どこの世界にも馬はいる   作:月陽

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第2走 白馬も王子様もいらない

 

たまたま、そっくりなすがたで生まれただけだった。

そもそも、わたくしが望んだことではなかったのに。

 

生まれたのはわたくしではなくて、聖女さま。

それに気づいたのは、彼らと出会ったからだ。

 

わたしが、まだ自分をわたくしと呼ばされていたころに、わたしはいなかった。

来る日も来る日も教会にくるみんなをでむかえ、祈りの間という部屋で聖女さまの像とおなじかっこうでただ立っているだけ。だれもわたしの名前を呼ばなかった。

 

 

「聖女様、どうか加護をお授けください」

 

「聖女様、どうか私の足を治してください」

 

「聖女様、どうかあの男に天罰を……!」

 

 

わたしのようなこどもに、縋りつく大人たちをみさげる。かれらに同情も哀れみも感じたことはなかった。だって、かれらはわたしを救ってはくれないのだ。

3歳のころからこんな日々をおくっていたから、いつしか人間そのものを軽蔑するようになっていたのかもしれない。聖女さまがこのような人間に対してやさしくするいきものならば、わたくしは、いやわたしはそんなものになりたくなかった。

 

その日も、同じようにきらびやかなステンドグラスを背にして、帰っていく人間たちを睨みつけないように気を付けながら見送っていた。

そうして、教会の入り口を閉めようとしたその時だった。

 

 

 

「おお!?なんてうまそーな花だあー!」

 

 

 

聞き慣れない声だった。明るい声が近くで弾けたかと思うと、ぬうっとそれは現れた。

夜を思わせる青混じりの黒くて大きい体に、同じ色の顔には額の部分に白く十字の印があった。

ぐんと首が下がり、きらきらと輝く瞳が真横を通る。そしてぐわりと口が開かれた。

 

 

「うーん、うん、ほどよい辛味。うまい!」

 

「おいおい、フィロ。まあた花なんか食ってんのかあ?

それに花が辛いってどういうことだよ」

 

「これうまいぞオーレン!めっちゃいける。育てた人間がいいんだな」

 

「はっはっ、関係あるかよ」

 

「お前なにもわかってねえなあ、花も野菜も、育てた人間の一味で決まるんだぜ!

前に行った炭鉱の町の、ドワーフのおっちゃんが育てた草もうまかったなあ。おっちゃんの顔とは真逆のスイーツみたいな味がするんだよ。

でもあのでっかい国の姫さんが育てた花はまずかった。げきまずだった。腸がひねくれるかと思った」

 

「草(めし)のことになるとえらい喋りやがるな……。どえらい美人のねえちゃんだろ?まあ、ありゃ腹ん中に毒蛇飼っていやがったしなあ」

 

「げえ、やめろよその話!例え話じゃなかった時の俺の心情を説明させるぞ!20字以内で!」

 

 

絵本で見た、夜の海の色をした体の向こうから、おとなの男のひとの声がした。

お馬さんの食べているのはわたしが育てているおはなで、目の前でばらばらにされてどんどんと食べられていくそれが、とっても───きれいだった。

 

やわらかな鼻先がわたしのおはなにやさしく触れて、分厚い唇がぱくりとくわえる。おっきなお口があっという間に花を砕いて、ごくりと喉がうごいた。

 

 

「おい、フィロ。もういくぞ。教会の人間にみつかったらめんどくせえからよ。」

 

「んんん、もうすこし、もうすこしだオーレン」

 

 

わたしの腕よりも太い舌が、べろりとうごく。なぜかそれから目を離せない。

そして、おたがいを名前で呼び合って、たのしそうに言葉を交わす彼らに、なぜか苦しくなった。

 

もぐもぐぱくぱく、口と一緒に鼻も動き、瞳が表情豊かに動く。

呆然と立ち竦んだまま、2人の会話を耳にしていると、ぴんと立った長い耳がくるりと回った。

 

 

「うめー!いくらでもいける。マシマシのマシマシでもいける」

 

「さすがに食いすぎた、フィロ。聖女サマの花を食い尽くす気かあ?」

 

「聖女さまあ?」

 

「ふん。かつてこの国を救い給うた女のことさ。それを今でも崇め奉ってんのさ」

 

「ふうん」

 

「それにだ。このニアーク王国は、聖女サマにそっくりな女が生まれるらしい。そいつを聖女に仕立てて……。ははっ、なにさせてんだろうなあ」

 

 

そのひとから、わたしの姿は見えていないのだろうけど、聖女の話になった途端に嫌な汗が背中を流れる。その話は聞きたくなかったし、聞かせたくもなかった。

顔を伏せたわたしの耳を、くぐもった声が揺らす。それでも耳をふさぐことはしたくなかった。

 

 

「よくわからんが、この花は結局誰の花なんだあ?」

 

「さてな。話によると聖女サマが死んだ時、生えてきたそうだぞ」

 

「なんだそれ。聖女の花じゃねえだろ。そんなん。

いいかあオーレン。あのドワーフのおっちゃんもあの派手な女王様も、同じ花を育ててやがった」

 

「そうだったかあ?」

 

「でも味はまったく違う。まさに天国と地獄だ。あのおっちゃんは俺を天に導き、あの女王様は俺を地獄の底に叩き落した」

 

「あー、あの時は流石の俺も驚いたぜ。なにせ、国宝モンのブツが」

 

「それ以上はいけない。いいか、オーレン、違うんだ。この話は全年齢対象なんだ。たとえ全国の老若男女がシモの話を好きだといっても、俺はゆるさねえ。じゃなくてだな、俺が言いたいのは!!

