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「リーア・ブロードキャスト・コーポが生中継でお伝えします。本日未明、ティターンズ第一三艦隊は地球軌道へ到達。地球連邦軍本部ジャブローへの帰還のため、軍事要塞ルナツーとの最接近を控えています」
暗く凍り付いた宇宙の闇を、無数の光跡が切り裂いていく。
大気の薄青いヴェールを揺らがせ、燃えるように輝く地球を背景に、超大型仮装空母トゥエルブ・オリンピアンズ号を中心としたティターンズの大艦隊が整然と進む姿を、サイド6国営報道局の望遠カメラが捉えていた。
彼らの針路上にはルナツー。戦後間もなくジオンの手によってラグランジュ3から地球軌道上に移され、連邦軍の宇宙進出を阻んできた
「ギレン・ザビ総帥が指揮下に置くデラーズ
カメラがパンすると、ルナツーの飛行禁止宙域ぎりぎりをなぞるような形で長蛇の列をなす、民間船の群れ、群れ、群れ。
互いに警笛信号を飛ばし合い、衝突ぎりぎりの格好で密集する寄り合い船団を前に、ルナツーをパトロールしていたゲルググの部隊は対応を決めかねている。
「一方で突撃機動軍総司令、キシリア・ザビ将軍は、ティターンズ容認の姿勢を維持。人員再配置のため、ルナツー要塞より自軍の引き揚げ作業を進めており、ジオン公国内部では対応が二分しています」
船内でカメラの前に浮遊するアナウンサーは、すでにノーマルスーツを着込んでいた。
「我々は飛行禁止宙域の外縁から、要塞を最大望遠で捉えています。防空識別圏内を進むティターンズ艦隊のさらに奥、ルナツー軍港区画にはデラーズ艦隊の姿が――えっ、光?」
その時のことだった。
ルナツー要塞の一角に、目も眩むような光が灯ったのは。
「ああっ、砲台の閃光です! ルナツーからティターンズの艦隊へ、ビーム光が――!」
ほどなくしてミノフスキー粒子が戦闘濃度で散布され、ルナツーからの中継放送は、いずれのメディアのものも途絶することになる。
その緊迫した武力衝突のきっかけは、ジオン軍ギレン派による一方的な先制攻撃であると世界中の観衆に知らしめて。
「作戦総長は被害状況知らせ!」
『無人標的艦が七! うち四隻蒸発! うち三隻大破!
――その構図を裏で描いたものは、今。
「よろしい。キシリア閣下の手の者は、きちんと的に当ててくれた……ガトー総長、作戦開始だ。トゥエルブ・オリンピアンズ号以下本隊は、突入艦隊を支援。防空圏外縁のビグ・ザム二機を墜とせ」
『はっ! 総帥閣下、ご武運を!』
「貴様もな、アナベル・ガトー。ドゥー、ゲーツ! アプサラス・キャノンの発射点は見えたな?」
『はい、けど、護衛が分厚すぎないですか……? ゲボ吐きそう……』
「そのためのインレだ。信用するぞ、ファイバーの火力と、貴様のコントロールを」
『ダンディライアンはいつでもいけます! 閣下!』
「自分を売り込むのは結構だが、気張りすぎるなよ、ゲーツ。貴様のそれは生きて帰るための足だ」
戦域にほど近い漂流戦艦の腹の中で、巨大すぎる異形が身じろぎをした。
「Ζ=インレ、抜錨」
奇怪なシルエットの中心に、コアとして組み込まれた純白のΖガンダムが顔を上げる。ガンダムタイプの象徴であるV字のアンテナは今や、まるで女神像のごとき流麗な造形のサイコ・ブレードに置き換えられていた。
それはミノフスキー粒子環境下においても、サイコミュ・システムを通じた超高速・超大容量通信によって、艦隊指揮すら可能にする特異なものだ。
「Ζ=インレ、サイコミュ・リンク確立。統合戦略データ・リンクへの接続を確認。現時刻をもって、突入艦隊の指揮はハマーン・カーンが預かる」
『ファイバー了解。Ζガンダムとのサイコミュ・リンク安定。火器管制システム、オール・グリーン』
