《中央暦1925年6月 帝都ベルン 海軍省 大講堂》
「きた! きた!! きた!!! きたーーーー!!!!! 我が世の春、きたーーーー!!!!!!! ふぉぉぉぉ!!!!」
重厚な大理石造りの海軍省大講堂に、正気を疑うような奇声が響き渡った。
将官たちが一斉に振り返り、開いた口が塞がらないといった様子で呆然と立ち尽くす。そこにいたのは、普段なら軍服のシワ一つ許さず、感情を殺した無口で無骨な武人として知られる男――帝国海軍航空本部総監、ギュンター・リュッチャンス中将であった。
彼は全軍から集まった補正予算の膨大な決定書類の束を両手に掲げ、まるで勝利の舞でも踊るかのようにステップを踏み、奇妙な腰つきで講堂の中央を練り歩いていた。
フランソワ共和国がわずか十四日で電撃的に降伏し、欧州大陸の覇権は完全に帝国のものとなった。残る主敵は、海を隔てたアルビオン連合王国のみ。陸軍と空軍の独壇場だった予算獲得戦の天秤は、一夜にして海軍へと大きく傾いたのだ。しかも、落ちてきたのはただの予算ではない。帝国議会と参謀本部が叩き出した、過去に例を見ない「対アルビオン巨額補正予算」の津波であった。
海軍全体が「ついに俺たちの時代が来た」と浮き足立つ中、リュッチャンスの爆発ぶりは群を抜いていた。彼がここまで発狂せんばかりに歓喜している理由は、単に金が回ってきたからだけではない。
無敵を誇ったフランソワのマジノ線が、空軍の超重型滑空誘導爆弾フォルカンの精密爆撃によって呆気なくぶち抜かれたという事実。これが帝国軍部に決定的なパラダイムシフトをもたらしたのだ。
「見ろ! 見ろよこの予算書を! 『戦艦より空母』だ! 時代は! 時代は完全に! 我ら航空主兵論者に追いついたのだぁぁぁ!!」
リュッチャンスは踊り狂いながら、最前列に座っていた潜水艦隊司令官、カール・デーナッツ少将の目の前でピタリと動きを止めた。そして指を突きつけ、顔を至近距離まで寄せて罵声を浴びせる。
「おい、そこのドンガメ担ぎ過ぎて皮膚が骨にへばりついてるスケルトン野郎! 聞こえたか!? お前が『鉄の棺桶で敵の商船をちまちま沈めます』とか湿気くさい暗闇でいじいじ言ってる間に、時代は空からの圧倒的火力戦へと移行したんだよ! お前の愛しい鉄のドブネズミ群(ウルフパック)など、これからは空母打撃群の露払いがお似合いだ! 潜水艦の予算? やるわけねぇだろハゲ! 貴様のドブネズミどもには魚雷の代わりに浮き輪でも配っておけ!!」
「り、リュッチャンス中将……!? 貴公、正気か……!?」
普段の厳格な面影など微塵もない罵詈雑言に、デーナッツは引きつった笑みを浮かべて後退る。だがリュッチャンスの毒舌の舞いは止まらない。彼はそのままクルリと一回転すると、海軍の事実上の頂点に君臨する大艦巨砲主義の権化、エーリッヒ・レーザー海軍上級大将のデスクへと滑り込んだ。
「そしてぇ!! そこに鎮座する巨砲フェチの老害代表、レーザー上級大将閣下ぁぁぁ!!」
「な、なんだねリュッチャンス中将! 控えなさい!」
「黙れヘナ〇ん野郎!! 己の股間に付いてる粗末なモノが小さいからって、代わりに38センチだの40センチだの無駄にでかい大砲を戦艦にぶら下げて満足してんじゃねぇよ!! 時代遅れなんだよその大砲は! フォルカンの一撃を見たろ!? これからの海戦はなぁ、数百キロ先からアウトレンジで敵の戦艦の脳天をぶち抜く時代なんだよ! 貴様が愛してやまない超弩級戦艦なんぞ、我が空母機動部隊の練習標的にもなりはせん! 補正予算の8割は我が航空本部がいただく! 貴様の愛玩戦艦なんぞ一隻残らず鉄くずにして鍋の材料に代えてやるから覚悟しろぉぉぉ!!!!」
「ひ、非礼であるぞ! 無礼者! 誰か、誰かこの狂人を連れ出せ!!」
