魔剣Z ~語られぬ魔剣と魔女の魔剣討滅記~   作:朝食付き

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4-1.街に行こう!

 ざりざりと、庭で新しく作り出した魔剣の鞘を削っている。月光樹の樹液にフィオレッタの魔法をかけてもらい、それを木型で固めたのがこの鞘だ。

 

 効果は抜群で、俺の盛大な寝坊がその効能を現している。が、木型から抜き出したばかりの状態では、表面はざらざらで見た目が良くない。

 それに何かと引っかかりやすく、机にかけているテーブルクロスを引っ掛けてしまったり、それなりに不便である。だから表面をナイフで削り、荒布で磨いている。適当に布でもまけばそれでいいかと思うのだが、そうすると月光に当てにくくなる。

 

 魔剣のささやきを鎮めるこの鞘は、月の光によってその効果を成すのだ。少しでも長持ちさせるためには、日々の手入れが必要で、それが毎夜月の光を当てることなのだ。布を巻いたら毎回ほどくことになるし、結局布が引っかかるという問題は付いて回る。ならさっさと対処するのが賢い方法というものだ。

 

 地道な作業を繰り返す俺の前に、フィオレッタがいつもとは少し違う服装で現れた。真っ黒で裾の長いドレスばかり着ているのに、今は黒というよりは濃い目の灰色で、スカートも膝を隠す程度とやや短い。

 

「何かあったのか?」

「これからあるんだよ。さ、今日は街に出かけるよ。用意をしたまえ」

 

***

 

 ザクザクと藪を漕ぎながら、森を歩く。横には森の魔女フィオレッタ。身体中に葉っぱや木の枝をつけている俺とは対照的に、その服には汚れひとつない。

 森の魔女へと森が危害を与えることはない。樹齢100年を超えていそうな大樹でさえ、フィオレッタが歩けば道を譲る。固い幹をしなやかな若木のように反らせて無理矢理にでも進路を開けるのだ。

 

 残念ながらその特権はフィオレッタだけのもので、俺はこのように無理矢理鬱蒼とした森を掻き分けなくてはならないのだが。

 

 それでも街への訪問ということで、俺はかなり気分が高まっている。なにせ、魔剣が常にうるさくささやき続ける状態ではろくに人前に姿を現すことでさえそれなりの危険があった。魔獣をたくさん殺した跡であれば殺しへの衝動は緩和されるが、人里にそんな大量の魔獣は普通現れない。よって街に行く場合、魔剣の殺せというささやきに頭をやられながら過ごすことになる。気を抜くと往来で魔剣を抜きかねないのだ。そんな状態で街を散策なんてできやしないのだ。

 

 だが魔女の森で存分に魔獣を殺し、さらに鞘によるささやきの低減が実現した今、街を歩くことも十分に実現可能となったのだ。元々小さな村の出だから、大きな街に憧れがある。街中を優雅に散策なんて、すごくいい感じじゃないか? 気分も上がろうというものだ。

 

 さらに言うならば、俺という居候が増えたことで食糧の消費が早まっている。森で獲れるようなものならばどうとでもなるが、お肉や香辛料は難しい。よって調達が必要だ。

 俺は魔剣によって強制的に生かされるというのもあり、別に食べなくても死ぬことはない。だが、人間らしさを保とうというのなら食べずにいるのはよろしくない。だんだん人から、魔剣を振るうだけの存在に落ちていく気がするのだ。ひたすらに無機質な日々は、俺という人間を削っていく。

 

 しかしフィオレッタと共に暮らす日々は、俺をゆっくりと人間に戻していくような温かさがある。まあ何が言いたいかというと、たくさん食べるようになったのだ。

 

「キミは初めて会った時から人間らしさを振りまいていたと思うけれどね。」

「その前はもっと酷かったんだ」

 

 そう、とフィオレッタはつれない。まあ俺もあまり詳しく話したいわけではない。実際酷かったから、できれば隠しておきたい話題でもある。

 歩きながらの会話が途切れ、しばし沈黙の時間が続く。

 こんな風に話を途切れるのは珍しい。フィオレッタはいつも口を開くと止まらないからだ。

 この変化はいつからか? 家から離れるに連れて口数が少なくなってきたように思う。つまり、街が近づいてくるに従ってとも言えるか。

 あるいは森の魔女というだけに、森から出るのが落ち着かないのかもしれない。

 

