そうして私は、呪_師になる   作:みつじ

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※ 五条と夏油は寮暮らし設定
※ 今後、呪霊や術式の独自解釈が入るかもしれません



第五話:あなたは_霊?

 ──某日、20:12

 

「なあ、傑」

 

 呪術高専の寮内にて。共有スペースのソファでくつろぐ五条悟が、対面にいる夏油傑に声をかけた。

 ふたりとも風呂上がりで髪を下ろしており、どこかプライベートな空気が漂っている。

 夏油はペットボトルに口をつけて傾けながら、目線だけで返事した。

 

「七瀬の術式って、なんだっけ?」

「呪霊操術と、呪霊を育てるものが組み合わさった感じだね。……呪霊操術のほうはただの予測だけど」

 

 特級呪霊を従えている者。それを表す術式といえば、それぐらいしか思いつかない。

 五条は唇を尖らせ、考え込むように首を傾けた。

 

「それがどうかした?」

「いや……なんかピンとこねぇんだよな」

 

 サングラスの越しの、澄んだ水のような瞳が瞬く。

 夏油はペットボトルのキャップを締め、興味を引かれたように五条の言葉を促した。

 

「傑は俺の目、信じる?」

「信じざるを得ないと思ってるけど」

「言うねぇ」

「……で? 何に引っかかってるんだい?」

 

 五条は軽くソファに沈み込みながら、ぼそっと言う。

 

「あのヤバいほうはともかく、ちっこいほう……七瀬と"繋がってねぇよ"」

 

 五条の瞳は、薄く透けるような水色で、まるで光そのものをそのまま閉じ込めたようだった。

 それはただの視覚器官ではなく、五条家の人間にのみ発現する特殊体質であった。その特別な眼は、生得術式や呪力の構成を、視覚情報として詳細に捉えることができる。

 その眼──六眼が、はっきりと否定していた。

 

「あれはただ呪霊に憑かれてるだけだ」

「……呪霊を操れるような術式は?」

「そんなもんねえよ。ただ育てるだけ。……このままだと"あれ"、使いこなせないんじゃね?」

「あり得る話だね」

 

 五条は今日、編入してきたばかりの七瀬の姿を思い出す。

 

 教壇に立ち、緊張した面持ちで挨拶する彼女の後ろには、禍々しいオーラを放つ特級呪霊。

 そして、その周りをゆっくり漂う妙な奴。

 姿かたちこそ四級かと間違いそうになるが、小さく言葉を発している。恐らく、二級相当だ。

 

 だが──、

 

 一日を共に過ごした七瀬は、まるで普通の人間だった。

 

 彼女と初めて遭遇したときは、まだ"マシ"だった。

 特級呪霊の腕にぶら下がった瞬間、そいつを一気に成長させるほどの膨大な呪力を表したのに、それがすっかり引っ込んでいる。元からそんなものはなかったかのように。

 

 座学では、術師なら今さらソラでも言えるような基礎中の基礎を、目をまんまるにして聞いていた。

 手元のノートをそっと覗くと、"呪いは危険"としょうもないことをメモしている。

 

 さらに、実技の授業では驚かされた。

 握力は子ども並み。走れば足をもつれさせ、すっ転ぶ。勢いよく「ほっ!」と無駄な気合いを入れては体の硬さを露呈する。

 

 ──こんなんで、呪術師として、本当にやっていけるのか?

 そう思わざるを得ないほど、戦闘向きの要素を持ち合わせていない。つまり、呪霊を調伏する力がないのだ。

 

 だから、確信した。

 ただ憑かれている。呪力というエサをやっているだけだ、と。

 

「……でも、変な話だろ?」

「七瀬さんが、なんで襲われていないかって言いたい?」

「そう、それ!」

 

 夏油は低く唸った。

 五条の目が嘘をつくことはない。そうなると、事実として受け入れるしかない。

 

「ただ育てるっていうわけじゃないのかもね」

「あー、そういうパターン? 先生も妙なの連れてくるよな」

「連れてきたのは私だよ」

「傑かよ」

 

 五条が呆れたように言うと、夏油は微笑む。そして、ふと考え込んだ。

 

「……なら、好都合だ」

「オイ、わっるい顔してんぞ」

「人聞き悪いな」

「なに企んでんだよ」

「いや、七瀬さんの術式は、私と相性がいいんじゃないかと思ってね」

 

 夏油の生得術式、"呪霊操術"。調伏させた呪霊を球状にしてから体内に取り込み、自在に使役する。

 

「領域展開を会得するほどの特級呪霊を、横流ししてもらえるかもしれないな」

「なにそれ、チートじゃん」

「棚ぼた、だよ」

「棚ぼたってレベルじゃねーだろ」

 

 もし、七瀬が呪霊を飼っているのではなく、取り憑かれているだけなら?

