「…行け!」
それは、皆の力を載せた一撃。故に皆がそれぞれへたり込み、倒れ込みながらも上を仰ぎ見る。
元々、勝ち目などない天災のそのもののような敵の存在。この攻撃が通らなければ、勝ち目はない。
「行けッ!」
もしも、これが外れれば、彼らは、世界は、皆滅びておしまいだ。なにも出来ることは残らないだろう。
だがそれを見る者たちに、絶望は微塵もない。
あるのは、熱の籠った希望だけ。
なぜならば、その託された者は、そうだった。
絶対に、こういう場面で外さない。
「行けぇっ!」
武器を作る力すらない。ただ素手での攻撃。
だけど、だからこそ、万力が籠った。
この手には、背中には自分の力など無い。
もっともっと、頼れる者たちの力に満ち満ちていた。
「行けえええええええッ!!」
「うおおおおおおッ!」
ばぎぃん。
宇宙を覆っていたガラスのような甲殻が壊れる。宇宙の最後の刺客が最後まで理解できなかったもの。その、友情だとか、愛だとかの、くだらない不合理たち。それに全てを砕かれていく。
スノウ・ホワイトは、その素手で、最後の敵のコアをそうして貫いた。
この世界全体に作られんとしていた、異世界への滅びのゲートも次々に崩壊していく。
「やった、やったぞ!あいつ、スノウ!やりやがった!畜生、さすがだあいつ!最高だチクショウ!」
誰も彼も精魂尽き果てて動きも喜びすらもできない中、たった一人異常な回復能力を持つノヴァ・ブラウンだけが、そうして飛び跳ねて叫ぶ。
そうして落下死寸前の高度から落ちてきたスノウを、皆が受け止め、戦いは終わった。
彼らが戦った、異生物との戦いは全て終わったのだ。
かくして彼らは英雄となり、その世界を救った。
彼らは世を救い、そうして世界を見守ったとさ。
…英雄譚は、これで、終わる。
だからこの先は、英雄譚には記されていない。
スノウは背嚢に一つを隠していた。
その生命体から抜き取った、大きな核の一部を。
…
……
「……」
全員の命は、とりとめた。
誰かが亡くなってもおかしくはない消耗状態だったが、しかし昏睡状態からからがらに目を覚ましたリーフィ・グリーンは自らの傷を治すよりも早く、他の仲間たちの治療を始めたのだ。
そうして、危篤に陥った他七人の身体を意識が戻るまで治し終えてから、ああよかったと呟いてから改めて、リーフィは昏倒した。
だからただ一人のみは起き上がるのが遅れてしまったし、彼女が起き上がった後、皆でなんて無茶をしたんだと怒り、リーフィが泣き出すという悶着自体はあったが、それのおかげで全員の命が助かったのは事実。
そうして、今や英雄が一人のスノウは今、部屋の中に一人だった。彼らは今、近くの安宿を貸し切る形で一人一部屋でしばらく滞在している。
さて、これから自分たちはどうしたものか。それが決まっていなかった故の、モラトリアムの期間だった。
「これを手にしていることを知っているのは僕だけ、か…」
そう一人ごちて、掌全体で転がすようにして『それ』の全体を舐め回すように眺める。
それは、純粋な力の結晶というだけではない。あの日、あの時に破壊して抜き取った核の残滓。
あれから数ヶ月は経ったというのに、まだ輝きは少したりとも色褪せてはいない。
(しかし、見れば見るほどこれはすごいぞ)
そう思った。
それはそうだろう。これに含まれた力は、この多元的に広がった世界や宇宙そのものを繋げるほどの力を持っていたのだ。知識、知恵、思考というよりももっと原始的な生き物だったが故に、その力は本物だった。その多元世界全てを喰らい尽くさんとするほど。
「………」
…例えば、何かしら世界を変えることが出来るくらい。それくらいの力がある。
世界を構成する理まで捻じ曲げて。
その事実と、『もう一つ』。一つの事実を理解した途端、矢も盾もたまらず駆け出した。
そして全員をかき集めてそれの説明をしようとしたというのに、気がつけば全員が全員宿の中にいない!
まったく、なんて自分勝手な奴らだ!
また一人で怒り、そうしてどこか嬉しそうに笑って全員を探しに行った。
もし、願いを叶えられるとしたら。自分たちの好きなように世界を変えられるならどうする?