 そんなことを考えていたら森の終わりだ。はっきりと線を引いたように森が終わっている。フィオレッタに会いに森へ入った時も思ったが、くっきりと境界線があるというのはいい。ぼんやりといつの間にか森だったというより、明確だからな。森を抜けた先には広々とした草原が広がっている。日差しを遮る木々がなくなっただけで随分と明るい場所に出てきたように感じる。

 

 それにしても、膝よりも高くまで茂っている雑草ですら、フィオレッタのズボンに触れないように目いっぱい姿勢を下げるように避けているのが気になった。森だけではないのか、魔女への忖度は。

 俺はと言えばガサゴソと突っ切るから、ズボンには草切れがつくし歩きにくい。うらやましいことである。

 

「森までじゃないのか?」

「何のこと? ああ、これか。いや、私の力はもっと広いよ。それこそ街だって私の領域内さ」

 

 青々とした緑の中、フィオレッタが指す先には街がある。

 

「私の家から一番近いのがフォリトレ。森に最も近いということでもあるね。だから森の街とも呼ばれている。静かでよい街でね、私も時々買い物に行くんだ」

 

 そう言ったきり、なぜかフィオレッタは立ち止まる。街を見る目には、なんとなく複雑な色が混じっている。なんだ? 会いたくない人間でもいるのだろうか? しかしそれなら素直にそう言いそうなものだが。

 とはいえ食料調達は急務である。空のカバンを背負い直し、口元を引き結んで棒立ちのフィオレッタを促す。

 

「行くぞ。食料と、それにギルドを案内してくれるんだろ?」

「そうか、そうだったね。私はギルド長とは長い付き合いだからね。ゴートのこともちゃんと紹介してあげるよ。ふふ、私も一応冒険者登録をしてあるんだよ?」

 

 冒険者登録。そういうのもあるのか。フィオレッタの師匠とやらが見つかるまでは居候させてもらうことになるわけだが、いつまでも家で庭仕事ばかりというわけにもいかない。外で稼ぐのだ。父だって普段はちゃんと働いていたのだ。俺だって働いて経験を積む必要がある。

 魔剣に呪われてからは仕事どころではなかった。だが、フィオレッタのおかげで冒険者として身を立てられそうだ。本当に足を向けて寝られないとはこのことである。

 

「キミの腕が立つのは認めるけれどね、やはり新入り冒険者は薬草採取からというのが定石だよ。まずはどんな依頼があるのか、どうやって依頼をこなすか、そういう学びが得られるからね」

「勉強になる」

「そうそう、その謙虚な気持ちが大事だよ。間違ってもギルドに屯って新人を威嚇するような冒険者になってはいけないよ?」

 

 いやに具体的なイメージだ。まさかと思うが威嚇でもされたのだろうか? まあ、フィオレッタは見た目にはただの若い女性だから、そういうこともあるかもしれない。いや、そんなことあるか? 女性相手に威嚇はしないだろう。単純に美人がいれば目をやるのが男だ。冒険者なんて男ばかりに決まっているのだから、視線を集めたのを勘違いしたというのがオチな気もする。

 

 調子が出てきたのか、ペラペラと冒険者心得を語るフィオレッタ。お姉さんぶっているかと思えば次は先輩風か。教えてもらっている立場なので別に文句があるわけではないのだが。

 

 しかしフィオレッタの元気は街の入り口につくまでのことだった。流石に街に近づけば往来する人も増える。俺たちのように森からやってくる人間は居なくとも、街道は普通に賑わっているからな。

 門の中に入ると、守衛が街へ訪れた人間を相手を一人ひとり検めている。しかしどうにもフィオレッタの様子がおかしい。先ほどまでの自信満々な雰囲気が薄れ、なぜか猫背になっている。

 

 疑問が膨らんでいくが、ともかくまずは街に入ること優先である。いつになく静かな二人組として列に並ぶ。どうも街の住民や馴染みの行商人ならスイスイ進むようだが、俺のような余所者はそれなりに厳しい問答が待っている気がする。