 調伏させてしまえば、それは彼女のものではなくなる。

 

 ……ある程度の成長で見切りをつけないと、少々手こずるかもしれないが。

 

 と、ここで夏油の脳内にひとつの仮説が浮かぶ。

 

「……あの小さい呪霊、七瀬さんがエサをくれるから、襲わないんじゃない?」

「野良猫が懐くみたいな?」

「そうだね、そんな可愛いものじゃないと思うけど」

「──それなら、繋がるな」

 

 五条は腕を組み、天井を仰いだ。

 

「……でも、あのヤバイほうがな〜」

「みぃちゃんね。その目でもわからないんだ」

「え、マジで呼んでんの?」

「当たり前だよ」

「よく恥ずかしくねーな」

「うるさいよ。……じゃなくて、」

「ああ、そうだった。その"みぃちゃん"ってほうは、なんかモヤがかかって見えてる。不透明で、なんか腹立つ」

「悟も呼んでるじゃないか」

「……うるせーなぁ」

 

 ふたりはソファに腰を沈めたまま、視線を彷徨わせる。

 そして、笑った。

 

 

 

 

 

 ──同日、20:26

 

 私は入浴を終え、脱衣所で髪を乾かしていた。

 なんとかドライヤーを掴み、温風を髪に当てているが……まぶたは重く、今すぐにベットへ倒れ込みたいぐらいだ。

 くあ、と大きなあくびをこぼす。

 

『眠たいのぉ?』

 

 大きな猫のような容貌でふわふわ浮くみぃちゃんが、そんな姿を見て小さく笑う。

 

「うん、めちゃくちゃ眠たい」

『今日は走ってたもんねぇ』

 

 こんなにも眠気が襲ってくるのは久しぶりだった。

 ……みぃちゃんには言えないが、お化けがすぐ近くにいると思った頃から、夜の寝付きは悪い。寝入ってもすぐに目が開く。

 他の人に凄むように、いつか自分にも牙を向く瞬間があるのではないか。そんな恐怖にずっと支配されていたから。

 

 だが、実際にそんなことは起きず、今の今まで一緒にいる。今や、みぃちゃんがいないと、もうやっていけないほど生活の一部になっていた。

 

 今なら、よく寝れそうな気がする。

 

 ドライヤーを持つ手が重い。たとえ寝癖ができたとしても、明日の自分に頑張ってもらおう。

 髪は半乾きだったが、乾かすのをやめた。

 

 手元に置いていた携帯が光る。──お母さんだった。

 画面を表示させると、メッセージを受信していた。

 

 "編入初日お疲れさま! 大変だった? 今日はゆっくりしてね。"

 

 ふと、いつも笑顔だった母の顔を思い出す。

 ……ちょっと寂しいなあ。

 ぐっと込み上がるのを感じながら、そういえばと文字を綴る。

 

 "ありがとう! ちょっと大変だったけど頑張るね。あと、担任の先生は夜蛾先生っていう人だったよ"

 ──送信。

 

 

 

 くるりと振り返ると、ぷーんと飛んでいる姿があった。みぃちゃんじゃないほうだ。

 名前がないので、いつも少し悩む。

 まあ、こっちの子はみぃちゃんみたいに話しかけてこないので、声をかける機会はないけれど。

 

 その呪霊は、顔が栗みたいな形をしている。そしてそこに、触るとぷよぷよとしてそうなこじんまりした体がくっついている。背中から小さい羽が生えていて、ぷるぷる震わせることで飛べているらしい。

 サイズは少しずつ大きくなっているが、出会ったときから姿かたちを変えない呪霊だった。

 みぃちゃんがコロコロと姿を変えるので、呪霊はみんなそうなんだと思っていたけど……実は違うのかな。

 

 その姿を見ていたら、なんとなく好奇心が湧いた。ちょうどタイミングよく、こちらへ近寄ってくるその顔を、ぷに、と人差し指で触ってみた──、

 

 その瞬間だった。

 

 自分の指先から呪霊へ、何か温かいものが流れ込んでいく気がした。

 

 

 栗のような丸い顔が、小さく震えた。

 

 ぷるぷると震えていた背中の羽が、ピタリと動きを止める。

 

 まるで何かを"思い出した"かのように。

 

 

 ──ぐちゅっ……

 

