森の魔女フィオレッタに招き入れられて、小さな箱庭といった風情の、きれいに整えられた庭へと入る。
庭に置いてあるテーブルとイスで待っていろと言われて、おとなしく待っている。木でできたテーブルは外に野ざらしの割にはきれいな状態だ。というより、地面からテーブルの形に木が生えているのだった。これも魔法で作られているのだろうか。なんとなくそうだという気がする。
手持ち無沙汰に庭を見渡せば、薬草らしき植物が植えられていたり、端の方には家禽が地面をつついていたりと、馴染みのある風景だ。俺も村にいるときはこんな風に生活していた。
思いを巡らせていると、魔女が戻ってきた。片手にはお盆がある。手ずからテーブルに並べたのは、白いお皿に焼きたてのパン、そして温かなお茶だ。
「さ、まずは食べたまえ。どうせ森の中でろくなものを食べていなかったんだろう? 最近パン窯を作ったところなんだ。誰かに味を見てもらいたかったから、遠慮なくどうぞ」
話をするのにまずは腹ごしらえということか。是非もない。
俺は魔剣によって体を維持されているので、何十日食べずとも生きていられる。しかし食べなくても生きられるというのは死なないだけであって、空腹に苦しむことに変わりない。第一食べないことに慣れたくはない。いつかこの魔剣の呪いをなんとかした後、まともな人間として村に帰りたいからな。
第一、誰かが作ってくれたものを理由なく断るのは失礼なことだ。俺はそういう礼儀とかをちゃんとしようと心を入れ替えている最中なのだから。
「パンは久しぶりだ。いただきます」
丸いパンはまだ温かい。かぶりつくとバターの香りが鼻を抜ける。柔らかくて噛み応えはあまりないが、その分食べやすい。次の一口までの時間が短くできるのはいいな。だが小さなパンだからすぐになくなってしまう。仕方ないのでお茶を飲む。こちらも香りがいい。なんとなく甘みを含んだ匂いを丸ごと飲み干す。うまい。
「……あっという間だね。私はまだ一口目だよ?」
「うまかったぞ。焼きたてってのはやっぱりいいな」
「そ? ならよかった」
魔女は嬉しそうに笑う。初対面では硬い印象があったが、思いのほか人懐こい性格らしい。ちんまりとちぎったパンを食べる姿は育ちの良さも感じさせる仕草だ。
ところで今気づいたが、これは昼食だな。そう考えると会話する間もなく食べきってしまったのはちょっと礼儀的に駄目だったかもしれない。ちゃんとしようと思っている割に抜けている。
しかし魔女はあまり気にしていないらしい。のんびりとパンを小さくちぎって口に運び、たわいもない話をしている。
「ここは森の中心部に近いから、薬草の育ちがいいんだ。知っているかい? 魔女の育てる薬草はね、地面の魔力を吸って薬効に変えるんだ。だからこの森のように何百年と魔力を溜め込んだ森で育った薬草はすごい効果があるんだ」
「魔物避けはしているけれどね、時々小さい魔物がすり抜けてくるここがあって。いたちだと思うんだけど、この間も鶏を2羽持ってかれてしまった。全く、大損害だよ」
「このテーブル、いいだろう? 自然にこの形になったんだよ、信じられるかい?」
俺は相槌を打つばかりだったが、魔女はそれなりに会話として楽しんだらしい。俺は鈍い方なのであまりそういうことを感じたことはないんだが、やはり一人で暮らしていると話をしたくなるもののようだ。
「ところで、300年生きていると聞いたが本当なのか?」
「……そういうこと、聞く? 女性の年齢確認は気を付けるべきだって、誰にも習わなかった?」
一気に目つきが鋭くなった魔女に冷や汗をかく。確かに、昔妹から注意されたことがあった。だがここまで機嫌を悪くするものだったとは。
「あいにく、私はそこまで生きているわけではないよ。代替わりしたばかりだからね。でも先代はそのくらいは生きていたはずだよ」
「もう亡くなられていたのか……」
「いやいや、まだ生きているよ。代替わりしたと言っても私が一人前として認められたってだけの話さ。誤解させて悪かったね。先代は自由な人でね。今はどこでなにをしているやら」
まだ生きているのか。どちらかといえばその年の功を当てにしてやってきたので当てが外れた形だ。
「キミこそ、歳はいくつなんだい?」
「俺か? 俺は……22か?」
「知らないよ、そんなの。まあ22なら、私の2つ下だね。年上は敬うことだ」
あまり豊かではない胸を張って、俺へとマウントを取ってくる。
旅の間は日付感覚がかなりあやふやになるから、もしかしたらそれ以上かもしれないが、わざわざ言うことでもない。しかし自分で歳を答えるなら、なんで機嫌を悪くしたんだ?