巨大な上部ファイバー・ユニット両舷に纏う複合防御バインダーは内側にレール構造を持ち、円盤状の随伴モビルアーマーを鈴なりに吊るしている。そればかりか、インレの機首となるウェポン・カーゴ・ユニットにはサイコミュ誘導式のクラスター・ミサイルがぎっしりと詰め込まれ、解放の時を待っていた。
『こちらダンディライアン、ジェネレーター臨界。Ζガンダムに機動制御権を移譲、ユー・ハブ・コントロール』
「Ζ、アイ・ハブ・コントロール」
一方で、下部ダンディライアン・ユニットには、外付けのミノフスキー・クラフトであるダイダロス・ユニットが分厚い装甲にすっぽりと納められ、無数の大型スラスター群が推力を補強する。
ダンディライアン。インレの上半身を構成するファイバーと同じく、当初の計画から大きく外れた形のまま、日の目を見ずに開発を凍結された未成の兵器。
しかし。戦艦すら凌ぐ大出力ジェネレーターを内蔵した火力の権化たるそれは、侵攻と殲滅を両立する超兵器として、それぞれが単独でも戦況を転覆しうるほどのポテンシャルを秘める。
全長一〇〇m級の決戦級サイコミュ・マシン。それが、インレの黒うさぎ――Ζ=インレの全容であった。
「ヨルムンガンド、チャージ開始」
未成の超兵器が強引に背負い込むは、規格外の巨砲が一門。
艦隊決戦砲ヨルムンガンド。かつてのジオン独立戦争にて一度だけ使用されたそれは、モビルスーツにその役目を取って代わられた時代の
フォン・ブラウンからは地球連邦軍のインレ。
グラナダからはジオン軍、ヨルムンガンド砲。
サイド6へ非戦闘員を降ろし、帰りの便で補給物資を運び込んだベース・ジャバーの輸送隊は、月からの秘密供与を荷の中に紛れ込ませていた。それはトゥエルブ・オリンピアンズ号で着々と組み上げられ、決戦の場に結実していた。
一度は歴史の闇に葬られた亡霊が、漂流戦艦ガンドワの蛹を割り、翅を広げ――今、飛び立つ。
「Ζ=インレ、最大戦速。作戦目標、アプサラス・キャノン! 取舵一杯、方位
『あは! やっと見えた! キラキラだッ!』
『よし、やっとドゥーのエンジンがかかった!』
爆炎の中から飛び出したΖ=インレはすでに、ルナツー防空圏の深部にあった。白いΖのバイオ・センサーは、高濃度のミノフスキー・テリトリィ内で最大の感度を発揮。莫大な精神負荷は、サイコミュ・リンクがドゥーとゲーツの二人に分散させる。
『あはっ! 廃船だからって油断するからさァ!』
全方位をデラーズ艦隊に囲まれたΖ=インレの初手は。
『バカ見るんだよねぇッ!』
ファイバー・ユニット主機直結のビット兵器、有線スプレッド・ビーム砲台四基一六門による
宇宙の底が白く染まった。
一門一門が戦艦の主砲に匹敵するビームの濁流を、拡散射としてぶちまける。空間を死そのもので塗りつぶすような理不尽が、デラーズ艦隊直衛のゲルググ隊を母艦もろとも切り刻む。
たったの一斉射である。たったの一斉射にして、ゲルググ三個中隊一二機が瞬時に蒸発した。ムサイ三隻が爆炎を上げて轟沈した。艦隊司令エギーユ・デラーズ座乗艦グワデンが火を噴いた。
おびただしい数の火球に照らされて、ダーク・ブルーの怪物、Ζ=インレは艶めかしく輝く。
『ぐあっ!? ドゥー、遠慮しろ! 鼻血が出るかと思った!』
『露払いは必要でしょ? インレの道を開いてあげたの!』
「いいぞ、ドゥー。これで連中はZ=インレを無視できない。我々が暴れるほどアーガマ隊は楽になる……しかし、ヨルムンガンドは重いな」
ハマーンの言葉に反して、複合防御バインダーを翅のように広げて巡行形態をとったZ=インレは、殺人的な加速力で敵中を突破していた。ハマーンの類まれな操舵と、怪物じみた精度で行われる敵意の先読みが、長大なヨルムンガンドを背負った巨体を噓のような軽快さで振り回す。
必死に追いすがるゲルググの弾雨は鉄壁のⅠフィールドが弾き、艦砲射撃はハマーンの駆け引きによって狙いを狂わされる。過積載によって機動性を殺されたはずのモビルアーマーが、のらりくらりと包囲網をすり抜けて、無視できない損害を振りまきながらルナツー要塞へ近づいていく。