そんなことを、聞きに。
…
……
……まずは、川沿いの草原にぼうと横になって空を眺めている彼女を見つける。
「ん?おお、なんだよスノウか。なんか長いこと部屋に篭ってたみてえだが、傷でも痛むのか?
…心配?ちげえよ、オレぁ痛がるてめぇを笑ってやろうと思ったんだよ。ケケケ」
ちょうど良いかもしれない。
まずは、シズクに聞いてみる。
「んあ?それでオレにぃ?なんでったってまずオレなんだよ…」
「なんだかんだで一番マトモなこと言いそう?…薄々感じちゃあいたけどよ、お前オレのこと結構舐めてねえか。…おい。目背けんな。オイ!」
「……ったく。まァ、そうだなぁ。なんつーか、やることなくなっちまったしなぁ。オレだったら、あんま退屈させねぇようにしてくれって頼むだろうよ。そしたらまたヤバい敵が来るかもだが、望むところだ」
「あ?知らねえよ、建設的な答えはお前がどうせ出してくれるだろ。いいか。オレぁもー疲れ切ってんのよ、いい加減に寝かせてくれ。
…あ、でも答え決まったらちゃんと聞かせろよ。普通にどうすっか気になるから」
そう言って、本当に横になってそのまま寝込み始めてしまったシズク。
ううむ、参考になったような、ならなかったような。いつもなんだかんだで的を射たことを言うという期待があったからこそ、拍子抜けだった。
……次に聞いたのは、ドグ。
というか彼女は見つけるのが、簡単すぎた。どうせそうだろう、と思って鍛錬用の木人の方に行ったらやはりいた。少しは予想を裏切って欲しいものだ。
「ハイィィィッ!イィィヤッ!!
…ん?おや、スノウ!珍しいですね、こちらに来るの。は!まさか私と模擬戦をしたいとか!?
あっ、違う。左様で…」
……聞くまでも、無いような気がしたけれども。ひとまず全員に聞いてみよう。そう思っていたので、ドグにもその質問はした。
「私ですか!そりゃもう、この世に棲む人全員がもうめちゃくちゃに強くなってくれ!って頼みます!
……い、いやいや!本当にそんな私利私欲じゃないでありますよ〜スノウったら!いやいやいや本当に!」
「…私は単に、それぞれの人たちが自衛を行えるならばそれに越したことはないと思っているわけです。不測の事態は必ず起きるもの。皆さんがそれに対応できるほど強くあれば、それは理想の世界ですから」
「……た……ただ…あくまで、あくまでーその結果として?私が皆さんと戦争戦斗を繰り返すことになったりー、ちょっとつまんじゃったりしても…それはそれですけども…うへへへ、へへ…」
こいつに聞いた僕が馬鹿だった。
そう最初に思いながらも、しかし参考になることも言っていたな?と思い返す。
皆が強くある世界。そうして、自衛が行える世界。それはつまり確かに、僕らのような存在がいなくとも成り立つ平和の形なのかもしれない。
……次に話を聞いたのは、ノヴァだった。
こいつはいつも変わらない。英雄だなんだ、強くなったとしてもやることは変わらず、壊れた町や村の修繕の手伝いだ。その姿がなまじ馴染んでいるから、周囲もまさか違うだろう、と見間違いだと決め込んでしまっている。
苦笑しながら、話しかける。
「おー、スノウ!ようやく外に出たか。いやいや、最近引きこもってたから心配したんだ。
…ん、これ?俺に出来ることはないかって思ってたらいてもたってもいられなくってさ。はは、またブレイズに呆れられちまうかな」
いいや、それがいいんじゃないか。
そう思いながら、皆と同じ質問をする。
「なるほど、それで今度は俺にってか?いやぁ〜…頼ってもらうのは嬉しいが、正直急に聞かれてもあんまり思いつかないっていうか…世界がってのはスケールがデカすぎてわかんないよ」
「ちっさい願いくらいは、まあ、あるが…
…そうだな。お前とシルヴィアが幸せに暮らせるような世の中に、少しでもなってほしい、かな」
「あははっ今更照れんなよ。いいじゃないか、幸せにしてやれよ。別に遠慮することもない。お前は今や世界を救った英雄だぞ?文句言うやつがいたら、それこそ俺がぶん殴ってやるさ。
…そう、俺が、がつんとな」
なんだか、照れさせられてしまった。参考にもならなかった上に、恥ずかしい思いをしただけだった。
