席につき、思い思いにお茶を飲む。テーブルを行き交うのはフィオレッタとルガートの声。俺は特に口を挟むでもなく、2人の会話を流し聞きしている。
何せ話が小難しい。王都での小麦の価格について話していたかと思えば、隣の国の治安がどうのこうのなどと。国の名前を言われてもまるでピンとこない。ただあまりに物知らずだと思われたくもないので、したり顔で頷くフィオレッタに合わせてうなづいておく。
ひとしきり話をして満足したのか、フィオレッタが大きく伸びをする。魔法についての研究について行き詰まった時にはこうやって関係ないことを話すのが気分転換になるらしいのだ。
俺は聞くことはできても意見や議論はできなかったから、ルガートとの議論はいい刺激になったようだ。
「そうだ、ルガート。騎士団ではなくなった魔剣についてどの位把握しているのかな。開示できる範囲までで構わないから教えてもらえないかな。私もゴートも、実のところあまり他の魔剣についてはよく知らないんだ」
「申し訳ないのですが、話せることはありません。私も詳しい情報を持っているわけではないので」
「そうか……。あまり無闇に表に出していい情報ではないのはわかるけれど、実働側としては勘弁してもらいたいね」
「ええ。当事者への情報制限など正気ではないと思いますが、上としては魔剣の脅威が広まることの方を恐れているようです」
「ルガートを護衛に寄越してくれているだけマシだと思うしかないか。少なくともこちらにはゴートもいるし、不安はないのだけれど」
俺には斬ることくらいしかできないが、魔剣相手なら任せてもらっていい。多分俺の魔剣は、違う魔剣が相手の時ほど力を増す……ようだから。
「ゴート、お前の魔剣はどのような力がある? 今後のために教えておけ」
「私も気になるな。君が魔剣から受ける影響については十分聞いたけれど、魔剣が使う力そのものについてはまだ聞いてなかったしね」
そうだったか? そうだったかも。意外そうにルガートがフィオレッタを見ているが、フィオレッタの魔剣への興味はその力ではなく、成り立ちであり、影響だ。
遠くを斬れるという力より、人の頭に声をぶつける方法にこそ興味があったのだろう。
「俺の魔剣は、斬ることに特化した力を持っている」
言い切って茶を飲む。過不足のない、うまい説明だ。自画自賛せざるを得ない。が、2人はそれでは満足しなかったようだ。
「ゴート、まさかそれで説明が終わりというわけではないよね?」
「ここで終わりならお前は相当な阿呆だぞ?」
阿呆とは失礼だな。が、阿呆と呼ばれたいわけではない。この欲張りな魔女と騎士に仕方なく説明を続けることにする。
「……魔獣を斬るとする。剣の届く範囲にいればそれを斬る。普通の剣と同じだ。だが簡単に斬れないほど硬かったり、水のように捉え所がない場合に、魔剣は力を発揮する。斬れないものを斬れるように、斬れ味が増したり、無理矢理に水を固めたりできる」
まああまりこの手の力を使う機会はないんだが。何せ柔らかい部分を狙ったり、本質となる核を斬ればいいだけだからな。
それに無闇に力を使うのもどうかと思っている。何せ斬り殺した命を力に変えているのだ。命を使ってより多くの命を奪う。あまり気持ちのいい話じゃない。
「他にも、魔獣が遠くにいる場合。ゆっくり近づく時間がない時には、斬れる場所まで跳んだり、距離を省いて斬れるようにしたりできる」
前に岩トカゲなる魔獣を殺した時のことを思い出す。あの時はかなりの大盤振る舞いだったな。数が多かったから多少力を使いすぎても回収できた。それに色々限界だったのもあったか。
「跳ぶ、というのは先日の魔剣使いと同じように、かな?」
「あれほど自在じゃない。目視できる範囲までだな。負荷が多いから普段から使えるようなものじゃない」
「お前の物言いからすると、斬るという題目さえあれば大概のことを叶える、とも聞こえるが」
「それで合ってる。斬ることしかできないが、そのためなら何でもできる。それが俺の魔剣だ」
初めの説明に戻ってきた。やはり俺の説明は間違ってなかったな。
「何か苦手なことはないのか?」
「小さいやつとか細かい相手は苦手だな。斬ってもあまり得るものがない。逆にでかいやつは力を多少使っても殺せる命が大きいから得意かもしれん」
「別に力が通じないわけではないのだろう? 俺が聞きたいのは魔剣の力が通じにくい相手や状況があるのかだ」
「……あれば苦労しない。斬ると決めて斬れなかったものはない。ああ、他の魔剣について同じことが言えるかはわからんから、参考程度に聞いておけよ」
