なおYAMA育ちは型月基準とする

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タクトちゃんが山育ちと聞いて思い付いた一発ネタです


YAMA育ちのタクトちゃん

 

 

 

 

 

 

 幼い頃、山に入ってはいけないと言われた事がある。

 

 自宅の裏手にある古い山だ。名義上管理者はいるものの、手付かずで手入れされておらず大の大人でも、知識も無しに単独で入れば負傷は免れない。ともすれば、生きて帰るのにも苦慮する、という代物だった。

 

 気付けば、誰が言ったか禁足地なんて呼ばれている。

 しかし子供というのは困ったもので、大人からやってはいけないと注意された事を嬉々としてやりたがる傾向があるのだ。かくいう私もその一人である。熊だっているという山の中を、友人達を連れて冒険に出ようと二、三人ばかり誘った。

 今思えば、どうしようもない悪餓鬼であった。

 

 真っ昼間だというのに鬱蒼と茂った林は日を覆い、薄暗く気味の悪い雰囲気を醸しだしている。

 その光景に思わず生唾を飲み込んだが、ここで引き返す選択は無かった。威勢の良さだけが売りの子供が、「怖いから帰ろう」なんて言い出せるはず無いからだ。

 震える体を叱咤して道とも知れぬ山肌を進んだが、その足は長く続かない。ガサゴソと、茂みに揺れる黒い姿を見てしまったからだ。

 

 月の輪熊(ツキノワグマ)であった。別に自分達を追いかけてきた訳でもなく、たまたま出会った、それだけでしかないだろう。子供らしく無遠慮に話していれば、声に気付いて向こうから離れてくれただろうに、私達は恐怖に震えて黙ったまま足を進めたのだ。

 

 熊、というのは積極的に人間を襲う生き物ではない。人間も熊が怖いが熊も人間が怖いのである。体格こそ熊の方が圧倒的だが、二足で自分達の目線よりも高く立ち上がる人間の姿は熊に対して人間を熊より大きな生き物に見せているらしい。特別な理由が無い限り、熊が人間を襲うというのは本来珍しい事であった。

 

 しかし今はその特別な理由に該当していた。身長150にも届かないヒトの幼体の群れが、二、三匹、熊から見てもそう体も大きくないのだ。そしてツキノワグマは植物食が目立つとはいえ機会があればシカなども襲う捕食者でもある。

 必然的に熊の方から向かってくる事に不思議は無かった。

 

 ここで唯一幸運だったのは私達が叫ばなかった事である。つたない脳味噌なれど、熊に対して急に走ったり、叫んだりしてはいけないと、その程度の知識は有名で知っていたからだ。本当ならゆっくり後退りでもして、もし食べ物でも持っているならそれを熊の視線から自分達を外すように転がすと良いのだが、流石にそこまで頭が回る事は無く。

 

 どこぞで木の根にでも足を取られたのだろう。

 躓いた時には遅かった。

 あっと、一声挙げて、それで意図せずとも急な動きをしてしまう。背中から倒れるように転んだ私は子供ながらに死ぬのだと予感した。熊が動くにはそれだけで十分過ぎるからだ。

 

 予想の通り熊の唸り声が聞こえ、せめて苦しまずに逝けるよう目を瞑り懇願する私だったが、いつまで経っても爪牙が柔いこの身を食い破る事は無い。

 不思議に思って目を開けば、そこには呆気に取られて阿呆面を晒す友人達と────

 

 ────熊を正面から抑え込み、その胸に致命の一撃を叩き込む一人のウマ娘の姿があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「タクトちゃん、また山に行ってたの?」

「私のマイルール、みたいなものだから」

 

 トレセン学園。

 

 ウマ娘達がレースに切磋琢磨し、青春を謳歌するこの学園で一つの小さなニュースがあった。

 いや、小さいというには語弊がある。山に入り迷子になっていた少年達をクマから襲われる寸前で助けたのだ。表彰ものである。実際、少年らが住む市からは表彰状を贈りたいという申し出があったのだが、助けた張本人────デアリングタクトはこれを断っている。

