そうして私は、呪_師になる   作:みつじ

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第十三話︰呪術実習①

 結局、あまり会話が弾まないまま朝ご飯を食べ終えた。

 

「またあとで」

 

 そう言う夏油さんに会釈をし、私はひとり教室に向かう。

 クラスメイトは4人。私が一番乗りだった。ぽつんと席に座りながら、黒板の上に設置された時計を見る。

 

 ひどく、静かだった。

 

 空っぽの教室が妙に広く感じる。後ろのほうでは、みぃちゃんが窓際でふよふよと漂っている。

 

 夏油さんもすぐ来るのかと思ったけど、まだ姿は見えなかった。

 さっき食堂で少し話したばかりなのに、また顔を合わせるのかと思うと、なんだか落ち着かない。

 

 ──8:30。始業のベルが鳴り響く。

 

「待たせたな」

 

 突然ドアが開き、ファイルを片手に夜蛾先生が入ってきた。その後ろに夏油さんが続く。

 制服に着替え、髪をまとめた夏油さんはさっきと雰囲気が違った。

 

 ……なんとなく、こっちの夏油さんのほうが苦手かも。

 あの姿を見ていると、最初を思い出す。涼しい顔をして、ただの興味本位だけで私の首筋に指先を食い込ませたことはよく覚えている。

 私を助けて、ここへ来るように誘ってくれたのに……。今朝も話題を振ってくれて、悪い人には思えないような言動だった。

 

 どれを信じたらいいのか、よくわからなくなる。

 

 夜蛾先生は正面の教壇に立ち、夏油さんは私の左隣に座る。背が高い彼が側に来るだけで、妙な圧迫感があった。

 

「七瀬はこれから説明する内容、しっかり聞けよ」

「……はい」

 

 思わず背筋を伸ばした。

 

「突然だが、今日は呪術実習を行う。……2級呪霊の討伐任務での実践形式だ」

「……え?」

 

 思わず息を呑む。

 任務って……いきなりそんなの受けるの?

 

 不安に思ったのを察したのか、夜蛾先生が少し口元を緩めた。

 

「安心しろ。傑が同行する」

 

 夜蛾先生はあっさりそう言ったけど、私の胸の中はドクドクとうるさいくらいに高鳴っていた。

 2級ってどのくらいの強さなんだろう。……私ひとりじゃ、何もできない。みぃちゃんがいなかったら──考えるだけで、背中が冷たくなる。

 

「……先生、あの、2級って……どれくらいの強さなんですか?」

 

 そろりと手を上げて質問すると、夜蛾先生は「ああ……」と呟いた。

 

「そういえば説明してなかったな。呪霊の等級は、基本的に4級から特級まで分かれてる。そうだな……」

 

 先生は、少し悩んでから言葉を続ける。

 

「もし通常兵器が呪霊・呪物との戦闘に有効と想定した場合。4級は《木製バットで余裕》、3級は《拳銃があればまあ安心》、2級や準2級は《散弾銃でギリ》、1級や準1級は《戦車でも心細い》、特級は《クラスター弾での絨毯爆撃でトントン》の強さとされている」

「……はあ」

 

 銃や戦車に馴染みがなかった私には、どこかイメージしづらかった。

 

「まあ、そんな不安そうな顔をするな」

「……」

「呪霊討伐では、呪霊と同等級の術師が任務に当たる。今回は、1級術師である傑ひとりで祓える範囲だ」

「……はい」

 

 頭ではわかるけど、やっぱり不安は拭えない。

 

「……すまない」

 

 思わず目を伏せてしまったら、夜蛾先生の低い声が響いた。視線を正面に向けると、彼は少し眉尻を下げている。

 

「本来なら、前例のない七瀬だと、もっと低級の任務からスタートしてもいいはずなんだが……お前にはみぃちゃんがいるからな」

「……」

「呪術師はいつも人手不足だ。1級術師に、特級相当の呪霊を扱う者……相応の任務に着かせろと圧がかかったんだ」

 

 ふと隣を見ると、夏油さんがこちらを見ていた。

 

「夜蛾先生は一応、説得してくれたみたいだけどね」

 

 彼は言葉を添えてから、視線を私の後ろへ向ける。つられて振り返ると、みぃちゃんがふわふわ浮いていた。

 

「……先生。みぃちゃんは……」

「ん?」

「みぃちゃんは、そんなに強いんですか……?」

 

 夜蛾先生は、ふっと視線をみぃちゃんに向けた。しばらく無言が続いて、私はごくりと唾を飲む。

 

「まだ不明な点も多いが……」

 

 低く絞り出すように夜蛾先生が言った。

 

