そうして私は、呪_師になる   作:みつじ

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第四章:育てられるということ
第十七話:交錯


 目を覚ますと、私はみぃちゃんの腹の上にいた。

 雲ひとつない青空が、瞳にじりじりと焼きつく。瞬きをすると、その青がまぶたの裏にまで残った。

 

 地面に降りると、ずしりとした重力を感じた。

 

 ふと、任務のことを思い返す。

 廃れた病院。電気も通わない、薄気味悪いあの空間で──私は、ただ呪力を渡しただけ。

 

 味方でもない呪霊を成長させて、それからのことを……きっと、私だけが知らない。

 

 視線は自然と空へ向いた。

 

 

 

『ななこちゃん?』

 

 湿った鼻先で、頬をちょんとつつかれる。

 視線を下げると、猫の姿をしたみぃちゃんが地面にちょこんと座っていた。ざり、と砂を踏む音が響く。

 

『どうしたの? ぼーっとして』

「……ううん、特に理由はないんだけど」

 

 『ふぅん』と相槌を打ったみぃちゃんは、自分の頭を私の手に擦り付けた。思わず笑ってしまいながら、私はその頭を撫でてあげた。

 

「……戻らないと、いけないんだよね」

 

 それは自分への決意のようで、どこか足枷のように重かった。

 

『ななこちゃんが、そう思うなら』

 

 にんまりと笑ったみぃちゃんを見つめると、金色の瞳がまっすぐに見返してくれた。その目が、少しだけ心を軽くしてくれる。

 

「……行こっか」

 

 次に、ざり、と砂を踏んだのは私の方だった。

 

 

 

 ──任務のあとって、どうしたらいいんだろう?

 そう思いながら、私は普段授業を受けている校舎へと足を向けた。夜蛾先生か夏油さんに会えるかもしれない。漠然とそう考えていた。

 

 ふよふよと漂うみぃちゃんは、私の隣をついてきてくれた。

 

 校舎の中は静かだった。廊下を歩くと、自分の足音だけがやけに響いて聞こえた。

 

 そのとき、遠くから誰かの声が聞こえてきた。

 

 自然と、そちらへ向かって歩いていた。声を探るように、壁沿いにそっと近づく。

 

「つーか、それって連れて行くだけ損じゃね?」

 

 聞こえた声に、どこか聞き覚えがあった。次の瞬間──、

 

「まあ、祓えない範囲まで成長させられたらね」

 

 どき、と心臓が鳴る。

 

 思わずその場で足を止めた。

 

「憑いてるもんが強くたって、アイツ自身は並以下だし」

「……悟」

 

 咎めるような声は、自分も知る男の人の名前を呼んだ。

 どこか聞き覚えのある声──夏油さんと、悟さんだ。

 

「しかも本体が気絶したら、お憑きの呪霊も弱るとか……マジで実践には不向き」

 

 それだけで、わかってしまった。

 

 あのふたりが、私の話をしている。

 

 この曲がり角の先での会話に耳を傾けながら、どこかで"聞いてはいけない"と感じていた。

 

「正直さ──ただのお荷物になっちまうだろ」

 

 

 

 ──お荷物。

 

 その言葉が、胸の奥に鈍く刺さった。

 

(……私のこと、だよね…?)

 

 思った瞬間、足元が揺れたような感覚に襲われ、無意識に後ずさった。

 

「悟、それ以上はやめたほうがいい」

 

 返事なんて、聞きたくない。

 私は踵を返し、逃げるように走り出していた。

 

 (だめだ)

 

 思考がまとまらない。ただ、この場にいたくないという感情だけが、自分の背を押した。

 

 膨れ上がる不安。誰かが自分のことを"人間"として見ていないような……そんな恐怖が頭を支配する。

 

 

 

 走って、走って──どこまで逃げたのかわからない。

 気づけば、人気のない中庭の隅に座り込んでいた。スカートのまま地面に座り込むなんて……と一瞬思ったけど、すぐにどうでもよくなった。

 

 体力のない私は、いつまでも息を切らしていた。

 

 吐く息は弾み、息を吸い込む喉は焼けるように熱い。ヒュ、とかすかに掠れた音がした。

 それを落ち着かせようと、思うのに……、

 

「……っ、う…」

 

 視界が滲む。

 

 見つめた先は、ぼやけてよく見えない。目尻にじわりと熱が孕み、ぼろぼろと雫が落ちていくのはなんとなく目で追えたけど……ぎゅっと閉じたまぶたを、もう開けたくはなかった。

 

 

 ──誰にも見られたくない。そう思っていたはずなのに。

 

