もふもふ雷狼竜   作:APHE

6 / 6
あの卵欲しいな


6.俺と丸鳥

 

 今日もいい天気だ。木漏れ日が照らす草陰で目を覚まし、数度の二度寝を挟んで大あくびを伴って目覚める。ようやっと望んだ日々がやってきた気がする。

 

 周辺地理と縄張りを把握し、軽率な遠出は控え、自分の領域内でエコ・システムを完結させる。動かなければ大きなことも起こらないという訳だ。アシラと殴り合ったあの日から数週、俺はまさしく平穏を手にしていた。

 

「ぐわっ」

 

 と、俺の起床に合わせてガーグァたちも起き上がる。足元にはまるまるとしたタマゴ。ダチョウの比ではない巨大さ。俺はそれを前足で引き寄せ、口に含んだ。

 牙を立ててバキバキと殻を割り、中身を吸い出す。濃厚な黄身とあっさりとした白身の調和が美しい。ここに醤油があればもっと良かった。そう醤油。醤油……

 

「くぅん」

 

 もはや記憶の中のものと化した調味料に思いを馳せる。どうにかして再現できないものか。無理か。

 

「ぐわわ」

「グッ」

 

 さて。卵を取られ、食べられたというのにガーグァたちは逃げるどころか怒る素振りも見せない。これはある種彼らとの契約なのだ。

 ところでこの辺にジンオウガは俺しかいない故、雷光虫は当然のこと俺に殺到する。すると行水しようとも振り払おうとも、次から次へとやって来てキリがない。ちょっと忌避してなんとかなっていたのは周りに他のジンオウガがいたからに過ぎなかった。

 

「グワッ!」

 

 そこで彼らの出番である。雷光虫の天敵たる彼らはちょっと背中を突かせるだけであっという間に駆逐してくれるのだ。さらに同伴させることで雷光虫が寄り付きにくくなるおまけ付き。

 それに気がついた俺はガーグァをぶち殺すのをやめていい感じの距離感を探り、逆に囲い込んで守ることにした。おかげで背中を這い回る不快害虫の気配から開放され、のびのびと過ごすことができるようになった。

 

「んぐっ」

 

 2つめの卵を口に含み、同じ要領で食べる。美味い。優秀なタンパク源だ。

 

 …ガーグァを殺めるのをやめたはいいが、俺は肉食性雑食のモンスター。代わりのタンパク源を探す必要があった。しかし渓流付近のアプトノスはジャギィたちの獲物で、仕留めるたびにちょっとずつ関係悪化している節があったのでナシ。平原に出るのは普通に嫌なのでナシ。となるとやはりガーグァかもしくはケルビか、あとは魚ぐらいしか無くなってくる。

 

「ケプッ」

 

 しかしケルビは食いでがなさ過ぎるし、かなりすばしっこくて殺気にもよく気づく。それだけで腹を満たそうとすると割に合わない。魚の方はわりと簡単に捕れて美味しいけども、こちらも同様それだけで腹を満たすのは難儀する。

 そこでガーグァたちが毎日のように産み落とす卵を拝借することにしたのだ。無論全てではなく、半分くらい。これがうまく行った。

 

「グォウ」

「グワワッ」

 

 俺は雷光虫が寄り付かなくて幸せ、ガーグァたちは安全に暮らせて幸せ。まさしくwin-winの関係。これぞ共生関係。弱ったら我先にと逃げ出すような虫どもより万倍マシだ。

 

「チュリリリリ」

 

 頭上で響く声。フワフワな同居人のものだ。おおかた、虫を食べに行って戻ってきたところだろう。彼との信頼関係はいうまでもなく強固で、こうして一旦離れて行動するようなことも増えてきた。単独で動き回るのは危険なため、あくまで俺の手が届く範囲でだが。

 

 彼は俺の目の前に降り立ち、羽毛をぶわっと膨らませて目を細める。非常にかわいい。こういうヌイグルミがあったら爆売れするだろうな。鼻先でそのフワフワを堪能し、前足を持ち上げて慎重に撫でる。潰さないようにそーっと…

