろんろ。まらあしりゃね」の“また明日”にいつも救われています。

 それが叶わないことがあると知っているから、無邪気に口にできる“平穏()”を守りたい、守らなければと、心を強く持つことができる――と、そう言って。

 ミトスが遊び疲れて寝てしまった時は、“またあした”を聞けない代わりに頰をぷにぷにするのが癖になってしまっているロンド。褒められたことではないとわかっていても、背中にサザントスの視線が刺さっても、どうしても指が伸びてしまうようです。本人はまだ気付いていませんが、頰をふにふにした時にミトスが笑ったり顔を隠したりするので、そのランダム要素も癖になってしまっている理由の一つだったりします。

 ちなみにサザントスは彼女のふくふくした頰に触れた時、その柔さに『これ以上触れたら壊してしまう』と思ったのだとか。

 そもそもこれまで幼児と接する機会がほとんど無かったサザントス。あまりに小さく軽く柔らかく、熱いくらいに温かいミトスをどう扱えば良いのかわからず、最初は混乱していました。やっと見付けたと思ったら幼くなっていた、というのも混乱の要因だったのでしょう。ですが目を覚ました彼女に乞われるまま抱き上げた時、ぱっと花開いた無垢な笑顔を見て、戸惑いも混乱もゆっくりと鎮まっていったのです。

 当時、幼くなってしまった“選ばれし者”の処遇について、教会が保護するのと教会が管理している孤児院に預けるのどちらにするか意見が割れていましたが、教会での保護に最後の一票を投じたのは、サザントスでした。

 その結果――大聖堂では幼女に振り回されるいいお兄さんたちを毎日見ることができるようになりました。実に平和です。

 ただロンドは本来の任があるので、他の地方に行くこともしばしば。数週間前はサンランドに行っていました。さて今回は……

「ただいま戻りました、サザントスさん、ミトスさん!」

「ろんろ!」

 ノックもそこそこに入ってきたロンドを見て、ミトスはサザントスの膝から降り、とててっと駆け出しました。

 ロンドの足元まで着くやいなや流れるように抱き上げられ、高い高いのついでにくるくる回され、弾けるような笑い声が部屋の中に響きます。

 「おしょりゃとんでうー!」と喜ぶミトスにもう一回転追加してやってから、ロンドはいつもの抱っこに戻しました。

「っふぅ…! 怖くなかったですか?」

「りゃのしきゃったー!」

「フフ、さすがミトスさん。高いところもへっちゃらですね」

「うん! ろんろおきゃありー!」

 ぎゅーっと首に抱きついてくるミトスを、ロンドは優しく抱きしめます。ミトスのもちもちほっぺがむぎゅっとくっついて、とても嬉しそうです。

 実は、ヴィクターホロウ周辺で指輪を手にした怪しい男がいる、という情報を聞いたロンド。真偽を探るために二週間近くフレイムグレースを離れていたのです。

 聖火騎士になってそれなりに経ち、今では聖火守指長という役職に就いているロンドですが、まだまだ威厳は身についていません。普通の騎士とは服装が違うな、というぐらいで、ごろつきたちは年若い彼を侮ることもしばしば。

 そんなわけで少々治安の悪いところで少々物騒な日々を送ってきたロンドにとって、無邪気なもちもちはとても癒されるものなのです。ほやほや柔らかいほっぺを堪能したい気持ちを抑えながら、小さな温もりを噛み締めています。

「はーーー…ミトスさん温かい…もちもち……癒される…」

「……聞かなかったことにしておいてやろう。さっさと報告に行ってこい」

 呆れた顔を隠そうともせず、サザントスがミトスを回収します。ロンドとミトスの「あー」という声が綺麗に重なりました。

「聖下へのご報告なら済ませてきましたよ?」

「そこまで抜けてはなかったか」

「それはまあ、さすがに。指輪は偽物でしたし、新しい情報も無しです。そちらはどうでした? 僕がいない間、ミトスさん寂しがったりしてませんでした?」

「特に問題は――」

「しゃみしきゃった!」

「………だそうだ」

 ゆるやかに溜め息をつくサザントスと、そんな彼の腕の中で自己主張するミトスと、やはり全力で撫でたい気持ちを抑えつつ控えめに彼女を撫でるロンドとで、ちいさなミトスのお部屋はいつもより賑やかに時間が過ぎていくのでした。

 

 久しぶりにロンドとサザントスが揃って嬉しいミトスは、椅子の上で足をぱたぱた、体をゆらゆら揺らしながら、二人の会話をにこにこ聞いていました。

 けれど急に「あっ!」と叫ぶと、ロンドに向かって一生懸命手を伸ばし始めました。いったいどうしたのでしょう?