 当たり前の事をしただとか、他のウマ娘でも出来るとか、勿体付けて表彰状の申し入れを躱したが、デアリングタクトの本音にそんな謙虚な思惑は無かった。

 

(お願いだから、もう山に誰も入れないでほしい)

 

 デアリングタクトとしては困っていた。

 少年達に見せてしまった"拳"をどう秘匿したものかと考えていたのだ。一応、少年達には秘密だから口外しないでほしいと言い含めてある。クマの死体も、早々にデアリングタクトが引き取りさっさと解体して如何にクマが死んだか嗅ぎ付けられないようにしていた。

 

「タクトちゃんってなんていうか、()()()()()()()()だよね」

「そうかな。同じことの繰り返しだよ?」

「それでも位置がズレてないのは普通の人じゃできないよ」

「あー……そうか、これは普通じゃないのか

「タクトちゃん何か言った?」

「ううん、なんでもないよ」

 

 デアリングタクトは体育館の床を見る。そこには雑巾がけで綺麗に残された歪みの無い拭いた跡が、真っ直ぐと垂直に線を引いていた。

 

「私のなんてぐちゃぐちゃだもん!これさ、最初は良いけど腰に来るよね。すっごく疲れる!」

「足腰を鍛えるためのトレーニングだから、腰に来なきゃ意味が無いんじゃない?」

「だからって、トレーニングついでに掃除やらせるのもどうかと思うよ」

「ここの体育館は広いからね……掃除の業者雇うより安上がりだろうから」

 

「こらそこ!無駄口叩いてる暇があったら少しでも多く往復する!」

 

「……はーい。怒られちゃった」

「ほら、話してる暇なんて無いよ」

「ちぇー」

 

 教官がデアリングタクト達に檄を飛ばす。

 デアリングタクトを含め、ここにいるウマ娘達は皆新入生だ。トレーナーどころか模擬レースだってまだやった事が無い。

 これから先、模擬レースや選抜レースなどで優劣の差が付いていくだろう。今はまだ姦しく話せているが、数年後にはここから去るウマ娘もいる。

 レースの世界はどこまでいっても実力主義だ。いつもなら、彼女達を指導する教官はここから何人生き残れるのかと、何ともならない憂慮を心に秘めて指導するのだが今日は少し違った。

 

(デアリングタクト……普通か?本当に普通なのか?受け答えは年頃の少女として一般的だが……なら、なんでああも()()()()()()を続けられる?)

 

 体育館の雑巾がけを始めて一時間以上、時折休憩は挟んでいるものの、皆相応に疲弊している。

 だというのに、デアリングタクトだけが最初と変わらぬパフォーマンスを維持している。疲労を感じさせずトレーニングに向かうその姿は教官に不気味な印象を与えていた。

 

 

 

 

 

 後年に、トリプルティアラを達成したデアリングタクトへのインタビューの一環で最初に彼女を指導した教官はこう答えている。

 

 ────上手くは言えないんですが、間違いなく普通ではなかったと。指導する立場の身でこのようなことを言うのは失礼かもしれませんが……

 

 ────異質。ただそうとしか、私には感じとれませんでしたね

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もうこんな時間……」

 

 デアリングタクトは自主トレーニングの一環で学園の外を走っていた。

 トレーナーがいないウマ娘の自主トレはあまり推奨されていない。トレーナーがいれば、自主トレでもある程度方針を組んでもらい無茶をしないよう努める事が出来る。しかしトレーナーがいなければその無茶に待ったをかける者がいないのだ。ウマ娘というのはレースに入れ込む余り、命すら削るような真似をして励もうとする者もいる。如何に才能あるウマ娘と言えど、その能力を一人では十全に発揮できないというのはよく知られた事実であった。

 

 とはいえ、何事にも程度というものはある。

 デアリングタクトは普段の素行の良さで、学園外を走り回るくらいなら良いとその程度の許可を教官から貰っていた。学園の設備を使って鍛練に入れ込むのは認められないが、ジョギングなら良いかという塩梅である。