デラーズ艦隊は精鋭である。要塞の火力と物量、そして何より四機のビグ・ザムを指揮下に置く。正攻法でかかれば、ティターンズを真っ向から食い破ることはたやすい。
だからこそ、その奇妙な砲を背負ったモビルアーマーが招くイレギュラーを恐れた。
だからこそ、アーガマ隊の突入阻止に割くはずだった艦艇の多くを、Z=インレの包囲殲滅に向けてしまった。
――今だ、ブライト艦長――
――これがサイコミュ・リンクか!? 頭に響くのは慣れないが……ええい、了解! アーガマ隊、全速前進!――
結果として、デラーズ艦隊はハマーンの陽動に食いついた。
アーガマ以下、アレキサンドリア級戦艦四隻からなる突入艦隊が、スーパーガンダム隊――G-ディフェンサーシステムを背部コア・ファイターⅡにドッキングした、ガンダムMk-Ⅱの重火力・高速強襲形態――と共に、手薄になったデラーズ艦隊の先鋒と激突する。
艦を横一列にずらりと並べ、艦載のゲルググを続々と展開するデラーズ艦隊に対して、突入艦隊は単縦陣による一点突破を選んだ。スーパーガンダムのロング・ライフルとマイクロ・ミサイルは、ゲルググのビーム・スプレーガンのアウトレンジから圧倒的な火力を発揮。爆炎の中をアーガマは突き進む。
それを野放しにするほど、デラーズ艦隊は惰弱ではない。
横陣の中核から、ついにスクランブル起動を果たしたビグ・ザムが二機。係留ケーブルを切り離してぬるりと空を滑る。
――ガトー――
――はっ! トゥエルブ・オリンピアンズ号以下、本隊前進しております! 艦隊防空はお任せください――
――ビグ・ザムの攪乱はヤザン隊がやっているのか?――
――はっ。彼らに加えて、実弾装備のMk-Ⅱ隊を主攻に向けています。まもなく接敵かと――
――よろしい。聞いていたな、ブライト艦長。ヤザン隊がビグ・ザムの気を散らす。予備機も出して構わん、ビグ・ザムが十字砲火を作る前に撃破せよ――
――了解! アレキサンドリアのヘンケン艦長が援護をくれます!――
艦艇並みのΖ=インレを自在に操るハマーンは、中枢たる白いΖガンダムのコックピット内で、極限の集中下にあった。
手足の力を抜き、深い呼吸を繰り返す。
顔は俯き、瞼はほとんど閉じかけている。その表情は、深い瞑想に入った巫女のように穏やかで、戦場の殺伐とした空気からは明らかに隔絶した、一種の聖性を放っていた。
サイコミュ・リンク。女神像にも似たサイコ・ブレードから発された感応波は、早期警戒モビルスーツ、
Ζ=インレという究極のサイコミュ兵器を通信ハブにして、ハマーンはあらゆる戦況をリアルタイムで把握。莫大な精神負荷をドゥーとゲーツに分散しながら、ミノフスキー粒子環境下における圧倒的な情報のアドバンテージを受ける。
互いが目を閉じて殺し合うも同義のミノフスキー粒子戦において、一方だけが目を開く。その効果を言い表すには、絶大という言葉すら生ぬるい。
物量に勝るはずのデラーズ艦隊は、神がかり的な連携を見せるティターンズ第一三独立強襲艦隊を抑えきれない。
旗艦トゥエルブ・オリンピアンズ号より発進したガンダムMk-Ⅱ隊は、サブフライトシステム、フライング・アーマーにて速攻。起動間もないビグ・ザム二機を、ハイパー・バズーカの実弾で即座に蹂躙する。
アレキサンドリア級戦艦四隻の強力な主砲は、常に理想的な十字砲火を作り、ムサイが、チベが、グワジンが、一隻一隻、櫛の歯が欠けるように沈められていく。
数百ものゲルググは、同じく数百ものハイザックのビーム砲撃に阻まれて、Mk-Ⅱの間合いにすら飛び込めないまま火球となって散っていく。
当然、ティターンズ側にも出血はあった。
主力の