「……泣いてる?」

 

 ふいに、誰かの声が落ちた。

 

 びくんと肩が跳ねる。反射的に顔を隠そうとして、袖で目元をぐいっと拭った。

 

「ごめんなさい! びっくりしましたよね!!」

 

 慌てたような気配があった。

 おそるおそる目線を上げると、そこには知らない男の人が立っていた。

 

 柔らかい黒髪が風に揺れている。サラリとした前髪が自然に眉にかかっていて、真っ直ぐな瞳はどこかあどけなさを残していた。

 雰囲気はどこか素朴で、整いすぎていないぶん、話しかけやすさを纏っていた。

 目が合ったとき、彼は眉をひそめるでもなく、ただ優しい目で私を見ていた。そして、少し困ったように笑う。

 その眼差しに、胸の奥がじわりとあたたかくなった。

 

「なんかすごい猫が浮いてるなーって思って来てみたら、誰かしゃがみ込んでるし、心配になって!」

 

 その人の言う"すごい猫"が、みぃちゃんのことだとすぐにわかった。

 みぃちゃんは私に擦り寄りながら、彼を真っ直ぐに見ていたから。

 

「えっと……すみません…」

 

 うまく笑えない。

 でも、男の人は特に気にした様子もなく、にこりと笑った。そして何も聞かず、少しだけ距離をとったまま、隣に腰を下ろした。

 その行動に少し驚いた。私と同じように地面に直接座ってくれるなんて思わなかったから。

 

「いえ! 僕が勝手に来ただけなんで気にしないでください!」

「……はい」

 

 元気な人だった。

 学ランを着ているし、恐らく呪術高専の学生だろう。同じクラスじゃないし、1年生か3年生か……別の学年の人なのかな。

 

 ぐす、と鼻を鳴らしながら、私はまた足元を見つめた。

 

 この人は、きっと優しいんだと思う。

 初めて会った私が泣いていたから、少し距離を保ったまま側にいてくれてるんだろう。

 

 ──でも。自分の気持ちに余裕がないせいで、どうして放っておいてくれないんだろうと、少し苛ついた。

 

「近くで見ても、すごい猫ですね!」

 

 男の人の声につられて思わず仰いだ先では、彼は丸っこい目をさらに丸くして、みぃちゃんをじっと見ていた。

 

「なんか、こう……モフりたくなるけど、絶対にやっちゃいけない気がする……」

「……うーん、どうだろう? みぃちゃんにお願いしたら、させてくれるかもしれないですけど……」

「え!? マジですか!?」

 

 キラキラと瞳を輝かせているのを見て、思わず笑ってしまった。声は小さく、かすれていたけれど、それでも笑えた。

 

「ちょっとだけ! いいですか?」

 

 すると、みぃちゃんは珍しくすぐに反応を見せた。

 

『……ちょっとだけだよぉ』

 

 にんまりと口角を上げて、ぐるんと一回転してから、男の人の目の前に漂う。

 

「うわー! 猫!! ふっかふかのでっかい猫!!」

 

 "ちょっとだけ"と言ったくせに、みぃちゃんに飛びついているのを見て、私はまた笑ってしまう。

 

 ──この人に、少しでも苛ついたくせに。

 

 こんな自分、嫌だなあ。

 

 この気持ちも、涙と一緒に流れていけばいいのに。

 そう願いながら、私は目元を拭った。

 

 

 

「──そうだ!」

 

 彼はふと思いついたように声を上げた。

 

「お昼、もう食べました? ていうか、僕、お腹すいちゃって。よかったら一緒にどうですか? 校舎の中ってちょっと息詰まるし、ね」

 

 その言葉に戸惑っていると、彼は言い訳みたいに笑った。

 

「無理にとは言いませんけど……外の空気吸った方が、少し気が楽になりますよ」

 

 それが、泣いていた自分への気遣いだとわかってしまう。

 

 そんなとき、男の人に撫で回されていたみぃちゃんが『ねぇ』と声を上げた。

 

『それしたら、ななこちゃん、笑ってくれる?』

 

 自分の心臓が、またどき、と鳴った。

 

「うん! めちゃくちゃ笑顔になれると思うよ!」

『わぁ! それいいねぇ! お外行こぉ〜!』

 

 パァ、と表情を明るくしたみぃちゃんは、男の人を短い足で掴んだ。

 そして、ぐいんと伸びた尻尾が私の体にぐるぐると絡みつく。

 

『どこ行こう〜? アタシ、こんびにしか知らないなぁ』

「えっ……ちょ、みぃちゃん…!」

 