仕方がないから少しだけ復興の手伝いをしてから、次の場所に。
……きっと、君はここだろうと花畑に。
そこに、リーフィがいた。
やっぱり、同じ優しい顔で慈しんでいた。
「…あ。見て、見て、スノ〜ウ。
ようやくね、咲いたのよ〜」
能天気に、間延びしたようにも聞こえる言葉をこっちに呼びかける。だけれどその花は、彼女がずっと世話をしていたことを知っていた。
壊れてからもそれでも、心の癒しになるという強い意志のもとの花であることも。
そんな彼女にこそ、聞いてみる。
「あら、私〜?う〜〜ん…」
「……う〜〜〜〜ん…改めて言われると、むずかしいわね〜。考えてないわけじゃないのよ、ぼやっとしたイメージとか、理想とかそういうのは。でもそれを言葉にするってなると、ねぇ〜〜…」
「そうねぇ、でも、それこそ、前に私が話した私の理想について。あるでしょう?私自身の、楽園について。それみたいに、みんなが優しく、ずっと優しくあれる世界を作れたならいいわねぇ。具体的な願い、の話とはずれてるけどぉ…」
「参考になった?それなら、いいけど〜…あんまり悩まないでね。スノウ、あなたは笑顔が一番すてきなんだからぁ。…わたしは、あなたや、わたしたちみんなが笑顔でいられる世界も、望むの」
皆が優しくある世界。
抽象的だけれど無碍に出来たものではない。生き物の邪悪さというものは、欠かせないものだ。生きる為、暮らすために。それでもそこに優しさというものがあるならばその悪意は過剰なものにはならないだろう。
……そうして次に、ブレイズの元へ。
彼は一体どこにいるのだろう?とだいぶ探してしまったが、よく探してみればふもとの村の掲示板をじっと眺めていた。なるほど、そう言われれば、いつだって抜け目なく情報を集めていた彼らしい。
「……君か。スノウ。もう容体はいいのか?ならばよかった」
口角が、上がったか上がってないかもいまいちわからなかったが、その様子からまあ多分微笑んだのだろう。そんなブレイズにも聞いた。
「罪を犯した人物。罪人は全てこの世から消えること。即刻処刑されるようにされればよい」
「……なんて、以前までの俺なら言っていたろう。…引くな。もう言わないさ。ただ、そうだな…うむ…」
「…すまない。俺には、みんなのように確固たる己がない。まだ、俺が俺だと言える信念がない。だから…
だから、俺が願えるならば、もう少しだけみんなと一緒に旅をしていたい。それが出来る世であってほしい、というそんな身勝手な願いになるだろうよ」
「ああ、わかっている。皆、それぞれにやることがある。やりたいこと、やるべきことがある。だからこれは俺のみの我儘であり、叶わないことであるのも。
…すまない。困らせるつもりではなかった。そして参考にもならなかったろう」
「スノウ。俺はお前が決めたことなら全て納得するつもりでいる。だから俺のことは気にするな。…それが友人というものだろう?」
珍しく、口数の多い彼の元から、礼を言ってから離れていく。彼なりの激励のつもりだったのだろうか。もしくは、迷いを見透かしての発言だったろうか。
どちらにせよ、ありがたかった。ブレイズの言葉は不器用な彼らしく、よく沁みた。
……そうして、彼女の元に行った。
行方が何処にいるのかわからない仲間達の、最後の一人。だけれど、きっとそこにいるとは思っていた。
鉄の機、ラスマキア。
この場所で、シルヴィアと初めて出逢った。
それから仲間として、ずっと共にいた。
ラスマキアは、『世界の中心』が存在しているその麓に小さく作られた町。ガゴン、ガコンと常に動き続ける歯車たちのその近くにある、何の変哲もない町。
この世界は、この『中心』が基となって動いている。ここが全ての中心点として世界を回している。それは、この世の常識だった。
彼らが世界の常識を疑い始めたのはそれこそ、この旅で、この世界以外からやってきた存在と戦い始めてからのこと。
だが、今はそれはどうでもいい。
ゆっくりと彼女の元へ。
「…ん。遅かった、ね」
長い銀色の髪を、二つに分けまとめて、何を見ていたのかその切れ長の目をまだ遠く遠くに眺めさせたままに、そう一言語りかける。
その姿に、皆にしたその質問が、出てこない。
「私を探していたの…?
