2096年 2月1日。
日本政府はこの日、来年度以降のユーラシア同盟正式発足に伴い、国内政治体制の大改革を盛り込んだ政策綱領を発表した。
変更点は多岐にわたるが、特に今まではアンタッチャブルとされて、事実上特権階級化していた魔法界に大きくメスを入れたことは、日本が「魔法師を特権階級とする新型の貴族政国家」ではないことをアピールする象徴的な出来事となった。
事前の根回しと工作の結果、旧十師族の当主たちは各々の縄張りや職務に応じた「表の」役職が割り振られ、「国家内国家」状態の平和的解決が図られた。
今までは十師族が統治していた魔法師たちの管理を段階的に行政に組み込んでいくことを目的とし、当面の間は組織内の要職を旧十師族当主たちが占めることになるだろう。国家権力がいよいよ十師族権益の「本丸」に乗り込んで来た形だ。
本来の計画ではもう数年ほど時間をかけてじわじわと切り崩していく予定であったが、予想外に起こった極東戦争、そして勝利により時計の針は加速を続け、果たして官僚機構が問題なく統制できているのか怪しい領域にまで突入している。
とはいえ副業を持つ十師族関係者はまだいいとして、師族体制を解体して強力な魔法師が行き場をなくすような事態は政府としても本意ではない。実態としては、新たな「箱」として国際魔法師連盟が利用されるのは自然な流れであった。
魔法協会を離脱したことで発足せざるを得なくなった新たな魔法師の互助組織「国際魔法師連盟」は、ユーラシア同盟内の各国に存在する魔法師の組織を束ねたもの、という立ち位置を宣言している。
実態として、そもそも魔法師が組織立って活動していない(国家の所有物扱いになっている)国や地域が相当数含まれている訳だが、連盟は加盟条件として「国家を代表する魔法師の共同体を1つ作ること」を掲げている。つまり連盟加盟の段階で、既に魔法師の人権が一歩前進する構造になっていた。
すると問題が起こる。日本の魔法師を代表する組織は「日本魔法協会」と「十師族」どっちだ、ということだ。
元々、日本政府の御用聞き兼国際窓口としては日本魔法協会が存在したものの、実権は全て十師族にあり国際的な干渉や政府からの圧力は全て受け流されるという構造が出来ていたため、ここにメスを入れられた格好だ。
日本政府はこの点の方針を明確にはしていないが、少なくとも近々で十師族制度を解体し、旧日本魔法協会の方に合流させる形で国内の魔法戦力全てを統制下におく方針なのは明らか。そして十師族構成員の多くは、この決定に表向きだけでも従うか、もしくは逆らう余力を持っていない。
しかし国際魔法師連盟の長を決めるにあたって、十師族の間には小さなざわつきが生まれていた。師族会議は名目上とはいえ横並びであり、ひとりの代表者を作らないことが徹底されていたからだ。
それは「代表者」が「反乱の首謀者」とイコールであった実験体時代からの伝統であり、魔法師の中に「玉座」が生まれたことは、時代の変わり目を示す象徴的な出来事でもある。
さて、候補となったのは図抜けた戦力を有する四葉、優等生の七草、勲功著しい九島、政府の信頼厚い十文字の4家。
最初に出てくるのは九島だが、これは「十師族のドン」と呼ばれた烈ありきの評価だ。その烈が退場し、新体制になったばかりの九島家では荷が勝ちすぎるだろう。
十文字はあくまで優秀な近衛兵であって、当人たちが表の権力者になってしまっては本末転倒であるからこれも除外。そもそも、彼らは緊急時の備えに専念してもらわなければならない。下手に仕事を増やして「本業」に支障が出て貰っても困るのだ。
となると残りは四葉と七草。この時点で政府の見解は一致していた。
そして師族体制に最後まで固執すると思われた九島家が体制変更で「陥落」したことにより、各家は年明けからの1ヵ月で急速に「新体制」への移行を進めている。
例えば一条家の私兵団は、雇用元の海洋資源開発会社ごと国家の統制下へ繰り入れた後、数年かけて段階的に海上保安庁の実働部隊へと再編していくことが決まっている。