魔剣が苦手なものか。ここまで魔剣と長い付き合いになることはなかっただろう。にしても、ルガートはやけに真剣だ。
「なんだ、えらく熱心だな?」
「お前が魔剣によって乱心した場合、お前を殺すことも任務の内だからな」
「……俺に言うのか、それを」
まあ理由は納得した。俺としても万一人を殺そうとした時、止めてくれる人がいてくれるのは心強い。流石にフィオレッタに頼むのは色んな意味で無理だからな。
が、フィオレッタは俺の感傷的な思考に気づかず、むしろ前から考えてたかのように俺の弱みについて話し始める。
「弱点というなら、ゴート自身じゃないかな?」
「フィオレッタ?」
「ゴートの主義は人を殺さないということだから。たとえ魔剣に体を奪われたとしても、全くの抵抗もなく人を斬れるとは思わないんだよね」
そりゃ抵抗はするだろうが……、確実にそうできるかはわからないぞ。
「まあ、ルガートみたいに実力がある人間相手には遠慮なくなるかもしれないけれどね」
そう考えると俺は弱い人間に弱いのかも知れんな。
***
「そういえば、買い出しに行かないと行けないんだ。2人とも手伝ってくれるね?」
「構わない。が、もうか?」
先日ヒイコラ言いながら持ち帰った小麦をはじめとする食料品。あれがもう無くなりかけているのかと、疑問に思う。
「人が増えたからね。君たちは本当によく食べる」
にこやかにフィオレッタが言い放つ。俺もリガートも食べ盛りなのだ。日々の庭仕事や魔獣討伐、騎士としての自主訓練と体を動かしていれば腹も減る。まして、フィオレッタの焼くパンはうまいのだから仕方ない。
俺としてはすでに通った道である。が、横の騎士はそうとは行かないようで、耳まで真っ赤にして顔を伏せている。
まあ、こいつは護衛としてきているわけだしな。それが大した仕事もなく、ただ食ってばかり。流石に騎士としてどうかと思い至ったのだろう。
ルガートが言い訳を捻り出す前に、フィオレッタが次の言葉を紡ぐ。
「食べた分はしっかり働いてもらうから安心して構わないよ。護衛として調子を整えるためだと私は理解しているしね。ただ、ゴートはちょっと開き直りすぎに思うよ」
釘を刺される。心根を見透かされて今度は俺が顔を赤くする。流石に反省だ。
次の日、街に向けて家を出る。からりと晴れた気持ちのいい日だ。フィオレッタのために道を開ける森の木々が、暗い森を木漏れ日で照らしていく。
リガートといえば、この不思議な現象に目を向けるでもなく、周囲を警戒している。何せ護衛としては初めてのまともな仕事だ。張り切るのも無理はない。騎士団の中で出世するためにはこの手の仕事もきっちりこなす必要があるんだろう。
***
例によってフィオレッタの態度は街に近づくにつれて固くなっていく。今回は3人での往訪なわけだが、俺もルガートも口数が多い方ではないから、フィオレッタが黙ると誰も喋らない時間が続く。
前に来た時に対応してくれた若い衛士と目がある。黙ったままフィオレッタを指差す。すると察してくれたようで、そのまま街への道を開けてくれた。
並んでいる他の人たちにやや申し訳ない気もするが、体格のいい男が2人、華奢な女性を囲んでいるのだ。それなりに立場のある令嬢とでも思われたのかもしれない。
しかし街の中は相変わらずの賑わいと、複雑な道が盛りだくさんである。むすっとしたままのフィオレッタを先導するようにギルドへの道を歩き出すが、三度ほど道を間違えてしまっていたらしい。
「ゴート、お前は我々をどこにつれていくつもりだ?」
「……ギルドだが?」
「ならここは右だな。ああ、お前から見てお前の利き腕の方向だな。そういえば分かるか?」
利き腕ではない方、左に曲がろうとしていた足を止める。森の中では長いこと迷子になった。森の中で方向感覚を保つのは難しいからだと自分を納得させていたが、それ以前の問題だったのかもしれない。
「魔女殿も、こいつが方向音痴だとわかっているなら先に行っていただきたいところです」
「……一応聞いておくけれど、ギルドで騎士団の人が待っているとか、そう言うことはないよね?」
「? ギルドに常駐するほど暇ではないはずです」
「ならいいけど……」
「こいつは人見知りなんだ。知らない人間の多いところに行くのを嫌がってる」
「それは違うね。私は気軽に知り合いを作りたくないだけさ。魔女だからね、あまり人の多い場所に出るわけにもいかないのさ」
それは嘘だ。もっともらしいことを宣っていても、根っこは知らない人にビビっているだけだ。