レーザー大将が顔を真っ赤にして卓上ベルを連打するが、講堂内の若手航空士官たちは「リュッチャンス閣下バンザイ!」「空母時代万歳!」と歓声をあげ、もはや収拾がつかない祭り騒ぎと化していた。
リュッチャンスがここまでタガを外して踊り狂うには、相応の理由があった。
彼の胸には、実に十年間の歳月にわたって溜め込まれてきた、鬱屈とした血涙の歴史が存在していたからである。
◇
時計の針は、九年前の中央暦1916年へと遡る。
当時、帝国海軍はアルビオンの後塵を拝しつつも、巨大な海軍をそろえ、大艦巨砲主義の狂乱の中にあった。そんな中、北部の軍港都市キールセキ*1において、ひそかに一つの買収劇が行われた。
世界的な不況によって経営破綻の危機に瀕していた老舗の造船会社「キールセキ造船所」を、新興財閥である「ローゼフシルト財閥」が巨額の資金を投じて完全買収したのである。買収後、その施設は『ローゼフシルト・カイザーリヒ・マリン造船所』と改称された。
この動きに、海軍首脳部は激しく首をかしげた。
民間財閥の進出自体は珍しくない。だが、そのローゼフシルト財閥の最高権力者として買収の指揮を執っていたのが、あろうことか「陸軍」に籍を置く現役の軍人――ルーデル・フォン・ローゼフシルト陸軍少佐(当時)だったからである。
「陸軍の小銃造りどもが、ついに海にまで口を出して横取りする気か?」
「何を企んでいる? 陸軍の資金工作か?」
疑惑を抱いた海軍上層部は、当時、海軍内で「最も堅物で、最も不必要な妥協を許さない男」として知られていたギュンター・リュッチャンス海軍少将(当時)を、秘密裏に情報調査員(スパイ)として派遣した。
当時のリュッチャンス少将は、疑いようのない大艦巨砲主義者であった。
「海の勝敗は、より大きく、より遠くへ届く大砲と、厚い装甲を持つ戦艦によってのみ決する」
それが彼の揺るぎない信念であり、陸軍の青二才が造船所を買収したなどという戯言を切り捨てる気満々で、キールセキの港へと赴いたのだ。
潮風が吹き抜ける造船所のドックで、軍服を着た若いローゼフシルト少佐は、何百枚もの巨大な図面を広げてリュッチャンスを迎えた。
「……陸軍の少佐殿。わざわざ海軍の領域にまで足を踏み入れて、何の真似だ? 陸の泥穴ほりに飽きて、泥船ごっこでも始める気か?」
リュッチャンスの冷徹な問いに対し、ローゼフシルト少佐は不敵に微笑むだけであった。
「いいえ、リュッチャンス少将。私はおもちゃを売るつもりはありません。……私は、これから来る『次の時代』の海の覇権を、あらかじめ買い取ったのです」
「次の時代の覇権だと? くだらん。覇権は我が海軍の最新鋭戦艦の巨砲が握っている」
「いいえ」
ローゼフシルトは図面の一枚を滑らせた。そこに描かれていたのは、巨大な大砲も、分厚い装甲帯もない。ただ一面に平らな甲板が広がる、異様な姿の船であった。
「これからの海戦において、戦艦の大砲が届く距離……数十キロなど、何の意味も持たなくなります。水平線の彼方、数百キロ先から、数百機の航空機が群れをなして飛来し、戦艦の無防備な天頂へ爆弾と魚雷を叩き落とす。戦艦が敵艦影すら拝めないまま、海底へと沈んでいく時代が必ず来ます」
「……何……!?」
「大砲の大きさを競う時代は終わりました、少将。これからは『いかに多くの航空機を、いかに早く、効率よく空へ放てるか』の勝負です。……戦艦は動く標的にすぎなくなる」
ローゼフシルトの口から語られた未来の海戦図は、当時のリュッチャンスにとって狂人の戯言に思えた。しかし、ローゼフシルトが提示した精密な弾道計算データ、航空機の性能向上曲線、そして「アウトレンジ戦術」の理論的数学モデルを見せつけられたとき、リュッチャンスの脳裏に激雷が落ちた。
(勝てない……! この男が言っていることが正しければ、我が海軍が血眼になって建造している巨額の戦艦群は、すべて巨大な棺桶にすぎない……!!)
