ぽぅちゃんなる大きな小鳥がやってきた日の晩。
夕食はビーフシチューであった。肉などどう調達しているのかと思ったが、時々フィオレッタは街まで出かけているとのこと。まとめ買いして、地下の氷室に蓄えているらしい。
「次に行くときは俺も行く。荷物持ちは得意だから、任せてくれ」
「ふふ、じゃあ頼らせてもらおうかな。そうか、手伝ってくれるというなら、お肉だけじゃなくて小麦をまとめて買うのもいいかもしれないな」
「パンを焼いてくれ。あのくるくるした奴。あれがいい」
「そう? じゃあまた焼くよ。ゴートはよく食べるから、たくさん買っておかないとね」
かれこれ半月ほど居候を続けているが、俺とフィオレッタとの食卓はおおむねこんなものだ。明日は何をする、どんなことをしたい、俺には何を手伝ってもらいたい。俺はどちらかと言えば口下手だから、フィオレッタからすれば物足りない話し相手かもしれないが、それでも毎日尽きることのないおしゃべりを聞かせてくれている。
基本的にフィオレッタの人付き合いは狭いようだし、年下(大した差ではないが)相手というのも気安さがあっていいのだろう。
普段通りの話の後は、普段通りではない話に移る。当然今も屋根の上で羽を休めるでかい鳥、ぽうちゃんのことだ。
「ぽぅちゃんはね、先代が育てた子なんだ」
「あんなに大きくなるものなのか? 俺の村じゃ手のひらサイズだったと思うんだが」
「ふふ、さすがに普通に育ってあんなに大きくはならないよ。あの子は特別。先代がひなから育てていたからあそこまで大きく育ったんだ。言ってみれば、私のお姉さんだね」
そもそもメスだったのか……。しかしお姉さんというには貫禄がない。いや、一緒になってフィオレッタに怒られたから、その印象に引きずられているだけか。しかしずいぶんとお説教慣れしていた感じがしたから、フィオレッタの師匠がいたころからそんな感じだったのだろう。姉だとは言うが、随分妹に尻に敷かれていそうだ。
「たまに用もないのに遊びにきたりするから、多分私が一人でやっていけるか心配しているんだと思う。結構心配性なんだ」
「お姉さんなら当然だな」
「そう? うん、そうかも」
嬉しそうに、はにかんでいる。家族の愛情を感じるとそうなるよな。わかる。
「それでね、ぽぅちゃんには先代──つまり私の師匠なんだけど──師匠を探してもらおうと思って呼んだんだ。一応先代が残した資料は当たってみるし、キミの魔剣を抑制する方法を私なりに試してみるつもりでいる。でも他の魔剣を実際に見たことのある人の話は聞いておきたいからね」
「ぽぅちゃんなら見つけられるのか?」
「伊達に私のお姉さんじゃあないってことだよ」
「そうか。先代は元気なのか? その、かなり長生きだという話だが」
「うん元気だとも。たまにだけど手紙をくれることがあるからそれは分かってる。今は冒険者のまねごとをしているようだよ。ギルドに入ったなんて書いててね、みんなに頼られているみたいだ。それがどこのギルドなのかとかは全然書いていないから、こっちから探すのはぽぅちゃんに頼らないとなんだけどね」
「ギルドに冒険者か。なんか楽しそうでいいな」
「キミもやっぱり冒険者に憧れるクチか。じゃあ今度買い出しに行くときには、街のギルドを案内してあげるよ。私も時々お世話になっているから、ゴートも顔出した方が色々助けてもらえると思う」
ならお願いすることにしよう。にしても、冒険者か。昔村でも何度か見たことがある。旅装束に身を包み、剣や槍、魔法の杖とかがかっこよく見えたものだ。
「あれ? というか、ゴートって色々旅してきたって言うなら、冒険者として登録していると思ってたんだけど、違うのかい?」
「違う。魔剣で人を殺したくなかったから、できる限り魔獣を相手にしていた。だから人里から離れた森の中ばかり歩いて、そういう所に寄ったことはない」
「……でもそんなに衝動に駆られているようには見えないけど?」
「この森で魔獣をさんざん切ってるからな。先に言っておくが、俺が何も言わずに姿を消したらかなり不味い状況だと思ってくれ。もし俺を見つけても絶対に近づくなよ。俺はフィオレッタを斬りたくないからな」
フィオレッタが真剣な表情で頷く。こればかりは本当に、本当にだ。今までの経験的に、魔剣に血が足りなくなると魔剣の声が大きくなる。
だんだんと声の感覚が短くなっていき、気が付くと魔剣を強く握りしめるようになる。そこまで来るとはっきり言って相当まずい。前に一度そこまでなったのはだだっ広い荒野で、俺以外の生き物がいない場所でだった。偶然遭遇したのが魔獣でなくて人間だったら、俺は戻れないところに行ってしまっただろう。だから俺は岩トカゲにすごく感謝している。斬りごたえもなんだかよかったし。
そんなことをつらつらと語る。フィオレッタはもの珍し気に、そして真剣に聞いてくれている。
「やっぱりその声を抑えないと話にならなそうだ。文字通りね! この間も言ったけれど、それについては試したいことがあって準備をしていたんだけれど」
「期待している。」
「ん、期待してて。……ね、私がなんで森の魔女と呼ばれているかは知っているかな?」
森に棲んでいるからじゃないのか? その考えがまるっと表情に出たのか、フィオレッタが若干あきれ顔になる。
「ちょっとだけあってるのが嫌だなぁ。……魔女というのはね、自然との強い結びつきを持った人間のことなんだよ。私は森との結びつきが強いから、森の魔女。たとえ町に住んでいたとしても、森の魔女。そう呼ばれることになる」
「なら荒野との結びつきが強ければ荒野の魔女か?」
「うーん、どうかな。今までそう呼ばれた魔女はいないけど、もしかしたらいつかはそんな魔女が現れるかもしれないね」
しかし嫌な考えが頭に浮かんでしまった。結びつきの強いものの名前が冠されるのが魔女。そのルールに従うと、俺の場合には魔剣の魔女ということになってしまうのでは?