 みぃちゃんはぶるりと震えた。そして体の中から、ミシミシと音が上がる。背中にコブがふたつ隆起して、勢いよく翼が広がった。

 前よりもずっと、鳥の翼らしいきれいな羽。

 

 ──デジャヴを感じた。

 

『でも! ななこちゃんが笑顔になるならどこでもいいよねぇ』

 

 にんまりと持ち上がったままの口角。

 男の人は何が起こるのかわかっておらず、きょとんとした顔で私とみぃちゃんを交互に見ている。

 

『しゅっぱ〜つ!!』

 

 翼が高く持ち上げられた。それが力強く上下した途端、首を持ち上げられないほどの重力が、体を押し潰す。

 その次の瞬間──ふわりと宙へ浮かぶ感覚。気づけば私たちは、遥か上空にいた。みぃちゃんに引っ張られて。

 

 視界が一気に開け、屋根の向こうに空が広がる。まるで世界から切り離されたみたいに、静かだった。

 その光景に一瞬呆気にとられたが、すぐに思い直す。

 

「み、みぃちゃん…!」

『ん〜?』

「あれから、練習してないでしょ…!?」

 

 深夜に呪術高専を抜け出して、コンビニに行ったあのとき。みぃちゃんは着地が苦手だったらしく、ぐるぐると空を撹拌しながら、無茶苦茶な重力にさらされた私は吐きそうになった。

 今また、みぃちゃんの尻尾に抱えられて──気づけば、宙に浮いている。

 

『だ〜いじょうぶ、2回目はなんでも上手にできるんだからぁ』

 

 それはどこからの自信だと問いただすことはできなかった。

 男の人を抱えたみぃちゃんは、街の方へ向かって、ぐんとスピードを上げたから。

 もちろん、一回転するのも忘れずに。

 

「うわ! すっげー!!」

 

 そんな歓声を聞きながら行われた空の旅は、案の定、過去一で酔った。

 

 

 

 … … …

 

「すごい経験でしたね! あんなの初めてでした!!」

 

 目を輝かせた男の人は、信じられないくらい平然としていた。大きなみぃちゃんの顔に触れて、ほっぺをもにゅもにゅ揉んでいる。

 私は自分の胸あたりをさすりながら、その光景を見ていた。

 

 私たちは、人気のない路地に降ろされた。もちろん着地に失敗して、めちゃくちゃに振り回されたあとに。

 

『う〜ん、やっぱり難しいねぇ』

 

 にんまり笑ったみぃちゃんは、男の人にされるがままだった。

 

 ──なんだろう。少し、珍しい気がする。

 みぃちゃんは夜蛾先生や夏油さんに話しかけられても、全然反応しないときが多い。

 でも、この人にはちゃんと返事するし、よそよそしい感じがなかった。

 

「……」

 

 ……きっと、いい人なんだろうな。

 

 

「ここ、どの辺なんでしょうね? 近くにファミレスとかあるかな」

 

 みぃちゃんをひと通り撫で回した男の人は、キョロキョロと周りを見回した。

 

「とりあえず、あっちの人の多そうなところへ出ましょう!」

 

 彼が指差した方向は、確かに人通りの多そうな道だった。人の列の奥に車が走っているのも見える。

 私は頷いてから、歩き出した男の人の後ろを着いて歩いた。

 

 路地を抜けた途端、視界が開けてまぶしい光が差し込んだ。

 頬に触れる風がほんの少し涼しくて、どこか遠くで鳥が鳴いている。

 

「──あ、あそこ、ファミレスじゃないですか?」

 

 彼が指さした先には、ガラス張りの建物が見えていた。昼下がりの陽射しが窓に反射して、店内を明るく照らしている。

 中を覗くと、席は半分ほど空いていて、どこかゆったりとした空気が流れていた。

 

「……入ってみますか?」

 

 そう声をかけると、彼はぱっと表情を明るくした。

 

「いいんですか!? やったー!」

 

 そんな子どもみたいなリアクションに、つい口元が綻んだ。

 ──なんでこんなに、自然に笑えてしまうんだろう。

 

 みぃちゃんは尻尾を揺らしながら、私の横をぴょこぴょこと歩いている。

 あの重力崩壊のような飛行をしたとは思えないほど、平然とした顔で。

 

 ガラス扉の前で、彼が先にドアを開けてくれた。

 

「どうぞ、七瀬先輩!」

「あ、ありがとうございま、す……」

 

 お礼を言いながら、入ろうとして……思わず彼の顔を凝視してしまった。

 

「わ、私の名前……どうして…」

「あ! そうですよね、初対面なのに!」

 

