角の生えた野猿の腕を魔剣で切り払う。襲い掛かってくるのは俺の身長の倍ほどもある野猿である。それが無数に木の上からはやし立てるように鳴き声を上げている。はっきり言って不快だ。
野猿の腕は太さ力強さも俺とは比較にならない。木から飛び降る勢いで、かすめるように俺を捕まえようと腕を振るってくる。万一掴まれたら、たとえ掠っただけでもただでは済まない。
だから猿共の手が届かず、俺の魔剣が届く場所へと細かく位置取りを行う。振るってくる腕の先、指から切断していく。たまらず悲鳴を上げて木の上に引いていく野猿だが、いつまでたっても逃げ出す気配はない。
そもそも野猿というのは基本的に群れで生活し、リーダーが戦いも撤退も決めるものだ。だから今指を切り落とした野猿がリーダーでない限りは戦いが続く。
先兵がリーダーであることは当然ないので、木々の上から俺を獲物としてみる視線が外れることはない。人間は地面で生活する生き物だから、上から襲い掛かられると反応が遅れる。集団相手ということもあり、完全に無傷というわけにはいかない。
幸い俺の手には魔剣があるから、殺した野猿の命で俺の傷が回復させられている。つまり多少傷つこうとも負けることはない。もちろん傷つくのは痛いし、傷つけたいわけでもないからさっさと野猿どもは俺に殺されてほしい。
なぜ猿共と戦っているのか。それはフィオレッタからの依頼があってのことである。俺がフィオレッタの家に居候を始めてから半月ほど経過したころ、森が荒れていると言い出したのだ。
なんでも、森の中に住む野獣が突然減少して、魔獣同士の縄張り争いが活発になっているらしい。なるほど、空いた領地を誰が貰うのかという人間でもよくある争いだ。
しかし魔獣は基本的に長生きだし、普通はこんな風に争いが激化することはなく、もっと緩やかに行われるものだという。
「つまり、何かしらの原因があって、森のバランスが崩れている。それは理解してくれるね?」
「ああ。いきなり魔獣がいなくなってしまったのが悪い。どこに行ったんだろうな」
フィオレッタが俺をジトーっと俺を見ている。ああ、そういうことか。
「俺か」
「よくできました。そう、キミだよ。私のところに来るまで同じ場所でずっと魔獣を倒していただろう? それが原因だ」
確かにだんだん襲ってくる魔獣が少なくなってくるなと思っていた。それが単純に同じ場所にいる魔獣を皆殺しにしたからだとは思わなかったが。
「そのせいで、厄介な魔獣がこの家に近づいてきてるんだ。キラーエイプって言って分かる?」
「サルだな。だいたいわかる。そいつらを殺せばいいんだな。行ってくる」
「待った待って待った! もう! なんですぐ行動始めようとするの! 私が説明している途中なんだから最後まで聞いてからにしなさい!」
確かに説明の途中だったな。俺は反省した。
椅子に座り直す。それにしてもフィオレッタの家の中は不思議と居心地がいい。椅子がやや低いこと以外は何一つ問題がない。そのうち自分用に木工でもしてみるか。駄目とは言われないとは思うが、一応家主の意見は聞いておく必要があるな。
「キラーエイプをね、この家の近くから追い払ってくれればいいんだ。見せしめに何体かを倒す必要はあるけど、頭のいい魔獣だから、キミが厄介な相手だと気が付いたら引くはずだよ。一度でも家にまで来られると、餌場として目を突けられかねないから、急いで追い払わなければならないんだ。都合よく使っちゃって悪いけど、原因はゴートでもあるし、お願いするよ? ああ、私はようやく魔剣のささやき抑制について準備が始められそうだから、色々することがあって外出は難しいんだ」
「分かった。俺もこの家が荒らされるのは嫌だ。じゃあ行ってくる」
つまりそういうことだった。