領土が増えて保安しなければならない海と沿岸が増えたこと、極東戦争で海軍戦力が壊滅したため当分は海保が代わりを務めなければならないことなどの影響で猫の手も借りたい状態のため、民兵だった一条の私兵に「海上保安庁の三セク」という法令上の身分を与えて運用しつつ、働きながら組織を馴染ませていく見通しだ。
これに関しては元々構想自体は存在したが、北陸では新ソ連の佐渡侵攻の影響で政府と国防軍への敵意が強い傾向にあり、そのまま国に組み込んだら最悪内戦の恐れがあるとして廃案寸前になっていた。極東戦争で「深淵改二」が間に合ったことで国防軍の威信と政府への信頼が回復した今だからできた芸当だった。
二木家は基本的にテロ(化学兵器)対策が主任務であるため、主に警察省の対テロ部隊や国防軍の化学戦部隊と連携を深めつつ、長期的には力点を国際魔法師連盟の方へ移していく方針になっている。彼女たちの化学戦能力は世界水準なので、将来は同盟各国への技術供与や練兵も行われるだろう。
三矢家では、武器商人としてアジア方面に太いパイプがあることを活かし、三咲家ともども国際魔法師連盟の渉外担当としてポストが用意されている。あらゆる国へ武器支援や技術供与を行えるよう、表裏両面から影響力を行使する狙いだ。諜報活動にも通じている彼らが加わることで、国際魔法師連盟は外付けの情報機関としても機能するだろう。
また、第三研究所の管轄は国に戻り、魔法技術開発本部の下に付くことになった。元々軍との距離が近い研究所であったため、ここに関しては所属以外に大きな変更はない。どう考えても表に出せない白い地獄に代わり、魔法技術開発本部の表の顔として、比較的クリーンな魔法の研究を主に実施することになっている。
四葉家は、その手駒の大半が非合法の隠密作戦部隊である一方で非常に高い実力を持っていることから解体はされず、代わりに国際魔法師連盟の執行部、要するに「同盟各国の魔法師を脅して従わせる係」として仕事が与えられることになった。国際機関として政府と微妙な距離感を保ち実働戦力とそれを動かす裁量を丸々残した形で、事実上唯一完全な統制下には置かれなかった格好だ。
連盟正式発足の暁には四葉真夜が会長になることが内内で決まっており、数年から十数年の後には深雪にその役割が受け継がれる。名目上は政府との連絡窓口を兼ねた表の魔法権力の最高位、東洋世界すべての魔法師の頂点だ。司波兄妹改め四葉夫妻の「社」の一つとしては充分な仕上がりだろう。
五輪家は既に解体が進んでおり、第五研究所の生き残りのうち特に核心的で表に出せない部分は「白い地獄」こと秩父先進技術研究所に、民生技術など表向きの部分は旧第三研に統合されることが決まった。
元々の第三研のテーマは「魔法の同時発動数の最大化」であるため魔法の中身にも広く浅く知見があることを活かし、分野を問わない総合魔法研究所の土台として見出されているのだった。
六塚家は基本的には国防軍に合流することになる。炎熱を操る性質が破壊工作向きなのもそうだが、遺伝子調整・改造に非常に積極的で(四葉家を除けば)最も優れた調整体技術を持つことも「白い地獄」から歓迎される一因となっている。戦闘面では田舎者、技術面では調整体や人造サイキックと、どこを切り取っても軍への貢献度が高い「優等生」だ。
八代家は専ら学者一族であるため、軍には合流せず国際魔法師連盟や海外領土の方を任される形になる。「32分間の奇跡」によって日本のインフラ構築の盤石さが世界に知られる所となり、国内のインフラ網構築に限らず旧大亜連合領の復興や同盟国への技術供与などなど、民生技術を中心に引っ張りだこになることが予想される。ひょっとすると一番魔法の平和利用に貢献しているかもしれない。
九島家は体制変更から落ち着くのが先ということで家自体の動きは小さいが、資産整理の一環として「九島烈個人に忠誠を誓っていた組織」の再編・解体を第一義として動きが進められている。