 3本の飾り羽をちょいちょいと揺らし、力加減を確認。彼を労る時間は俺の精神を安定させる時間であるとともに、こういう繊細な動作の練習の時間でもある。

 

 だってほら、何処かでデリケートな生き物を介抱する機会があるかも知れないし。

 

「………」

 

 あまり思い出したくはないけれど。

 先日、この森でヒトを見つけたのだ。既に息はなかったどころか虫も湧いていて、死後だいぶ時間が経ってる感じだった。傍らに転がる肉塊はおそらくオトモのもので、縞々の毛皮を持っていたことが辛うじてわかるような状態。

 内蔵を貪られた跡に激しい吐き気がして、"俺"の感覚が人間の俺に強く引っ張られていることを再確認したんだったな。

 

 俺は暫くフリーズした後、「弔うべき」という判断を下して深い穴を掘り肉塊たちを埋めた。自然の摂理に従うならば、それらを喰らって森に還元すべきなんだろうけど。

 ジンオウガの俺も人肉は食べたくないと言っていたし、それで良かったと思う。

 

「…アォ」

 

 やっぱり、この世界にも人間は居るんだな。アイルーも。文明の明かりを知っている身からすれば、それは素晴らしいことに思える。

 

 しかし俺はモンスター。文明の恩恵を享受できる立場にはなく、むしろ身の振り方にいっそう気をつけなければならない。この森が書類上に存在するとしたらなおさら。

 この人死にを感知して狩猟隊が送り込まれるかもしれないし、俺自身も知らん内に個体登録されているかもしれない。今までの動きだって、この森を管轄するギルドに筒抜けだったかもしれない。

 ヤバい、今さら怖くなってきたぞ。

 

「アォン」

「ピィ?」

 

 フワフワを揉みしだいて恐怖を和らげる。目下の脅威、というか恐怖であるライゼクスより、それを制するリオレウスより、未だこちらを睨んでくるアオアシラより、人間が一番怖い。

 それは社会性の生き物で、情報伝達の速さが半端ではない。共通の脅威と見做されれば所属人種問わずあらゆる組織がどこまでも追いかけて刈り取ってくるだろう。

 

 だからいざ、それらと相対した時に無害に振る舞えるよう、こうして練習しておかねばならないのだ。

 

「ピィチチチ、チュリリリリ」

 

 うん、練習なのだこれは。気持ち良さそうにするフワフワにだいぶ心が和む。これも問題から目をそらしているだけの気がしなくもないが。性根からして臆病なんだよ俺は。

 

「グワーッ!グワワーーッ!!」

「グワワワワッ!!」

 

 と、突然騒ぎ出す丸鳥たち。尋常ではない鳴き声は何かしらの脅威が接近した証。俺はフワフワクイナを逃がし、急いで立ち上がって辺りを見回す。まさかライゼクスか、いやアシラか。ジャギィたちが攻め込んできたか。

 

 どれも違う。嗅覚を研ぎ澄ませれば、それは見知った匂いを放っていた。木陰から、茂みから、ゆらゆらと光る点が流れ込んでくる。雷光虫だ。

 俺は接近者の正体に気がついた。

 

 

 

「………」

 

 緑がかったブルーの鱗、太くガッシリとした体躯に雄々しく強大な2本角。

 姉さんだった。

 最後に見たときよりもいっそう逞しくなっている。

 

「フス…フス……」

 

 姉さんは一直線に俺へと接近し、帯電毛に鼻先を突っ込んで息をした。それで俺の近況を悟ったらしい彼女は周囲で縮こまっているガーグァと頭上の枝から様子をうかがうフワフワを交互に見て、小さく息を吐いた。

 呆れている様子。

 