その日を境に、リュッチャンスの人生は180度転換した。
彼は海軍上層部への報告書に「異常なし。単なる民間の投資事業である」と嘘の報告を提出すると、自ら進んでローゼフシルトの「秘密の同志」となったのだ。
大艦巨砲主義を完全に捨て去り、狂信的な「航空主兵論者」へと生まれ変わったリュッチャンスは、ローゼフシルト・カイザーリヒ・マリン造船所を拠点として、帝国海軍の空母開発と建造に怒涛の勢いで邁進し始めた。
しかし、当時の海軍内では大艦巨砲派が絶対的な権力を握っていた。
予算はすべて戦艦や巡洋戦艦の建造へと回され、空母開発に与えられた予算はスズメの涙であった。
「予算がないなら、設計で補うしかない!」
リュッチャンスとローゼフシルトは、限られた予算と排水量の中で「主力兵器としての空母」を成立させるため、徹底的な割り切りと技術的挑戦を余儀なくされた。
まず、艦体の防御装甲を極限まで削ぎ落とした。
「攻撃を受ける前に敵を殲滅する」という超攻撃的思想のもと、防御力を犠牲にして搭載機数を追求した。さらに、内部を2段格納庫にする予算と技術的余裕がなかったため、格納庫は潔く「単層(1段)」に割り切った。
その代わり、帝国が世界各地に保有する穏やかな大洋の植民地海域での運用を見越し、側壁を開放した「開放型格納庫」を採用した。これにより、自然換気を可能にしてガソリン誘爆のリスクを減らすとともに、格納庫内でのエンジンの暖機運転を可能にし、発艦準備時間を劇的に短縮させることに成功したのである。
さらに、二人が最も情熱を注いだのが「発着艦機構のイノベーション」であった。
「少将、着艦事故で貴重な機体とパイロットを失うのは愚の骨頂です。まっすぐな甲板では、着艦に失敗した機が前に係止してある機体に突っ込んでしまう」
「ならばどうする、ローゼフシルト?」
「甲板を斜めに傾ければいいのです」
そうして考案されたのが、滑走口を斜めに配置する「アングルド・デッキ(斜め飛行甲板)」であった。着艦に失敗した機体はそのまま加速して再離陸(タッチ・アンド・ゴー)ができるという画期的な構造である。
さらに、重い航空機を狭い甲板から短時間で連続射出するための「蒸気式カタパルト」の開発にも着手した。ボイラーからの高圧蒸気を直接シリンダーに導入して往復運動させるという、時代の遥か先を行く技術であった。
二人は試行錯誤を繰り返し、幾度もの失敗と爆発事故を乗り越えた。
小型の商船を改造した実験空母を作り上げ、アングルド・デッキと蒸気カタパルトの地上試験を夜以継日で繰り返した。
結果として、時告げる時計の針は確実に進んだ。
《中央暦1922年》――蒸気式カタパルトの実用化に世界で初めて成功。
《中央暦1923年》――実験用軽空母での着艦運用試験を経て、アングルド・デッキの流体理論および運用ノウハウを完全に確立。
「できた……できたぞローゼフシルト! これで我が海軍は、世界最強の空母打撃群を手に入れられる!」
集大成となる新型空母の計画書が完成した。
それは、これまでの「割り切り」を脱却し、装甲飛行甲板を持ち、アングルド・デッキと複数基の蒸気カタパルトを標準装備した、満載排水量四万トン級の「超近代的な完形空母」であった。
この化け物のような空母を建造し、帝国海軍を世界最高の航空艦隊へと脱皮させる……はずだった。
しかし――試練はあまりにも残酷な形で訪れた。
まさにその起工式が目前に迫っていた時期、欧州の緊張が一気に高まり、大戦争の足音が聞こえ始めたのである。
海軍上層部、そして参謀本部は冷酷な判断を下した。
「開戦は目前である! 建造に何年もかかるような未検証の巨艦(空母)など作っている余裕はない! 予算と資源はすべて陸軍の戦車、砲兵、そして空軍の航空機生産に回せ!」
決定は絶対であった。