例えば陸軍第一師団の遊撃歩兵小隊、通称「抜刀隊」。市街戦・屋内戦を想定した最精鋭の魔法戦部隊であると同時に「国防軍ではなく九島烈に忠誠を誓っている」と評される事実上の私兵部隊であり、九島家の首都圏での影響力を担保する強力な駒として長年存在感を示してきたが、烈の引退と次期当主となった光宣の意向により解隊が決まっている。所属していた魔法師たちは適性などに応じて水陸機動団、特殊作戦団、第一空挺団、部隊訓練評価隊、独立魔法大隊などに割り振られることになっている。
また、第九種魔法研究所(旧第九研)の処遇はまだ未定であるものの、光宣への家督の移行が進み次第、段階的に「白い地獄」へと吸収合併されることが内内で検討されている。彼らの持つ古式魔法の知見は無二であり、軍として是非とも手に入れたいという意向が反映された形だ。
軍に大恩のある光宣が事実上の当主となったことは一連の改革において大きなブレイクスルーとなった。なにしろ、当初の予定では師族解体における最大の障害は九島烈と想定されていたのだから。
もちろんタダで接収するわけではなく、近く予定されている「未だ政府に恭順していない古式魔法師、特に伝統派を名乗る一団」の平定に際しては国防軍が全面協力し、また「戦利品」となる技術は全て、一度は九島家を経由してから任意で軍に供与されることになっている。
つまり契約上、光宣の一存で秘術を「せき止める」ことも可能だ。政府としては国内魔法資源の一元化および統制が主眼であって、魔法の中身それ自体は現場で管理すればよいというスタンスのために成立した妥協である。
最後に十文字家だが、ここは家柄の特殊性を鑑みてほぼ現状維持となっている。彼らは首都の最終防壁であり、平時に余計な仕事を与えるべきではないというのが政府の方針だからだ。
残る師補十八家も、その多くは自分たちが補佐していた十師族の仕事を引き継ぐ形で国際魔法師連盟に吸収される方向で動いている。もはや表立って解体に反対する組織はほとんどなくなったと言えた。
その他、大きな変更点としてはまず、国防軍の大幅な軍拡が盛り込まれた。
大亜連合との衝突により壊滅状態の海軍を再建させ、大陸に派遣する陸軍を用意し、以前より広大になった領土の制空権を管理する。「オール・メイジスト・ドクトリン」なんてものは上手くいっている間だけ擦られるこじつけみたいなもので、今の日本に必要なのは国力の安定と通常戦力の拡充であった。
そのため、魔法関連以外の綱領で一番の目玉は、新たに海外領土庁を新設して日本直轄領となっている大陸領土(釜山、北京、ラサその他)の運営を行うことだ。
予想される巨大な権益を前に所轄の取り合いで揉めた結果、各部局から人を持ち寄って独立させてしまおうということで、復興庁(震災復興→戦災復興で名前と機能を変えつつ復活している)と同じ独立した庁で手打ちになったらしい。揉めている時だけ輝く現総理の手腕である。
ただし、陝西学研都市だけは諸般の事情に鑑み軍政が継続される。最高責任者には魔法技術開発本部長に就任予定の真砂大輔中将を兼任とする。何しろ軍の中で大事にしまっておかないといけない代物が大量に保管される見通しである。
そしてもう一点、国際魔法師連盟の発足に伴い、国内における魔法関連政策に対応するため「魔法庁」が設立される。こちらは内閣府直下の機関扱いとなる見通しであり「魔法師による魔法師のための機関」である国際魔法師連盟と、「人間(非魔法師)による魔法師のための機関」である魔法庁という2大組織体制が、今後の魔法界を牽引していくだろう。
そうして各方面が大急ぎで動き回る最中の2月14日。
多くにとって突然に、それは起こった。
「九島烈が死んだ」
それは未だ、ただ一人の老人の死では収まらず。
魔法師のひとつの時代の終わりと、そして彼が築き上げた師族体制の終わりをすら意味していた。
次回「地獄の七草くん家」
お楽しみに