「ミトスさん、どうしました?」

 とりあえず抱っこして落ち着かせながら、ロンドが穏やかに尋ねます。

「てゃ、てゃいへんなの、しゃじゃ、ろんろに“おきゃあり”ゆってないの…!」

「んー…? そう言えば、確かに言われてないですね」

「ろんろが、ろんろが、ちゅりぇてかれちゃう…! やらぁー!」

「連れてかれる……?? 誰にです?」

「おきゃありおびゃけ!」

 その答えを聞いて、今度はサザントスが「ああ」と納得した息を零しました。

 そして、しがみつくミトスの背をぽんぽんと撫でながらも、相変わらず頭に“?”マークを浮かべているロンドに、棚から引き抜いた絵本を見せてこう言ったのです。

「この本の影響だな」

 表紙に大きなウィスプが描かれたその絵本は、子供でも読みやすい大きな字で『あいさつおばけ 〜ただいまとおかえり〜』と書いてありました。色彩豊かに描かれて明るい印象があるのに、どこか不気味な雰囲気が漂っています。

 何でそんな怖そうな本選んだんですか…!と目で問うロンドに、ミトスが選んだのだと同じく目で返すサザントス。長年の付き合いがある二人だからできる離れ業です。

「お前が戻る前に読んでいたのだ。帰ってきた者は“ただいま”、迎える者は“おかえり”と言わねば拐われるという内容で……、これに則るならば“おかえり”と言われなかったお前が化物に拐われることになる」

「え。そこは普通“おかえり”と言わなかった方では…?」

「さてな。この本では迎えられなかった方が拐われることになっている」

「じゃあ“ただいま”を言わなかったら、言われなかった人の方が拐われるんですか?」

「否、言わなかった方だ」

「何でそんなに外から帰ってきた人を拐おうとするんですかそのおばけは…!!」

「作者に聞け」

「しゃじゃー! ろんろがちゅりぇてきゃれちゃうー! ううう……」

 半べそかいてるミトスに訴えられたサザントスは一瞬ぐっと言葉を呑むも、ごく落ち着いてミトスを宥めようとします。

「そなたが“おかえり”と言っていただろう? だからロンドは拐われたりせぬ」

「でも、みんな、ちゃんと、あいしゃちゅしようね、って……。じゃないと、おびゃけ……あいにくゆって…!」

「………正しく情操教育の効果が出ているな」

「すごいですね、その絵本」

 こころなしか表紙のウィスプが誇らしげです。でもミトスはそれがこわいようで、目に涙を溜めながらサザントスを見ています。

 そんなミトスを抱え直し、彼女が真正面からサザントスを見つめられるようにしたロンドは、ほらほらとサザントスに呼びかけます。

「このままだとミトスさんが泣いてしまいますし、僕は連れ去られてしまうらしいですし。サザントスさん、お願いします!」

「……調子に乗るなよ、ロンド」

 すっと目を細めるサザントスですが、冷たい視線ぐらいではもうロンドは揺らぎません。

 むしろ真正面から見つめるミトスの涙目がサザントスにダメージを入れていきます。「しゃじゃー」と呼びかけられて追加ダメージも発生です。

 やがてサザントスはフー…と深い息を吐き――

「ロンド、よく戻った」

「……! はい!」

 と、遅い“おかえり”でロンドを迎えました。

  一方ミトスはまだ不安そうにサザントスを見ています。でもロンドの嬉しそうな声を聞いて、そのにこにこな笑顔を見て、不思議そうに首を傾げています。

「ろんろ、ろんろ。しゃじゃ、“おきゃあり”ゆってないよ…?」

「大丈夫ですよ、あれがサザントスさん流のおかえりです」

「じゃあ、ろんろ、もうちゅりぇてきゃれない…?」

「はい」

「よあったー…!」

 また全身で抱きついてくるミトスにほくほくと癒されながら、ロンドは、帰りを迎えてくれる人がいる温かさを噛み締めるのでした。




◆サザントスとロンドのちびみと認識の差
 サザントスは、小さかろうが大人であろうがミトスはミトスと考えているので、ちびみとを子供扱いすることに複雑な思いを抱えています。さすがに数ヶ月も経ったので慣れましたが、内心『彼女はいつ戻るのだろうか(早く戻ってほしい)』と思っています。ちびみとの世話をするのが嫌だとかいうことではなく、彼が会いたいと望んでいるのが元のミトスだからです。
 何故消滅の運命を代わってまで自分を救けたのか聞けてないですし。
 小さくても小さくなくても、彼女に泣かれるのには弱いサザントスです。

 ロンドも、幼くてもミトスはミトスと思っていますが、それはそれとして小さくてかわいいので全力でkawaiiを伝えてます。愛でるとちびみとも嬉しいみたいなので遠慮無しです。昔のコーデリアを思い出すなぁ(ほくほく)みたいな感じでのほほんと構えています。さすがに頬擦りはアウトかな…?などなど、ちびみとが嫌がらない且つ客観的に見てギリセーフなラインを攻める日々です。
 その結果、大人に戻ったミトスの距離感が若干バグることになりますがこの時はそんなこと知る由もありません。

 ちなみにあいさつおばけシリーズですが、他にも「おはようとおやすみ」「いってきますといってらっしゃい」「いただきますとごちそうさま」があります。
 じわじわこわい絵柄で読む人(子)を選びますが、ミトスは読み終わったあとにこわくなっちゃったパターン。
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