どこの世界にも馬はいる   作:月陽

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第5走 嘘を知る馬

 

 

「オーレン、なあ、次はどこに行くんだ?」

 

 

オーレンとの旅が始まったばかりの頃だ。

東にある小さな村の酒場に入れてもらった俺は、店の奥に脚を畳んで座っていた。

目の前には木のツタで編んだでかいカゴが置かれ、中には野菜や果物がたっぷりとつまっている。

ニンジンに似た野菜をスティック状にカットしたものをむしゃりとかじり、度数の高そうな酒を水のように飲むオーレンに声をかけた。

 

 

「さてなあ、まあたまには学者みてえなことしてみるかあ?」

 

「学者ぁ?」

 

「歴史探索ってやつよ、おまえさんそういうのに疎いだろ。たまにはお勉強もしねえとなあ」

 

「まあ、それはよろしいですわね。

ここは東の国の中でもコリネトの樹に最も近い場所ですの。一度足をお運びあそばせ」

 

「俺ぁ何度か行ったがなあ。こいつにも見せたくてよ」

 

「それはそれは、よきことですわ」

 

 

口元に指を添えて艶やかに笑うのは、この酒場のおねえさんである。

いくらオーレンに丸洗いしてもらっているとはいえ、俺を受け入れてくれる飲食店はそう多くはない。

特にこの東の国は、ちゃんと区別をする習慣があるらしく、嫌な顔はされないもののどうしてもオーレンと離されてしまう。そんな中で見つけたのが、この酒場だった。

 

 

「コリネトの樹?」

 

「ほほ、あなたさまはこの世界の成り立ちをご存知で?」

 

「いや、まったく」

 

「ああ、なんておかわいらしい。それでは僭越ながら私めが……。

まず、世界を創りし神の3柱がおりました。

名を―――天界の女神 アメナ

名を―――地界の男神 アマス

名を―――冥界の女神 イザミ

彼らによって世界は創造されたと伝えられております」

 

「なあんか、聞いたことあるような」

 

「ほほほ。地界を創りしアマス様は、大地に芽吹きを与え、生命をつくり出しました。

そして、アマス様に付き従う9大精霊様に命の守護と導きを命じると、地界の神はその役目を終えたとされます」

 

 

指先が、からっぽのグラスを掴む。

吟遊詩人が詩を謡うように、おねえさんはきれいな抑揚で言葉を続けた。

 

 

「9大精霊様は、大地を9つにわけて、それぞれの地を統治しました。火、水、土、雷、氷、風、森を司る7大精霊様は地上に国を造り、そのうちの1つ、土の国がこの東の国『アテナ』ですわ」

 

「土王ノームがおさめ、聖女ソイルの守る、豊穣の国だ。ここなら食いっぱぐれることはねえな」

 

「なんか壮大な話だな。それで残りの大精霊様はどうしたんだ?」

 

 

おねえさんはするすると果物の皮を剥くと、俺の鼻先に近づけた。丸い形をしているが香りはバナナに似ていた。手を傷つけるわけにはいかないから、ちゃんと距離を確かめてぱかりと口を開けた。

 

 

「うふふ。光の大精霊様は与えられし大地を、天空に浮かべて国を造り、闇の大精霊様は与えられし大地を、地下へと沈めて国を造りました」

 

「て、てんくうと、ちかって、上にも下にも国があるのかあ!?」

 

 

思わぬ情報に動揺してしまったが、おねえさんのおかげでそのバナナのようなものを落とさずに済んだ。

 

 

「ああ、勇者様がご活躍してた時は自由に行き来してたもんよ」

 

「今では交流は絶え、どうしているのやら」

 

「はっ。どうまた戦争(けんか)でも起きるだろ。今日の味方は明日の敵ってなあ。人間サマってのは共通の敵でもいねえと共食いを始めんだ」

 

 

もぐり、と丸いバナナを頬張ると、予想通りの味がした。よかった、ミスマッチなのは形だけだ。とはいえこれがこの世界の普通なのだろうけれど。

 

 

「なあ、王様はわかるけどよお、聖女様って?」

 

「聖女様は大精霊様より賜った神義をもって、民を、土地を守り、繁栄させる存在ですわ」

 

「神義ってのは楽器だ。役目を終えた大精霊たちはな、信仰する人間の中から“王"と"聖女"を選んで、国の統治と土地の守護を託して、眠りに就いたって話だ」

 

「選ばれし王は、地界の神様と大精霊様への崇拝と誓いの意を込め、治めし地に大精霊様の名をつけました。アテナという国名も、土精霊アテナ様の名をいただいたものですわ」

 

「大精霊様がいなくなった後、どうやって王様と聖女様を選んでるんだ?」

 

「それは国それぞれですわね。でも一番大事なことは、神義に選ばれることかしら。中には王様の好みで選ぶ、なんて不埒なところもあるとか」

 

「け、結構雑なんだなあ」

 

「ま、よーするにだ。コリネトの樹は、9大精霊サマが降り立った場所らしい。行きゃわかるがあそこに流れる力は、すげえぜ」

 

 

