そうして私は、呪_師になる   作:みつじ

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第九話:夜蛾正道の苦悩②

 1時間ほどの練習で、七瀬は体内の呪力の流れをしっかり知覚できるようなった。

 正直、もう少し時間がかかるだろうと思っていた夜蛾は、素直に褒めた。

 すると七瀬はパッと表情を明るくし、照れくさそうにうつむいた。

 

 七瀬が嬉しそうにすると、側にいるみぃちゃんも口角を持ち上げている。

 

「みぃちゃんは、人の感情がわかるのか?」

 

 夜蛾がそっと問いかけるも、みぃちゃんは返事せずに七瀬の周りをくるくる回るだけ。

 

「みぃちゃん、先生聞いてるよ?」

『ん〜?』

「みぃちゃんは私が嬉しいのわかる?」

『わかるよぉ、ななこちゃんが笑顔だとアタシも嬉しいの〜』

 

 ……なるほど。自分に干渉していいのは、自身の主人だけか。

 夜蛾は特級呪霊を間近で眺めた。

 

 最初に出会ったときは姿かたちが定まらず、大きさもバラバラだった。

 それが、七瀬が高専に編入するころには猫の姿でいることが多くなっている。

 

 肉体を持ち、"七瀬を守る"という確かな意志が存在する。

 闇雲に人を襲うわけではないが、ただの好奇心で領域展開を発動するぐらいに無邪気で、ものの善悪を測る物差しを持ち合わせていなさそうだ。

 対話は可能で、それなりの知能と知性を持ち合わせていそうではある。

 

「……」

 

 ──何故、猫の姿なのか?

 

 ぽつんと頭に浮かんだ途端、次々と疑問が湧いて出てくる。

 

 過呪怨霊なら、呪いの言葉に相応しい見た目のまま存在しているはずだ。

 出会った頃は"そう"だったんだ。これが表すこと……七瀬の術式により、成長したら猫になった?

 元は人だったものが何故、全く別の種類に成る?

 

 

 答えは出ないまま、考えは巡る。

 

 

 ──みぃちゃんは、どうして領域展開を使えたのか?

 領域展開。自分の呪力を均一かつ大量に練り上げ、崩さず、膨大な呪力を消費して空間を固定する技術。

 並の呪術師では到底たどり着けない。

 

 みぃちゃんは──それを、最初から知っていた?

 

 呪術師なら知っていても不思議ではない。自分が力をつけ、成長していく途中で会得したい技術だろう。

 それは、ただの蠅頭(ようとう)から成長しただけで身につけられるようなものではないはずだ。

 

 みぃちゃんが過呪怨霊に成ったのは、七瀬が術式を持ち、呪いをかける側だったからと考えていた。

 だが──もしかすると、"みぃちゃんが呪いをかける側"だった?

 

 つまり──。

 

 続きを想像するのはやめた。答えに辿り着くことを、どこかで怖れている自分に気づいたからだ。

 そんな時、七瀬の声が、現実に引き戻した。

 

「みぃちゃんって不思議ですよね」

 

 そんな呑気で、純粋な問いかけ。

 

 夜蛾は、ちらりと少女を見る。

 ああ──こっちは、その"不思議さ"にぞっとしているというのに。夜蛾はそう呟いてしまいそうになるのを堪えた。

 

「夜蛾先生は、みぃちゃんが何なのかわかるんですか?」

「いや……まだ詳細はわからん。それらしい目星は付いているが……」

「えっ!? そうなんですか?」

 

 それが、夜蛾の返事を聞くやいなや、今度は目を輝かせた。

 

「七瀬が、みぃちゃんに成る者について心当たりがあるなら話は早いんだが」

 

 そして次の瞬間には俯いている。

 

「それは……」

「わからないんだろう?」

「……はい」

 

 七瀬は自分の手元を見つめている。視線を彷徨わせてから、みぃちゃんにそっと寄り添った。

 

「……先生はみぃちゃんを何だと思ってるんですか?」

「俺は、過呪怨霊だと推測している」

「……かじゅ、おんりょう」

「ああ。元は人間だったもの。七瀬に未練を残したまま亡くなったか、七瀬がその人の死に心残りがあったか……そんな思いと呪いから生まれた怨霊だよ」

 

 静かに特級呪霊を見つめる瞳。それは一体何を思うものなのだろう。

 

「……元は人間」

「あくまで、推測だぞ」

「……みぃちゃんは、元は私の知っている人だったかもしれないから、誰かの死に関わってないか聞いたんですか?」

「……察しがいいな」

 

 夜蛾はほんのわずかに口元を緩めたが、すぐに表情を引き締めた。

 

 ざわ、と気配が沸き立ったからだ。

 七瀬の呪力は、何故かよく視えた。彼女が言ったように水のようにじわりと滲み出て、空気のようにふわりと舞い上がる。

 ──まさに、今。

 

 元は人間だと聞いて、呪力が溢れだすほどに……何故、高揚するのだろうか?