俺はこの花が好きじゃなくて、ここで育てられているこの花が好きなんだ!」

 

 

ふと、世界が揺れた。そして、ぱっと視界が色づいた。

 

やっと顔を上げたお馬さんは、反対側にいるであろうその人間に目をやり、そして、ぐるりとその首がこちらに向いたのだ。

 

 

「キャアアア……!オ、オンナノコォ……!」

 

「うおっ!おい、フィロ、あぶねえだろうが!」

 

 

ずざざざ、と大きな体が横っ飛びをした。それを軽々と受け止めた人間が、お馬さんの首をぽんぽんと撫でると、わたしがいる方へと姿を見せる。

 

 

「ほう……。これは、なるほど次期聖女のお嬢さんか。するってぇと、この花は」

 

「ヒヒン、」

 

 

これがわたしと、フィロとの出会い。オーレンという人間もいたけれど、わたしの目にはフィロしか見えていなかった。

 

 

「あなた……フィロっていうの?」

 

「ア、ア、ハイ、」

 

「おいしっかりしろよ相棒。すまんな嬢ちゃん。こいつは女が苦手でな」

 

 

その言葉を聞いて、思った。さきほどフィロが言っていたわたしの花と同じだ。女だから好きなのではなくて、わたしだから好きだって言ってもらえたら、どんなにうれしいことだろう。

考えただけでもぞくぞくとしたものが背中を走った。

 

 

「わ、わたし……お馬さんに乗ってみたい!」

 

「ヒエ」

 

「随分肝の据わったお嬢ちゃんだな!大の男でもビビり散らかす馬に乗ってみたいとは、気に入った!」

 

「クソ……オーレン、ウラギリモノ」

 

 

わたしは夜が好きだ。わたしがわたしでいられる時間だから。

きらきらした星と月だけが、わたしの姿を知っているから。

だから、わたしはフィロの色も、瞳も、好きになるのは当然のことで、そしてあんなことを言われたら、フィロ自身を好きになるに決まっていた。

 

 

「触って、いい……?」

 

「イ、イヤドス」

 

「わあ!さらさら……!」

 

「エ、チョット」

 

「ね、わたし、あなたにのりたいわ!」

 

「ア、コノコ、アカン」

 

「あなたの食べたわたしのお花、もっといっぱいあげる!」

 

「ウ……ッ」

 

 

わたしの言動で滲む冷や汗も、忙しなく動き回る耳も、困ったような瞳も、たまらなくて。

生まれて初めてわたしの心臓がどくどくと動いた気がした。

 

 

「あー、こいつは……」

 

「お、オーレン。た、たすけ」

 

「たてがみ、編んでも良いかしら!わたしのお花つけてあげる!」

 

 

花を育てるのは苦痛ではなかったけど、退屈だったのに。

もっとたくさんの花を植えようと心に誓う。

わたしの花園の中で、わたしの花を食むフィロを、みたかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「森だあ……」

 

 

ふっかふかの腐葉土は歩きやすいが、足音が聞こえにくいので、より注意を払う必要がある。

馬の耳は人間のそれよりは良いにしても、鬱蒼と茂る木々は段々と太陽の姿を隠していく。

そもそも夕暮れ時なのだ。この時間に森に入るのは自殺行為なのではなかろうか。

 

 

「ねえ、フィロ」

 

「ナニイ……?」

 

「もう!まだわたしのこと苦手なの?」

 

「うーーん、そうじゃあないけどさあ」

 

 

初対面の時よりは慣れたとはいえ、オーレンとばかり旅をしていた俺は、どうも落ち着かない思いだ。ぴるぴると動く耳が、俺の感情をそのまま表してしまうので、誤魔化しは聞かないのだが。

 

 

「なーんか、そわそわするんだよなあ。まるで、」

 

 

あれは、かつてのとある雪深い夜のことだ。夜間放牧に出されていた俺と、もう一頭は、身を寄せ合って耐えていた。そんな時、視界が吹雪で覆われる中で、感じた視線を今でも覚えている。

 

巨大なヒグマが、じいと、俺を見ていた。獲物を見る肉食獣のそれ。

それと同じ何かに見られている感覚と、同じものを今、感じていた。

 

 

 

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