 トレセン学園の周囲に住む人々はウマ娘に対して優しい。もし外で無理している様子があるのなら、即座に学園へ通報が入るくらいに学園と外で暗黙の了解があった。

 

(……)

 

 日が落ちかける夕方。

 とぼとぼと、学園までの道のりを歩くデアリングタクト。

 身体的な意味では疲れていない。走ろうと思えば走れる、その方が学園にずっと早く帰れる。

 そうしないのは、彼女がこの"独り"である事をどうしようもなく謳歌したかったからだ。

 

(普通って、疲れるな)

 

 彼女の出自は特異である。如何に膂力に優れたウマ娘であってもクマを一撃で仕留めるなど尋常ではない。

 それが出来る、というのはつまり────

 

(……?)

 

 ふと、視界を横切る黒い影が見える。

 一瞬、ネコのようにも見えたがあまりにも早すぎて影しか追えなかった。

 ノラネコくらいいるか、と気を取り直して帰途に着こうとしたところで────

 

「……シッ!」

『ウミャァ~ン』

 

 通り過ぎた背後から気配。

 咄嗟、ですらなかった。驚く事すらせず、デアリングタクトは振り返りながら正確に気配を把握し、拳と肘打ちの二連撃を"ネコのようなナニか"に見舞った。

 そのまま"ネコのようなナニか"は吹っ飛ばされた勢いで横の裏路地に消えていく。

 一瞬だけだったが明らかに体積が通常のネコを越えていた。まるで形の無い影のように、自在に体が揺らめいているのだ。その癖して拳と肘には感触がありありと残っている。

 

 デアリングタクトは警戒しながらも、裏路地に潜む気配に呼び掛けた。

 

「なんのつもり、ですか」

「いやぁ、お見事。久方ぶりに日本に帰ってみれば、とんでもない大物が釣れたものだ」

「質問に答えて下さい」

「試すような真似をしたのは済まないね。まさか現代にもなって君のような"遺物"に会えるとは思わなかったんだよ」

 

 パチパチと、まるで安い映画に出てくるような悪役のように拍手をしながら女が一人、裏路地から出てくる。

 ウマ娘ですらない、ただの人間だった。顔つきは整っていて、特に切れ長であれどパッチリとした目が美人である事を示している。少し()()()()()()()()の髪だけが、いやに目に付いた。

 

 女は"ネコのようなナニか"を横に侍らせその頭を撫でてやっている。やはり体積を変えられるようで、女が屈まずとも撫でやすいよう容姿はそのままに、大型犬ほどの大きさへと姿を変えていた。

 

「……人形」

「驚いた。一目で分かったのか?」

「何となくそう思っただけ、です。というかそんなネコ、普通いないし」

「まぁそれもそうか。さて、何のつもりかという話だったな。長話はしたくないようだから、手短に言うと───君、素手でクマを殺しただろう?」

「……!」

「ああ、そう結論を急がないでくれ。私はあの山の修験者と関わりがあってね。今でこそ衰退して修行どころではないが、手入れされていない神秘というのは往々にして人に被害をもたらす。そういう事が無いようたまに見て回ってるんだが……まぁたまたまだ。君のそれを見てしまったのはね」

「……あの場にいたんですか?あそこには、子供達以外いなかったはず」

「直接私がいたわけじゃないよ。ほら」

 

 女が手を掲げると一羽の鳥が降りてくる。猛禽の、おそらくタカであろうそれはどう見ても生きて動いているようにしかみえない。

 

「それも、作り物なんですね」

「流石に身一つじゃ見て回るのにも限界があるからな」

「それで?私を知ってどうしようと?」

「興味があるのさ。この時代には不必要な精度の"殺人術"。一体どう会得したものか。そういうのは口伝などで伝わる分、ある種の神秘性を宿すことがあるんだが────」

「このことを他に知る方は子供達以外にいますか?」

「いいや?君自身が徹底して隠匿しているだろう。ああ、ここも同じだよ。君はどうやら"魔術"に縁が無いようだから教えておくと、ここには人払いの結界を敷いてある。明確な目的意識が無い限り、ここに他人が近寄ることは無いよ」