 少し目を見開いた男の人は、私の背中を軽く押して、中に入るように促す。

 店内ではすぐに店員さんが案内してくれた。通された先で、戸惑いながら席に座る。

 そこは4人掛けのソファー席で、男の人と向かい合うような位置になってしまった。

 私の隣には、ソファーの上にちょこんと座るみぃちゃん。なんとなくサイズは少し小さくなっていて、ソファーとテーブルの隙間にこぢんまり収まっていた。

 

「だって、七瀬先輩って」

 

 その言葉に誘われるよう、前を見る。

 

「めちゃくちゃ有名人ですよ!」

「えっ…そうなの…!?」

 

 何故だが恥ずかしくなって、顔がぼっと熱を持ったのがわかる。

 

「珍しい術式を持っていて、すごい特級呪霊が憑いてるって!」

 

 悪気なさそうに言う彼は、ラミネート加工されたメニュー表を手渡してくれた。

 受け取りながら、返答に困った。だから曖昧に笑って、手元に視線を落とす。

 

 ……でも、それっていい意味?

 

 ……本当に?

 

 

 

「……それっていい意味なのかな」

 

 ぽつりと零してから、ハッとして口元を手で覆う。

 前髪の隙間からちらりと前を見ると、男の人は少し目を見開いていた。

 

「ご、ごめんなさい……変なこと、言って…」

 

 慌てて取り繕ったけど、また前は見れなくなってしまう。

 

 

 

「僕は、いい意味だと思ってます!」

 

 ──え?

 

「自分は一般家庭出身で、術師としてもそこそこで、すぐに有名になんてなれなかった。でも! 七瀬先輩は、もうみんなの注目の的です!!」

 

 気づいたときには、私は真っ直ぐに彼を見ていた。きらきらと輝いて見える瞳は、深く、全てを包み込んでくれそうな黒色だった。

 

「こんなすごい子が言うこと聞くなんて、七瀬先輩すごすぎます!!」

『へぇ〜、お前わかってるねぇ』

 

 にんまりと笑いながら返事をしたのは、みぃちゃんだった。

 

『そうだよぉ、ななこちゃんはすごいんだよぉ。ずっと、ずーっと……一緒になりたくて、堪らなかったんだからぁ』

 

 白い毛でふわふわの頭をこちらに寄せてきたみぃちゃんは、私の肩へぐりぐりと押し付けている。

 

「……みぃちゃん、ありがとう」

 

 押し付けられた頭からは、じんわりと温もりが伝わってくる。

 

 呪霊って、なんなんだろう。

 

 ぽつんと思ったのは、それだった。

 

 ちゃんと触れられる。

 温かくて、柔らかくて、心臓の鼓動みたいに小さく震えてて。

 私に、寄り添ってくれる。

 

 でも、みぃちゃん以外の呪霊は祓わないといけない。

 同じ呪霊なのに……人の感情から生み出された存在って、そんなにダメなものなの?

 

 ──でも、廃病院で出会った呪霊は私に攻撃してきた。

 

 何が違うと、こうなってしまうの?

 

 

 

「──何か頼みますか? 僕はミックスグリルにしようかな!!」

 

 自分の内側へ閉じこもりそうになっていた意識は、明るい声に引き戻された。

 

「そうですね……」

 

 メニューを眺めながら、ふと思いついて、そろりと男の人の様子を伺う。

 目が合った瞬間、彼はにっこりと笑った。

 

「そういえば、えっと……」

「はい!」

「名前、なんていうんですか?」

「あ、そうでしたね、僕は灰原雄です!」

 

 大きな口を開け、動揺した素振りを見せたのも一瞬だった。えへへっと笑ったその顔は、どうしようもなく無防備で、つられてこっちまで笑ってしまいそうになる。

 

「灰原さん」

「えー! 呼び捨てでいいですよ!」

「そ、それはちょっと……じゃあ、灰原くん。私も先輩はやめてもらえたほうが嬉しいかも、です」

「じゃあ、七瀬さん!」

「はい」

「……でも、さん付けのほうが距離広がった感じしません?」

「そう、なのかな」

「そうですよ! せっかくご飯にも来たのに!」

 

 眉を潜めて、「うーん」と唸りながら悩む顔は真剣そのものだった。

 

「……じゃあ、ななこさん!」

 

 まるで"あだ名を考える感覚"で気軽に口にしたような響きだった。

 

「ぅ、わ、はいっ……!」

「これからよろしくお願いします!!」

 

 口元がにかっと広がった。目元までくしゃっと笑う癖があるらしい。

 

