幾本もの大樹の枝葉が空を覆い、日の光が届きにくい鬱蒼とした森の中。人影が一つ、何かに追われるように木々の合間を駆け抜ける。
“<隠蔽>”
人影は一本の木の幹へと身を隠すと、口には出さずとあるスキルを発動させる。
“““““ドドドドドドドドドドドドドドド、ドガドガドガドガ、ドドドドドドドドドド”””””
森の中を轟音が駆け抜ける。それはギガントボアと呼ばれる巨大な猪型の魔物の群れ、その進路上に存在する物のすべては薙ぎ払われ、後には荒れ果てた一本の道が残される。
“!? <ダークアーム>”
“ガキンガキンガキンガキンッ”
突如襲い来る衝撃、咄嗟に展開した闇属性魔力の防具により見えない何かを打ち落とすと、人影は瞬時にその場を離れ走り出す。
休む暇は許されない、呼吸を整える暇もなく、深い水底のような苦しい戦いが繰り返される。
“““““シュパンッ、シュパンッ、シュパンッ、シュパンッ、シュパンッ、シュパンッ、シュパンッ、シュパンッ”””””
“<影槍:全方位>”
“““““ガギンガギンガギンガギンガギンガギンガギンガギンガギンガギンガギンガギンッ、ドガドガドガドガドガ、ドサッ”””””
“““““クワックワックワックワ~~~~~~~!!”””””
森に響く勝鬨の声、倒れ伏す人影とそれを取り囲む複数の黒い何か。戦いは終わった、森には再びの静寂と生命の営みが戻るのだった。
「目が覚めたようね、コリアンダ。随分とボロボロにされてたようだけど、気分はどう?」
「ウッ、ウ~~ン、ここは・・・。そうですか、私は成し遂げられなかったのですね」
そこは見慣れた部屋の見慣れたベッド、友人の十六夜に掛けられた声に、自身が試しに失敗したのだと分からせられる。
ラビアナお嬢様のお供としてホーンラビット伯爵家独立領マルセル村を訪れて二月半、自身のお心の整理を付けたラビアナお嬢様と共に旅立つ為に、陰から支え続けると決心し頼った先は親友であるワイルドウッド男爵家メイドの十六夜であった。
「月影メイド長からの伝言。「この二カ月半の訓練、よく耐え忍びました。あなたを特殊使用人部隊“月光”の外部隊員と認め、証に特殊魔法杖を贈ります。信念を貫き、人生を楽しみなさい」だそうよ。直接伝えてくれればいいのに、月影メイド長は冷たい教官の設定を崩したくないんですって。
それでこれが隊員全員に配られる特殊魔法杖、使い方は訓練で習った通りだけど、ここに個人認証が記されているから。
誰にも知らされず、誰にも認められず、それでも影に生きる私たちが唯一残すことの許された存在の証。受け取って、コリアンダ、今日で訓練は終了、卒業おめでとう」
ベッドの上、渡された物は腰に着けるホルダーと変わった形の魔法杖。
コリアンダは幼い子供が宝物を渡されたように魔法杖を胸に抱くと、「ありがとう十六夜、これで準備は整ったわ」と言って小さく微笑むのだった。
「そうそう、ここでのことは最初に話したように絶対の秘密で。話しちゃってもいいんだけど、その時は聞いた相手とコリアンダが私たちの標的(玩具)になるから。まぁその辺は自己判断ってことで」
誓約もない、呪いによる契約もない、あるのは信頼とは程遠い絶対の事実。
“裏切り者には報復を”
コリアンダは光のない瞳を向け微笑む親友の姿にゴクリと唾を呑み込むと、「えぇ、理解しているわ。皆さんには感謝しているもの」と答えるに止めるのであった。
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“ヒヒ~ン、ブルブルブル”
「大人しくしてくれよ、今ブラシ掛けしてやるから。髪の毛を食べようとするな、髪の毛を~!!」
そこは大きな厩舎であった。何頭もの馬がそれぞれの場所で体を休め、水を飲み、飼い葉を食む。馬たちの世話を任された若者たちは日が昇る前からやって来て仕事を始め、日が暮れた後に帰っていく。毎日クタクタになりながらも愚痴一つ零さず一生懸命に。
「しかしこの俺が成人を過ぎてから馬の世話をするようになるとは思わなかった」
「そうですね、アルジミール様はあまり乗馬には興味を持たれませんでしたから。貴族として一応乗れる程度にはなられていますが、そこまで熱心でもありませんでしたからね」