ただ機嫌が直ったのは助かる。そろそろ本題に入りたかったからな。
「フィオレッタ、魔剣について知っているか?」
「魔剣、魔剣ねぇ。……気がついていたよ。明らかに尋常ではない気配があったからね。逆に聞くけれど、キミは魔剣についてどのくらい知ってる?」
「命を吸って力に変えること。所有者に付きまとって、どんなに離してもひとりでに戻ってくること。命を吸わせろとうるさいこと。あとは、切れ味がいい」
「実際の魔剣についてはまあ当然知っているよね。じゃあそのうるさくしているのが何者かってことから始めようか。
フィオレッタは一口お茶で口を湿らせた後、魔剣について俺の知らないことを語りだす。しかしどこか楽し気だ。
「魔剣とは、悪魔が封じられた剣のことを指す。特殊な鉱山から選び出された無垢の銀に、考える限りの封印の魔法をかけた後、剣として打ち出すことで封印の剣が出来上がる。そうして作られた封印の剣で悪魔の心臓を突き刺す。そうすると、悪魔は剣の中へと封印される。不死の悪魔を無力化する唯一の方法として考え出されたのが始まりだ。魔剣と呼ばれるようになったのはその後の話になる」
「封印しきれなかったということか?」
「封印は出来ている。ただ、悪魔が死んだわけではないというのがミソだね。封印は悪魔自身に深く結びつくから、封印の剣──というよりもすでに魔剣だね、魔剣から解放されることはない。だけど、意識はある。悪魔は身動きできない分、身動きできる使い手に干渉するんだ。悪魔の価値観に基づいて、悪意をまき散らせってね」
「俺の魔剣はどんなやつが封じられているかわかったりするか?」
「……悪魔の力は強大だ。封印されているとはいえ、私たち魔女に匹敵するような力を振るう。歴史上確認された悪魔は11体。そのどれもが災厄と呼ばれるに相応しい事件を引き起こしてきた。疫病をまき散らしたり、暗殺や計略で戦争を引き起こしたりね。面白半分で国を滅ぼすような存在だったと聞いているよ」
俺の質問は無視された。だがフィオレッタなりに話の組み立てがあるのだろう。横入りは許さないというわけだ。多分。
それにしても悪魔とはそうとうな悪だな。丸太に刺したまま放り出していた魔剣を横目で見る。確かになんでもいいから殺せとなり続けるのは悪魔に相応しい發言である。
「悪魔は死なない。曰く、別世界の生き物だから、私達の力では彼らに届かない。だから封印という方法を取った。死ななくても、動けなくさせればいいってことだね。ただ誤算もあった。先に言ったとおり、封印の剣と悪魔が強く結びついた結果、悪魔の力を持つ剣、つまり魔剣が生まれたということ」
静かにフィオレッタが息を吐く。俺と同じように、魔剣を見つめる。
「魔剣は悪魔と違って、誰でも使える。それがどれだけ恐ろしいことか。私も聞いただけの話ではあるけれど、一本の魔剣が盗み出されたことを端に発して、戦争が起きたこともある。だから魔剣は全て、人の手の届かない場所に隠されている。封印の剣を、さらに封印しているってわけ。──じゃあ、キミの手にあるその魔剣は一体何なんだろう?」
***
「知らん。気が付いた時には俺の手にあった」
「魔剣による干渉かな? 使い手に対して精神干渉をすることもあるらしいから、キミを動かすためになにかしたのかもしれないね」
頭の中を勝手にいじられるなど、看過できない。が、今更何ができるわけでもない。せめてもの仕返しとして、丸太に刺したままの魔剣を蹴とばしておく。
しかしそうなると、俺の魔剣も誰とも知らない場所に隠すという手段を取ることになるのか。勝手に俺の手に戻ってくるのに?