 灰原くんは、言葉の最後に「えへへ」と笑った。子どもみたいな、どこまでも無邪気で、まるで影というものを知らないような笑い方だった。思わずこちらの気が緩んでしまいそうになる。

 ……こんな風に笑える人、すごいなあ。

 まるで部屋に光が差し込んだみたいに、笑っただけで空気が柔らかくなる。

 

 ──たぶんこの人は、泣いている人がいたら、いつだって迷わず駆け寄ってしまうような人なんだろう。

 

「あ、なに食べるか決まりました?」

「あっ、ごめんね、ちょっと待ってください……」

 

 屈託ない笑顔に気を取られていた私は、慌てて注文するものを決めた。

 

 そして、届いたミックスグリル定食には、ハンバーグやチキンステーキ、ソーセージがどんっと載っていた。

 そんなボリューミーなものを、あっという間に食べ終わった灰原くんに、私はただ驚かされるばかりだった。

 

「はー! 美味しかったですね!」

 

 一緒にファミレスから出たあと、灰原くんは満足げにお腹をさすっていた。

 

 同い年ぐらいの男の子って、こんなに食べるんだ。

 ……そういえば、この前朝ご飯を一緒に食べた夏油さんも、朝とは思えないほどたくさん食べていた。

 

「……あ、そっか」

「え? なんですか?」

「ううん、なんでもないよ」

 

 私、お父さんとお母さん以外の人とご飯食べるの、2回目だ。

 

 1度目は夏油さん。そして──今。

 だからそんな量を食べられるんだって知らなかったし……道理で妙に緊張したわけだ。

 

「……うん、美味しかったですね」

 

 胸の奥が少し温かくて、自然と口元が綻んだ。

 

 

 

 呪術高専に戻るため、しばらく道を歩いたあと、灰原くんが「あ!」と声を上げた。

 

「僕、あのファミレスに支給されてる携帯忘れてきたみたいです! 取ってきます!」

「あ、一緒に……」

「いえ! 悪いんで、ななこさんはここで待っててください!!」

 

 言い終わる前に、灰原くんは来た道を走っていってしまった。

 

 ぽつんとひとり取り残され、私は道の端に寄った。

 

 ざわざわとざわめく雑踏の中、私はぼんやりと道行く人を眺めてから──ふと、気づく。

 

 

 

「……みぃちゃん?」

 

 いつも近くに漂っている、みぃちゃんがいない。

 

「……あれ?」

 

 キョロキョロと周りを見回すけど、白いふわふわの毛玉はどこにも見つけられない。

 

 ……なんで、と焦ったその瞬間だった。

 

 

 

「失礼ですが」

 

 私の目の前に、淡いグレーの着物を着た男の人が立ちはだかった。

 

 銀白の髪を短く整えたその人は、年の功を感じさせる風貌だった。顔の輪郭は痩せて引き締まり、眼光は老いを感じさせない鋭さを湛えている。無言のままでも、ただそこに立つだけで周囲の空気が引き締まる──そんな静かな威圧感があった。

 

 彼は続きを言わず、私をじっと見下ろしてくる。

 

「……えっと…?」

 

 その視線に耐えられず、思わず狼狽えてしまう。

 

「……貴方は、藤野ななこ様ではありませんか?」

「……えっ?」

 

 聞き慣れない名字だった。

 

「いえ……私は七瀬です」

「なんと……いや、そんなはず…」

 

 顎に手をやり、「ふむ」と呟いた初老の男性はハッとして呟く。

 

「母親の名は、咲では?」

「……それは、そうですけど…」

 

 思わず答えてしまったが、それもすぐ後悔した。

 こんな見るからに不審な人に、名前を教えちゃいけない。そう思った私は、じり、と後ずさる。

 

「やはり……! ……なるほど、どうりで見つからないはずだ」

 

 男の人はハァ、と大きく溜め息をついてから、唐突に跪いた。こちらに深く頭を下げるその体勢に、周囲がざわつく。

 

「ずっと、お探ししておりました」

 

 事態が全く飲み込めない私は、慌てふためくばかり。周りの視線が気になって、額に急に汗をかいてしまう。

 

「ちょっと……! 困ります……!」

「藤野──いえ、七瀬ななこ様。折り入ってお願いしたいことがございます」

「えっ…と……?」

 

 やおらに顔を上げた男の人は、見たことないぐらいに真剣な顔をして言う。

 

「貴方様に……藤野家の当主を継いでいただきたく思い、参上致しました」

 





めちゃくちゃ遅くなってしまいました……すみません。
お気に入りや評価、感想ありがとうございます!
これからもよろしくお願いします!!
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