 

「次。どこから来た? 街に入る目的は? 身分を表すものはあるか?」

 

 いっそ高圧的な態度で門番、むしろ衛士というべきか、鎧を纏った青年が尋ねてくる。フィオレッタは俺の背後から出てこようとしないので、とりあえず俺は自分の分について答えることにする。

 

「森から来た。冒険者になるために。身分を表すようなものは持ってない」

「森から? ……いや、待て。後ろにいるのは──」

 

 その門番が最後まで言い切る前に、別の門番が肩を叩く。

 

「この人らは儂が相手をする。お前さんは次の人らに移っていい。」

 

 はっ、と敬礼一つで次の人の相手に移っていった門番。新たに現れたこの年配の門番は、それなりに偉い人らしい。と、フィオレッタが気付けば俺の横に出てきている。

 

「マーグ! 久しぶりだね」

「どうも、魔女殿もお元気そうで何より。今日はいつものかね?」

「それもあるけれど、こちらのゴートを案内しようと思ってね。冒険者になる予定だよ」

「ほぉ……、魔女殿の推薦とは、期待できそうだの」

「まずは薬草採取から始めるつもりだ」

「そうかい! こりゃアンガスのやつも喜ぶだろうて」

 

 歓談が始まり、促されて行列を離れ、端の方に移る。そしてどうやらフィオレッタが世話になっているらしい門番──マーグに軽い自己紹介を行う。

 

「というわけで、ゴートは私の客人なんだ。今後は冒険者としても、私の使いとしても街に出入りをすることになる。だから通行証を発行してもらえないかな?」

「通行証? 住民証ではなく?」

「私の客人だからね。街に住むわけじゃあない」

「そりゃあ……そうなんだろうが……」

 

 思わずといったふうに俺に視線を移すマーグ。そういう反応になるのもわかる。思わず頷く。正直俺だってどうかと思うが、まあ想像されるような問題は起きていないし、起こすつもりもない。

 

「誓って言うが、客人として真っ当な生活をしている」

「……そうか。ならええ。通行証は用意しておくから、帰りにここによって行きんさい」

「ありがとう、マーグ。よし、じゃあ行くよゴート。ほら、進んだ進んだ」

 

 何とも微妙な表情の俺とマーグが視線を合わせる。このやるせなさは共有できるものだったらしい。一気にマーグとの距離が縮まった気がする。なんとなく同情の視線を背後に感じながらも、門を出る。

 なぜか俺を前に立てようとするフィオレッタに押されてだ。案内するなら前を行くべきじゃないのか?

 

 しかし門を抜けた先の景色に、なんとなく納得してしまう。だってそこは当然街の中、人が暮らす人の世界だ。行きかう人の顔はおおむね明るく、甲高い子供の声や商店の売り込みの声が良く響く。

 正直に言えば、こんなに人が行き来しているのを見るのは相当久しぶりだ。いっそ人の多さに目が回りそうな気すらする。そうか、フィオレッタはこの光景を俺に見せたかったのか。森のそばにある街であるなら、当然フィオレッタとのかかわりだって深い。こんなに賑わった街なら、自慢したくなるのも無理はない。

 

「この街はね、4代くらい前の魔女が作ったらしいんだ。だから魔女に対する尊敬の念が強い。さっきのマーグもね、私を魔女殿と慕ってくれていただろう? 本来は通行証は簡単に発行されるようなものではないのだけれどね、魔女としての信用と実績があればこの通りというわけさ。名産品は薬草を加工して作った薬なんだ。そう、私の畑でも育てているような薬草だね。森の加護はこの街を覆っているからね、普通だと育てるのが難しい薬草も、この街でなら比較的簡単に収穫できるんだよ。そうそう、魔獣はあまりこの街には来ないね。その理由も薬草にあるんだ。傷に効く薬草もあれば、魔獣除けに力を発揮する薬草もあるってわけ。ああ、私の家では育てていないよ。森の魔獣はその程度では怯まないからね。」

 

 時折人目を気にして黙ることはあっても、この街についての話題は尽きることがないらしい。街を歩いているだけでいくらでも事情通になれそうだ。

 

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