魔族です、あちらは南の勇者です   作:英雄祈願侍

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歪んだ視野角

 

 

 

一面に広がった銀世界

 

私が生きてきた時間で、何度もは見たことは無い。この景色が私の何かに沁み込んでいき、すぅっと溶けた。

かわいらしい子供たちが、楽し気に白い家々が、散歩を誘う小道があった。

降りもしない、乗りもしないそんな(はた)の中にある町。雪国ならではの知恵を感じられ、その技術は私を瞠目させる。

 

雲の多い空の下、私たちはこの地に降り立った。

 

「おー、なんだか良いね」

 

その景色に圧倒させられた私は、呆然とした態度でそう呟いた。

足を雪に潜り込ませて、その感触を楽しむ。

 

「この地は初めてか?」

 

「いんや、来たことあるよ。ずっと前にね」

 

「そうか。なら案内する必要はないな」

 

「…しかしあの子たちが居なかったみたいで良かった」

 

もくもくと空に霧散する煙突の煙みたいに、

その景色の懐かしさで油断した私が、ボソッと漏らした小声は聞こえていないみたいだった。勇者のその様子に少し安心した。

会ったら不味い事になるからね、喧嘩別れみたいなもんだし。

 

「で、依頼主とやらはどこに居るんだい?」

 

「あそこだ」そう指が指し示す方に目を向けると、周りの建物がちんけに見えるぐらいには豪邸だった。

庭師がよく手入れしているのだろう草木の間を縫うように張り巡らせた砂利の小道がうねって、向こうに見える池の畔に白い柱が特徴的なガゼボがあった。

石造りだけど、その使われている色は無彩色では無くて、ガラスの向こうには色とりどりの家具が垣間見える。

沢山の人々はその家に消えていき、その分だけ人々が生まれていく。まるで魔法みたいな建物だった。

 

「おっきな建物だね。ここに居るの?」

 

「今は、この家の一角に住んでいるらしいな」

 

「大金持ち?」

 

「ちょっとした商会を持っているだけ、と本人は言っていたな」

 

「へー。荒稼ぎしてる商会と言われた方が納得だね、これは」

 

玄関から建物内に入り、受付で勇者が一言二言話すと慌てて受付の人が何処かへ向かって行った。その隙に周りの人々の様子を見渡してみる。

 

大きな荷物を持って汗が滝のように垂れ落ちる人も居れば、豪華な装飾の施された衣服を纏った人やそれにへこへこと付き従っている猫背の人も散見出来る。

そうして暫く待っていると、使用人らしき人を連れてきた。その使用人は恭しく頭を下げ、私たちに話し掛けてきた。

 

「今回は遠方から、わざわざこんな辺境の地までやって来て頂き誠に感謝いたします」

 

「私とあの人の関係だ。それ程度は容易いものだと、言える。

それにこの地には来る予定があった、間が良いというのもあるな」

 

「成程。ところで勇者様、そちらのお嬢さんは?」

 

私の姿が視界に入った途端、その態度は訝し気な色を纏った。

当然だ。子供を連れてきたのだ、場相応だろうね。

 

「あぁ。私の度にお供している者だ、今回の件では私以上に役に立つと誓える程度には頭が切れる」

 

「おー。初めてぐらいの褒め?を有難うね。ご紹介の通り推理ならそこそこ成果を出せるように、期待して待っててよ」

 

その勇者からの突然の褒めに少し照れを感じながらも言葉を返す。

そのまま歩き出した。時折、雑談を交えつつ依頼主が居る場所へと長い廊下と、数多の部屋を乗り越えた。

そして遂に、辿り着いた部屋に通された私たちは、中央に鎮座した古さを感じるが気品は保つソファに座るように指示された。

 

「ふかふかだね」

 

まるで自宅かのような態度で、ソファの肘掛に片肘をおいて、両手の指先をかるく突き合わせながら、この空間を楽しむ。

 

「随分と家具に金を掛けるようになったのだな。あの人は」

 

「昔はあんまりだったの?」

 

「そうだ。金にがめつい人だった」

 

「奥様は貯まりに貯まった資産を放出する事にすると、突然言い出しまして」

 

「それでこうなったと」

 

「左様でございます」

 

良い趣味してるよね。金持ちなんてみんな趣味の悪いものにお金を懸けだすのに。

 

あのテーブルだって、装飾は控えめで黒光りした光沢が光の帯を作り出してるし、贅をつくした立派なカーテンやタピストリーは、壁一面を覆い尽くして、美しく飾った額や、花瓶などが飾られている。