「"魔術"。そんなものがあるんですね。それを聞いて安心しました」

「それは重畳。話を聞かせてくれる気になって────」

 

 彼我の差、およそ7mばかりか。

 瞬きの間に女の懐へ滑り込む。

 要領は同じだった。クマへの一撃も"ネコのようなナニか"とも同じく。

 女が気付くよりも、"ネコのようなナニか"が動くよりも先に、デアリングタクトは確実に女の心臓を破壊していた。

 

 喋っていた表情のまま崩れ落ちる女。

 遅れて口から鮮血が滴り落ちる。不思議な事に、攻撃を受けたはずの女の胸元はいびつにヘコむだけで血が流れるような外傷が無かった。術者が倒れたからかいつの間にかタカも"ネコのようなナニか"も消えている。

 

「貴方は、人形じゃないんですね」

 

 それを事も無げに見るデアリングタクト。

 

「……あっ!?門限過ぎちゃう!?急がないと!」

 

 それから彼女は、何事も無かったかのように学園への帰途を急いで走っていたのだった。

 

 

 

 

 

 明くる日。

 デアリングタクトは模擬レースが開かれるターフにて憂鬱に耽っていた。

 

(失敗した。あそこじゃその内見つかる)

 

 女の言葉を信じて裏路地で"処理"したデアリングタクトだったが、術者が女なら、敷かれた人払いの結界も無くなっているだろう。魔術、というのが分からないデアリングタクトだったが、死体が見つかってしまえば騒ぎになるくらい分かっている。そして警察が調べれば、おおよそ事件前後の道の出入りでデアリングタクトに辿り着くであろう事は容易に理解出来た。

 

(どうする?適当に言い争う声が聞こえたとかでっちあげる?……いや、"普通"に振る舞えない私が嘘を言っても上手くいくはずがな……)

 

「タークトちゃんっ」

「……わ。どうしたの?」

「ちょっとちょっと。反応悪いなー。なんか悩んでるっぽかったからさぁ、気になっただけなのに」

「それは……まぁ悩むよ。今日は初めて模擬レースを走るんだよ?」

 

 別に全く関係ないのだが、ちょうど良い口実があったのでクラスメイトと適当に話を合わせる。

 後ろから驚かそうと近づいてきた彼女には悪いが、全く隠す気も無い気配に気付かぬフリをしろという方がデアリングタクトにとって酷だった。

 

「どんなトレーナーさんが担当してくれるか、楽しみだよね~」

「私は……楽しめない……かな。ちゃんと、見てもらえるか、心配で……」

「担当してくれるトレーナーさんがいるかってこと?」

「だって、みんながみんな、トレーナーが着くとは限らないんだよ?いくらやる気があっても、トレーナーがいなくちゃレースにだって出れない……」

「まぁそれは確かにあるよねー。でも気にするだけ無駄じゃん、そういうのって。今心配したところでこの後走ることに変わりないよ」

「あはは、そうだね……」

 

 デアリングタクトはさぱっとした振る舞いをするこのクラスメイトに感謝していた。快活な性格で、会話そのものを面倒に思うデアリングタクトにとって、1を投げ掛ければ10も返してくれる会話のセンスに助かっていたからだ。

 

 模擬レースは抽選で決められた組ごとに別れる。

 幸なのか不幸なのか、デアリングタクトと彼女が共に競う事は無かった。先に出番が来たクラスメイトがゲートへ向かう。こういった時間だけは孤独が煩わしかった。周りが仲良く談笑している中、独りポツンと居直るのは正直収まりが悪い。

 

(せめて応援だけでもしてあげないと。その方がきっと"普通"だ……し……)

 

 クラスメイトのレースを見てあげようと身を乗り出した時だった。校舎に近いターフの反対側には未来の優駿達を見定めようとトレーナーらが集まっている。

 その中に、いるのだ。

 昨日"壊"したはずの赤毛の女が、トレーナーらと混じってそこにいた。

 

「は……?」

 

 ドクン、と高鳴る心臓。

 デアリングタクトは己の拳を見た。人体を犯し尽くすその感触は今でも鮮明に思い出せる。

 であれば、あそこにいるのは誰なのか。

 

