呪術のセカイ   作:猫山紅葉

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同じものだから、まるで自分を見ているようでどうにも不快感が襲う。自分が正しくないって知っているから。


第八一話 マリオネット

 眩い光に思わず目を閉じ、瞼の外からの光が収まったと同時に、私は目を開けた。眼前には先の見えぬ地平線が広がっており、地面には三角のオブジェクトと鉄柱が不規則に刺さっていた。いつ来ても此処は薄暗く不気味な所である。

 

 会食が終わり寮に帰った後、私は『悔やむと書いてミライ』をタップしセカイに来た。ミクに渡すお土産を持ちながら。私が来たと言う気配を感じて私を見つけてくれれば良いのだが、それは期待できない。このセカイはまふゆのセカイであり、このセカイとなんの関係もない私の気配なんてミクが感じれるわけないのだから。

 

 さてミクを探すかと辺りを見渡した時であった。ふと視界の端に見知らぬ人形が映った。黒いドレスを来た、可愛らしい女の子の人形。その子は三角のオブジェクトに力無く座っており、その姿は宛らお姫様のようであった。

 

「……こんなの、このセカイに有ったっけ?」

「絵名?」

「────わぁっ!!」

 

 唐突に後ろから喋りかけられ、思わず飛び跳ねて距離を取ってしまう。其処には私の声に吃驚したからだろうか。目を見開いたミクが立っていた。

 

 気付かなかった。普通の人間なら気配や足音、そして息遣いで背後に居るのが分かるのだが、ミクは普通の人間でなくバーチャルシンガー。気配が他と違い独特な為に読み取ることが難しいのだ。

 

「もう、驚かせないでよ、ミク」

「ごめん……。そんなに驚かれるとは思ってなかった」

 

 私の言葉が少しだけ強かっただろうか。ミクは見るからに落ち込んだ顔をした。まふゆと同様に表情の起伏はないものの、ミクの辺りに纏っている雰囲気で感情が分かり易くなっている。どうやらミクはまふゆと違いしっかりと感情があるらしい。

 

 私は息を整えて手に持っていた袋を渡した。

「これ、お土産。お腹が空いてたら食べて」

「……これ、何?」

「お弁当。結構美味しいよ」

 

 私が渡したのは先程の会食で食べた料亭で販売している持ち帰り用のお弁当だった。値段は一つ五千円と値が張ったが、まぁ、買えない値段ではなかった為折角ならとミクに買ってきたのだ。本当は三人にも買ってやるべきだと思うのだが、まふゆがあんな状況だ。不用意にご飯を無理矢理食べさせて気分を悪くされても困る。

 

 ミクが興味津々と言うように袋を眺めているのを横目に、私はオブジェの上に腰掛けた。何だろうか。ミクを見ていると何だか赤ん坊を前にしている気分になる。

 

 一通りの観察が終わったのだろう。ミクは少ない歩幅で此方へ歩いてきたかと思えば私の隣に座った。そしてオッドアイの瞳で私をジッと見詰める。

 

「……何?」

「怪我、大丈夫?」

 

 ミクの言葉に、私は己の頬を触る。あぁ、そう言えば私の顔にはガーゼやら包帯やらが宛がわれているんだったなと思い出す。前よりは怪我をする頻度は落ちているものの、反転術式が効かない私の身体は絶え間無く傷を付けられていくのだった。それが当たり前だったからすっかり忘れてしまっていた。確かにこんな何か問題を抱えていますと言わんばかりの少女を目の前にして何も問うなと言う方が無理がある。まふゆと奏と瑞希は気を遣って何も言わないでいてくれているのだろうが、ミクは心配が先に勝ったのだろう。その無表情の裏に少しだけ心配そうな雰囲気を滲み出していた。

 

 ……なんて言えば良いのだろうか。正直に言う訳にもいかないし、下手な説明をしてもボロが出そうだ。

 

「…………何でもないよ。それより食べたら? お腹空かない?」

「うん。食べる。……わぁ、美味しそう」

 

 私が選んだのは、はぐらかしだった。意外にもその思惑が効いた様で、ミクは私の言葉に弁当の蓋を開けて普段の光の無い瞳を輝かせていた。それを見て少しの安堵と愛らしさが私の中に湧いてくる。良かった、どうやら話は逸れた様だ。

 