 

 思い当たる節が、どこかにある?

 

『ななこちゃぁん』

 

 普段より、妙に甘えた、引きずるような声だった。

 

『それ以上はダメだよぉ』

 

 呪霊に呼ばれ、七瀬はハッとしたように一瞬目を見開いた。しゅわしゅわと滲み出ていた呪力は止む。

 彼女は小さく頷いて、みぃちゃんの額を撫でた。みぃちゃんは心地よさそうに目を細めている。

 

 

 

 ──なるほど。

 

 考えてもわからないうえに、俺は聞く相手を間違えていたのかもしれない。

 七瀬ではなく──この特級呪霊に、問いかけるべきだった。

 

 夜蛾は特級呪霊を見据えた。

 

 

 … … …

 

「次はこの呪骸を使う」

 

 夜蛾が差し出したのは、相変わらず鼻ちょうちんを膨らませて、気持ちよさそうに寝る呪骸だった。

 

「さっき知覚できるようになった呪力を、常に一定に保ったまま出力する訓練だ」

 

 いつも真面目に聞いている七瀬は、少しわからないときは静かに首を傾げるようだった。

 今も少しだけ、頭頂部が傾いている。

 

「さっきも説明したが、この呪骸は一定の呪力を流し続けないと目を覚ます。そして、こちらを襲ってくる」

「……えっ、私、襲われるんですか?」

「呪力の出力が上手くできなかったらな」

 

 言葉には出さないが、七瀬はどこか怯えたような顔をした。

 

「大丈夫だ。今は微弱な呪力に反応するように設定しているし、ちょっと目を覚ましてデコピンされるぐらいだろう」

「……この子、グローブしてますよ?」

「例えだよ、例え」

 

 落ち着かない面持ちのまま呪骸の手を見つめる七瀬に、夜蛾は少し悩む素振りを見せた。

 

「──そうだ、みぃちゃんに手本を見せてもらうといい」

「……みぃちゃんに、ですか?」

「ああ」

 

 夜蛾は、みぃちゃんに呪骸を差し出す。

 

「領域展開ができるんだ。これぐらいの呪力操作は訳ないだろう」

 

 みぃちゃんはちらりと呪骸を見たものの、口角を持ち上げるだけで受け取る気配はない。

 

 ……やはり、無理か?

 この呪霊を知るきっかけになればと提案したが……ほんの一瞬、期待してしまった自分が情けない。

 夜蛾がそう思いかけたとき、七瀬が呟くように言った。

 

「お願い、みぃちゃん」

 

 震えそうになる指先を隠すように、みぃちゃんにそっと手を伸ばす。さり、と体毛をかき分けるように触れた。

 みぃちゃんはぐいっと伸びをしてから、ふわりと浮いた。七瀬の元を離れ、夜蛾の周りをぐるりと一周する。

 

『しょうがないなぁ』

 

 呪骸に鼻を近づけ、ふんふんとニオイを嗅いでいる。そして、体長よりも短い前足で、器用に呪骸を挟んだ。

 体を丸め、まるでお気に入りの玩具を抱える子どものように呪骸を丸め込んでいく。

 

 呪骸は変わらず、ぷーぴーといびきをかきながら、すやすや寝続けた。

 

 

 

 ──やはり、できる。

 この呪霊、思っていたより独立した存在なのかもしれない。

 

 みぃちゃんが使った術式は領域展開のみ。それも七瀬に危害が及びそうになったときだけ。それ以外は周りをただ漂っている。

 七瀬の呪力がないと術式が上手く作動しない可能性もあったが……一旦、呪力の自己補完が可能だと判断しておく。

 

 夜蛾は漏れがないよう確認するように、この呪霊との出会いから今までのことを何度も思い出した。

 同じようなことを幾度も考えて、その根拠を考える。筋が通っているか確かめ、正しい答えを導き出したかった。

 