 勇んで出ていってこのザマ?俺が臆病なの姉さん知ってるだろ。にしてもガーグァと同棲なんて前代未聞。俺が落ち着けるからいいの!視線で会話をして、接近してきた雷光虫を尻尾ではたき落とす俺を見て、姉さんは少しうんざりしつつも現状を受け入れてくれた。あんたが幸せならいいや、と。

 しかし、彼女は俺の抱えるものを見逃さなかった。

 

「グォゥ、ウゥォン」

「クゥン…」

 

 そんなんじゃ舐められる。攻撃され縄張りを奪われる。立ち向かえるほど強いならいいけれど、そうは思えない。実際に強い姉さんに言われると心にクる。直接言われなかっただけで、あんたは弱いと言い放たれているようなもの。

 

「グゥォ」

 

 今言われました。俺は弱いです。でも直そうとはしている。この森を、平原をリオレウスが抑えている間に地盤を固めて縄張りを不動のものにするんだ。ジャギィの群れとも折り合いが付けられそうだし、もうすぐで平穏が手に入る。

 …違う?そういうことじゃない?何か隠してる?

 

「………」

 

 隠すものなんか…いや、あるよ。懸念事項。ライゼクスに追われてるんだ。でもこの森と平原はリオレウスの縄張りだから大丈夫。そのはずなんだ。

 楽観視を投げつけると姉さんは前足で俺の鼻っ面を叩き、違うと云った。群れの最期を忘れたのか、と。

 

「アォン!」

 

 強くあれ。生きるつもりなら、平穏に過ごしたいなら。あの森に戻る気がないのなら。そのリオレウスに肩を並べるくらい、もしくは超えるほどに強くなれ。

 姉さんが去り際に課した宿題だった。

 

 小さくなっていく背中に、遠のいていく光の点。体感では一瞬の出来事。ゆっくりと時間が流れていたここ数日に比べると、その一瞬の間に起きたことの方が何倍も濃い。問題を見つめ直すきっかけに、懐かしい匂いに、話の傍ら満充電された帯電毛に……

 

 

「チピィ……」

「ぐわわぁ………」

 

 俺が充電された姿を見たことのなかった者たちはピンと立った帯電毛と莫大なエネルギーを前に呆けた顔をしている。本来の俺はこうなんだよ。威厳があって、もっとカッコいいはずなんだ。うん。

 その、なんだ。姉さんの言うとおりかも。何とかしなくちゃならない。

 立ち上がって息を吸い込む。

 

「……」

 

 懐かしい匂いだ。姉さんはあの森の匂いも連れて来ていた。その中には仲間たちの気配があって、弟の姿もある。俺はそれらをもっと強く感じたいという衝動にかられた。出て行ってからそれほど経っていないというのに。

 

 姉さんが言いたかったのは宿題に添えられたひと言。あの森に戻る気がないのなら…という一文。俺が出て行ってからも皆はあの森で暮らしていて、何も不自由はしていない。辛いのなら戻ればいいし、本当に外でやっていく気が無いのならむしろ戻ってこい。そういう意味をはらんだ最終確認なのだ。

 今のところ俺は外でやっていく気だったし、戻る気はなかった。なかったが、そのひと言で揺らいだ。今日までの日々が、俺という存在が。そして思った。強くならなくちゃダメだと。

 

 今までさんざん言い訳をしてきた。先送りをしてきた。それは恐れから、俺自身の弱さから。これからはそれに立ち向かっていこう。そうだ。明日から。

 

「フンッ」

 

 ぺたんと伏せて目をつむる。今日からじゃない。いろいろ思うところが多すぎるから整理する時間をくれ。今日で終わらせるからさ。

 

「ピョ…」

 

 目をつむっていたので見えなかったが、フワフワクイナがずっこけた気がした。

 

 




・"俺"
畜産まがいの事を始めた。
姉に引っ叩かれついに前を向くことにした。
・ガーグァ
ついに全く襲ってこなくなったので堂々と活動している。
雷光虫食べ放題で幸せ。
・姉
緑っぽい鱗に金色の甲殻のゴリラ女。
弟たちのことを慮っている。
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