どこの世界にも馬はいる   作:月陽

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第6走 背負うもの

 

この国の女は、盲信か、洗脳か、搾取か、それくらいでしか幸せになれない。

 

王城よりも低い位置にある城下町は中々に広く、活気があり出店も多い。訪れる旅人はこの国を、気の良い国だと記録し、世界へと広める。

この町のヒトたちは人懐っこくて、人当たりが良く、お節介焼きだから、住み着く人も多くいた。

 

自分が、まんまと蜘蛛の巣に誘き寄せられたことも知らずに。

 

 

『ティア、大丈夫かい?』

 

『うん。大丈夫だよマーニ』

 

『なあ、その、つらいことされてるんじゃあないか?もし本当にアンタが聖女の生まれ変わりだとしてもだ、おかしいことだらけじゃないか!』

 

 

ティアが王にみそめられてから1年が経った。

これから手がかかるようになる3歳児だというのに、ティアはひとりで教会に缶詰めだった。時折、城に出向いては何かをして帰って来るのが唯一の外出だろうか。

 

あたしの親は王の臣下だったけど、城でティアが何をしているのか教えてはくれず、ただ聖女の遊び相手となれ、というだけだった。

思えば、それがあたしに与えられたトロイとしての初めての任務だったのだろう。

所詮あたしも、この国の血が流れる1人でしかないのだ。

 

 

『ねえ、マーニ』

 

 

がらんどうの声、斜陽の瞳は、疲れ切っていた。教会の天井からたっぷりと注がれる光に、ティアの人形のように精巧な顔が浮き立つ。

その青白い顔をみて、誰も彼もがきれいだと、なんてうつくしいのだと、口を揃えるのだ。彼女の両親でさえも。

 

 

『そとに、でたいわ。そとにでて、ここではないどこかで、ゆっくりねむりたい』

 

 

聖女として話し方、振る舞いを押し付けられたティアの、最初で最後の彼女の言葉だった。

 

 

『ひとりはいや。でも、にんげんはもっといや』

 

 

この言葉を最後に、ティアはティアでなくなった。あたしは最後まで彼女に、一緒に外に出ようとは言えなかった。ティアはもう人間を諦めていたから。

 

それから7年が経ち、ティアの10歳の誕生日が訪れた。この国では選ばれし聖女は10歳となった日から、入城し、王の傍で国を守り、神への奉仕を行うのが通例であった。

あたしは聖女の側仕えに選ばれた。だから、あの日聖女フロレンティアを迎えに教会へと赴いたのだ。

 

 

「教会の静寂がいつもとは違った。あたしはそれで気付いたんだ。ティアが聖女を殺したんだってな」

 

「なにいってんだ?ティアが聖女なんだろ?」

 

「フィロ、今からあんたは神馬だ。神馬でいること以外許さない。許可なく走ることも、食べることも、何もかも王の許可のもとに動け。と言われたらどうする?」

 

「なにそれむりぃ」

 

「なら死ぬしかない」

 

「ええ……。なんで0か100しかないのお」

 

「だから、ティアは聖女としての自分を殺した」

 

 

聖女に選ばれしものは聖女としての振る舞いを義務付けられる代わりに、一生を保証される。あらゆる意味で、だ。だが実際、一番得をするのは聖女の親で、地獄の思いをするのは聖女自身なのだ。

 

 

「はじめに聖女として扱ったのは、両親だ。だからティアは彼らを殺した」

 

「なあ、そもそもおかしいだろ。王と聖女ってのは対等じゃあないのかよお」

 

 

宵闇に紛れるのに最適な毛色を持ったデカい馬が、真っ直ぐにあたしを見下ろす。

 

 

「対等ではない。少なくともこのニアーク王国内領土ではな。ニアークでは女は……。そうだな、男の供物でしかない」

 

「ウワァ……そういうやつかあ、そりゃあ無理だあ」

 

 

魔力や知性の高い動物あるいは魔物は、人間の言葉を話したり理解するのだが、この馬は殊勝だった。なんというか人間くさいのだ。考え方も仕草も全て。だからだろうか、とても話しやすかった。

 

 

「そ、そういえば、この国の大精霊様は誰なんだ?各国にそういうのあるんだろ?」

 