だいぶ伸びた金色の髪を払い、オーレンはニヤリと笑った。

歴戦のハンターといった外見だが意外と歴史オタクな面も持ち合わせる彼から、俺はこの世界のことを教わったし、人間の友達もたくさん増えたものだ。

 

 

「おっとねえちゃん、すまねえな。こいつはレッドゴールド苦手なんだよ。俺にくれるか?」

 

「あら、そうでしたの。失礼いたしました」

 

「う、ご、ごめんなあ、ルイソ」

 

 

レッドゴールドすなわちリンゴのことであるが、昔からあまり得意ではなかった。人間の頃は食べていたと思うのだが、なんか無理なのだ。嫌な意味で血が騒ぐというか……。

 

ああ、そうだ。女性が苦手な俺がなんでこのルイソというおねえさんには普通に接しているかというと。

 

 

「いいえ、フィロ様のことをまた1つ知ることができましたわ。このルイソ、身に余る光栄です」

 

 

濡れたような黒髪を結い上げ、おそらく着物であろう服を着こなした美女は、実は美男なのだ。

たおやかに笑う顔は女性的にも見えるが、中性的なミステリアスさを滲ませていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はあああ、」

 

 

そういえば、聖女とはなんたるかを、東の国アテナで聞いたのだった。思い出したのは、泉のそばにある開けたスペースで、集めた薪を咥えて組み立てていた時であった。

 

 

「そういやあ、ティアからちゃんと話を聞いてないなあ」

 

 

俺は馬だから、目的地も飯もオーレンが決めて、人間との会話も基本的に任せていた。馬とか動物はともかくとして、人間と意思疎通を図ろうと思ったことがないことに気がつく。

 

 

「そっかあ、これからは俺が向き合わないと。俺の旅だもんな」

 

 

図ろうとしなくても、動物が好きな人間は俺の機微を汲もうとしてくれる、でも俺はその人間のことを知らない。

 

 

「よおし」

 

 

ちなみにどういう理論かは知らないが、額の流星にこう意識を集中させることにより俺でも魔法が使えるのだ。なんでチュートリアル先生に追っかけられた時は使わなかったかというと、走りながら集中するのは……その、ちょ、ちょっとだけ苦手なんだ。

 

 

「えーと、火魔法はこうだったよな」

 

「おい、メシだ」

 

「ワッア!……ゴリッパア」

 

「食え」

 

「ハヘエ……ム、ムリデスウ」

 

 

どん!と真横に白目を剥いたチュートリアル先生が倒れ込んできて、集中がぶっとぶ。

 

颯爽と現れたのはオレンジ色の髪をなびかせて長身の女性で、黒革のズボンに、へそ出しの黒いシャツを着たスレンダーな彼女は"マーニ"と名乗った。

 

あの後、泉に倒れこんだティアを慌てて体で受け止めた後、見計らったように姿を現したマーニはティアを抱き上げるといつの間にか用意されていたテントに彼女を運んだ。ほぼ死角がない俺が出し抜かれたことにへこむ。

どうやらマーニは俺たちの道中を監視していたらしく、なんだか俺には友好的な気がした。

 

 

「それでえ、どういうことなんだ?」

 

「ふむ。そうだな。あたしはティアの親友だ。幼馴染ってやつで、ニアーク王国の影でもある」

 

「影?ニンジャみたいなもんかあ?」

 

「ニンジャがなにかは知らんが、トロイだ」

 

「へえ!はじめてみた!」

 

 

トロイとは、この世界のスパイのことだ。オーレンから話は聞いていたが、実際に見るのは初めてだった。

要するに忍者である。かっこいい!忍者いいよなあ。俺も一度忍んで見たかったぜ。ぴんと耳を立たせた俺に、一瞬目を丸くしたマーニは、ごほんと咳ばらいをした。

 

 

「……川を見たか?」

 

「ああ、なんかまずそうな色になっちまったよなあ」

 

「あれは血だ」

 

「ええ……血い。うそだろ?

だって、ああ、そっかあ。俺赤色わからねえんだった。それにしてもなんで、いきなり?」

 

 

馬は人間と比べて見える色が少ないらしい。俺は赤色だけは見えず、その他の色は見えたが、他の馬たちはどうも違うようだ。

それにしても迂闊だった。あの妙な色は血が酸化した色で、そうなると生臭いにおいにも説明がつく。

 

 

「聖女の、堕落だ。聖女フロレンティアは罪を犯した。だからその魂を神のもとへとお返しし、新たな聖女の魂を乞わねばならない」

 

「はあ?どういうことだよ!」

 

「フィロ、だったな。お前はだまされたんだ」

 

 

腕を組んだマーニは表情一つ変えずに、じいと俺を見た。トロイの名に相応しくその瞳からは表情は読み取れない。

でも、俺は、馬だから。彼女から隠せないほどのその感情が、滲み出ているのがわかってしまう。

 

 

「俺は、だまされてなんかないさ。だって、ティアはうそを言ってないもんなあ」

 

 

人は人に嘘をいうかもしれないけれど、動物にはひどい嘘をいわない。

少なくとも、俺の周りの人間はそういうヒトだったから。だから俺は人間を信じるし、人間を乗せて走るんだ。

 

 

 

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