「……タクトさーん!デアリングタクトさん!いらっしゃいませんかー!」

「……はっ!?あ、はい、私です!今行きます!」

「デアリングタクトさん、呼び掛けにはすぐ応じて下さいね。時間は有限なんですから」

「はい、すみません。すぐゲートに入ります!」

 

 そのまま女の元へ向かおうとしていたが、それより先に模擬レースの出番が来てしまう。

 心ここに在らずといったデアリングタクトは、そのまま自らの力を律する事すら忘れ模擬レースをぶっちぎりの一位で駆け抜けていったのだった。

 

 

 

 

 

「……はぁ、また失敗した。あの人はどこに……」

 

 模擬レースが終わった後、デアリングタクトの元には多数のトレーナーが押し寄せていた。

 本当なら目立たないよう、三着か四着辺りに抑えるつもりだったのだ。しかしそれをすっかり忘れ、レースをただ早く終わらせて女の元へ行きたいという衝動に駆られたために多くのトレーナーから渇望の眼差しを受けている。

 出走前、クラスメイトと話していたトレーナーが担当してくれるかどうかという建前すら、今の彼女には無かった。

 

 男女問わず群がるトレーナー陣を押し退けて先ほどの女を探すが見つからない。あの特徴的な赤毛を見逃すなどそうありはしないはずなのだが。

 

「……君!さっきからどうしたんだい?」

「あの、人を探してるんです。さっきここに赤毛の女の人がいませんでしたか?」

「赤毛の……ああ、蒼崎さんかな。彼女と契約したいのかい?」

「いや、あの……前に会ったことがあって。話を聞いてみたいんです」

「うーん、どうだろうなぁ。あまり風評で判断するのも良くないが、彼女、あんまり良い噂を聞かないよ。確かペーパートレーナーだって聞くしどんなウマ娘を育てたのか話を聞かないんだよ」

「それでも、です。どちらにいらっしゃるか、ご存知ありませんか?」

 

 ただならぬ様子のデアリングタクトに一人のトレーナーが親切心で声をかけた。話を聞くにあまりトレーナーとしての評価は高くないようである。そもそもトレーナー資格を持っている事にデアリングタクトは驚きを感じていた。

 

「確か……保険医も兼ねてるとは聞いたから保健室とかじゃないかな。まぁトレーナー選びは急ぐものじゃないし、じっくり考えるといいよ。ほら、これ」

「ああ、名刺……」

「急いでいるようだから引き留めないでおくけど、君の才能は一級品だ!気が向いたら是非とも僕に声をかけてくれ!」

「ありがとうございます。前向きに検討しますね」

 

 親切なトレーナーにも何とか取り繕って校舎へと走るデアリングタクト。

 そのまま保健室の方へ行けば、昨夜と同じ"ネコのようなナニか"の尻尾がドアの隙間から見え隠れしている。

 誘われている、と気付いたデアリングタクトであったがここで逃げる選択は無かった。無用な目撃者には消えてもらわないと都合が悪いのだ。

 

 デアリングタクトは状況を確認する。

 

(ここは学園内……いくらなんでもここで"壊"すのは不味い。理由もないのに保健室に入るのもおかしい)

 

 迷った末にデアリングタクトはレースで怪我をした体で入る事にした。もしかしたら女とデアリングタクト以外にも、普通の目的で保健室を使用しているウマ娘などがいるかもしれないからだ。

 

「……失礼します。さっき、レースで足を捻っちゃったみたいで……」

「あらあら、それは一大事ね。よく見せて」

 

 果たして、出てきた保険医というのはあの赤毛の女で間違いなかった。違いと言えば、昨日と違って眼鏡をかけている事ぐらいか。しかし昨日と打って変わって柔和なその態度は、デアリングタクトの認識に深刻な負荷をもたらしていた。

 

「……?……!?」

「あら、どうしたの?固まってちゃ診察できないわ。それとも……こうした方が話しやすいか?」

「!やっぱり、昨日の女……」

 