「ああ、9大精霊の話か。ニアーク王国にそんなものはない。なにせ、この国の前身は―――神の無き国“プロディティオ”だからな」

 

「イヤア、モウムリイ。俺ぁ、元々カタカナ苦手なんだよお。西洋風の、しかも複雑怪奇な名前なんぞ、覚えられねえぞお。コリネトの樹でぎりぎりなんだ、これ以上はやめてえ」

 

「安心しろ。馬の脳みそにそんなものは求めていない」

 

「ヒン」

 

 

軍馬いやそれ以上に精悍な顔付きをしているのに、どうも間抜けな奴である。

脚を横に流して体を横たえる馬フィロは、首を振って、たっぷりと豊かな黒いたてがみを払った。

長く伸びたそれに、あたしはふと疑問に思う。

 

 

「そういや、あんたどこの馬だい?」

 

「おれは」

 

 

あたしの質問に、フィロの表情が変わる。

引き締められた顔が、誇らしげに見えたのは気のせいだろうか。

 

 

「……いや違う、俺ぁ、どこの馬でもないんだ。ちょっと前まではオーレンっていう男と旅をしてたんだ」

 

「オーレンだって!?オーレンって、あの"黄金鬼(オルフェ・デモルグ)"のことか!?」

 

「ハイ……、あ、そ、そんな大きな声でいわないで……」

 

「なにをいう!黄金鬼(オルフェ・デモルグ)といえば、魔王討伐後最大規模の魔物襲来をたった1人で食い止めたという、勇者に次ぐ、いやそれ以上かもしれない男だぞ!」

 

「ウン、ソウダネ」

 

「だとすれば、だ。あんたは、"黄金の誇り(オウル・レグナス)"フィリエンか!?」

 

「ウワアアアア、ヤメロオオオ!!!」

 

「やめるもんか!あたしはあんたたちの大ファンなんだ!ほら、本だって持ち歩いてる!サインをくれ!!」

 

「ヒッ、シヌウ……。ほ、本なんて聞いてねぇぞお!!や、やめて、らめえ、そ、そういうのは、オーレンに」

 

「あたしは、あんたのが欲しいんだ!」

 

「アーッ、オヤメクダサイ! あ、ちょっと!ちか、近づかないでえ!これ以上の距離短縮はまずいですよお!」

 

 

数年前のことだ。勇者の魔王討伐から100年も経っていないというのに、とある兆候が現れた。

魔王の残党たちが復讐せんと、この世界の中心に立つコリネトの樹を襲撃した。

 

詳細を語ると寝食を忘れて月日が経ってしまうので、断腸の思いだが割愛しよう。その時に現れたのが、漆黒の馬に跨った金髪の男である。

 

 

「コリネトの樹は、この世界の生命を司る樹だ。産まれくるものを迎え、去り行くものを送る、神々が生み出した最初の命でもある」

 

「ウ、ウウ、俺、もうセン馬になるう」

 

黄金鬼(オルフェ・デモルグ)オーレンは樹を守り抜き、最後まで乗っていた馬を讃えた。───この馬こそ、俺の誇りだと!」

 

「イヤアアアア!! ち、ちがう、ちがうんだ!俺はただ、」

 

「ああ、なんと慎ましい!そんなのではだめだ!あんただって男なんだから」

 

「男だとか関係ない!!ないんだよお」

 

 

突然太く逞しい脚が、地面に立つ。

座り込んだままのあたしを、でっかい目がじろりと見た。濃い青色を混ざらせたその目は、きらきらと輝いて夜空を思い起こさせる。

 

 

「馬は牡馬も牝馬でも走るんだ!人間を乗せてな!おれだって、俺の相棒を乗せて走る!それだけなんだ。なのになんか知らないけどオーレンのやつう」

 

「……背中の上は、女でも良いのか?」

 

「えぇ?なにいってんだ、当然だろ!」

 

「そうか……。そうか……」

 

 

おかしい。

 

この馬がティアを町の外に導いた。そう報告を受けた時は、チャンスだ思った。あたしもすぐに後を追って、馬を捕まえてティアと王国を出よう。

馬は足がつきやすいから乗り捨ててしまっても良い。そう考えた。

 

あたしはトロイとして王に仕えていたけれど、そこに心からの忠誠はなくて。ティアには決して言えなかったが、あたしも外へ出たかった。

 

おかしいな。

 

染み込んでいく。乾いて割れた地面にあたたかな何かが。女であるが故に否定され続けたあたしが、はじめて受け入れられた。しかも、こんな馬に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ふいに、森がざわめいた。

俺の耳がくるくると周り、近付いてくる地鳴りのような音をとらえる。

 

 

「なにかくる……!」

 

「ち、追手か」

 

 

四方から聞こえてくるその音は、明らかにこちらにこちらに向かっていた。このままでは挟まれてしまう。

 

 

「こ、ここはまずい!逃げよう!

