魔剣Z ~語られぬ魔剣と魔女の魔剣討滅記~   作:朝食付き

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1‐1 魔剣というもの

 一人、延々と続く不毛の荒野を歩いている。

 

「暑い……」

 

 厚手の上着が直射日光を吸って随分と熱を持っている。気温も体温も下がる気配がない。おかげで喉が渇く。おまけに何日も食べていないから、腹も鳴るほどの元気もない。

 完全に選択を誤った。俺は思わず自分自身を罵る。

 

「こんなに何にもない道だとは思わないだろ……!」

 

 この道を選んだのは俺だ。俺はあまり人に近づきたくない理由があったから、一人でいられるというのはそれだけで大きな利点だ。

 しかし人どころか魔獣すら見ることがないのは大きな誤算だった。

 

「いや、それも当たり前か……」

 

 人が住めないほどの不毛の地。なら人以外も住みにくいのが道理だ。まして、人を襲う習性を持つのが魔獣だ。人がいないところに魔獣は住まない。

 からからに乾いた唇が、いらない独り言のせいでピリッとひび割れる。

 だが今はそんなことよりももっと大きな問題がある。ここ20日ほど荒野をうろついていて、その間魔獣一匹すら見ていない。つまり、何も斬っていないのだ。

 

 そもそも荒野のど真ん中を歩いているというのに、持ち物は剣を一振り。以上。食料も水もない。飲みつくしたわけでも、どこかに置き忘れたのでもなく、初めから持っていないのだ。

 

 それなりの体格、黒髪にとび色の目。何を特筆することもないただの男だ。であるのにも関わらず、何のこともなく歩き続けているのだ。それが異常だということは説明するまでもない。普通、人は水も飯もなしに生きてはいけない。

 

 ただ、この異常は一言で説明できる。

 

 ”魔剣”

 

 俺を狂気へと引きずり込もうとする最悪の呪いだ。

 

 適当なぼろ布で包み、俺の腰にあるそれは、俺を孤独にしている元凶である。

 

 こいつは俺に殺意を囁く。命を奪えと、血をよこせと、魔剣へ生命を捧げろと声を頭に響かせる。その声は休むことを知らない。いついかなる時も延々と囁き続けるのだ。

 この声が少しでも静まるのは、要求通りに何かを斬り殺した時。それだけだ。

 

 「たまには静かに出来ないのか、このクソ剣がッ……」

 

 頭の中に延々と呪いの言葉が響いている。斬れるものがないことくらいみりゃわかるだろうが。

 この魔剣、クソみたいな剣を手にしてから、ずっとこの声に悩まされている。四六時中、頭に殺せという声が響くのだ。はっきりっておかしくなりそう。いや、もうなっているかもしれない。

 

 ここまでひどいのは久しぶりだ。もし、魔剣の声に屈すれば、その時が俺という人間の最期だ。人間だろうが獣だろうが、魔獣であろうと、すべてを斬る。殺す。ただ、命を食いつぶすだけの、魔剣の操り人形になる。なってしまう。

 

 人殺しはしたくない。だって家族に顔向けできない。

 

 だから代わりに魔獣を殺す。魔剣は殺せるならそれが人でも魔獣でも構わないのだ。殺すこと、それが重要で相手がなんであるかまで頓着しない。

 人でなければいいのかという葛藤もないではないけれど。

 

 つまり、魔剣のせいでこんなことになっているわけだ。

 

***

 

 ふと気が付けば、何か物騒なことを口から出していたようだ。

 どのくらい歩いていたのか。どこまで行っても変わり映えのしない景色のせいで、それすら分からない。

 

 ──ああ、なんでもいいから、斬れるものが欲しい。命を散らす最後のあがきを見たい。血の赤が一面を染め上げる様を見たくなっている。

 

 頭を振る。そんなもの見たいわけないだろと自分に言い聞かせる。頭に響く声を否定し続ける。

 ただひたすら、それだけを繰り返す。はっきり言ってかなりまずい状態だ。もし、今の状態で人と出くわしたら、斬らないでいられるかは──。

 

 魔剣が突如として震え、キィンと高い音で獲物の存在を俺に教える。

 

「頼むから、魔獣であってくれよ……!」

 

 別に獣でもいい。人でないならなんでもいい。この声から解放されるかもしれないと思った瞬間、魔剣の声が圧を増す。

 

 ”ようやく殺せる。殺せ。何を斬れるのか。どこから斬るか。首か、心臓か。人なら首を、獣なら四肢を、魔獣なら──”

 

「うるさいッ!!」

 