 それほどまでにこのふたりが異質なのを、痛感されられ続けている。

 ただ一つの読み違いが、取り返しのつかない結果を生む──そんな、根拠のない胸騒ぎが、いつも彼の中にあったのだ。

 

『こんな感じ〜?』

 

 にや〜っと笑ってみせたみぃちゃんは、呪骸を抱えたまま、でんぐり返しをするようにくるんくるんと回転している。

 

「……ああ、呪骸が起きないだろう。呪力が一定を保ったまま出力できている証だ」

 

 返事をしながら、夜蛾は手を伸ばす。次は七瀬に呪力の出力コントロールをさせようと、自作の呪骸を返してもらうために。

 みぃちゃんは夜蛾の行動が何を示すのかわかったようだった。ふわりと近づき、短い前足で呪骸を差し出す。

 

『……いいのぉ?』

 

 さっきまでこちらからの問いかけを無視し、我関せずといった様子のみぃちゃん。なのに、急に話しかけられたことに夜蛾は驚いた。

 自分が作った呪骸のはずなのに、一瞬触れることを躊躇ってしまう。

 

「あはぁ……そっちじゃないよ〜」

 

 にんまりと笑って、みぃちゃんは天井近くまで浮き上がってしまった。

 

 夜蛾は手中に戻ってきた呪骸を見ながら、投げかけられた言葉の意味を考える。思わず七瀬を振り返ったが、彼女は首を傾げるだけだ。

 

「……やってみるか?」

「はい」

 

 七瀬は疑うことなく呪骸を手に取った。

 変わらずスヤスヤ眠っているのを見、静かにまぶたを下ろす。

 

 

 

 

 

 異変が起きたのは、すぐだった。

 

 呪骸は起きなかった。その様子に感心したのも束の間、夜蛾はわずかな異常を感じ取った。

 

 彼の目に映ったのは、自身が作った呪骸の核が、ぐにゃりと歪む様。

 

「……!」

 

 これには、パンダのように魂の情報を刻んでいない。なのに──核の質量が濃くなっていく。自分が入れ込んだ呪いの増幅。

 

 ──なんだ、これは?

 これは単なる呪力過多ではない。何か、もっと根源的な変質が始まっているような──。

 

「っ、七瀬! やめろ!!」

 

 夜蛾は焦りながら、七瀬の手から呪骸を奪い取った。そんなことをされると思っていない七瀬は、目を見開いて事態が飲み込めないでいる。

 

「えっと……すみません…」

 

 自分が何か間違えたのだろうかと狼狽えた七瀬は、か細い声で謝った。夜蛾は取り繕おうと彼女に近寄ったが、肩を震わせた少女はぎゅっと目をつぶってしまう。

 

『ななこちゃんは悪くないよぉ』

 

 緊迫した空気を読むことはせず、みぃちゃんは七瀬に頬ずりをした。

 

『だから聞いたのに〜。いいの? って』

 

 七瀬を背後に隠すよう、夜蛾との間に割って入る。瞳孔がきゅっと小さくなった瞳は、真っ直ぐに夜蛾を捉えていた。

 

「……お前は、七瀬の術式について、何か知っているのか?」

『……さぁ?』

「なら、どうして忠告した? 知っているからだろう?」

 

 にぃ、と口角を上げて口元だけで笑っているが、特級呪霊らしく、ただならぬ圧が漂い始める。

 

『そういうの、きらいぃ〜』

 

 口からだらりと舌が垂れる。その先端がふたつに割れたとき、夜蛾の背中に悪寒が走った。

 それを、見たことがあったのだ。

 

 いちばん最初だ。自身の生徒の術式を食らい、体が裂けたみぃちゃんは真っ赤な舌をべろんと出した。

 そしてその舌先で印を結び、たどたどしい言葉で"領域展開"と……。

 

 舌のふたつに割れた先が指のように動いた瞬間、理屈ではなく、本能が告げた。

 これは、明確な恐怖だと。

 

 

 

「──ダメ!」

 

 大きな声で叫ぶように言い、みぃちゃんに飛びついたのは七瀬だった。

 

「な、何かしようとしてるでしょ…! ダメだよ、みぃちゃん、この人は私に色々教えてくれる先生だよ…!?」

 

 指先だけでなく声まで震わせて、自分の前に立ちはだかる存在を必死に止めていた。

 

『え〜、ちょっとだけ〜』

「ちょっともダメ! それに私、また倒れちゃうよ……」

『それもヤダなぁ』

 

 渋々といった様子で舌をしまったみぃちゃんは、ふわりふわりと室内を漂うだけになった。

 

 

 

 助かったのか……?

