REFLECTION BLUE準拠、もし鳥白島に津波避難訓練があったら、と空想して書いた蒼ルートアフターのお話です。

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モデルになった直島に津波避難訓練があるかは分かりませんが……もうすぐ、3.11も巡って来ますからね。いつまでも、平和であるよう祈って。




 

 鳥白島の春の陽気が詰まった空と、島を囲む凪いだ海。その青を、唸りをあげるサイレンの音が切り裂いていく。

「行くわよ。羽依里!」

「おう」

 俺は蒼の手を取り、俺たちの一歩先を行く藍の背中を追って走り出す。

 それとほぼ同時に、のみきのスピーカー越しの声が、俺たちに状況を知らせる。

「訓練開始です。津波の恐れがあります。直ちに海から離れ、高台に避難してください! 繰り返します、直ちに避難してください!」

 とても訓練とは思えない、鬼気迫るのみきの声に、俺の駆ける足もつい速くなる。道に現れたお年寄りも子供も、全員、顔が真剣だ。

「にーちゃんねーちゃん、きょうもアツアツ、ヒューヒュー!」

 たまにふざける悪ガキがいても、

「もう! 遊びじゃないんだから真面目に走りなさい!!」

「空門のねーちゃん、ごめんなさいっ!」

 隣を走る蒼の一喝で、あっという間に全力ダッシュに変わる。

「まったく! ってひゃあっ!?」

 悪ガキをにらみつけたせいで足元がおろそかになったのか、蒼が急につんのめった。俺の目の前で蜻蛉玉が跳ねる。

 俺はとっさに腕を巻き込むようにして蒼を引きよせ、その身体を抱き止める。よかった、滑り込みセーフだ。

「あ、あああありがと……羽依里」

「蒼ちゃん、大丈夫ですか!?」

 声の異変を聞きつけ、前を駆けていた藍が急停止し振り向いた。

 瞬間、抱き合っている俺たちの姿に、藍の目が吊り上がる。慌てて俺は腕の中の蒼を放し、藍に向き合う。

「ふ、ふざけてたわけじゃないぞ、蒼が転びかけたから支えたんだよ!」

 手を振りながら弁解した俺が気に食わなかったのか、藍は眉を寄せたまま、唇を尖らせて答えてくる。

「羽依里さんが蒼ちゃんをケガさせないなんて、当然のことです。わたしが心配したのは、蒼ちゃんの体力的なことです」

 え?

 予想と全く違った藍の言葉に、我に返った俺は、蒼の方に向き直る。

「はぁっ、はぁっ……」

 蒼は上半身を折り曲げ、スカートごと両膝を掴み、荒い息を吐いていた。足が止まったせいで一気に疲れが来たのか、かなり苦しそうだ。

「わたしも経験したから分かりますが、一度衰えてしまった体力は、そう簡単には戻らないんです」

「はっ、はっ。あたしはまだ平気だって、藍。地震はいつ起きるか分かんないしね。それに」

 蒼が、途切れ途切れの言葉で藍に応じながら、俺の方に手を伸ばしてきた。まもなく俺の腕が絡めとられ、片側だけずんと重みが増す。

 それだけじゃない。極上の柔らかさをもった、重量感のある暖かい蒼のアレが、薄手の服越しに俺にくっついている。

「いざとなったら羽依里におんぶしてもらうから」

 おおぉ、いつもながら最高……だけど健全な男子高校生には劇薬……!

 そこまで思ったところで、俺を睨んでいた藍の視線に、濃厚でくっきりとした殺意が宿るのが見えた。

「いいですか羽依里さん。訓練にかこつけて蒼ちゃんに変なことをしたら、ただじゃ済みませんからね」

「しないって!」

 食い気味に叫び返した俺の声を置き去りにして、藍は避難を再開する。俺も蒼と手を繋ぎなおし、藍の背を追う。

 背後では、響子さんが家々の引き戸を叩き「大丈夫ですか!」と叫んで回っている。まるでこの後、本物の津波が襲って来るかのようだ。

 聞いてた通り、本気の訓練なんだな。

 改めて俺は、蒼に誘われた時のやり取りを思い出していた。

 

 

「……避難訓練?」

「そ、春の恒例行事。羽依里も来てよね?」

 言葉とともに、蒼から俺に向かって回覧板が突き出されていた。

 聞けば、鳥白島では、気候の良いこの時期に、全島で欠かさず避難訓練を行っているのだという。

「さすがに、寝てた時の藍やあたしは参加してないはずだけど、それ以外は、遠くの漁に出てない限り、全員、強制参加」

「この島、そんなしょっちゅう危ない目に遭ってるのか?」

 蒼が、過酷だったあの日々を「寝てた」と片付けたものだから、俺もさっくりと聞き返す。

「んー、あたしが生まれてからおっきな地震の記憶はないわね。見ての通り、倒れてくるような高い建物も、火山も洪水起こすような川もないし?」

「なのになんで?」

「津波からの避難ね。海岸にあるあの碑の伝承がきっかけよ」

 言われて視線を宙にさまよわせた俺に、蒼のジト目が突き刺さる。

「もしかして……知らなかったり?」

「いや、まったく記憶に」

「もうっ、羽依里もこの島長いんだし、覚えてよね!」

 そのまま俺は、蒼にかなりの勢いで石碑まで引きずられていき、その前で直立不動させられたまま、伝承を聞かされた。

 なんでも、昔の鳥白島は、浜全体を飲み込むような大津波に襲われたこともあったらしい。

 だがその直前、島の人に救われた孤児(みなしご)の娘が、恩知らずにも海賊を引き連れ浜に迫ったため、島民達は山へ逃げ出していた。おかげで殆どの島民は津波に飲み込まれずに済み、逆に海賊たちは、天の裁きのように津波を受け、海の藻屑となった。