 赤毛の女────名札には蒼崎橙子、と書かれている。話しながら眼鏡を外せば、そこには昨日の雰囲気のまま佇む蒼崎がいた。

 

「全く、とんだお転婆だな。こっちは話がしたいだけだというのに。"死ぬ"のは久々の経験だったぞ」

「……黄泉帰り?いや……でも……そんなこと……」

「混乱するか。まぁ仕方ないな。一つ種明かししておくと、私は"魔術師"というやつでね。その中でも人形を作り、そして使うことに特化した"人形師"というのが私の本職なのさ」

「まさか昨日"壊"した貴方も人形……?」

「そうだ。端的に言えば今の"私"が死んでもすぐに次の"私"が起動する手筈になっている。私がここにいるのはそういう理屈だ」

「化物……」

「面白い冗談だ。君も立派な化物だろうに」

 

 デアリングタクトは戦慄した。

 今の話を鵜呑みにはしづらいが、事実として蒼崎橙子はここに立っている。理屈がどうであれ、今のデアリングタクトに抗う術は無かった。

 

「結局、なんなんですか。また私の"壊し方"を知りたいって?」

「それもそうだが、君自身にも興味が湧いたのさ。殺人を理解して実行できる果断さ。殺人を犯してなおも平静でいられる胆力。そして……」

 

 蒼崎橙子は目を細める。

 デアリングタクトには話していなかったが、蒼崎橙子はいつかの油断を反省し致命傷を受けた際には体から【匣の魔物】が飛び出す仕組みになっていた。本来ならデアリングタクトもここに立っているべきではないのだが、しかしデアリングタクトもここに五体満足で生存している。

 

(あれは機能を止めうるものではないんだがな……どうやら本人も無自覚なようだ)

「まぁともかくとして、だ。君のような存在は得難い。是非ともお近づきになりたいんだがね」

「お断りします」

「ほう?君に拒否権があると思うのかい?」

 

 言いながら蒼崎は契約書を取り出す。トレーナーバッジは付けていないが資格があるのは本当なのだろう。ニヤニヤした調子で蒼崎は笑っている。

 

「分かってるだろ。私は、君の弱味を握ってる」

「……」

「別に断わってもいい。それならそれで、あの子供達に話を聞きに行けばいいだけだ」

「……悪い大人ですね」

「生憎、魔術師ってのはそういうものさ。それで?デアリングタクト、君はどうする?」

 

 無言で契約書を手に取り名前を書くデアリングタクト。

 不承不承ではあるのだろう。契約に同意こそしたものの、無言の態度は彼女の心中を如実に表していた。

 

「安心してくれ。魔術師にとって契約というのは絶対さ。君がこうして私と契約を結んでくれた以上、無体な真似はしないよ」

「それとこれとは話が別です。どうも貴方は、トレーナーとしての評価があまり良くないようですが、貴方は私のトレーナー足り得るのですか?」

「凄まじく高い自己評価だな。あの模擬レースの結果なら当然か。君の方針を聞かないことには何とも言えん」

「方針……?」

「なんだ、そんなことも分かっていないのか。ほら、目標となるレースくらいあるだろう?三冠を取りたいとか、トリプルティアラだとか。短距離で最速を目指すのも良いし、菊や春天でステイヤーを目指してもいい。君の足を見る限り適正はおよそマイルから中距離────順当に狙うならトリプルティアラになるだろうがね」

「じゃあ、それで」

「……はぁ?」

 

 こうして蒼崎が呆気に取られる様子など、そう見れたものではない。いつぞやにロケットペンシルを知らない部下に驚かされた時以来だろう。

 

「順当ってことは、それが()()なんでしょう?私は()()でいたいんです。順当に走って順当に勝たせて下さい」

「……ああ、分かったよ。ではその方針でいこう。いや、全く、とんでもないウマ娘を引いたな、これは」

「貴方からけしかけて来たんですからね。責任取って下さい。契約は遵守するのが魔術師なんでしょう?」

「勿論そのつもりだとも。先に────そうね、その契約書をたづなさんに渡してきなさいな。細かいところは、正式に契約が結ばれてからにしましょうか」

「分かりました。では、また後程」

 