井戸から汲み上げた水を馬たちの前に置かれた桶に注いでいく。何度も往復しなければならない重労働ではあるものの、マルセル村に着いてからスライムの大福先生に教わった魔纏いや様々な魔力の扱い方により何とか仕事を熟すことができている。
アルジミールは額の汗を袖で拭うと、再び井戸に向け歩き出す。
「しかし俺たちって馬の世話をしてるだけだよな? こんなことで覇気を身に付けることができるなんて他所に知られたら、大騒ぎにならないか?」
「だから先に契約書に署名したんじゃないですか。ちゃんと賠償金額の欄を読みましたか? ご実家のマルローニ侯爵家が破産してもまだ借財が残る金額ですよ? 絶対に他所に漏らさないでくださいね。
私とヘレンも連帯保証人の欄に署名させられているんですから」
アルジミールの付き人であるライオネスが主人にジト目を向ける。アルジミールは「分かってるわ、言う訳ないだろう。相手は“狡猾の魔王”だぞ、王家相手でも高額の賠償金をせしめる悪魔だぞ!!」と声を上げブルリと身を震わせる。
“第三王子が馬鹿をやらかした魔王討伐軍参戦、たった一人で王宮に乗り込みスロバニア王国王家の不始末を追求したケビン・ワイルドウッド男爵。あの時フレアがあの場にいなかったらと思うと今でも震えが来る。そんな相手と交わした約定を破れるはずがないだろうが!!”
「アルジミール様、こちらの列の水やりは終了しました」
「分かった、それじゃ引き続き飼い葉を配っていこう。ライオネス、お喋りはここまでだ、仕事に戻るぞ」
忙しなく動き出す若者たち、アルジミールは“ハハハ、これじゃ帰るころには立派な飼育員になれそうだな”と苦笑いを浮かべながら、厩舎の中を走っていくのだった。
「だからなんで髪の毛を食べようとするんだよ、止めろ~、禿げるわ~~!!」
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「「「緑先生、黄色先生、キャロル先生、マッシュ先生、本日もよろしくお願いします」」」
そこはマルセル村の村外れの草原、枯草が冬の風に揺られるその場所で、三人の若者が異形の魔物を前に頭を下げる。
““クワッ、クワックワ~””
““クワッ、ギャウギャウ、グワ~~~””
それは地龍と呼んでも差し支えのない全身を硬い鱗で覆われた大蛇のような魔物とドラゴンを人の形にしたような魔物、その数四体。
魔物達は全身から魔力と覇気を溢れさせ、若者たちに迫る。若者たちは長柄の棍棒に魔力を送り、魔物たちの攻撃を受け止める。
掛かる重圧、濃厚な魔力と覇気が全身を襲い今にも膝を突きそうになるも、必死の思いで長柄の棍棒を振るい続ける。魔物たちは楽しげに、新しい遊び相手でも見つけたかのように、若者たちを襲い続ける。
“ドサッ、ドサッ、ドサッ”
「はい、そこまで。黒蜜、三人から過剰な魔力を吸い取ってくれる? エミリーは黒蜜の処置が終わったら魔力の触腕で三人を運んでから<リフレッシュ>を掛けてあげてくれる? 俺はケビンお兄ちゃんから借りてきた黒鴉先生で周辺の余剰魔力を消しちゃうから」
草原に倒れる三人の若者、ラビアナとカーベルとアリスは、スライムの黒蜜に魔力除去を施してもらった後、エミリーの気付けを受けるため後方に下がらされる。
「それじゃ次、ロナウドとフィリーとディアね。フィリーとディアの精霊たちはこっちで見学、これはより強くなるための訓練だから、精霊合体が楽しかったってのは分かるけど、あれじゃ格上の存在に慣れる訓練にならないから」
ジェイクから掛けられた声につまらなそうな顔をしながらフィリーとディアから離れていく、フォックス種のような姿の上級精霊リックとエディー。
「それじゃ始めるぞ、訓練開始!!」
““““ブウォッ””””
先程とは比べ物にならない程の覇気と闘気が枯草の草原に吹き荒れる。それはフィヨルド山脈に棲むドラゴンの再現、強烈な存在感に潰されそうになるも、身を震わせグッと我慢しながら長柄の棍棒を構える三人。
「フゥ~~~~~、怖ろしいものだな、流石は魔境マルセル村の守護獣たち。だが武器を構えることはできるようになった、後は己を示すのみ、胸を借りるぞ!!」