……の、乗ってくれ」

 

「っ……!ああ、わかったよ。ティアを連れてくる」

 

 

馬の足音ではなさそうだ、もっと軽くて身軽で、小回りのきく動物、たとえばそう……。

 

 

「いた!いたぞ!ターゲット、エンカウンター!」

 

「フィロ、ティアはあたしが抱える!」

 

「わ、わかったあ!」

 

 

この世界には馬以外にも、移動に使用する動物や魔獣がいる。魔獣はかつて魔物だったが、人間と暮らすことを選んだ動物のことをさすらしい。

どれも適材適所だが、このような森や山を探索かつ追跡をするのに使用されるのは……。

 

 

「フィロ、ナイトハウルだ!食われるなよ!」

 

 

飛びかかってきたそれを、片手にティアを抱えたマーニが弾く。そして俺に飛び乗ると、手綱を掴んだ。

 

ナイトハウルは名前の通り暗いところが大好きな狼で、この世界の狼にしては小型だが、その分トリッキーな動きが高いだ。闇討ちに特化した狼とか怖すぎるだろ。

意外にも人間に懐くらしく、トロイたちが好んで飼育しているらしい。

 

 

「いけ!黄金の誇り(オウル・レグナス)よ!」

 

「だからそれはやめろおおおおお!!うずいちゃう、ひ、左手が疼くぜえ!」

 

「おお!それはまさしく左前足から繰り出される衝撃波(クレセントフーフ)の予備動作のことだな!」

 

「えっ、なにそれ!?何、知らない怖!?」

 

「誤魔化さなくとも、あたしにはわかる!ティアのことは気にするな!やっと守れるんだ。あたしが、ティアを守る!」

 

「いや、え、ごめん!あとでその本の作者おしえてええ!」

 

 

とん!と横っ腹を蹴られて、条件反射で脚が勝手に動いた。いつもの位置は違うけど、懐かしい感覚にふつふつと湧いてくるのは、闘志か勝負根性か。

 

不思議なことに戦闘だと認識すると、俺の視界は真後ろまでちゃんと見えるようになる。そして集中すればちゃんと立体的にも見えるから、こういうチェイスで大変役立つのだが……。

 

 

「しゅ、集中できないんですけどお!」

 

「あっ!それは、尻尾打撃技(スターウィップ)じゃないか!かっこいいぞ!」

 

「なんで後ろがみえてるんですかねえ……」

 

 

前後左右から襲いかかるナイトハウルを気合いで避けながら、何か行動をする度に叫ばれる知らない技名に恐怖を通り越して、もはや無である。

なんかそういう技だった気もしてきた。うん。

 

横から飛びついて来たナイトハウルが喉元を食い千切ろうと口を開けたが、顔をぶち当てて怯ませた。

 

 

「ナイスだ!良い首打撃技(ネックラッシュ)だった!あたしも負けてらんないね!」

 

「そ、そうだろお?」

 

 

上に乗っていた人間たちはマーニが撃ち落としてくれるので、俺はナイトハウルに集中することができる。そのことだけが、ありがたかった。ほんとそこだけだけどな!

 

 

「このまま森を突っ切って、隣の国に逃げるぞ!」

 

「はいよお!って、隣の国って?」

 

「森の国エントだ。迷いやすい場所にあるから、ちゃんと音を聞くんだぞ!」

 

 

この脚なら、どんな道でも軽々走れてしまう。

スピードに乗ればどんな動物でも魔物でも追いつけはしない。

 

 

「川元さん、ケンくん、おれまだ走れてるよお!」

 

 

いつだって、この一歩は彼らのもとに通じているんだから。

 

 

 

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