ルガートは俺とフィオレッタの対立する意見を聞いて、ひとまずはどちらも信じずに保留することにしたようだ。そうですか、と興味なさげな返答がそれだ。要はめんどくさくなったに違いない。だからそいつを説得しようとしても無駄だぞ。むしろああだこうだと言い訳に言葉を尽くす時点で嘘くさいぞ。
改めてルガートに先導されてギルドにたどり着く。やはり方向感覚という点についてはルガートは卓越していると言わざるをえない。
だが、ここから先は俺の役目とばかりに前に出る。後ろにフィオレッタが滑り込んだのがわかる。俺とルガートの間には様れることで目立たないようにしたのだろう。対して効果はないだろうなと思いつつ、ギルドの扉を押し開く。
颯爽とギルドの受付まで進めば、俺が声掛けする前でもなくアンガスが出てきた。
「元気そうで何より。じゃ、上で話をしようか」
「……アンガスだけかな?」
「他の人間を読んだ覚えはないよ。安心するといい」
「私たちだけなら込み入った話もできるなと、そう思っただけさ」
フィオレッタのいう"私たち"に俺が入っているは間違いない。が、今回は除いてもらおう。階段を登り始めるフィオレッタに声をかける
「俺は依頼を確認したい。必要なことだけ後で教えてくれ」
「別にいいけれど、大人しく待っていられるのかな?」
「多分な」
そのまま壁際に移動する。前回来た時には魔剣使いの襲撃があったからな。落ち着いて依頼をみる時間がなかった。俺が離れることに対してルガートもアンガスも特に気にするそぶりはなかった。おそらく暗殺向けの魔剣はあれ一本きりだったのだろう。魔女と騎士が悪魔の封印を行ったというし、魔剣の能力の大部分は割れているのだ。ある意味一番厄介な魔剣を処理できた以上、ピリピリと警戒をし続けなくていいのは大変助かることである。
とりあえず上位の依頼から順に眺めることにする。当然のことながら俺が受けられるものではない。が、いつか魔剣をなんとかした暁には、生活のために冒険者として本格的に活動することも考えている。その場合、目指すべきは上位冒険者なわけで。予めどのような依頼があるかを確認するのは大事だ。
依頼の内容は多岐にわたっている。というか想像よりも魔獣討伐だとかの荒事は少ない。別の街への護衛だとかないこともないが、それより希少な植物の採取だとか、地図の作成とか戦わない依頼の方が多い。これはこの街特有なのか、それともどこもこうなのか。俺が一番得意なのは剣だから、あまり俺の技能が役にたつ場面はこの街では見つからないのかもしれん。
続いて中位だが、上位のスケールダウンといった内容だな。護衛や討伐もあるけども少ない。森がすぐそばにある土地柄か、こちらも薬草採取の類が多いな。フィオレッタに聞けば色々教えてくれると思うが、覚えるまでに手間取りそうだな。
そこからさらに移って下位。ここまでくるとほとんど小間使いだな。街の見回りとか清掃活動、短期での店番だとかなんでもアリだ。ここから依頼を選ぶのか……。街での活動内容が多いのが気になるな。現状あまり家から離れている時間が長いのは考えものだし。中位まで行けば森の薬草採取を選べるんだが、いかんせん実籍が足りない。足りないというかまだない。
どうしたものかな。しばらく1人で悩んでいると、よく通る声が俺の思索に待ったをかけた。
「いい依頼は見つかったかな?」
「いや、俺にできることはなんだろうかと考えていた」
ガタリと椅子に腰掛けながら、机の上に並べている依頼票をフィオレッタが手元に寄せる。
「フゥン。でもまあ、今のところはこれはいらないね」
「いや、必要だ。冒険者は依頼を受けてこそだ」
なんだ? よくよく見ればフィオレッタの表情がやけに険しい。というか完全に機嫌を損ねている。普段見ない顔つきだな。そのせいで、いや機嫌が悪いせいでだが、口調がトゲトゲしている。
ぼんやりフィオレッタを見ていると、八つ当たり気味だったことに気がついたらしく、さりとて機嫌が直るわけもない。とりあえず口をつぐむことにしたらしい。
同じく降りてきていたルガートもいつの間にか依頼票を手にしている。
「これでは丁稚のお使いだな。もっとまともな依頼はないのか?」
「あいにく俺に選べるのはお使いくらいだ。実績のない下位冒険者なんてそんなもの、らしい」
俺は最近冒険者になったばかり。依頼を受けたこともない。だからそうとしか言えない。
「ん、これはお前の得意分野だろう?」
ピッと机の上を羊皮紙が滑流ようによこされる。見れば屋敷の草むしり。確かに家で主に俺がやっているのは畑の雑草抜きだが。……まあ悪くないな。