 濡れた音とともに、体の表面が泡立つように脈動した。ぷよぷよとしていた輪郭がねじれ、内側から膨張する。

 

 皮膚がズレる。

 

 内部から何かがせり上がってくる。

 

 別の"形"が、殻を押し広げるように現れ始めた──。

 

「……っ、」

 

 突然のことに言葉を失う。

 自分の心臓が、不快な音を立てて跳ねた。

 

 "それ"はまるで、今、産まれ直しているかのよう。

 

 

 ──パキッ、

 

 乾いた音が鳴る。

 さっきまで可愛らしかったはずの丸い頭が、縦に割れた。

 

 割れた隙間から、ぬるりと飛び出してきたのは──、

 

 異様に長い、舌。

 

 ざらついた紫色の表面が、ゆっくりと宙を這うようにうごめく。

 そのまま足元にべたりと落ちると、舌の先端が意志を持ったようにゆるくうねった。

 

 その瞬間、背筋を冷たい針が貫いた。

 

 ──違う。これは、もう、私が知っているものじゃない。

 私は自然と後ずさっていた。

 

『……■■■……■■……』

 

 音のようで、何か不明瞭な声が聞こえる。

 

 それは、みぃちゃんの声ではない。

 

 

 ──変形は、まだ終わらない。

 さっきまで背中に生えていた小さな羽が、肉を裂いて”腕”に変わっていく。ぴくぴくと痙攣しながら指が生え、黒い爪がずるりと伸びる。

 

 首が180度、ありえない方向に折れ曲がりながら、"それ"はこちらを向いた。

 

 見つめる目が増えている。

 

 丸いはずだった黒目が、縦長に裂け、その下にもさらに目が現れている。

 四つ、六つ、増殖していく。どこを見ているのかわからない。

 

 乾いた悲鳴は喉に張り付いた。

 

 

 ──そして、

 

 異様な叫び声とともに、"それ"は跳びかかってきた。

 

 

 

 ぎゅっと目をつぶったとき、ぐんっと強い力に引かれる。

 

 どこかでガシャン!! と何かが激しく破損する音が聞こえる。

 

 咄嗟に目を開けると、私は宙に浮いていた。背後からみぃちゃんに抱きかかえられていたのだ。

 

『あ〜成長しちゃったぁ』

 

 この状況に似合わない、間延びして、どこか落ち着いた声は冷静に状況を把握している。

 

「……成長?」

『ななこちゃんの呪力で、強くなったんじゃない〜?』

 

 その言葉に胸がドキッとした。

 ……もしかして、私が触ったから──?

 

『ななこちゃんが"ああなってほしい"って思ったの〜?』

 

 そんなわけないと首を振ったとき、強烈な咆哮が響いた。思わず耳を塞ぎながら、そちらを見る。

 壁に空いた大穴の中で、"それ"が叫んでいる。

 

 まるで、生まれたことを喜ぶかのようだった。

 

 視点の定まらない目は、こちらを見ているような気がする。

 

「……みぃちゃん」

『なぁに?』

「にっ……」

 

 ゴキッと音が鳴って、"それ"の首が正面に戻る。

 

「逃げてーーー…っ!!!」

 

 私は必死に叫んだ。

 

 ふわっとした浮遊感を感じたあと、目の前にあるのは扉。

 

『逃げる〜』

 

 のほほんとした、場にそぐわないトーンで言うみぃちゃんは、そこへ突っ込んでいく。

 

「ひっ…!」

 

 バキィッ!!

 

 咄嗟に目をつぶったら、近くで轟音が聞こえる。木片が弾けたのか、頬に細かく刺さるものがあった。

 目を開けたら、廊下が見えた。

 

 みぃちゃんは今、猫みたいな姿だ。そんなみぃちゃんに背後から抱えられている私は、宙吊りになったまま。

 息を飲む間もなく、みぃちゃんは猛スピードで飛び出す。

 

 後ろで床が軋む。空気が震える。壁をぶち抜くような大きな音がする。

 

 そして、みぃちゃんが廊下の角を曲がったとき、ソファから立ち上がったふたりが見えた。

 

 ──夏油さんと、悟さんだ…!