ちょうど、よかった。私もスノウに会いたかった」
「………?願い?世界?
わからない、なんのこと」
「あなたとずっといたいな。スノウ。
私は、ただ、それだけ」
……
質問は、出来たと思う。
ただそれもあんまり記憶にない。その発言の内容に、意識も記憶も半分トんでいたのだから。
…
……
スノウは、そうしてある場所に向かう。
彼が、彼らの仲間の一人がプライベートで作っている場所。研究所として、自分勝手に振る舞える場所が欲しいのだといつかに作って、時たま単独行動をしてそこに籠っていた場所。
誰かが最初に、そこを『祠』と呼んだ。
理解できないものへの、祟りがくるかもなと。
そこに、迷わず足を踏み入れた。
「よお、ウィン!
相変わらずカビ臭いとこでやってるな」
「なんだよスノウ。俺のとこに来るのが随分遅かったじゃないか。あ、おい勝手にそれに触るなよ」
「ははっ、お前ならここにいるって分かってたからだよ。なら別に最後でもいいやって」
「ひでえな!」
二人でそう笑い合って、こつりと拳を合わせる。そうしてからというもの、つむじ風が自動的に茶を運んでくる。スノウはそれを片手で遠慮してから、早速本題に入った。
「ウィン。お前、僕の会話ぜんぶ聞いてたろ?」
「ああ。聞いてた。だから説明の必要はないよ」
「…本当だったらそれをまた怒るべきなんだが。今回に限っては話が早くて助かるよ」
「風に乗って聞こえてきちまうんだから仕方ないだろ」
はぁ、とため息をつく。こいつのとこに聞きに行かなかったのはつまりそれも理由だ。どうせわざわざ聞かなくても聞いてるんだから、後で勝手に答えてくれそうだと。
その状態から。すう、と息を吸って。
スノウは、静かに言葉を口にした。
「ならば、ウィン。
お前は僕の共犯者になれるか?」
「あー、その勧誘じゃあならない」
「じゃあ言い方を変える。ウィン。僕の共犯者になれ。そして、一緒に世界をひっくり返すぞ」
「いいね、それ。気に入った」
二人ともがそれを契機にがたりと立ち上がる。
だから茶は必要なかったのだと。
「まず何から取り掛かればいい?」
「そうだな、まずは…」
スノウはただまず、見るに越したことはないと持ってきた『核』を突き付けた。
説明は必要ない。ここにあることと、それが持っている力そのものが、今は必要なこと。
ぎらりと、ウィンは目を光らせた。
「これは、おそらく願望を叶える機械のような性質がある。そしてそれ故に無差別にそれを行うからこそ、僕はあの場で奴を倒せた。
僕の、こいつを倒したい。こいつを、砕く!という願いをそのまま叶えたんだと思うんだ」
「なるほど」
「だから僕は、今その願いの履行の途中だ。
唯一、これを砕ける存在が僕だ。そして今からこれを、幾つもに砕く。機能はそのままに」
彼が最も頼りにしている、仲間たちへの質問。
そして、この世界を作り変える力の会得。
この世界そのものへの疑問。
それを、分配できる力を、得てしまったこと。
「なるほど。まずは、何個に?」
「……八つだ。
僕たち、みんなに分けられるように」
「なるほど、なるほど」
…これはつまり、英雄の凋落までの話。
世界を救うことに躍起になっていた物語の主人公たちは、主人公は、ここで静かに道を踏み外した。
自らへの身体の違和感。その焦りからも。
それを正当化するために、外した道を更に外して。
面白い世界。
ああ。世界そのものをひっくり返そう。面白いぞ。
皆が強くある世界。
そうだ。皆が横並びに、上の存在になるべきだ。
皆が優しくある世界。
皆が同じ力を持ち、同存在ならば優しくあるはず。
僕たちが幸せにある。
僕たちが共にいられる世界。
ずっと、共にいられる世界。
それを作ろう。
「今からこれを、『八つ星』計画と名付ける。
これは神に与えられた機会だ。
僕たちは、もっと上の存在になることができる」
僕たちは、『神』にだってなれる。
そんな野望が。そんな希望が。
そんな願いが、彼らの運命を狂わせた。