 お弁当の中身はまるで重箱の中身かのように沢山の惣菜が入っており、主食はズワイ蟹の炊き込みご飯。おかずはコロッケに肉団子。それからだし巻き玉子に唐揚げが二つと煮物と合鴨の炒め物。見ている此方がお腹が空きそうな組み合わせだ。材料も恐らく高級な物を使っているのだろう。確かに五千円と言われても納得出来る中身だ。今度私も買って食べてみようかな。

 

 ミクが食べているのを見て、ふと先程の人形が頭を過る。あの人形は、一体何なのだろうか。前にまふゆを連れ戻そうと此処へ来た時にはあの人形はなかった筈である。思い当たる節と言えば──今日の人形展だろうか。

 

「……ねぇミク、もしかして彼処の人形は瑞希が持って来たの?」

「ううん。この子はずっとまふゆのセカイに居るよ」

「……そ、そうだっけ」

 

 ミクの言葉に、私はギクリと肩をビクつかせる。まさかまた記憶が抜け落ちているのだろうか。だとしたらミクにも申し訳無いな。

 

「これ、凄く美味しい」

「そう? それは良かった」

 

 けれどミクはそんな私の様子を気にするでもなく、膝に置いたお弁当に舌鼓を打っている。どうやら口に合ったらしい。いくら高級の物でも口に合わなかったらどうしようと思っていたが、その心配は杞憂のようであった。

 

「絵名、あれからセカイに来てないから、今日来てくれて嬉しい」

「まぁ最近はまた忙しいしね。明日からも暫くはニーゴにも顔を出せないし。だからこの後は少しだけ顔を出そうかと思うんだけど──」

 

 そこまで言って、私は止まる。脳裏に過ったのは昼間のまふゆ。あれからまふゆは大丈夫だっただろうか。本当なら家の近くまで送ってやるべきだったのだが、不運にも会食が入りそれは断念せざるを得なかったのだ。

 

 スマートフォンの時計を見る。時刻はもう三時。まふゆはちゃんと休めているだろうか。無理してニーゴにログインをしていないと良いけれど……。

 

 なんて、最近ログイン出来ていない私が行っても何の説得力もないだろうけれど。明日からも宮城の仙台市へ向かわなくてはならないし、本当にゆっくり絵を描く時間すらない。何とか空き時間を見つけてニーゴのイラストは描いているのだが、それでも自分が求めているクオリティに対して圧倒的に時間が足りないのだ。

 

 ままならない。あぁ、本当に。

「……ミク。まふゆは……大丈夫かな?」

「……絵名も、まふゆを気遣ってくれるんだね」

「え、〝絵名も〟って?」

 

 私の言葉にそう返すミクに、思わず下げていた頭を上げてその浮世離れしたミクの顔を見る。ミクは依然無表情ではあるが、それでも優しい顔をしていた。

 

「奏も今日、来てくれたの。まふゆの事が心配だって」

「……そう、奏が……」

 

 だったら私のお役は御免と言うことか。まぁ冷静に考えればまふゆを救うと豪語している奏が何もアクションを起こさないと言うのも変な話である。

 

 けれど、それはそれ、これはこれ。奏がどうしていようが心配なものは心配なのだ。

 

「今日まふゆが人形展でマリオネットを見て気持ち悪いって言ったの。何でだと思う?」

 

 考えるには考えたのだ。けれど思い当たるものが一切ないのだ。どうしてあの人形を気持ち悪いと言ったのか。どうしてあんな過剰な程に意識をしてしまったのか。自分で考え付ければ良かったのだが、私の貧弱な頭では結論を出す事が出来なかったのだ。

 

 甘えと言われればそれまでだ。けれどもこのまま考えを巡らせたところで解決に向かうどころか変な方向に向かいそうな事は想像に固くない。私は考えた末ミクに答えを問う事にしたのだ。まふゆの想いで生まれたミクなら何か分かるかもしれない。そう思って。

 

 ミクは口に入れていたご飯を飲み込み、考える素振りを見せた。その姿は矢張り赤子の様に見える。

 

「奏にも言ったけど……もしかしたらそのマリオネットがまふゆと似てたのかも。だから、まふゆは気持ち悪いって言ったんじゃないかな」

「……似てる?」

「うん。似てる」

 