 契約書を片手に保健室から去るデアリングタクト。

 眼鏡をかけ直し蒼崎は嘆息する。"普通"に受け答えする分には、どう見ても異常は無かった。

 

(あれは先天的か?それとも後天的なのか?どちらにしろ、あれは人として一度"壊れている"。そうしてバラバラになったものを、ツギハギで繋ぎ直したようなものだ。壊れたものをいくら直そうが、壊れる前には戻らない)

 

 蒼崎には分かっていた。

 デアリングタクトはその気になればいつでも蒼崎を"処理"する気でいた。最初に蒼崎が自身の"からくり"を明かしたのはその意味が無い事を明示して、防御不可能なあの"対人魔拳"を抑えたかったからだ。

 まだトレセン学園に来て日が浅いが、居城となる保健室には【工房】と呼べないまでもある程度の防御魔術を仕込んでいる。だがそれらが発動するよりもデアリングタクトが蒼崎を"壊す"方がずっと早いだろう。

 

(魔拳の由来は気になるが、あれはおそらく単に技を習得して使える類いではない。あれを使うには、通常の人間とは異なる精神性が要るはずだ)

 

「普通を求める異常者、か……丁度良い先輩が、私の元部下にいたんだがね」

 

「だが会わせるとほぼ確実に黒桐を欲しがるよなぁ……。あいつ、ある意味そういう異常者ホイホイだし……それ以前に未那とも相性悪そうだ。式も流石に良い歳だものなぁ……」

 

「仕方ない、やっぱり普通に走らせるか……いや普通ってなんだ。トレーナー業なんて名義貸ししかしたこと無いぞ……」

 

 その筋では恐れられる蒼崎と言えども、トレーナーとしては新参者。

 この後、あまりにも普通からかけ離れたデアリングタクトの育成に、悲鳴を挙げてトレーナー業を奔走するその姿はどこからどう見ても最高位の冠位(グランド)魔術師には見えなかった。

 

 

 

 

 

 




一発ネタやし3000~4000文字行ければいいやろと思って書いたら1万越えるとかいう。私の悪癖ですかね
連載予定はありません。流石に二つ同時連載するのは今の私じゃ無理。今連載進めてる作品が完結したら考えるかな





 この作品のタクトちゃんについて
 普通を望み、普通を尊ぶ少女。傍目にはおかしい様子はないが、分かる人には分かる異常性がある。普通を目指しているものの、普通でない自分との擦り合わせに悩んでいたりもする。
 自身が抱えうる致命的な欠陥に気付いていない。気付いてしまえば少女は自ら破滅に身を委ねるだろう。





 TYPE-MOON(通称型月)知らない人向けの解説

 蒼崎橙子
登場作品:空の境界 魔法使いの夜 Fate/Extra ロード・エルメロイⅡ世の事件簿 など

 型月作品きっての皆勤賞。主要キャラの一人になったり登場しなくても名前が挙がったりするなど大抵の型月作品には足跡を残している。
 詳細は各作品を読んで貰えれば分かりやすいが端的に言えば凄腕の魔術師。自分と何一つ変わらない人形を作ったり(型月世界では本来不可能される)、失われた古代の魔術(ルーン)を復元させたり大体登場するごとにぶっとんだ何かをしている。
 人物としては眼鏡をかけている時とそうでない時で性格が変わる。二重人格ではなく状況に応じて適宜使い分けるスイッチのようなもの。眼鏡をかけている時は外向けの対応で比較的柔和な性格となる。眼鏡を外した際はおよそ冷酷であり魔術師らしい非情さが垣間見えるようになる。どちらがメイン、という訳でもなく根っこがロマンチストなのは共通しているらしい。
 また魔術師としてだけではなく医学にも精通しておりその方面の資格を持つ事が多い。芸術家としても有名で、特に人形については魔術を用いずとも高い完成度を誇っておりこれだけでも一生食いっぱぐれない程の額を稼いでいたりもする。

蒼崎先生ならトレーナー資格くらい持ってそう

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