 が。

 海賊を引き連れてきたというのは、津波から人々を守るために、孤児の娘が鬼姫を演じた全くの芝居だった。

 後に真相を知った島民たちは涙し、命を救ってくれた鬼姫のことを忘れないよう、この石碑を建てた……と。

「夏鳥の儀の夜に流す灯篭もね、元は沢山の海賊がいるように見せかけるための、船の篝火だったらしいわ」

「詳しいな」

「この島じゃみんな知っていることよ。鳥白島の歴史と繋がっているから」

 そこまで喋ると、蒼は俺を見る目つきを鋭くした。

「だからね、避難訓練。学校とかでやる、ぬるーい感じを想像してると……ヤケドするわよ」

「お、おぅ」

「いい? だから本気で逃げる準備をして来て、わかった?」

 

 

 ――そして俺たちは、神社の参道に向かう山道まで辿り着く。

 島全体の避難となると境内には入りきらないのか、山道は先に着いていたお年寄りや子どもでごった返していた。

「はー、はー、ごめん羽依里。ちょっとあたし、もう動けない」

 蒼は太めの木に背中を付けると、背中が汚れることなんて全く気にせず、そのままずり落ちるようにへたりこむ。目を閉じたその姿は、場所こそ違うけど、俺が蒼と初めて会った時とよく似ていた。

 不意に恐れが甦り、俺の口を言葉が突く。

「寝るなよ、蒼」

「ふー、寝は、しないから。大丈夫。息苦しくて……」

 こんなに訓練しんどかったっけ……と呟きながら、胸を上下させる蒼に安心して、俺は改めて辺りを見回した。

 見覚えのある人が地区点呼を取っている横で、中学生ぐらいの子が、三角巾を結ぶ練習をしているのが見える。

 鳥白島にはこれだけ多くの人が暮らしているんだな、と改めて驚かされる。そして、この人数が一斉に家を空けても大丈夫だと思える信頼感が羨ましく……いや、いまはどこか、誇らしく思えた。

「俺も、ちょっとは島の人になってきたのかな」

 俺は、袖をまくっていたシャツの胸元をはたいてこもった汗を逃がす。暖かい春風ですら、駆け続けたいまの俺には蒸し暑く感じられた。

 

『お疲れさまでした、訓練終了です』

 

 スピーカーを通したのみきの声に肩の力が抜ける。緊張してたみたいだ。続いて俺の頭がふとした疑問を浮かべる。

「……そういえばのみき、本番もあの場所なのか?」

 実際の津波の時、あの場所にひとりで残らなければならないとしたら。のみきは降りられるようになるまでの間、どれだけ恐ろしい思いをするのだろう。

 そもそもあの細い塔は、津波の勢いに耐えられるものなのか?

 俺と同級生なのに、のみきはいざという時、そこまで決死の覚悟をさせられるのだろうか。まるで、石碑になった鬼姫のように……?

「心配いらねえよあんちゃん。放送は塔の上からじゃなくてもできるようになっている。女の子をひとり、あんな場所に置いておけるかよ」

声のする方を見れば、食堂のおっさんだった。俺の問わず語りに、サムズアップして応えてくれていたようだった。

「でも確かにあなたが言う通り、本番でも放送塔に登っちゃいそうですよね。塔は役場の建物よりずっと高いから平気だ、とか言って。次の訓練の時には登らせないよう提案してみます」

「藍」

 そして、藍だった。汗をかいたジュース缶を3つ抱えている。藍はそのまま俺の前を通り過ぎると

「お疲れ様でした蒼ちゃん、参加賞をもらってきました」

「えへへ……ごめんね藍、ありがと。あ、冷たくて、気持ちいい……」

 まず座りこんだままの蒼にひとつを渡し、そして。

「でも羽依里さん。あなたは余計な事は考えず、蒼ちゃんのことだけ考えていてください」

「冷たっ!?」

 俺の額を缶で殴るようにして、藍はもうひとつの缶を押し付けてきた。慌てて俺は自分の手で缶を握り、キツい冷気を遠ざける。

「もちろん、私たちの仲間を心配してくれるのは……嬉しいですけど」

「けど?」

「何よりあなたは……たったひとりの蒼ちゃんの、大事な人なんですから」

 最後は早口の消え入りそうな声で言い捨てて、逃げるようにその場を離れようとした藍に、俺はわざと、余計な一言を呼ばした。

「妬くなよ」

「や、妬いてなんていませんから!?」

 思った通り、足を踏み鳴らすようにして藍がUターンしてくる。

「蒼ちゃんの『いちばん』大事な人はずっとわたしですから!」

「いや、彼氏の俺だな」

「だってあなたは普段島にいないじゃないですか!」

「確かに。ということは、早く俺も、おはようからおやすみまで、ずっと蒼のそばにいられるようにしなくちゃ、だな」

 俺の言葉に、藍も、蒼も顔を真っ赤にして俯く。

 少し前なら、言った俺も照れてしまっただろう台詞。今は、少しも恥ずかしくない。俺の本心だから。

 時間にして、おそらく二、三秒。言葉の機関銃が二人から撃ちまくられるまでの静寂の間、俺は、神社の先に広がっているだろう蒼天と海原に向かって祈る。

 蒼と藍を育て見守ってくれている空よ、海よ。

 願わくばこの姉妹のために、これからもずっと、蒼と藍色のままであれ、と。




※pixivにも投稿しています。

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