この足元に敷かれた絨毯(じゅうたん)だって、深く柔らかくて、繊細に編み込まれた模様がお洒落だ。

 

「それで、肝心な要件なのですが」

そう言い、用意してあっただろう角ばった鞄の中から一つの高級そうな紙を出してきた。

 

「これが依頼した理由で御座います」

 

「暗号文?なにこれ」

 

EUHDNBRXUSURPLVH

 

その紙にはこんな一文が書かれているだけで裏はまっさらだった。

 

「はい。今回はこの意味の分からない文を紐解いて欲しいとの事です。

先々週でしょうか、突如として送られてきた封筒にこれが入っておりまして」

 

確かにまともに意味が読み解けない。これは法則性のないアルファベットの羅列、そうとしかこれだけの情報じゃ捉えられない。

ただ、仮に悪戯だったとしてもこんな意味の分からない文を送るだけってのは在り得ない。愉快犯ならもっと手軽な嫌がらせで良いんだよ。

だから意味はある筈だね、現時点では精査不可能だけど。

 

「成程ね。まぁこれだけじゃ何とも言えないな。

取り敢えずさ、その依頼主と会わせてくれないかな」

 

「…その事ですが、主人は出掛けておりまして暫く帰らないとの事です」

 

「え、依頼しといて?」

 

「大変申し訳ないのですが、明日には帰ってくると思います」

 

「あ、うん」

 

適当な人間も居たもんだね。まさか人類に約束を反故にされるとは思わなかった。

偽りの言葉を使うのは魔族だけじゃないんだね。

そう悪態をついていた時、突然バタンと大きな音をたて扉が開き、1人の女性が入ってきた。

 

「ただいま、セバスチャン!!ってあら?あらあらあらとっても可愛い子が居るじゃないっ!」

 

「え、あのちょっと」

 

しっかりした足取りで、臆さず私の元に寄ってきた。

そしてそのまま私の困惑を無視し、身体をぺたぺたの撫で回す女性。

 

小柄で(たお)やかな身体つき、衣服もこの家相応の上品さを持っていた。顔立ちは街に出歩けば、大半の男が振り向くぐらいには整っており、その大きな青い瞳は知性を感じさせ、温かかった。

その美貌に見惚れていたとも思えなくは無いが、私は突然の出来事に戸惑いを隠せなくてされるがままだった。

 

「こんなに可愛い子を連れてくるなんて、やるわねセバスチャン」

 

「光栄で御座います」

 

「あの、助けて欲しいんですけど」

 

「ご武運を」

 

「それって諦めろって事ですかね。え、本当に?」

 

この時間に耐えろと?手出ちゃいそうなんだけど、今も頬鷲掴みにされてるし。

うわぁ、良い匂いするな…それに胸も大きいし柔らかいなぁ。

気分が少し昂揚したけど、まぁでも本題はこれじゃない。

 

「あの、ちょっと。今回は用事があってここに来ていて」

 

っと、危なかった。このままこの温もりに数世紀ぐらい囚われるところだったよ。

その心情を読み取ったのか、呆れながらも勇者が手助けをしてくれる。

 

「この人が今回の依頼主だ。それでだ、今日は遠出しているのでは無いのか?」

 

「えぇ。確かにそのように奥方様からお聞きしております」

 

「確かに今日は商談がありましたわ。ただ視線に粘り気のある方でして、嫌になって早々に切り上げて参りました。全く不躾な方です、私には旦那が居ると言っておりますのに」

 

そう言い、私の間隣(まとなり)に距離を詰めて座ってきた。

 

「ただ、貴女のお陰でそんな憂鬱とした気持ちも晴れました」

 

「何気なく距離を詰めてくるね…」

 

「この怪文書の件でだ。貴方の主人について話を聞きたい、変な手紙が来ていたのだろう?」

 

「ああ、その事ですか。主人は昔から秘密主義でして何も自分の過去を明かさないの。

私にも隠し事の一つや二つあるので深掘りする気は無いのですが、今回はそれが祟ったようね」

 

「秘密主義か、夫婦らしからぬ空気感だね」

 

「あ、忘れていましたわ!!この一文を読んだ時に様子がおかしくはありました。私は一切これを理解できないのですが、主人には心当たりがあったのかもしれませんわね。」

 

やっぱり意味のない羅列ではなく、暗号か。アルファベット一文字一文字に、意味が込められていて一番使用頻度がある文字がEとか?モールス信号とかでも一文字で割り当てられてるし。ただそれでも情報が少なくて確証には至れないんだよね

さて、これの法則は何かを考えるにしたがってもっとヒントが欲しいかな。

 

「その主人とやらの部屋を見せてもらう事は?」

 