「こいつは海の底に沈めても、土の中に埋めても気が付けば俺の手に戻ってくる。他の魔剣はどうやって誰の手にも届かないところに封印している?」
「……申し訳ないんだけど、そこまでは私も知らない。私の生まれるはるか前の話だからね。でも多分先代は知っていると思う」
となれば先代とやらに話を聞く必要があるか。フィオレッタでも居場所は知らないということだし、まずは探すところからか。
「分かった。ありがとう。世話になった」
テーブルを立ち、さっさと探しに行くことにする。が、フィオレッタが慌てたように立ち上がる。
「待って! 待ちなさい! だからなんですぐに出ていくって発想になるんだ! 私の師匠なんだよ? ここにいれば連絡がくるとか考えないのかい!? それに師匠が残した資料を見ればもっと詳しいことだって分かるかもしれないよ! だからもう少しここで話を聞いていきなさい!」
彼女は顔を真っ赤にして一息にそう言い切った。
それを見ていて思ったことがあったので、特に悪気もなく口から問いがこぼれた。
「寂しいのか?」
「ば!」
ば? 口を開けたまま耳まで顔を赤く染めて固まっている。これはあれか、図星を突いたのかもしれない。
昔、妹が突然村をぐるぐると走り出したことがあった。その時に太ったのかと聞いたら、あんな風になっていた。そして、その後こんこんと説教をされた。懐かしい話だ。
「……いいかな、ゴート。ちょっと座りなさい。私のことについて、君は思い違いをしていることがあるようだから、ちゃんと説明をした方がよさそうだと私は思ってね。いいかい? いいから、座れ」
ああそうだ、こんな風にだった。
結局フィオレッタは日が傾くくらいまでひたすらしゃべり続けていた。長いのでまとめてしまうが、先代が家を出てから、人と接することがなくなって寂しかったらしい。思い違いでもなく、事実そうだったようだ。だがフィオレッタはそれを認めたくなかったらしく、ひたすらけむに巻こうとして失敗していた。使い魔を増やして寂しさを紛らわそうとしたが駄目だったと、自分で言っていたから間違いない。
ともあれ、俺の魔剣がどうも身元不明であることは分かった。だがそれはそれとして、魔剣のうっとおしい干渉を防ぐ方法はないだろうか。改めてそういう方法もあるのかもしれないと思い至ったので聞いてみた。
「魔剣のささやきをどうにかする方法はないか?」
「え、ええっとちょっと待って。いきなり真面目な話に切り替えるのはやめて。頭が混乱するから」
「真面目じゃない話を続けてたのはフィオレッタで、俺は初めから真面目だが」
「もう! いいよ、まず一つ考えがある。それを試してみよう」
「ただし!」
人差し指を俺の顔に突き付けて、フィオレッタが続ける。
「その間、キミは私の話し相手になること。それができる?」
その条件に拍子抜けする。はっきり言えば破格だ。ここに来るまでに聞いた魔女の噂では、願いと引き換えに相応のものを差し出さないとならないという話だった。だが代替わりしたばかりだというし、先代とは方針が違うのかもしれない。そうであるなら、お得な話には乗るべきだ。
「できる。ただ、森の魔獣を殺す許可が欲しい。俺は人も、フィオレッタも斬りたいとは思っていない」
「私もキミに斬られたくはないかな。いいよ。魔剣をおとなしくするためなら、好きにやるといい」
そう言ってもらえるなら一安心だ。はっきりって、こんなに魔獣の多い森はそうはない。だからフィオレッタの家に厄介になるとしても、以前の様に魔剣の飢えに頭をやられることはないはずだ。
「助かる。……あそこにある倉庫をしばらく借りるぞ。そこで寝泊まりさせてもらう」
「え、倉庫なんてやめなよ。誰も使ってない部屋を貸してあげるから、そこを使うといい」
「いいのか?」
「部屋の中を荒したりしなければね」
どうもフィオレッタは、その手の知識がほとんどないのか、それか自分にかかわりないものだと思っているらしい。
それなりの年齢の男女が同じ家に住む場合に起きうるあれやこれやを考えていないようだ。単純に話し相手が出来ることにはしゃいでいる。
試しに、そのしなやかな体をじっと見つめてみる。
「ん? どうかした?」
視線から身を隠すでもなく、一切の警戒がない。これはダメだろう。先代とやらも、魔法や歴史だけではなくこの手の教育もしておいてもらいたかったものだ。何をするつもりもないが、俺という男を前にこの無警戒さというのは良くはない。一応警告をしてみる。
「男は狼だ」
「キミは人間だろう? 何言ってるの?」
まあ、ようやく見つけた魔剣から解放されるための協力者だ。一時の衝動に任せて馬鹿なことをするつもりは一切ない。
が、時々眺めるくらいなら罰も当たるまい。妹も隙を見せる方が悪いと、ご飯の時に俺のおかずをかすめ取りながら言っていた。
「それじゃヤギさん、これからよろしく」
「狼よりは近いな。よろしく頼む」
招き入れられて家の扉をくぐる。ああ、なんとも懐かしい。
いつかは俺もこんな風に、なじみ深い自分の家に帰るのだ。最近は全く人との交流するための能力がだだ落ちしていたことも事実。いつか村に帰るならば人としての交流と経験を積むにこしたことはない。
まあなんだ、それもこれも全部言い訳だ。
なに、フィオレッタのことは言えない。俺だって、寂しかったのだ。
読んでいただき、ありがとうございました!
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