 

 

 その瞬間、ドゴォ!! と、また壁だか床だか破壊する音が背後から響く。

 

「たっ、助けてくださいっ…!」

 

 私は必死に叫んだ。

 

 みぃちゃんはふたりの後ろでふわりと止まる。

 振り返れば、壁に拳をめり込ませている"それ"の姿があった。

 

 

「はぁ? なんだよあれ」

 

 悟さんがめんどくさそうに声を上げる。

 

「なんか……触ったら、ああなっちゃって…」

「触ったら? ……あれ、七瀬さんの周りにいた小さい呪霊?」

 

 夏油さんが振り返る。顔には驚きが滲んでいた。

 

「知らねーよ! 自分でああしたなら自分で祓うんだな」

 

 両手を肩辺りに掲げ、"無関係だ"とでも言うように道を開けた悟さん。

 

「じっ、自分で…!?」

 

 そんなの無理だ、できるわけがない。

 

 そうこうしているうちに"それ"は一歩ずつ近づいてくる。

 長い舌をだらりと垂らして、その先をこちらにズ、と向ける。そこには自分が据えられている気がした。

 

「七瀬さん、いいもの持ってるでしょ」

 

 夏油さんが落ち着いた様子で言う。

 

「いいもの……?」

「……みぃちゃんは、あれより強いと思うよ」

 

 咄嗟に上を見上げた。にぃ、と口角を持ち上げているのが見える。

 

 そうだ、"呪いには呪いを"──今日は、教えてもらったじゃないか…!

 

 

「み、みぃちゃん…!」

『ん〜? 食べようかぁ?』

 

 お願い、と言いかけてやめた。自分はまだみぃちゃんに抱きかかえられたままだ。

 

「下ろしてくれたらっ、食べていいから…!」

『……下ろすのヤダ〜、アイツが狙ってきたらやだも〜ん、アタシのななこちゃん〜』

 

 ぎゅうっと抱きしめられる。

 身体の奥で、心臓がぎゅっと圧迫されるような違和感があった。

 

 ──ダメだ、このままじゃ。

 

 目の前であの惨劇が──、

 

 

 

『だからぁ、アタシも成長するぅ』

 

 その途端、ざわっと空気が震えた。全身の毛が逆立ち、肌が栗立つ。

 

 ズズッ──、と何かが這い出るような感覚がする。

 体の奥底から、無理やり引きずり出される。奪われる。

 

 心臓が冷たい手で握られたみたいに、どくん、どくん、と脈打つ。

 

『わぁぁ…!』

 

 背後の気配が膨れ上がる。歓喜する声が響く。

 さっきまで自分が抱きかかえられていたのに、いつの間にかみぃちゃんが"背後にのしかかっている"ことに気が付く。

 

 ──重い。

 背後にいて見えないのに、わかる。みぃちゃんが異常なほど成長している。

 

『あそこだけだったら…いいんだよねぇ……?』

 

 ねっとりとした声。

 目の前にだらりと垂れ下がった舌の先端が、ふたつに裂ける。裂け目から指のようなものが生えた。まるで、"別の生き物"になろうとしているみたいに。

 

 喉の奥がヒュ、とすぼまる。声が出ない。

 

 

 

「──っ、七瀬さん、止めて──、」

 

 ハッとして我に返る。

 

 でも、もう遅かった。

 

 その頃にはもう、きゅっと印を結んでいたから。

 

 刹那──ずんっ……と体に何かがのしかかる。

 空気が重くなり、皮膚に冷気が刺さる。背筋をゾワゾワと這い上がる、嫌な感覚。

 

 

『りょういき てんかいぃ〜…!』

 

 低く、唸るような声が響く。

 

 私は、目の前がぼやけて意識が朦朧とし、次の瞬間には、もう──、

 

 

 … … …

 

「──で? 何がどうなったら寮が半壊して、七瀬が気を失うことになるんだ?」

 

 ハァ、と溜め息をついた夜蛾は、元は寮の共有スペースだったらしい場所を見回した。

 崩れた壁、床に転がる家具、焦げた跡──。

 寮のあたりで爆発音があったと報告が入り、飛んできたのだ。

 

「"アイツ"が領域展開しやがったんだよ!」

 

 巻き込まれた五条は、理不尽に怒られる生徒のような雰囲気にイライラしている。

 夜蛾は五条の視線の先を追った。

 

「みぃちゃんか」

「うえっ、先生もみぃちゃん呼びしてんのかよ」

 

 五条は心底気持ち悪そうに表情を歪め、べーっと舌を出して見せた。

 夜蛾は二度目の溜め息をつく。

 

 そして、その場にいた五条と夏油から、事のあらましを聞いた。

 

 七瀬に取り憑いていた呪霊が、突然の成長。『自分が触れたらああなった』と七瀬は言っていた。

 そして、手に負えなくなったため、"みぃちゃん"に祓うように指示。

 

 すると──、自身が特級呪霊であることを知らしめるように、領域展開を発動させた。

 とても器用に呪力を扱い、成長した呪霊とその周囲だけを的確に閉じ込めて祓った。普通なら、発動者も領域内に入るにも関わらず、だ。

 