 頭に響く声を振り払うように、魔剣を地面に突き刺す。深く、簡単には抜けないように。

 大きく息を吸い、吐く。声は止まないが、それでも俺自身の正気を取り戻すことが出来た。

 

「魔獣なら、斬っていい。人は……駄目だ。人なら、我慢しやがれ」

 

 これだけは譲れない。だって、人を殺してしまったら、父に、母と妹にどんな顔をして会えばいいのか。

 

 だが魔剣は俺の事情に頓着しない。さっさと殺しに行こうぜと、静まることはない。

 

 魔剣の告げる方向を見やれば、はるか先の荒野と空の狭間に動く影。

 より目に力を込める。馬に乗った人間と馬車、そしてそれを追う巨大な魔獣だ。

 

 知らず唇を歪めていた。魔獣だ。人もいるが、皆殺しにして──じゃない! 魔獣だけを殺す。魔獣から殺す。俺が殺すのは魔獣だけだ。魔剣なんぞの声に屈するな。自分を強く持て。

 

「魔獣は斬らせてやる。だから、それで満足してろ!」

 

 魔獣の命を食わせておけば、またしばらくは魔剣も静かになる。その間に次の魔獣を探す。

 いままでと同じように、魔獣だけを殺す。殺して、さっさと人間からは遠ざかればいい。

 

 地面に突き刺していた魔剣を引き抜く。

 黒く幅広の刀身には、波のような炎のような不可思議な紋様が蠢いている。

 血のように真っ赤なそれは、命を奪う喜びを前に縦横無尽に躍る。

 

「……本当に気持ち悪いな」

 

 出来るならば叩き折ってやりたいが、それはかなわぬ話だ。それに今は、こいつの力ならあの人達を助けられる。なんとかと魔剣は使いよう。そう呟いて嫌悪をごまかす。

 

 ズボンの物入れから小さなナイフを取り出して、指先に小さな傷を作る。ぷつりと出た血を一滴、魔剣の刀身へと落とす。

 

 ──命は血によって巡る。これからもっと多くの魔獣の血をくれてやる。これは先付けだ、と。

 なにせ走っても間に合わない。悠長にしていれば魔獣はあの人たちに追いついて、殺してしまうだろう。

 俺はたとえ知らない人であってもあまり死んでほしくない。人の命は大事だと、そう教わってきたし、俺自身もそう思うからだ。

 

「なのに、魔剣にそそのかされて魔獣は殺すんだよなぁ……嫌になる」

 

 顔も名も知らぬあの人たちを守るためには、魔剣の持つ力を使う。俺の血を受けて、魔剣から狂気が溢れ出す。魔剣が震え、血の様に赤い紋様が喜びに蠢く。あふれだす殺意と力。殺せ、奪えと目が眩むほどの悪意が俺を焚き付ける。

 魔剣は俺自身の血を対価に、魔剣が世の理を踏み倒す力を生み出す。斬り殺す、そのためだけに。

 

 俺は魔剣の切っ先を遥か先に見える魔獣へと向ける。

 

「連れていけ」

 

 一言、それだけで魔剣の作り出した力が発動する。瞬きの間もなく視点が変わる。目の前には魔獣の首。俺が命じたとおりに、魔剣は俺を魔獣の元へと移した。

 あり得ない現象すら、実現してみせる。それが、魔剣だ。

 

 はるかな距離を飛び越えて魔獣の背に着地した。魔獣──大きなトカゲは俺が現れたことにも気づく様子はない。目の前の馬車に夢中のようだ。

 そんなに無防備でいいのかと、無意識に口角が上がる。大樹を思わせる太い首。どんな手応えがあるだろうか? 早く殺せと、命を奪え、切り殺せと魔剣がうるさい。

 思考が魔剣に引きずられているのを感じる。クソ剣が、ちょっとぐらい黙れないのか。

 

 右手にぶら下げたままだった魔剣、その刀身を軽く上げて、そのまま横一文字に振りぬく。

 

 布切れ一枚を斬る程度の手ごたえと共に、トカゲの頭が落ちる。

 

 魔剣から、命を奪った喜びが流れ込んでくる。歓喜、そうとしか表せない、魔剣の情動。命を奪い、むさぼる。それに夢中になることで、ようやく魔剣の囁きは小さくなる。

 あたりに散っていく血しぶきは命そのもので、乾いた砂に水を垂らしたかのように、魔剣はそれらを吸い込んでいく。

 