 心の中でそう呟いた夜蛾は、肩の力を抜くように長く息を吐いた。

 

「すみません……私、何か間違えてましたか…?」

 

 虫の羽音のような、今にも消え入りそうな声でそう言う七瀬は、恐る恐るといった様子で夜蛾に近づく。

 

「……いや、合ってたんだ。呪骸は起きなかった。確かに呪力が流し込まれていたと思う」

 

 ただ、その呪力の性質のせいだっただけ。

 

「……七瀬、俺は少し考えが浅かったようだ」

「……どういうことですか?」

 

 呪力が呪霊を育てる。それをありありと見せつけられ、頭では理解していたつもりだった。

 だが、その本質まで見えていなかった。

 

 七瀬の呪力がどこに作用し、どういった変化をもたらすせいで、呪霊が成長するのか。

 ……どうしてそこを深く考えなかったのだろう。

 

「お前の術式により生み出される呪力は、どうやら魂に作用するらしい。それも不完全なものを、完全なものに成し遂げるほど強力に」

「……?」

「そうだな、わからなくて当然だろう。……わかっていないからこそ、俺はお前に教えなければならないんだよ」

 

 その術式の()()を。

 

 

 

 この世界で魂を持つものは、人間だけじゃない。生を受けて、この世界で過ごす全てのもの。そして、呪霊。

 それらに作用するだけでなく、成り損なったものにまで生命の水を与えるような……そんな力。

 

 この術式が悪いほうに作用した場合、どれほどの災厄を呼び寄せるのか。

 それを止められる保証は──どこにもない。

 

 ……まだ、間に合うのだろうか?

 

 夜蛾は、目の前の少女を見た。豹変した空気感にのまれ、怯え、震えているように見える。

 

 ()()()()だ。

 

 そう、何度、自分に言い聞かせてきたことか。

 どうしてこんな子が、と。まだ道を戻してやれるのなら、そうしてやりたい、と。

 

 だが、これは無理だ。到底、普通には戻れない。

 

 自分にできるのは──あの小さな手を掴めるうちに、引っ張っていってやること。

 この力の適切な使い方を覚えさせ、少しでも悲嘆しない未来へ、足を踏み外さないように──。

 

 

 

 呪術師に、悔いのない死などないとわかっているくせに、そう思ってしまうのを止められない。

 

 (……急がなければ)

 

 夜蛾は、静かに拳を握った。そして、自分に問うた。

 

 もし、この術式が制御不能になった場合、いちばん苦しむのは七瀬だ。

 自分の力で、惨劇が起きる。その中心にいるのは、必ず七瀬に違いない。

 

 ……この子を、止められるか?

 守りたいと思って、ここへ来させたはずだった小さな命を、正しく導くためにいずれこの手で断たねばならないかもしれない。

 

 例え、刺し違えてでも……それができるか?

 

(……これは、誰にも言えない覚悟だ)

 

 やってしまえば最後──呪詛師として追われる立場となる可能性だってある。

 それでもやらなければならない。

 

 教えを説くものとして、課せられた使命かもしれないのだから。

 

 それでも、できるだけ……その瞬間が来ないことを願っている。

 

 

 夜蛾は、不安げに自分を見上げる七瀬の頭をそっと撫でた。

 

「大丈夫だ」

 

 なんの確証もない慰め。

 

「ひとつずつできるようになればいい」

 

 猶予などあまり残されていないくせに、余裕があるように取り繕ってみせる。

 

 焦りを感じ、孤独の中の覚悟を決めたことはこの子に悟られてはいけない。

 まだ高専(ここ)に来たところなんだから。

 

「少し休憩しよう。落ち着いてから、ゆっくり説明する。その間に、あの呪霊の機嫌を取っておいてくれるか?」

 

 見上げた先には、天井近くでふよふよと漂う姿がある。

 

 ……対峙するのは、やはりあちらからだろう。

 夜蛾は、ため息を飲み込んだ。

 

 それでも、まだ、手遅れじゃないと信じたい。そんな僅かな希望を胸に抱いて。

 

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