 ミクはそれだけ言ってまた箸を進めた。私は困惑したまま顎に手を遣り考えた。

 

 言っていることが分からない。けれども何故かその説明の方が私の心にストンと落ちた感覚がする。

 

 似てる……か。マリオネットとまふゆが。

 

「………………あ」

 

 思わず声を出す。ミクはそんな私を指摘するでもなく、此方を一瞥したあと、また箸を口に運ぶ。

 

 何となく、分かった気がした。どうしてまふゆがあのマリオネットを見て気持ち悪いと言ったのか。

 

 ミクの言う通り、似ていたのだ。マリオネットとまふゆが。母親の良いなりになる自分と、糸に繋がれているマリオネット。まるで自分を見ている様で、現実を見せつけられている様で、まふゆは気持ち悪くなったのだ。

 

 同族嫌悪。この場合に表す言葉はこれが正しいだろう。なんだか喉に刺さった骨が取れたみたいなスッキリさがあった。

 あぁ、成る程、それは確かに──気持ちが悪いなぁ。

 

 私が憑き物を落とした様な感覚に浸っていると、唐突に人の気配を感じた。

 

 視線だけ動かす。誰が来たのか、大体の見当が付いているからだ。

 

「……絵名、来てたんだ」

「こんな所に来て大丈夫なわけ? まふゆ」

 

 このセカイに来た人物──まふゆを見て、私は溜め息を溢す。まふゆもそろそろ寝ないと朝に響くかも知れないと言うのに、まふゆは寝るどころかセカイに来ているではないか。

 

「帰って寝てた方が良いんじゃない? 大丈夫なの?」

「用事が終わった後にセカイに来てる絵名に言われたくない」

「はぁ? あんた人が心配してやってんのに何なのその言い方は」

「そうなの。気付かなかった」

 

 そんなわけないだろう。そう突っ込みたかったが話が長くなるのでやめた。まふゆにこう言ったは良いが私自身も疲労困憊なのだ。強く言ってもあまり心に響く様子のないまふゆに対して根気強く話続ける気力はなかった。例え突っ込んだところで「良く分からない」と言われるのか落ちだろう。

 

 溜め息を溢している私を横目に、まふゆはお弁当を食べているミクに近付く。

 

「ミク、それどうしたの?」

「絵名がくれた。美味しいよ。まふゆも食べる?」

「…………うん」

 

 ミクの言葉に頷き、まふゆはミクが差し出している炊き込みご飯を口にした。高級なズワイ蟹を使用している筈なのにまふゆは依然として真顔で咀嚼をしている。

 

「……美味しい?」

「…………よく、分からない」

 

 私の言葉に、まふゆは真顔でそう返す。その様子に私は矢張りかと肩を落とした。まふゆは今迄のストレスで味覚を失っているらしい。だから何を食べても辛いだとか苦いだとか甘いだとかしょっぱいだとかが分からないんだとか。私もストレスが最高潮に達したときに何も味を感じなくなるがそれが長期間と言う事になるとまた話が違ってくるのだろう。

 

 確か医学的にストレスが原因で亜鉛が不足してしまい味覚が鈍くなってしまうことがあると家入さんが言っていたが、まふゆの場合はそれの典型的だろう。

 

「そう言えば、さっき奏も来てたよ。まふゆが感じてる事が知りたいって」

「……奏が?」

 

 さっき迄無表情だったまふゆがミクの言葉で珍しく目を見開く。けれどすぐに悲しそうな顔をして表情を崩し、俯いた。

 

「私の感じている事なんて知っても、どうにもならないのに。こんな、不快で、痛くて、何の役にも立たないもの、いらないのに」

「まふゆ……」

 

 人形展の時よりは無いにしろ、まふゆはまた顔を歪めて苦しそうな表情をする。私はどうすることも出来ず、けれど何かしたいと思いせめてもの気遣いでまふゆの背を擦る。

 

「……いらなくないんじゃないかな?」

「え?」

 

 ミクは無表情でまふゆにそう言った。私とまふゆは当時にミクの方を見る。

 

「嫌なのも、痛いのも、全部まふゆが感じてる大事なこと。全部まふゆ。だから、いるんじゃないかな」

 

 情けなくもミクの言葉に納得をしてしまった。

 

 確かに、まふゆの感情が要らないものなんて無いのかもしれない。

 