 頭を落としたことにも気づかず、首から血を噴出しながらトカゲは走り続ける。巨大なトカゲの命が失われていく。 

 もっと殺せ、命を寄越せと魔剣が騒ぎ出す前に、トカゲの胴体奥深くへと魔剣を突き刺す。そして魔剣から少しでも離れたくてトカゲから飛び降る。

 勢いを殺しきれずにゴロゴロと硬い地面を転がることになってしまったが、まあそんなこともある。結構痛い。

 

 魔剣は使い手である俺の体の状態に無頓着ではない。十分に命を吸った後であれば、俺の体を無理矢理にでも治してくる。だから多少の傷は放っておいてもいい。

 

 首のないトカゲは、だんだんと体の動きを鈍らせ、そして立ち止まり脚を折った。それで、おしまいだ。

 

 目を閉じて、切り殺したトカゲの命を想う。人を襲う魔獣なわけだし、殺すことを躊躇ってはダメだ。でも、それが自分のためでしかないと分かっているから、命を貰ったことへの、けじめというか、なんかそういう風に区切りを付けたくなるのだ。

 

***

 

 かぱらかぱらと蹄の音が近づいてくる。目を開ければ、先ほどまで追われていた人間が様子を見に戻ってきたようだ。追われている側からすれば、いきなりトカゲの首が落ちて死んだのだ。そりゃ驚く。

 馬に乗ったまま、その人間は戸惑いを隠さない。

 

「岩トカゲがこんなにもあっさり……。本当に、死んでいるの……?」

「死んでるぞ」

 

 聞かれたから答えただけなのに、ものすごい目で見られた。こういう時、俺はなんていうべきなんだろうな。

 

「……あなたが、私たちを助けてくれたの? ありがとう。お礼を言わせて」

「別に構わない。俺も必要があってしたことだ」

「それでも、助けられたことには変わりないわ。と、馬上からでは礼も何もないわね」

 

 そういうとササッと馬から降りて、俺に向かって手を差し出してきた。馬に乗るやつは大体いいところの坊ちゃんだと思っているから、こんな風に対応してくるのは正直意外だ。

 意外といえば、坊ちゃんではなく嬢ちゃんであることもか。俺と大して年も変わらないだろうに、なんとも立派な女性だ。この地方では珍しい灰色の髪を伸ばしている。そういえば俺もそろそろ髪を切るべきか、などと考えていたら強引に手を取られて握手をされてしまった。

 

「改めて助かったわ。ありがとう。それにしても素晴らしい腕ね。まるで斬られたことに気が付かなかったみたいに歩き続けていたもの。まさに神業ね」

「そうか。もう行っていいか?」

 

 俺としては魔剣の声がようやく少し収まったので、さっさと次の魔獣を探しに行きたい。まだまだ殺し足りない。この魔剣がいつまた騒ぎ出すか分かったものではないのだ。

 

「そんな釣れないことを言わないで? もう少しで私たちの町があるの。ぜひ、あなたを招待させてちょうだい」

 

 ぐいっと放したばかりの手を再び取られる。とっさに断わる口実が思いつかず、そのまま馬車までぐいぐいと引きずられるように歩く。

 俺はこの手の強引な女性に弱い。妹に似ているからだ。昔から俺は妹に頭が上がらない。

 

 馬車までの短い距離を、灰髪の女性はぺらぺらと話し続ける。なぜトカゲに追われていたのか、だとか、もうダメだと思ったら突然トカゲが死んでいてびっくりした、だの好き勝手に喋っている。

 魔剣が少し静かになったと思ったら、今度は知らない女性の声で騒がしい。馬車からは御者と何人かの商人らしき人間が顔をのぞかせている。そいつらに向かって灰髪は威勢よく言い放つ。

 

「私たちの救い主よ! 町で礼をすることにしたから! さあ、乗って? ……と、そういえば名乗っていなかったわね」

 

 町か。こんな荒野に街が存在するというのがそもそも驚きだ。ろくに生活する術もなさそうなのに。というかそもそも魔剣が騒ぎ出すと厄介だからあまり人の多い場所には近づいてこなかった。

 だから他の町であってもどうやって生活しているのかを知らない。

 ううむ、先ほどの握手もそうだが、一人が長すぎると色々なことが薄れていってしまう。これも全部魔剣のせいだ。許せねぇよな。

 しかし町に行ったとして、やるべきこともないし、断るか。が、どうにもこの女性は押しが強い。

 

「いや、俺は──」

 

 言い切ることすらできず、俺は馬車に乗せられていた。俺を動かしたのは、一つ。豪華な料理でもてなすとの言葉。

 俺は魔剣のおかげで飢え死にすることはない。が、食べずにいたいわけでもないのだ。俺だってたまには人の作った温かい料理を食べたい。

 