大きな増加バックパックを背負うハイザックは動きが鈍く、運よく弾幕を潜り抜けたゲルググは帰還不能の死兵として、彼らを一機でも多く道連れにしようとした。
ハイザック隊を護衛するガンダムMk-Ⅱは、ジオンのガンダム・クァックスをも圧倒するハイエンドマシンだが、それゆえに、機密保持や戦力温存の観点から乗り手は限られた。ルオ商会やアナハイム、連邦軍といった各所からかき集められた腕利きのパイロットは絶対数が少ない。
だからこそハマーンは、ハイザックというローコストな機体に、クランバトル上がりの傭兵や退役軍人を大量に登用することで、少しでも頭数を稼ぐ狙いがあった。それはティターンズという新興の組織が抱える、構造上の問題であったのだ。
(所詮は寄せ集めの兵隊。もたつくほどボロが出る……)
ハマーンはその内心を、サイコミュ・リンクに乗せることはしなかった。
ドゥーのファイバー・ユニットがありったけの火器をばら撒いて切り開いた突破口へ、ひたすらにΖ=インレの巨躯をねじ込んでいく。
『こちらダンディライアン。ヨルムンガンド砲、チャージ六〇%』
「ゲーツ、増速だ」
『了解。エネルギー配分をダンディライアンへプラス一〇、増速どうぞ!』
『ブッ潰せ! ファンネル・ミサイル!』
加速度が増す。Ζ=インレの骨格がぎちりと軋む。機首ウェポン・カーゴ・ユニットのハッチが吹き飛び、放たれるはファンネル・クラスター・ミサイルの雨嵐。三角柱型のコンテナから一面あたり三六発、計一〇八もの数に分裂した小弾は、ドゥーの思念を受けて魚群のように統制され、ルナツー軍港施設の沿岸砲台群へ殺到した。
『ミサイルはぶつけるだけでいいから楽だよねぇ! あ、射程内の砲は潰したよ。要塞はもうインレを撃てない!』
「よくやった。慣性アンカー射出、MMFアレイ展開」
『ダンディライアン了解、ダイダロス・ユニット最大出力!』
「ドゥー、ヨルムンガンド発射まで、インレの背中は預けたぞ」
『はーい! よおし、アッシマー全機発進! ブッ殺すぞー!』
「E.Y.E.ザック隊は観測データ送れ。目標、アプサラス・キャノン!」
MMF――ミノフスキー・マグネット・レイフィールドが、地球、月、ルナツーからなる引力の相互作用をキャンセルする。重力という極めて弱い力さえも、この長距離狙撃にはノイズとなった。
『ダンディライアン、ジェネレーター出力一一〇%、緊急出力運転! ヨルムンガンド、プラズマ・カートリッジ装填よし! E.Y.E.ザック082、101および111より観測データ来ます!』
「撃鉄、起こすぞ!」
複合防御バインダーを畳み、上体を引き起こしたΖ=インレ。その背部に突貫作業で固定されたヨルムンガンドが、砲身各部の多段式プラズマ・インジェクターを続々と展開する。
――ルウムの大蛇が、再び目覚める。
『こちらファイバー! 左舷上方にモビルアーマー、ビグロタイプが三!』
「構うなゲーツ、シーケンス続行だ」
『りょ、了解――アプサラス・キャノン発光!? まずい!』
「慌てるな、最初の砲撃で充填時間は割れている。チェックリストのプロセス一二から三〇をスキップ、間に合わせるぞ!」
精強を誇るデラーズ艦隊のビグロ三機が、そのまま教範に乗せられるほどに見事な急降下爆撃の体勢に入る。それを迎え撃つは、インレの無人随伴モビルアーマー、アッシマーだ。
オレンジ色のテストカラーもそのままに投入された六機のアッシマーは、すれ違いざまに機首同軸ロング・ブレード・ライフルを乱れ撃つ。回避を誘った先には、すでにファンネル・ミサイルの子弾が
小回りの利かないビグロはなすすべなく爆沈。それでも最後の一機は、死の間際にミサイルを放つことに成功していた。
『おっと!』
ヨルムンガンドに届きかけたミサイルは、巨大な複合防御バインダーの片方が稼働し受け止める。未完成ながらもインレは決戦兵器。普及型モビルアーマーの決死の一撃など、そよ風に等しい。
『ねぇまだー?』