 人は決してプラスの感情で出来ている訳ではない。マイナスの感情も、また人間に必要な感情なのだ。だからまふゆが感じているその感情だって、多分まふゆにとって必要なものなのだろう。

 

 まぁ、呪術師にとっては負の感情を垂れ流されて呪霊を産み出されたら堪ったものではないのだが。それでも負の感情を感じるなと言う方が無理があるだろう。

 

 呆然としているまふゆは、目線を横に向ける。その先にはマリオネットが座っている。

 

「……あれ? こんなところに、人形? これもマリオネットなんだ。でも糸がついてない……? ミク、これは──」

「この子は、ずっとまふゆのセカイにいたよまふゆが気付いてなかっただけ」

 

 そう言ってミクは食べ終わった弁当空を横に退けて糸であやとりをする。そうして慣れた手付きではしごを作る。恐らくマリオネットに付いていた糸を切って使っているのだろう。初心者にしては出来は上手い。

 

「できた、見てまふゆ、はしご」

「……ミク、あやとりなんてできたんだね」

「うん。瑞希に教えてもらったの。楽しいよ」

 

「マリオネットについてた糸を切って、あやとりの糸にしたんだよ」と言うミクはまた別の物を作ろうとしている。それを私は眺めながらミクが食べきった弁当を袋に入れて縛る。セカイにはゴミ箱が無い為持って帰るとしようか。

 

 と言うか、矢張り瑞希が関与していたか。こう言うものに関しては抜かりがないなぁ。

 

「上手いね、ミク」

「ありがとう絵名。次は東京タワーって言うのに超戦中」

「それはまた難しそうなものを……」

 

 なんて無謀な……と思ったのだが、この短時間ではしごまで作れる様になったのだ。意外と早く上達出来るかもしれない。

 

「糸って、とっても不思議だね。何かを結びつけたり、刺繍したり──人形を操っちゃうこともできる。でも……こうやっていろんな形にもなれる」

 

「……マリオネットから糸を外しちゃったら、もうマリオネットじゃないじゃない。でも……この子はもう、自由なんだね」

 

 そう言ったまふゆの顔は先程とは違い……少しだけ穏やかであった。

 

 マリオネット──操り人形か。

 

 私は……どうなのだろうか。祖父の言う通り呪術高専に入り、呪霊を祓って、明日だって祖父の良いなりになり宮城まで走らなければいけない。

 

 まふゆにどう言ったって私も人の事を言えないだろう。

 

 けれども、まふゆだけは自由を手に入れて欲しい。私と違ってまふゆにはそれが許されて良い筈だから。

 

 私がそんな事を思っていると、ずっと立ったままであったまふゆが私の隣に腰掛ける。まふゆの美麗な顔が真横に迫り、思わず顔を逸らした。頭も良くて運動も出来て外面も良い。その上音楽の才能もあると来た。本当に完璧超人の塊である。

 

 本当に羨ましい。

 

「そう言えば、何でまふゆはセカイに来たの?」

 

 ふと脳裏に過った疑問を、まふゆにぶつける。何か理由があってセカイに来た筈だろうけれど、それを聞くのを忘れてしまっていた。いや、もしかしたらただ苦しくなって訪れただけだろうが、それでもあの顔は何か目的があったように感じてならない。

 

 嘘を吐く必要がないと思ったのだろう。まふゆは意外にも何の誤魔化しもなく口を開いた。

 

「奏にあの人形展で私がどう感じたのかを歌詞にして欲しいって言われて。どう書けば良いのか分からなかったからセカイに来た」

「え!?」

 

 予想外の言葉に、私は思わず大声を上げてまふゆの方を勢い良く振り返った。私の大声が鼓膜に大きな刺激を与えてしまったようで、まふゆは少し眉を潜めて不快感を表に出した。普通なら大声を出して申し訳ないと言う感情を持たなければいけないのだろうが、今の私の脳内には困惑と驚愕の感情で満たされていた。

 

 大丈夫なのだろうか。自分自身が分からないまふゆにとって自分の想いを何か形にするのは少々難問のように感じる。

 

 ……いや、そうでもないか。嘗てのまふゆは己の感情に乗せてOWNとして曲を作っていた。だったら今回も出来るのではないか。まぁまふゆにとっては苦しい想いを思い出してしまう事になるのだが。それでも自分の想いに向き合わなくては自分を見つける事も難しいのではないだろうか。なんて、それを考えるのは私の役目でなくまふゆ自身と、まふゆを救うと申し出た奏の役目だ。