***
そうして野猿ども、キラーエイプか、に遭遇して戦い始めたというわけだ。適当に森を歩いていれば寄ってきてくれるのだから助かる。
しかしすでに3体ほど斬り殺しているが、今のところ奴らが引く様子はない。恐らくだが、フィオレッタは魔獣というものをあまり知らないのだ。
魔獣は人間を格上だと見なすことはない。なにせ自分たちと比べて体は小さいし、俺は一人だから。野性の世界では、でかいか多いのが強さだ。俺はどちらでもない。だから魔獣には俺、というよりは魔剣の恐ろしさを知覚できないのだ。
「まあ、ボスを殺せばその意識も変わるだろう」
すでに目星は付いている。野猿を斬るごとに、他の野猿が視線を向ける方角。そこにボスがいる。ひと際でかく、角も立派。なんのために生えているのかはわからない角だが、判断しやすいから助かる。
これまでの戦いで俺は魔剣を振るってきていて、やつにもこいつの脅威が分かってきているようだ。だがそれでもその理解度は爪の代わりに剣を振るう。その程度だろう。
次第に間合いに入らずに距離を取るようなしぐさを見せ始めているから間違いない。
だが、逆に距離さえとれば安全だと奴らは勘違いしている。サルには理解が及ばないようだが、人間の武器は投げられるのだ。奴らの爪や牙と違って。
攻撃がひと段落したタイミングを利用して、ボス猿に向けて軽くステップを踏む。足を踏み込み全身の筋肉を一つの投石機、ならぬ投剣機のごとく扱う。右腕から飛び出す魔剣は猛烈に回転しながら一直線にボス猿へと向かう。魔剣による身体強化をされた俺が全力で投げたのだ。瞬きするほどの時間もかからず、ボス猿の喉に魔剣が突き刺さる。
魔剣は命を奪って力に変える。ボス猿の命を吸い上げ、作り上げたのは距離を問わぬ剣戟。この野猿どもは厄介だ。フィオレッタに危害を加える可能性がある。だから皆殺しにした方がいい。
魔剣へ向けて拳を握る。それで終わりだ。ボス猿に突きたった魔剣を中心に、すべての野猿へと見えない刃が飛ぶ。野猿の首、そのことごとくが切断され、あふれ出した命が魔剣へと吸い込まれていく。刀身に描かれた赤い紋様が歓喜するかのように激しく踊る。頭に響く声は更なる血を求め騒ぎ出す。
「本当に、クソみたいな剣だな。いいから戻って来い」
もう一度手を握ると、魔剣が手元へと返ってくる。決して使い手から離れないのが魔剣だ。どこに捨てようと戻ってくるのだ。投げた程度で離れるわけがない。
命を吸い取られた野猿たちは、ほとんど塵の様に乾いて散っていく。森や俺の体が血まみれになるということはないが、何もかも消えてしまうのはやはり寂しい。俺の前の魔剣の使い手がどうなったかは知らない。だが、最後には魔剣にすべてを吸い取られて消えていくんだろうという気がしている。
俺もいつかはああなる。だから、何とか魔剣を処分する方法を探さなければならないのだ。
フィオレッタの家に居候しているのもそれが理由だ。彼女の話し相手になる代わりに、魔剣の処分方法を考えてもらう。まずは魔剣のささやき──殺戮衝動を抑える方法に心当たりがあるというので、その準備中だ。全く持って俺にばかりいい条件なので、できる限り彼女の要望に応えるし、こうやって危険はできる限り取り除くことにしているのだ。
ちなみに普段は薬草畑の雑草を毟ったり、鶏共の世話をしたりとかしている。意外と喜んでくれるからやりがいがある。昔父の手伝いでよくやっていたから、割とその手の作業は得意なのである。
***
フィオレッタの家に戻ると、見慣れない大きな鳥が家の屋根に止まっている。でかい。片方の翼だけで家を覆い隠せそうだ。そんなのがなぜ?
びくりと体を止めた俺に対して、鳥の目は穏やかだ。敵意はなく、むしろ理性を感じる。今にもしゃべりだしそうな賢さまである。……まさかしゃべらないだろうな?