新空母の起工計画は凍結され、図面は金庫の奥底に封印された。
造船所のドックは陸軍の輸送船や小型駆逐艦の修理工場へと変えられ、リュッチャンスが集めた精鋭の航空要員たちは、空軍の補助部隊へと回された。
「なぜだ……! なぜ分からんのだ老害どもめ!! この空母があれば、海での勝利は約束されるというのに!!」
キールの海を見つめながら、リュッチャンスは拳を叩きつけ、爪が肉に食い込むほど握りしめて血涙を流した。ローゼフシルトもまた、無言で冷えた海風に打たれていた。
それからの数年間、リュッチャンスは海軍省の片隅で「航空本部総監」という半ば追いやられたポストに甘んじながら、陸軍と大艦巨砲派の陰で泥をすするような日々を送ってきたのである。
◇
「――だからこそ! 今日のこの日が来たのだぁぁぁ!!」
回想から現実へと戻ってきたリュッチャンス中将は、再び大講堂の壇上で高らかに叫んだ。
「積年の恨み! 冷遇の歴史! すべてを今日この瞬間、過去のものとしてやる! 見よ! 参謀本部から届いたこの『次期海軍計画(Z計画改訂版)』の第一稿を!」
彼が掲げた書類には、信じがたい数字が並んでいた。
「装甲甲板、アングルド・デッキ、蒸気カタパルト三基装備の『グラーフ・ツェッペリン級大型空母』! 同型艦、一挙に八隻起工!!」
「ハ、八隻ぃぃ!?」
講堂の将官たちから悲鳴のような声が上がる。
「それだけではない! 航空打撃群の直衛を担う『新型装甲巡洋艦』十六隻! 補助空母(軽空母)十二隻! 駆逐艦八十隻! 補給艦隊四十隻!! これらを向こう四年間で全艦就役させる!!」
それは、かつてリュッチャンスとローゼフシルトが夢にまで見た「理想の航空艦隊」の現実化であった。
とある世界で超増産体制を敷く某海軍の伝説的な拡張計画――その半分にも及ぶ巨大な軍艦の生産の波が、帝国の膨大な工業力と、新領土の資源を背景にして、今まさに始まろうとしていたのである。
「さあ野郎ども! 宴の始まりだ! 造船所のドックをすべて開けろ! 鉄を溶かせ! 溶接の火花を散らせ! アルビオンの野郎どもを海の底へ叩き落とす『鉄の鳥かご』を組み上げるのだぁぁぁ!!!!」
狂喜乱舞するリュッチャンスの雄叫びが、海軍省の屋根を吹き飛ばさんばかりに響き渡っていた。
◇
《中央暦1925年6月中旬 帝国占領地フランソワ パリースィ シャンゼリゼ通り カフェ》
初夏の爽やかな風が、格式あるカフェのテラス席を吹き抜けていた。
澄み切った青空、路上で奏でられるアコーディオンの優雅な旋律、そして香ばしいクロワッサンと煎れたての濃厚なエスプレッソの香り。
「……ふぅ。素晴らしい。これぞ文明人の生活というものだな」
白い日傘の影の下で、小さな体躯に帝国の凄絶な軍服を身にまとった少女――第二〇三航空魔導大隊長、ターニャ・フォン・デグレチャフ少佐は、うっとりと目を細めてコーヒーカップを傾けていた。
ライン戦線の地獄のような塹壕戦。
そしてV1ロケットの狭い弾頭カプセルに押し込められ、過Gと恐怖に耐えながら敵司令部へ生身で突入させられたあの日々……。
悪夢のような「ブラック労働」の極致を乗り越え、彼女はいま、占領下となったパリースィで優雅な有給休暇(名目上は戦果に対する報奨休暇)を満喫していた。
「参謀本部も、たまには粋な真似をする。このままアルビオンと講和が成立し、欧州大陸に平和が訪れれば……私の後方勤務と出世コースは確定だ。危険な前線でロケットに詰め込まれる心配ももうない。これからは後方で優雅に書類に判子を押し、高給を貪りながら安全な余生を送るのだ……」
ターニャは至福の笑みを浮かべ、優雅にコーヒーを一口口に含んだ。
まさにその時である。
「少佐殿!の大ニュースです! 本日の帝国海軍の公式広報紙が届きました!」