 

「出来そう?」

「……分からない。でも、少しだけヒントは貰えたから出来る限りはやってみる」

「そう。でも無理は禁物だよ」

「うん。……えななん、明日はログインするの?」

「あー、ごめん。暫くはまたログイン出来ないかも。でもイラストはちゃんと間に合わせるから」

 

 そう言ってまふゆに手を合わせる。本来はログイン出来る筈だったのだが、明日からの宮城でまた多忙になってしまったのだ。それもこれも全て私の予定を考えずにばんばか任務を入れる祖父の所為だ。

 

 申し訳無いなとは思っているのだ。私だって本当は毎晩ニーゴにログインをしたい。けれど私の立場上、それは苦しくも許されないのだ。

 

 ──いや、それは言い訳だ。そんな事情なんて三人にとっては何も関係が無い話だ。三人にとって私があまりニーゴにログインをせず締め切りもあまり守れない女と言う事実だけが目の前にあるのだ。私が何を言ったって相手にとっては知ったことではないのだから。

 

「……ごめんね」

「別に気にしてない。絵名が長期間来ないのなんて今に始まった事じゃないし」

「はぁ? そこはフォローするところでしょ?」

「そうなんだ。よく分からなかった」

 

 まふゆお得意の「よく分からない」節である。こんな事で腹を立てるのは些か子供っぽい様な気もするのだが、どうしたって理性では感情を抑えきれない。私は何とか感情を制御しようと拳を握り締める。

 

 そんな私が見えていないのか、まふゆは真っ直ぐと前を見ながら「ねぇ」と話し掛けた。

 

「……何?」

「その身体の傷、聞いて良い? 何処で、どんな風に傷が付いたのか説明してくれると助かる」

 

 ドキリと、心臓が跳ね上がる。まさか突っ込まれるとは思っておらず、予想外の攻撃に私は思わず目を見開いてまふゆを凝視した。まふゆは依然として私の目を真っ直ぐと見ている。それがなんだか気不味くて思わず目を逸らす。

 

 何が気を遣って振れてこないだ。物凄くベタベタと不躾に触れてくるではないか。

 

 ……どうしよう。なんて説明しようか。まさか本当の事を言う訳にもいかないし……って、この流れさっきもミクとした覚えがある。

 

「……何でもないよ」

「これは絵名にとって、触れられたくないものなの?」

「まぁ、そうかな。ごめんねご期待に添えなくて」

「……分かった。じゃあその先は聞かない」

 

 意外にもまふゆは早く引いてくれて、ホッと胸を撫で下ろす。この傷を説明する為に嘘を吐くにしても、後々に自分の首を締める気がしてならないのだ。だったら隠せと言われるかもしれないが、この顔面に出来た大きな傷達はどう隠しても隠しきれないのだ。だったら初めから出してそ知らぬ顔をした方が何倍もマシである。

 

「さて、私はそろそろ帰るわ。まふゆも、早く戻って休みなさいよ」

「うん」

 

 それだけ言い残して、私は逃げるようにセカイから立ち去った。立ち去る瞬間まふゆから返事を貰ったが、私は振り返ることなく『悔やむと書いてミライ』を停止した。瞬間光に包まれ、気が付くと自分の部屋に居た。

 

 呆然として、それから机の上を見る。其処には本家から送られてきた書類が沢山ある。

 

 いつの日からか本家から訳の分からない書類が沢山届くようになっていった。殆どは判子を押すだけの簡単な作業だが、それでも一つ一つ内容を見ないといけないのだ。何で私がこんなことをしなければいけないのだと、こんなのは本家の人がすれば良いとは思うのだが、送り返すことも出来ず言われるがままに書類を整理しているのだった。

 

 まるで私が当主になるのを早めているかのようであった。

 私が美術科に受かっていれば何かが違ったのかもしれない。けれど美術科に落ちた今、私が東雲家を継ぐことは確定してしまっているのだ。それはどう足掻いても事実であり、覆せない現実だ。

 

 溜め息を吐きながら、私は少しでも資料を片付けようと机に向かった。手にした書類は、矢張り高校生の私には荷が重いような内容であった。

 

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