候補に入れると言えば、ルガートまでも口を曲げる。冗談だったようだ。でも俺からすれば初めての依頼は慣れた作業の方が安心なんだ。
ルガートはフィオレッタをチラリと見る。俺もつられて見やるが、まだ落ち着くまで時間がかかりそうだ。そのまま雑談を続ける。
別の依頼票を手に取り、適当に手遊びを始めるルガート。
「それにしても、自分で任務を選ぶと言うのもなかなか面白いな」
「騎士団じゃ選ぶ自由はないのか?」
「ないな。上がやるべき任務を決める。命令ありきで騎士は動く。騎士団として、武装集団としては当然のことだな。やりたくない任務であろうと、どうしても手掛けたい任務だろうと選ぶのは上だ」
「……代わりに安定してる」
「そうだな。出世の足がかりになるような任務はなかなかないのが悩みどころだ」
「今回のはお前が選んだとか言ってなかったか?」
「言ったな。魔女の護衛で魔剣相手だ。実力が最優先なのはわかるだろう? だから他の候補は力不足であることを教えてやっただけだ」
こいつの腕なら多少鍛えている程度では手も足も出ないだろうな。何せ魔剣の力を込めた俺の一撃を防ぐくらいだ。
「それで、魔女どの。そろそろ説明を始めてもらえますか? 機嫌を悪くしているのは理解していますが、はっきり言って時間の無駄です。やるしかない立場でしょう?」
「……本当にルガートははっきり言うよね」
相変わらずヘソを曲げたままのようだが、とりあえず話をする気になったらしい。
「……これから私たちは各地で起きている不可思議現象を見にいくことになった。可能ならその解決も期待されている。なぜかはわかるね?」
「魔女だからだろう?」
「そ。魔剣に狙われている魔女を魔剣が暴れてる場所に送り込もうって言うんだから嫌になるね」
「騎士を100人送るよりよほど確実ですから」
しれっとルガートが付け加える。まあ俺とルガートが護衛に付くわけだし、そうそう遅れをとることはないだろう。
「愚痴くらいは言わせたまえよ。私だって無辜の人間が魔剣に傷つけられるのを見ていたいわけではないさ。でもね」
――外に出たくない。
予想通りの言葉が出てくる。色々余裕をなくしているのか、ここが他の冒険者もいるギルドだと言うことも頭から抜けてそうだ。光が抜けるような綺麗な白い髪の魔女と金髪の男前騎士。こいつらが席に座ってから視線をしょっちゅう感じている。フィオレッタは余裕がなくて、ルガートは慣れているからかまるで気にした様子はないが。
「ま、そういう指名依頼が入ったと言うわけだ。当然受けたとも。受けざるを得なかったからね」
指名してくる相手が国。なんともスケールが大きい。手元の草むしりについての依頼をみる。当然一個人名が書かれているのみ。
「すごいな。フィオレッタは上位の冒険者だったか?」
「……まあね。でもそれとこれとは無関係だよ。ゴートが私のことをどうとらえているかはなんとなく分かってきたけれど、あくまで私は森の魔女だからね? 冒険者としての依頼ではなく、魔女への依頼だよ、これは」
「そうか」
「だから依頼を受けるにあたっての制限はない。私とルガートと、ゴートにも付いてきてもらうつもり。いいね?」
即頷く。当然着いていくに決まっている。魔剣の調査や声の抑制、魔獣討伐補助。俺がどれだけフィオレッタにおんぶに抱っこか知れたものではない。せめて旅のお供くらいはしなければ申しわけが立たない。
そうでなくても魔剣のことだ。俺としては悪さをする他の魔剣使いと一生にされたくない。責任を持って叩き折ってやるつもりだ。
「結構」
とりあえず決めないといけないことは決まったらしい。フィオレッタがぐにゃりと机にうつ伏せる。
「あーあ、私は森から出たくないのに、みんなして私を外に押し出すんだ。どうしてかな?」
「魔女だからでしょうね」
「魔女だからなんだろうな」
「だろうねっ!」
うつ伏せたままに声だけは激しい。肩をすくめるルガートが処置なしとばかりに明後日の方向を向く。
「第一さぁ、森の魔女が森から出たらそんなのおかしいと思わない?」
「今だって出ているだろう。それに森はどこにでもある」
「ブブー! ゴートはもっと気遣いを覚えるべきだよ。いいかい、ここにいるのは、生まれ育った森から引き離される可哀そうなフィオレッタさんだ。そんな私に対して、ゴートがかけるべき言葉はなんだい?」
「……心中痛み入る?」
「…………まあいいとしようか」
「かなり甘い採点ですね」
「粘ってもこれ以上は出てこないからね」
随分失礼なことを言われている気もするが、それ以外の言葉が思い浮かばなかったのも事実。それこそ甘んじて評価を受けることにするのだった。