「おつまみ!」
しゃべった! 正直度肝を抜かれた。心を読まれたかのようなタイミングでしゃべられればこうもなる。慌てて家に駆けこむ。
「フィオレッタ! 鳥がでかくてしかもしゃべる!」
「あ、おかえり。ふふ、びっくりするのは分かるけど、先代の使い魔だから安心していいよ。それと、覚えた言葉を鳴き声にしているだけだから、そんなに驚かなくても大丈夫」
「そ、そうなのか? でもおつまみって……」
「それこそ普通の会話でいきなりそんな単語話さないでしょ? 先代はお酒が好きだったから、私によくおつまみを作れってねだっていたんだよ。そうすると自分もおまけが貰えるからって、おつまみって言葉だけ覚えたんだね。ちなみに名前はぽぅちゃんだよ」
そうか。ぽぅちゃんは人騒がせな鳥だな。確かにフィオレッタが作る料理はうまいから、おつまみをねだる気持ちは分かる。
「なら、俺にもそのうち作ってくれ。それと猿の相手は終わった。もう問題はない」
「別にすぐ作ってあげるけど? おさるさん退治のお礼さ」
原因が俺だから礼も何もないが、単純に作るのが好きなのだろう。今だって鍋の前から離れようとしない。
なんとなく、母もこんな風に料理中は決して台所から離れようとしなかったのを思い出した。
こいつはいい奥さんになるだろうな。
「で、ぽぅちゃんはなんの用があってきたんだ? つまみを取りに来たわけでもないだろう?」
「んー、そうだね、ゴートにも関係あるから、夕ご飯の時に説明するよ。今はちょっと手が離せないから」
「分かった。俺はぽぅちゃんに餌をあげてみる」
え? という声を残してさっさと家を出る。あのくらいでかい鳥なら、俺が乗っても飛べるかもしれない。なら餌付けをして慣らすことが重要だ。改めて鳥の姿を見て見る。
よく稲穂の残りをつついている小さな小鳥、それの大きい版だ。こんなに大きくなる鳥だったとはな。やはり旅に出てよかった。こういう話も帰ったらみんなにしてやらないと。
特に父はこのてのとんでも話が好きだ。きっと喜んでくれる。
実は猿討伐の帰りにフィオレッタへの土産としていくつか木の実を取ってきていた。魔獣が跋扈する森なだけあって、木の実一つとってもバカでかいのが生るのだ。
これなら同じくでかい鳥だって満足するだろう。そのうちの一つを頭に掲げてみる。さすがに屋根に上るのは怒られる気がするから、あちらから来てもらいたいのだ。
「ん、そうだ。お前が好きそうな木の実だ。ほれ、お前のためにあるぞ」
頭の上でゆっくりと揺らしてみる。ぽぅちゃんは完全に目が釘付けだ。先代とやらの使い魔なら、この辺りに住んでいたんだろう。この実の味もよく知っているはずだ。
鳥は翼を軽く広げて、いつでも飛べる姿勢を取っている。さあ、今すぐ行くぞ。一気に空へと木の実を投げ上げる。
鳥はその瞬間に屋根を蹴りだし、木の実へ向かって一直線だ。
空中で器用に木の実を捉え、くちばしでつまんだ。そのままパキンと殻が砕かれ、木の実の中身だけど器用に呑み込んでいる。飛びながら、器用なことだ。
そして行きとは打って変わって緩やかに地上まで下りてきて、定位置である屋根の上へと着地。思わずおお、と歓声を上げてしまった。ぽぅちゃんもなにやら満足げだ。
だがその機嫌のよさもそこまでだった。なぜなら怒り心頭のフィオレッタが家から出てきたためである。勢いよく飛び出したということは、その反動は地面に、つまりフィオレッタの家に直撃するわけで。大事に手入れをしているとはいえ、先代が建ててからそれなりの年月が経っている。バカでかい鳥の蹴り脚で家屋が壊れる可能性だってあるのだ。
そのお説教を俺とぽぅちゃんは神妙な顔をして聞いている。悪いことをした。その自覚があったからだ。
「もう! 二度としないこと! いいね!?」
その言葉に二人してこくこくと頷き、フィオレッタは家に戻っていく。扉が閉まった後に、同時にため息をつく。なんというか、餌をあげるよりもよほどこの鳥と思いを通じ合わせたように思う。
フィオレッタ、怒らせるべからずだ。