 そして、何故か七瀬は気を失い、みぃちゃんは彼女を抱きかかえ続けている。

 

「……ただの推測だけど、みぃちゃんに呪力を吸われすぎたんじゃないかな」

 

 しばらく悩んでいた夏油が静かに言う。

 

「みぃちゃんは"自分も成長する"と言って、七瀬さんを抱き締めた。すると七瀬さんから異常な量の呪力が溢れて、みいちゃんに吸い込まれていくように見えたんだ」

 

 全貌を聞いた夜蛾は、頭を抱えた。

 

 七瀬は、術式のコントロールも何も身につけられないまま、呪霊を2体も成長させた。しかも片方は領域展開を完成させている。

 

 ──これを上層部に知られたら……。

 夜蛾の背中に冷たいものが伝う。

 

「つーか、先生! アイツ呪霊操術は持ってねぇよ! なんで七瀬の術式が呪霊操術なんて言ったわけ?」

「……()()()、呪霊は使えないのか」

「あ?」

 

 夜蛾は三度目の溜め息をつきながら、七瀬を見上げる。

 彼女は、特級呪霊に、親が子をあやすように優しく抱きとめられている。

 

「七瀬の術式を呪霊操術としたのは、ただ憑いてるだけの特級呪霊が、どうして彼女の言うことを聞くのか説明できなかったからだ。……悟、お前の目はごまかせなかったな」

 

 使役されているわけでもない特級呪霊が人を守る。確かな意思を持って、寄り添っている。

 

「それに、どんな理由があれば上が納得するか検討もつかん」

「は? ……もしかして、"上"にも呪霊操術って言ってんの?」

「……だから自分の目で見たことは黙っとけよ」

 

 夜蛾は、四度目の溜め息をつきながら考える。

 

 この事件を、どうやって上層部に知られずに済ませるか。

 幸運にも、寮内にいたのはこの三人のみ。それと、咄嗟に人払いをし、自分だけで来たのが功を奏した。

 "これ"を知っているのは今ここに立つ者だけだ。

 

「とりあえず悟、"これ"はお前が被ってくれないか」

 

 五条は、夜蛾が半壊した建物を指差したので「げっ」と声を上げる。

 

「七瀬は上層部に目をつけられてる。ここに仮入学なのは、そのせいだ。こんなもん知られたら、今夜のうちに始末しろって命令が下る。……その点お前なら融通がきく!」

「……で、俺に何の得が?」

「……それに、お前になら、止められたんじゃないのか?」

 

 夜蛾は、声のトーンを落とす。じっと五条の目を見つめた。

 

「興味本位で見てたんじゃないだろうな」

「……さあね」

 

 にやりと笑った五条は、ふい、と目を逸らした。

 ──と、そこで気付く。

 

「……傑?」

 

 夏油はずっと黙り込んでいた。

 五条の視線に気づくと顔を上げる。少し微笑んで、静かに言った。

 

「いや……ちょっと思い当たることがあってね」

「何が?」

「悟の目で、七瀬さんが呪霊を扱えないことは決定的になった」

 

 それを聞いた夜蛾は、諦めたようにハァと溜め息をつく。

 

「特級にまでなった呪霊が人を攻撃しない。それに理由をつけるなら……意思を持ち、自身が呪った、または呪われたものに取り憑く呪霊。みぃちゃんは"それ"なんじゃないかと思って」

 

 夜蛾は、夏油と同じように上を見上げる。

 

 

 

「……過呪怨霊か」

 

 

 "過呪怨霊(かじゅおんりょう)"

 

 特定の"人間"の死後、呪いによってその怨念が呪霊化したもの。そして、一人に取り憑き、その人物に危害がおよびそうになると"発現"する。

 その中でも、更に危険度が高いもの──それは"特級過呪怨霊(とっきゅうかじゅおんりょう)"と呼ばれる。

 

 視線の先では、みぃちゃんがただ、にぃっと口角を持ち上げている。

 

『みぃちゃんは、みぃちゃんだよぉ……ねぇ、ななこちゃん?』

 

 目のように見えるものの奥では、底知れぬ冷たさが見え隠れしている。

 その腕の中で、七瀬は穏やかに眠っていた。

 





読んでいただいてありがとうございます!
話を考えていたら色々と思いついて、この作品はマルチエンディングの形を取ろうと思っています。
そういうのって、読む側はやっぱりややこしいんですかね……。
ややこしくならないよう、また注意書き等でお知らせします!
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