「すみません、流石にそれは…」

 

「良いわよ」

 

「あの、奥様?」

 

「隠し事をしているのは主人。なら土足で部屋に入られてもそれは合法です、えぇ今決めましたわ」

 

「おお、話の分かる人が居て助かるね」

 

初対面は最悪だったけど、意外と良い人間で良かった。これで目的も達成出来そうだね。

早くこの場所から去りたかったし、運が良かったね。

 

「その代わり…」

 

「え、何か求めるの?」

 

「勿論、タダと言う訳にはいきません。何せ商売人にとってタダは一番怖い言葉ですからね」

 

「…具体的には何を?」

 

「貴女をもっと撫でまわさせてくださいまし」

 

「え」

 

「そのぐらいならお好きに。では行こうか」

 

「あの、私は許可してないけど」

 

「では、お部屋に案内しますね」

 

「使用人さん?」

 

「あら、有難う御座いますね。じゃあお言葉に甘えて…」

 

「…これ私の意見は無視ですか?」

 

ここまでとんとん拍子で話が進む事あるの?私一応長い年月生きてる大魔族なんですけど、この女の人簡単に殺せちゃいますよ。

まぁそれをしないって分かってるから勇者は許可したんだろうけど。未来視がこうも面倒事を運んでくるとは…私の都合のいい方向に進めてくれるんじゃ無いの?約束が違うよ。

 

「せめて、早く終わって…」

 

か細くなった私の声は、少しの風で吹かれて霧散する程だった。

笑顔と深くて豊かな声がほんの僅かな癒しであった。

だけどそんな中、無頓着な態度を思い出した私は、心の中でありったけの罵詈雑言を吐き捨て、勇者を呪っておくのだった。

 

「それで、どうだった?楽しい時間であっただろう」

 

「多少の雑音を受け入れないとね、うん。真理の均斉を保つ事を忘れないでいくのが流儀なのさ。まぁ探偵染みた推理は最近になって日の目を浴びてるんだけど。ただ個人の特質で目を曇らせない事、感情の上の好悪(こうお)は邪魔ものだ」

 

「意味の分からない事を言うほどには、随分とご立腹らしいな」

 

その怒りを時間によって程よく解している間に目的の部屋に着いた。中に入ると先ず天井にぶら下がっている灯りに目が付いた。

それは殆ど目に見えないほど細い針金で、天井の中央から吊るしてあった。そのランプの燃えるにつれて、えもいわれぬ香気が室内に充満(じゅうまん)した。

 

それに少し不気味さを感じつつ、視線を下に戻すと一つのバイオリンと最低限の家具しかない光景が目に入った。

 

「恐ろしく殺風景で無趣味な部屋だね。ねぇなんで君の夫はさ、こんな豪邸に住んでいて趣味が平凡以下なんだい?

不思議だ、人類というのは地位に金銭に、力に溺れるものだと私は認識していた。でもこれじゃあそれと真逆の退屈さしか残ってない」

 

「主人は昔から孤児院や教会にお金を寄付する事をしておりまして、自分より他人を信条に生きてらっしゃいました」

 

「相当な慈善家だね」

 

「えぇ、そうであったら良いのですが…」

 

歯切れの悪い言葉に、隠し事の影を感じつつ部屋の散策へと移る。重苦しい空気は泥濘(ぬかるみ)の往来に呑まれていった。過去の出来事を思い返したのか少しやつれた表情を浮かべた。その有り様は、私の鬱憤を幾分か晴らしてくれた。

それに機嫌を良くした私は、スキップ気味で窓際に腰を下ろし、部屋を見渡すとちらりと何かの色が視界の端に見えた。

そこに顔を近づかせれば、元は高級な紙だろう皺くちゃになった便箋が、机の隙間に転がっていた。

 

VYNLUSUFCMUMCH

 

「依頼の文と似ているね」

 

筆跡は前回と同じ。犯人は余程この暗号文に自信があったらしい。

この文字の曲がり加減、uの崩れ方、分かり易いね。

ん?その隣にこれが入っていたであろう封筒が落ちてるね。

一見普通の封筒だ、これを閉じる際に使われていたであろう蝋の模様以外は。

この紙に比例しない、シンプルな格子しか入っていない。

 

「…これさ、分かったかもしれない。前回の怪文書が入っていた封筒とか無い?」

 

「あ、持ってきます」

 

揉み手をしながら両眼を閉ざし、異常な興奮を抑える。

やっぱり、推測に筋が通ると気持ちが良いね。

 

ヒントもこの部屋の中に合ったことだし、来て正解だったよ。

 

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