「俺や傑でも簡単に勝てないような存在だろう」

「……っ」

 

 ぞくり、と背筋が冷える。

 ふわふわ浮かぶその子は、いつものように笑っているだけなのに──なんだか、とてつもなく遠い存在のように見えた。

 

「だから、みぃちゃんをずっと側に置いておけ」

「……はい、わかりました」

 

 頑張りたいと思ったはずなのに……待ち受ける現実に、気持ちがついていかない。

 

「大丈夫。見学だと思ってくれたらいいよ」

 

 立ち上がった夏油さんは小さく笑ってから、またみぃちゃんを見る。

 

「それに、2級ならみぃちゃんにも物足りないぐらいじゃないかな」

 

 それは、どこか不敵な笑みに見えた。

 

 

 

 … … …

 

 車に揺られながら、目的地に向かう。

 じっとりと汗ばむ手のひらに、自分でも心が落ち着かないのがわかった。

 

『ななこちゃぁん、大丈夫ぅ?』

 

 また小さくなったみぃちゃんは、私の膝の上でふわりと体を丸め、金色の瞳をじっと向けてきた。

 

「う、うん……ちょっと緊張してる…」

 

 嘘。ちょっとどころで済まないかもしれない。

 だって呪霊って……。今までに見たことあるし、みぃちゃんに祓ってもらったこともあるけど──見てはいけないものを見てしまった気がして、背中が凍りつくようなものだった。

 

 人間のような形をしているのに、四つん這いで地を這うように近づいてくるものもいたし……形がもう化け物で、言葉では説明がつかないような見た目の奴もいた。

 

 それに自分から向かっていかないといけないなんて……。あ、ダメかも。もう心がポキポキ折れてる気がする。

 

 目を閉じて、心を落ち着かせようと大きく呼吸をしてみる。

 うっすらと瞼を持ち上げたとき「つきましたよ」と運転席の人が言う。確か……補助監督さん。

 車は緩やかに減速し、ある建物の前で停車した。

 

「降りるよ」

 

 隣にいた夏油さんが、恐れる様子もなく降りていく。

 自分だけ残るわけにも行かず、震える指でドアを開けた。足を地面に下ろす前、膝まで震えた。なんとか立ち上がり、視線を持ち上げる。

 

 目の前には──鉄の門が錆びつき、窓という窓が割れている、見るからに呪霊がいそうな廃病院。

 

「……やっ、やっぱ無理かもぉ……!」

 

 私は、ホラーが大嫌いだった。

 

「こういうところ苦手?」

 

 私の隣に立った夏油さんは、少しだけ首を傾けて、まるで他人事みたいに見下ろしてくる。

 

「お化け屋敷とか……ほんっと無理で…」

「ああ、じゃあ慣れるまでちょっとしんどいかもね」

「……」

 

 いやいや、慣れるとかじゃなくて無理なんだって……!

 でも駄々をこねるわけにもいかず……ただ、黙るしかできなかった。

 

『ななこちゃん』

 

 するりと頬を撫でてくれたのは、みぃちゃんの鼻先。

 

『呪力でてるよぉ』

「……あ、私が、怖がってるから…?」

『そうだねぇ、アタシは嬉しいけど〜』

「……でも、ダメだよね。先生も言ってた……自分で選ばなきゃいけないって」

 

 ハァ、と大きく息をつく。

 

 みぃちゃんがいてくれてよかった。少しだけ、気持ちが落ち着いた気がする。

 指先から呪力が出ないように、体の中を巡り続けるイメージをした。

 

「行こうか」

 

 夏油さんは正面玄関へと近づいて行く。

 

 また、足が震えた。──でも、行かないと。

 

 私はみぃちゃんの前足をしっかり掴んで、一歩を踏み出した。

 

 

「──では、(とばり)を下ろします。お気をつけて」

 

 ぺこりと会釈した補助監督さんは、"とばり"と聞き慣れない言葉を使った。思わず首を傾げてしまう。

 

「闇より()でて、闇より黒く。その(けが)れを(みそ)ぎ祓え」

 

 それが何かを聞くより前に、空から墨のような真っ黒い液体が垂れ落ちてきた。それは私たちの立つ廃病院を、じわじわと覆い尽くしていく。まるで、強制的に夜が降りてくるみたいに。

 

「"帳"──外から私たちを隠す結界だよ」

 

 どぷん、と闇に包まれ、気味の悪さが増した気がする。私は、一度だけ頷くので精一杯だった。

 

「みぃちゃん……お願いだから、絶っっっ対離れないでね」

『はぁい』

 

 ちらりと見たみぃちゃんは、変わらずにんまり笑っていた。

 