『プラズマ・インジェクター全基電圧よし、ハイパー・キャパシター全段充電よし! プラズマ・カートリッジ励起出力に到達! 撃てます!』
射手であるハマーンの脳裏に、インレからアプサラス・キャノンに至る一二〇kmの射線上に存在する、あらゆる電磁的干渉、重力場、星間ガスやデブリのひとかけらに至るまでの情報が、
ヨルムンガンドが放つ核融合プラズマは、電気的に中性なメガ粒子ビームとは異なり、地球の磁場の影響を受けて直進しない。ヨルムンガンド用の射撃管制システムは、未完成兵器の寄せ集めであるΖ=インレに増設するには複雑すぎた。最終的な補正は、観測データを基に弾き出した射撃諸元の通りに、パイロット自身が微調整しなければならない。
ゆえにこそインレは高いリスクを背負い、本来ならば最大射程三〇〇kmを誇るヨルムンガンドを、マニュアル照準の精度を保証する距離まで運搬せねばならなかったのだ。
「最終誤差修正、ジンバル固定……」
だとしてもそれは、極限の集中と神がかり的な技量の上にかろうじて成り立つ、奇跡の産物であり――
『やば! ビグ・ザム!?』
『軍港に隠れて、いや、予備機か!』
――決戦兵器Ζ=インレが、最も隙を晒す瞬間でもあった。
『ドゥー、Iフィールド!』
『ヨルムンガンドがデカすぎて収まらないよ!』
『アプサラス・キャノンの第二射は間近、奴を相手にする時間は……!』
軍港のドックを自慢の主砲で食い破って飛び出したビグ・ザム。周囲には残存モビルスーツの寄せ集めが随伴機としてひしめく。機種はゲルググやリック・ドムのみならず、旧式化の進むザクの姿まであった。
乾坤一擲の一撃をインレに食らわせようと立ち上がった、ルナツー軍港の残存兵力だった。
『時代遅れのポンコツがなめんなよッ! アッシマー!』
決死の覚悟で現れた彼らをあざ笑うかのように、橙色の悪夢が殺到する。ドゥーの狙いはビグ・ザム一機のみ。インレを止められない有象無象は視野にない。
『ミサイルコンテナ、最後のもってけ!』
アッシマーと同時に放たれたファンネル・ミサイルは、誘導兵器が効果を失うミノフスキー粒子環境下の戦いに慣れたジオン兵たちの虚を突く。熟練した者は、とっさに手持ちのビーム・スプレーガンやザク・マシンガンで迎撃を試みたが、一〇〇近い数の子弾の前には焼け石に水。
寄せ集めのモビルスーツ隊は一瞬にして壊滅し、ビグ・ザムの周囲が火球と黒煙に包まれる。
ドゥーは、その瞬間を待っていた。
『見えないよねぇ、オールドタイプ!』
連鎖爆発と濃密な煙に視界を塞がれるビグ・ザム。ドゥーはそこに、ためらいなくアッシマーの一機を特攻させた。機首同軸ロング・ブレード・ライフルは、とうにビームの排熱で赤く輝いている。
バターに熱したナイフを当てるがごとく、ビグ・ザムの重装甲をいとも簡単に貫いたアッシマーは――
『ジェネレーター、オーバーロード! ブッ飛べ!』
――核反応炉を暴走させ、自爆。超高温のプラズマ火球が、ビグ・ザムの巨大な上半身を蒸発させた。
『クリア! 敵影なァし!』
『閣下!』
ビグ・ザムを巻き込んだジェネレーター暴走の電磁ノイズを織り込んで、ハマーンは最後の調整をかける。アプサラス・キャノンはティターンズ艦隊を滅却せんと、ひときわ強く輝く。
「――ヨルムンガンド、発射」
半瞬早く、ルウムの大蛇が閃いた。
青白い核融合プラズマの奔流は、まるでのたうつ毒蛇のように、あるいは暗雲の中に輝く雷のように、アプサラス・キャノンとΖ=インレの間を一本の曲がりくねった線で繋ぎ――要塞砲とその周辺設備を、地殻ごと跡形もなく蒸発させた。
全長一八〇㎞に及ぶ天体ルナツーの地表に敷設された地震計は、立て続けに三度の振動を記録。それはすなわち、ヨルムンガンドの着弾エネルギーが衝撃波と化し、ルナツーを三周したことを意味する。