「あの場に立ち、最後を見届けられずに終わった雪辱、必ず晴らしてみせます。ジミーの隣に立つ為に」
「姉として、女として、妹に負ける訳にはいかないんだ。先に逝かせてもらうわよ、フィリー」
“““ガンガンガン、ブンブン、ガンガンガン”””
振るわれる長柄の棍棒、手ごたえのある遊び相手に気分が高揚する魔物たち。
“いや、うん。ロナウドたちが一生懸命なのはいいんだけど、これって訓練だから、命懸けの戦場じゃないから、大福チャレンジドラゴンモードじゃあるまいしそんな決死の表情は浮かべなくてもいいから”
目の前で真剣に訓練に取り組む仲間たちの頑張りを応援しつつも、“もう少し抑えていこうよ”との本音が漏れそうになるジェイク。
「ねぇジェイク君、そういえば“マルセル村観光地巡り”から帰ってきてからクルンちゃんの姿を見てないんだけど、何か知らない?」
「あぁ、なんか“咄嗟の回避行動がとれなかったのは自身の不覚”とか言って月影先生の特訓を受けに行ったって聞いているよ。ケビンお兄ちゃんが“あの結果は流石に申し訳ない”ってドラゴンの脱皮場の岩製のロングナイフを贈ってたから、それの訓練も兼ねてのことなんじゃないかな?
これって十六夜さんから聞いたんだけど、月影先生の特別訓練って相当ヤバいらしいよ? 詳しいことは“聞かない方がいいから”って言って教えてくれなかったけど。あの時の死んだ目をした十六夜さんを見たら、俺もそれ以上聞けなかったんだよね」
ジェイクの話に顔を引き攣らせるエミリー。エミリーはここにはいない友人の無事な帰りを願い、祈らずにはいられないのであった。
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雲が流れる、風がそよぐ、枯草が揺れる。周りには何もない枯草の草原の真ん中で、俺は大地に腰を下ろし、脚を組み、瞼を下げ薄く目を開いた状態で心を鎮める。
ヘンリーお父さんは言った、「男は誰でも内に獣を飼っている。それを飼い慣らしてこそ一人前の男だ。契約という楔で自身を律するのも一つの手段、そう言う俺も若い頃は失敗だらけで少しマシになったのは二十を超えてからだったけどな」と。
ボビー師匠は言った「挑戦し、限界を超える相手に挑んでこそ見えるものがある。じゃががむしゃらに突き進むだけでは届かぬものもあるということも事実。立ち止まり周囲に目を向け、再び歩き出す。剣の道とはそうしたものよ」と。
大剣聖クルーガル・ウォーレンは言った、「己が感じ、己が信じたのなら突き進むがいい。たとえ失敗し挫折したとしてもそれは自身が選んだ道、悔いなどありよう筈もない。悔いるのは他人に流されるか、考えなく衝動で動いたか。自己を律し常に自身の主であれば、人生において悩みや後悔など起きようはずもない」と。
雲が流れる、風がそよぐ、枯草が揺れる。
“キュキュキュイッ、トントン、パシンッ”
通常の三倍以上はありそうな体躯のホーンラビットの団子に長細い木板で肩を叩かれ、軽く礼を返してから再び瞑想に入る。心の揺らぎ、自身の生き方、先の見えぬ剣の道。
俺はまだ、道の途上を彷徨い続ける。
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「大福先生、いかがでしょうか。オニキスちゃん、トパーズちゃん、フレンズちゃんの共同によるアーマーモードです!!」
それは胸の辺りに黒曜石のように美しい半球状の飾りを付け、頭部に不格好な飾り付きのヘルムを被り、身体全体を半透明な何かで覆ったフレアリーズ第五王女殿下。
「体全体をフレンズちゃんに包まれた心地よさと、頭をトパーズちゃんに守られているという安心感。胸のオニキスちゃんが決まっていると思いませんか?」
“・・・ポヨンポヨンポヨン”
フレアリーズの言葉に透かさず駄目出しを入れるスライムの大福。
しょぼんとするフレアリーズを放置して、それぞれに改良点を相談し合うスライムたち。
マルセル村の冬は過ぎる、若者たちはそれぞれの悩みを抱えながら、一歩ずつ前に進んでいくのだった。
おはようございます。
いってらっしゃい。
by@aozora