「入るよ」

「は、はい……!」

 

 正面玄関の自動ドアの前に立つ。

 ライフラインは止まっているのだろう。センサーは反応せず、夏油さんがドアに指を滑らせて、ぐっと力を入れた。

 ギィ……と嫌な音を立てて、わずかに開く。

 

「……意外と重いな」

 

 そう呟きながら、肩で押し広げるようにして人ひとりが通れる隙間を作る。

 その隙間の奥へ、体を滑り込ませていくので、私は慌ててあとを追った。

 

 中へ体を滑り込ませた瞬間、空気が一変する。ひんやりと湿った空気。カビと錆のにおいが鼻を突く。

 思わず肩をすくめると、みぃちゃんが隣でくすりと笑った。

 

 電気の通わない建物の中は思っていたより暗い。

 外も、帳のおかげでほぼ夜のため、窓らしきところから、本当にうっすら光が漏れる程度。

 

「思っていたより暗いな」

「……本当にそう思います」

 

 カチ、と音がして足元が照らされた。夏油さんは懐中電灯を持っていた。

 

「任務用に支給されたんだ。こういう現場は、たいてい真っ暗だから」

「へぇ……」

「七瀬さんが持つ?」

「えっと……うーん…夏油さんに持っててほしい、かも」

 

 自分の足元を照らせるのは安心感があるかもしれないが……懐中電灯を持ったら、この場を先導しないといけない気がする。

 そんなの、絶対に無理だった。

 

「そう? なら、とりあえず1階から順番に探そう」

 

 夏油さんがライトをゆっくり動かすと、待合室がぼんやりと浮かび上がった。

 

 ビニール張りのソファが、びっしりと整列している。そのほとんどは、座面が黒ずみ、ところどころ破れたビニールがぺろんとめくれていた。

 かつて明るかったはずの色は、埃とカビでくすんでしまい、薄暗い光の中ではまるで別物に見える。

 

 木目調の床には、斑模様のシミが無数に広がっている。天井は白いままだが、端のほうは湿気で染みだらけだった。

 

「……なんか……普通の病院だったのが、余計に気味悪いですね……」

「そうだね」

 

 夏油さんは淡々と返す。

 

 ライトの明かりがゆっくりと横切ったのは、受付のようだった。

 診察券入れのトレイが受付にポツンと置かれていて、やけに整然としてるのが逆に不気味だった。

 天井のほうに目を向けると、壁掛け時計が止まったまま動かない。指し示すのは2時──きっと、閉鎖されたときのままだ。

 

 診察室のドアが並ぶ壁には、今も番号札が貼られたまま残っている。『4』『5』──その文字が、ライトの明かりでぬるりと浮かび上がり、異様に感じた。

 壁の間には、モニターが取り付けられていた。その液晶は当然真っ黒で、もう何年も触れられていないような埃が層になっている。

 

 けれど──ふと。

 その黒い画面が、一瞬だけチカ、と白く光った気がして、私は思わず息を呑んだ。

 

「……今……」

「気のせいだ」

 

 夏油さんは、やはり冷静にそう返すだけだった。

 

 そんな夏油さんの後ろをついていく。

 本当は彼の服も掴んで、耳も目も覆ってしまいたいぐらいだった。だけど、そんなことできる間柄じゃないし、遊びに来てるわけじゃないことはわかってる。

 

 もう出るなら早く出てくれ。

 思わずそう思ってしまったぐらい、私は限界だった。

 

 

 

 ──夏油傑は、少し厄介だな、と感じていた。

 

 彼は今日、教室に入る前、夜蛾から七瀬のことを聞いていた。

 術式のこと、対象範囲、有効範囲……そのどれもが自分の知る呪術についての範疇を超えていた。

 そんな子を連れて、呪霊討伐の任務に出る。2級とはいえ、彼女単独ではどうにもならないような等級なのに。

 

 そして、初めての任務だという緊張感、それが実戦形式という不安、場所が廃病院だったという恐れ……様々な感情が入り混じり、七瀬の体からはずっと呪力が放出され続けていた。

 車内で隣にいたとき、呪力がじわじわと染み込んでくるのがわかった。

 その途端、妙な高揚感が湧き上がり、自分の中で呪力が増幅する。

 

 これが討伐すべき呪霊に作用したら──そんな不確定な未来に、少し考え込む。

 2級から底上げされた呪霊。それを取り込めば、自身の手札となるだけ。だが祓えない範囲に成ってしまったら──?