アプサラス・キャノンの周囲に掘られた堅牢なバンカー群は岩盤ごと融解、崩落し、砲に電力を供給していた専用超大型ジェネレーター群を連鎖爆発に追い込み、半径数キロ単位のクレーターを作り出した。
その壮絶な破壊の光景は、例えるならば、旧約聖書において不徳の街ソドムとゴモラを焼いた天からの火、まさしく神話の再現であった。
『当たった……本当に、サイコミュ・コントロールひとつで……』
『っしゃあ! ビグ・ザムがみいんな沈んで、アプサラス・キャノンも消し飛んだ! 連邦軍はまた宇宙に上がれるんだ!』
「喜ぶには早い。ヨルムンガンド投棄、ドゥー、破壊しろ!」
『りょーかい!』
ヨルムンガンドとインレを繋ぐ巨大な砲架が、爆砕ボルトで切り離された。身軽になったインレは恐るべき俊敏さで回頭を済ませると、随伴のアッシマーたちは、宙を漂う巨砲へ容赦なくビームの雨を叩き込み、爆散させた。
「これでキシリア派の関与を裏付ける証拠は消えた……わかっているな、二人とも。本機はルナツー防空圏を反転突破。突入艦隊へ合流する。きついが、やるしかないぞ」
『インレなら平気でしょ! あはっ!』
『ドゥー、油断するなよ。ここは敵地のど真ん中なんだから――』
ゲーツ・キャパは言葉を続けることができなかった。白いΖとのサイコミュ・リンクを通じて、ハマーンが感じた猛烈な悪寒を共有したからだ。
『――なんだ!?』
「手練れだ。撒ける相手ではないな」
デラーズ艦隊の只中で全方位にビームをばら撒きながら、最大戦速で離脱するインレ。そこに巨大な影が一つ、不気味なほどの静けさを秘めて疾駆する。
ゲーツは、そのモビルアーマーを知っていた。
『ノイエ・ジール! 完成していたのか!?』
Ζ=インレとノイエ・ジールは、互いにもつれ合うようにしてルナツー防空圏を飛び出し、その身を青く燃える地球へと投げる。
孤立したノイエ・ジールのパイロットは、その命と引き換えに、アーガマ率いる突入艦隊を道連れにする魂胆であった。
『まずい、降下中のアーガマ隊が奴の射程に入る!』
『ゲーツ、それよりIフィールド! こっちも大気圏に入るんだからさぁ!』
二つの巨影は重力の井戸に転がり落ち、赤い炎に巻かれながら、どこまでも墜ちていく。
どこまでも、どこまでも。
宇宙を透かしたように青黒く澄んだ夜空に、幾筋もの光が流れていくさまを、青年は見た。
「なんだ? 何の光だ?」
オーストラリア大陸、シドニー・クレーター沿岸。コロニー落としの爪痕が生々しく残る不毛の海辺に、その邸宅は孤独に佇んでいた。
「博士! ミノフスキー博士!」
青年は、庭先に広げたアマチュア無線の細長いアンテナを慌てて畳むと、機材を放り出してテラスに駆け寄る。枯れ木のような老人が、安楽椅子に掛けて夜風を浴びていた。
「あれ、きっとデブリ嵐ですよ! 地下に入りましょう」
青年の提案を聞いた老人は、どこか焦点の合わない茫洋とした瞳を彼に向けて、しわがれた声で言った。
「いや、いい」
「こないだだって、近くに墜ちて大変だったでしょう。危ないですよ」
「尋ね人を迎えねばならん」
尋ね人? 青年は、首を傾げて聞き返した。
「そうだ。もうじきやって来る。アトロポスの刃を求めて、赤き、猛き、ああ、恐るべきシンメトリ……」
「えっと、どういうことです? アトロポスの刃って、博士の覚書ですよね? アレの中身は、高度すぎて僕には……そのお客さんに、なにか関係が?」
「じき、わかるとも」
老人は、安楽椅子からゆっくりと立ち上がり、傍らの杖をおぼつかない手つきで取った。彼は青年が差し出す手をやんわりと拒絶して、自身の足で一歩ずつ、一歩ずつ、邸宅のダイニングへ歩き始め、そして、思い出したように言った。
「客人を迎える前に、茶を淹れてくれんか――アムロ君」
はいはい、お任せを。
青年アムロ・レイは、敬愛する師、トレノフ・Y・ミノフスキー博士の呑気な声音に、呆れたように肩をすくめた。