副官のヴィーシャが、息を切らせながら街角の売店で買ってきたばかりの『帝国海軍報・特別号外』を新聞のように広げて駆けてきた。
「ニュース? ふん、どうせ海軍の連中が『これからは海軍の時代だ』と威張っているだけの自画自賛記事だろう。放っておけ。我々は陸軍……いや、航空魔導部隊だからな」
ターニャはフッと鼻で笑い、カップを手に取りながらチラリと新聞の全版見出しに目をやった。
そこには、デカデカと黒々とした躍動感のある文字が躍っていた。
【帝国海軍、歴史的拡張計画『改訂Z計画』を帝国議会全会一致で可決!!】
【全欧州の工業力を集結! 4年間で大型正規空母8隻、軽空母12隻、直衛艦艇100隻超を建造へ!】
【航空本部総監リュッチャンス中将談:『我が海軍の目標はただ一つ、海軍導魔導士および艦載機部隊による完全なる海洋航空支配である!』】
「……ぶッ!!!!!!!!」
次の瞬間、ターニャの口から、含んでいた高級エスプレッソが鮮やかな茶色の噴水となって吹き出した。
「ゴホッ! ガハッ……!!? げ、ゲホッ!!」
激しく咳き込み、テーブルクロスを激しく汚しながら、ターニャは血走った目で新聞をひっつかんだ。
あまりの衝撃に、彼女の青い瞳が激しく揺れ動いている。
「な……ななな……何だこれはぁぁぁぁ!!??? 正規空母8隻!? 軽空母12隻!? アメリカの第二次世界大戦における両大洋艦隊法(トータル・ネイビー・アクト)の半分近い規模を……たった4年で作るだと……!? 狂っている! 帝国の国家予算と資材の配分はどうなっているんだ!?」
ターニャの頭脳の中で、冷徹な計算が超高速で回転し始めた。
(待て……落ち着けターニャ・デグレチャフ! これだけの巨大な空母艦隊を作るということはどういうことだ!? 空母という『箱』だけ作っても意味がない……! 必要なのは、そこに載せる『航空機』と『熟練のパイロット』……そして……!!)
新聞の隅に書かれた小さな注釈記事に、ターニャの目が釘付けになった。
『なお、本空母打撃群の運用にあたり、海軍は陸軍および空軍より、実戦経験豊富な精鋭の「航空魔導士部隊」の大量移管および、艦上魔導運用部隊への再編を要請中である』
「――あ」
ターニャの顔から、一瞬にして血の気が引いた。
ポロリと、手にしていた高級な陶器のカップがテーブルに落ち、甲高い音を立てて割れた。
実戦経験豊富な精鋭航空魔導士部隊。
超高空からの降下経験があり、過酷な爆撃ミッションを成功させた「実績」のある部隊。
……そんなものが、この帝国軍に第二〇三航空魔導大隊以外に存在するだろうか? いや、存在しない。
「海軍に移管……? 空母に乗せられて……波揺れる揺籠(ドブネズミの箱)の中から……アルビオンの強大な本国艦隊と対空砲火の嵐の中へ突撃……????」
脳裏に浮かぶのは、ロケットの弾頭から今度は「空母のカタパルト」へと場所を変え、荒れ狂うドードーバード海峡の上空へと弾き飛ばされる自分自身の姿であった。
「いやだ……いやだいやだいやだ!! パリースィのカフェで優雅にラテを飲む生活はどうなったんだぁぁぁ!!! 呪ってやるぞ存在Xぅぅぅぅ!!!!」
初夏のシャンゼリゼ通りに、少女の悲痛な絶叫が木霊した。
その悲鳴を聞き流しながら、カフェの給仕は「やれやれ、帝国軍人も大変だな」と呆れ顔で破片を拾い集めるのであった。
なお、結果的にターニャ含め第二〇三航空魔導大隊が海軍に移管されることはなかった。
本当に関係のない話ですけど、かつてドイツにはギュンター・リュッチェンスというとても厳格で素晴らしい提督が居たんですよ、その最後は壮絶でライン演習作戦でビスマルクとともに沈んだ方です。
西ドイツの駆逐艦の級名になったくらいすごい人です。
どうも本当に関係のない話でした。