「それはないね。魔女の文字をよく思い出してごらん? 女って文字が入っているね? キミは男の子だから、魔女のルールは当てはまらないよ。わかったかな?」
考えを見透かしたのか、俺が何を言うまでもなく否定してくる。にこやかに笑うフォオレッタ。俺を年下だと知って以来、こんな態度をとる様になってしまった。
いい年してお姉さんぶりたいのだ。なにせほとんどこの森で育ったお嬢様育ちである。普段の付き合いも先代の知り合い限定だったそうだから、年下というのが珍しいのだろう。まあ、俺も長男だったから、年下扱いってのは新鮮でちょっと楽しくもある。
「で、魔剣をどうすれば黙らせられるんだ?」
「月光樹という樹の樹液を使う。月の光を一番効率よく、たくさん蓄えることが出来るんだ、その樹液は。月の性質は静謐。物事を穏やかに、静かにする。そして森の魔女である私は、植物の効果を高めることくらいはお手の物。つまり、その樹液を使えば、魔剣のささやきをキミに聞こえないくらいにに静かにさせることが出来る、というわけ。……まあ多分できる。できると思う」
「なるほど……。魔剣に樹液を塗ってやればいいわけか」
「……いや、キミがそれでいいなら構わないけど、毎回塗ったりするのは効率が悪くないかな? 私は樹液を固めて鞘にしたらどうかなって思っていたんだけど」
確かに。
「もうすぐ満月か。もしかしてそれを待っていたのか?」
「うん。月光樹の樹液に一番月の光が溶け込むのは満月だからね。それも夜明け前が一番いい。樹液を月の光が満たしたら、私が魔法をかける。森に上る月、そして魔女。素敵だろう? キミの魔剣だって口を閉じるさ」
「魔女であっても、魔剣にはてこずるのか?」
「さあどうだろう? 魔剣は元々が悪魔だという話はしたね? なにせ世界外の存在が相手だから、どうなるかはやってみてのお楽しみかな。でも、この世界最高の魔法使いが魔女だよ。森の魔女の名に懸けて、どうにかして見せよう!」
大きく胸をたたく。しなやかな身体に揺れるものはないが、俺の心に温かい気持ちが溢れる。
「分かった。苦労をかける」
「いいってことさ。私も魔剣について調べさせてもらっているし、キミにも楽しませてもらっているからね」
「そうか。なにか手伝うことはあるか?」
「そうだね、私が寝ないように見張っててもらおうかな」
本気で言っているのか、はたまた冗談か。フィオレッタの楽し気な表情からすれば冗談だろう。
初対面では割とスンっとしていたが、この半月で大分態度がこなれてきている。むしろいたずら気質の方が本質な気がしている。
見た目も性格も全然違うけれど、それでも妹に似ているなと、こういう時に思う。そして経験則から言って、俺に勝ち目はない。
「ああそうだ、鞘を作るから、何かしら型を用意したいな。ゴート、普段キミが魔剣を刺している丸太があるだろう? あれの穴を広げたりはできるかな?」
「できる。それだけでいいのか?」
「今考えているのは、広げた穴に樹液を流し込んで、魔剣を刺した状態で固めること。完全に固まった後に、丸太を割れば樹液の鞘が簡単にできるかなって思ってさ。最後に樹液の外側を磨いて、布か何かできれいに覆えば鞘の出来上がりというわけ。どうかな?」
樹液で出来た鞘か。なんとなく、いい感じになりそうだ。魔剣に使うにはもったいない気もするが、魔剣でもなければ必要のない作業でもある。
「それと、あくまで君に届くささやきを静かにするって言うだけだから、根本的な解決ではないからね? 私の込めた魔法は途切れることはないけれど、月の光は必要だ。出来上がった後も、基本的に夜は月に照らしておくこと。もし月の光を使い切ったら一から作り直しだから、ゆめゆめ忘れないこと! いいね?」
「忘れない。夜は月に照らす。絶対に」
***
食事も終わり、自室へと戻る。窓から顔を出せば、真上にはぽぅちゃんの頭。なんとなくまだ寝る気分ではなかった。
フィオレッタにはいろいろと世話をかけてしまっている。どうにかこの恩を返す方法でもないだろうか。そんなことを2階の自室(元空き部屋)からぽぅちゃんに聞いてもらったら、うんうんと頷いてくれて、おつまみと一声。なぜか、できることをすればいいよと、そう言われた気がした。
伊達にフィオレッタの姉ではないのだな。その考えを見透かしたように、ぽぅちゃんはピヨリとキレイな声でさえずるのであった。
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