 岩トカゲはそれなりに大きかったこともあり、一晩二晩程度なら魔剣も静かにしてくれるだろう。つまり、短い間だが世話になることにした。

 

 ***

 

 馬車に揺られることしばし、荒れ野に切り開かれた町が見えてきた。なかなか頑丈そうな壁に囲われている。馬車に乗っていた商人曰く、荒野には岩トカゲの様に危険な魔獣が襲ってくることがあるため壁が欠かせないんだとのこと。

 どうせ襲ってくるなら俺を狙えばいいものを。俺から探すのは大変だから、しっかりと見つけてもらいたい。

 

 それにしてもほとんど顔パスで門の中に入れたのには驚いた。行きがかり上助けたとはいえ、俺を信用しすぎじゃないか?

 馬車を降りて町の中を歩く。思ったよりも閑散としている。外から見た規模感で言えば、もっと騒がしく人が往来していてもおかしくはないのだが。

 

「今は、どうしてもね……。普段はもっと賑わっているのよ。でも、あまり気にせずにゆっくりと過ごして貰えたらうれしいわ」

 

 色々事情がありそうだが、たかが一食を共にするだけの仲だ。いろいろと疑問はあったが、気にするなと言われた以上気にしなくてもいいか。所詮ただの行きずりだ。

 

「それよりも、忘れていたことがあったわ」

 

 忘れていたこと? そんなことがあったか? 魔剣ならもう俺の手元にある。どこに捨てようと、土に埋めようと勝手に手元に戻ってくるから嫌になる。が、別にそういうことではないらしい。

 

「あなたの名前よ。私だけ名乗っていて、あなたの名前を聞くのを忘れていたわね、ごめんなさい。なんと呼べばいいかしら?」

 

 灰色の髪の女が穏やかに笑う。そう言えば灰髪も名乗っていたな。今更聞き逃したとは言えないが。

 

「ゴートだ」

ゴート(山羊)? ……ゴートね。そう呼ばせてもらうわね」

 

 何やら意味深に頷いている。まあ山羊と言われれば驚きもするか。しかし故あっての偽名とでも思ったんだろう。勝手に納得した様子。これでも本名なんだがな。

 

「それで、ゴート。あなたはどこからやってきたの? いえ、答えられる範囲までで構わないのだけど。そんな風に身軽に荒野を歩いている人間を見たことがなかったから、つい気になってしまって。いえ、ごめんなさいね。私の悪い癖なの。気になったことは何でも聞いてみたくなってしまうの」

「荒野の先からだ」

「ふふ、それはそうよね。でもこの広い荒野で、私たちが会ったのってすごい偶然だと思わない?」

「そうか」

「もしかして、本当に救世主だったりする……? なんてね」

 

 どうにも灰髪は一人盛り上がっている。聞き流していた話を断片的に組み直してみると、街道がさきほどのようなトカゲに封鎖されて困っていて、新しい道を探そうとしたら別のトカゲに襲われた。

 そういうことらしい。それだけの事実を大層な力の込め具合で話し続けるのだから恐れ入る。救世主云々についてもそれをどうにかできるかどうかを俺に期待してのことだ。

 まあそれは正直どうでもいい。俺が興味あるのは、トカゲの群れ、それだけ。街道を通れなくなるほどの群れがいる。なら、殺しに行くしかない。別に、こいつやこの町のためではない。ただ、俺が魔剣を黙らせるために、ただそれだけの理由だ。

 

「あら、聞いている?」

 

 話を聞き流していることがバレたか。しかし興味はなくとも、食事をご馳走してくれるという相手だ。そういう態度ではよくないだろう。何か、言い訳はあるか?

 

「腹が減っていてな」

 

 結局空腹だからと誤魔化すことにした。

 

「そうね! それは仕方ないわ。出来るだけ早く食事を用意させるから、もう少しだけ我慢をしてもらえる?」

 

 我慢する。別に食べずとも死なないのだから、いくらでも待つことは可能だ。まあ久しぶりの食事に期待はしているのだが。いや、早く食べたくなってきたのも事実。腹が減るという事実を思い出したせいで、実際に腹が減ってきた気すらする。

 そんな俺をしり目に、灰髪はしゃべり続けている。それにしても、言葉遣いが丁寧な割には声の大きい女である。

 

 ***

 

 灰髪がでかいのは声だけではなかった。案内された自宅も相当大きい。まあこの若さで、馬車を自分の裁量で動かせるのだ。それなり以上の身分であることはわかっていた。

 まあ通りすがりの俺にはあまり関係のないことでもある。

 

 今はそれより食事がしたいのだ。

 

 

 

 

 

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