 

 考えているうちに、目的の場所に着いてしまった。

 

 呪霊は、多くの人が集まる場所や負の感情が強い場所で発生しやすくなる。

 特に病院は、死に関連した感情が吹き溜まりやすく、大勢の人の思い出や感情が残る場所。負の感情の受け皿となり、呪霊が発生しやすい。

 

 しかも廃病院となってから、若者の絶好の肝試しスポットになったらしい。今もなお、彼らの負の感情を吸い寄せ続けている。

 

 だから、ここには確かに()()はず。

 

 なのに、()()()()()()()()()

 七瀬の呪力がずっとまとわりついてくる上に、側にいる特級呪霊の気配が大きすぎる。

 その気配を恐れて成りを潜めているのか、呪霊一匹さえ出てこない。

 

 報告のあった2級呪霊を祓うまで、ここから出られないというのに。

 

「……えっ、今何か…足音しませんでした……?」

 

 そんなことを知らない七瀬は、自分の足音にまで怯える始末。

 この廃病院の中で、一番の脅威にしがみつきながら。

 

「たぶん、自分たちのだよ」

「そう、ですか……すみません…」

 

 お化け屋敷が苦手と言った通り、こういう場所はかなり不得意なようだった。

 じわり、じわりと滲み出る呪力を、側にいる特級呪霊が嬉しそうに吸い取っている。その金色の瞳が、暗闇でぼんやり光を帯びていた。

 

 いっそのことふた手に別れたほうが、こっちに何かしら出てくるんじゃないか?

 そう思ったが、なかなか提案できない。

 

 というのも……どう見ても、彼女は"弱者側"だからだ。

 

 "弱者生存"──弱気を助け、強気を挫く。そんな自分の思想の中に当てはめたとき、七瀬さんの存在はどうしても非術師側に傾く。

 ただ周囲を強化するだけ。自分の意思の関与できない範囲まで。

 

「七瀬さん」

「は、はい……!」

 

 立ち止まって名前を呼ぶだけで、肩を盛大に震わせる彼女はもう涙目だった。

 

 夏油はふと思案する。

 

 恐らく、悟じゃなく自分がペアに指名されたのは、七瀬さんの術式と性格を考慮してだろう。

 本当なら、悟が一緒のほうが"保険"にはなるはず。だが、悟の言動は直接的すぎる。七瀬さんを泣かせてしまうのが目に見えた。

 それに、自分だけで任務のすべてを終わらせてしまう可能性もある。

 

 私に求められているのは、教育的な観点だ。"呪霊を扱う者としての立ち回り"を見せることだろう。

 だが、呪霊一匹も出なければ話にならない。

 

 そして、意を決して提案する。

 

「みぃちゃんの気配が濃すぎるんだ。少しだけ、みぃちゃんと離れてくれるかい?」

「は、離れるって……どれぐらい…?」

 

 ぐるりと周囲を見回す。ここは待合室のようで、空間がかなり広い。

 

「そうだね、とりあえずこの場所の隅くらいに」

「それは遠すぎないですか…?」

 

 呪霊を強く握り締めている。その指はかたかた震えていた。

 

「……大丈夫だよ。ここにいる何よりも、みぃちゃんは強い」

 

 それを聞いた七瀬はわかりやすく狼狽えた。ちらりとみぃちゃんを見上げている。

 そして、潤んだ瞳をこちらに向けた。その目は何かを決意したよう。大きく息を吐いている。

 

「みぃちゃん、ちょっとだけ、離れてみる……?」

『え〜? なんでぇ?』

「君の気配で、他が霞んでるんだ。目標を討伐しないとここから出られないよ」

「……だって。だからお願い」

 

 暗闇の中で、金色の瞳が光を反射する。自分を見つめているのがわかる。

 

『……ちょっとだけだよぉ』

 

 そして、闇の奥へふたりで進んでいく。

 

 夏油は、彼らが向かう方と反対側に、一瞬だけ意識を向けた。

 

 

 

「……わっ」

 

 七瀬の短い声が上がった途端、足元から水面をたたくような異音が響く。

 

 ──とぷん。

 

 すぐに懐中電灯を向けるが、闇の向こうはぼんやりとした影が揺れるばかり。

 何もない──いや、硬いはずの床が僅かに波打っている。

 

『ななこちゃん!!』

 

 みぃちゃんがそこへ飛びついたが、爪でガリガリ引っ掻こうとも何も出てこない。

 

「──!」

 

 焦って周囲を照らした。だが、そこには先ほどと変わらない、廃れた景色が広がる。

 

「七瀬さん!」

 

 声を張り上げる。だが──応答が、ない。

 

 彼女の存在だけが見えなかった。

 





ホラーにできているかちょっと心配。
読んでいただきありがとうございます!!
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