「こちらがその封筒で御座います」
窓ぶちに寄り掛かり、窓から忙しなく動く人の波を眺めていた私は、やっと来たかと期待を滲ませて、その目的物を受け取った。
その注目すべき
一見すると独特な感性の持ち主が付けた印にしか見えない。
でも私は…
「やはりね、うん」
納得しかしなかった。根拠としては弱いね、でもこうも筋が通ると納得せざる負えない。
「成程ね、分かったよ。…ねぇ改めて聞きたい、その人って音楽好きなんだよね?
だってさ、この殺風景な部屋にあるその人の色が楽器だけだし」
「はい、坊ちゃんは幼い頃から音楽を嗜んでおりましたね」
やる気満々といった態度で私は、腕をぐるりと回し推理を始めた。
「じゃあこの封蝋した意味が分かる。封蝋印が随分と味気ないなと思っていたんだ」
まずだ、手紙だけでお金が尽きたという荒唐無稽な仮定をしてみようか。
なら、印なんてつけずに蝋を垂らして終わりで良い。だって金持ちに送る手紙がこんな質素な訳ある?みたいになるぐらいに不相応だよ。
次に、この記号が付けた人物の趣味である可能性だ。
それだったらこの理論は潰えるね、中身が暗号文じゃなければ。人類が尊重する、地位を意識してないみたいだ。
これが意味を持ったものならばこの意味不明なやり口も納得だ。
読まれたくなかった、特定の人物だけに理解して欲しい文だった。
でも、肝心の紐解き方が分からない。
それでこの部屋にある楽器、それに関連する何かを引用しているんじゃないかって考えてみた。そしたらヒットしたんだ、私の記憶の中でね。
「前回のアルファベットのbみたいな記号と今回の格子状の記号が二つってさ。
これはシャープとフラットだよ、楽譜で見たことがある」
未だにこの言葉の意味が分かっていないらしい使用人に親切に私は鞭撻を振ってあげる。
「君はさ、移調って言葉を聞いた事がある?」
「い、いやないですけど…」
「ある調で書かれている楽譜を別の調に書き換えるって意味だよ。
不自然に
移調はさ、主音が分かればすぐ解けるものなんだよ」
私は古いその記憶を無理やり引っ張り出して、頭の中の穴ぼこだらけの文章を埋め立てていく。
「私は調号が二つ以上付くものをこれぐらいしか知らない。長調と短調、この二つ明るい印象と暗い印象に昔惹かれた事があったんだよ。だから覚えてた、思考を開示するね」
♭EUHDNBRXUSURPLVH
フラットは一個、つまりヘ長調。
下に4、上に5ずらすって意味。
変化記号としてのフラットは半音下げるって意味だね。だから下に4つだけずらす。
「Break your promise
“約束を違えるのか“って意味だね」
記憶の中の音楽に関する知識を仕舞い、改めて動揺する使用人に話掛ける。
「次にこの短文だけど…」
##VYNLUSUFCMUMCH
シャープは二個、つまり二長調。
下2、上に7ずらすって意味だね。
変化記号としてのシャープは半音上げるって意味だ。だから上に7つだけずらして見ると?
「Betrayal is a sin
“裏切りは罪だ“って意味だよ」
こほんと長々と話をして疲れた口をリセットして感想を述べた。
「まぁ簡単だったね。それにさ人間が発明したものだよ?
今考えれば、一文字ずつ後ろか前にずらす、総当たりをすれば解けたんだろうね。でもそれじゃあ面白くない、人類が考えたパズルを魔族である私が握り潰す。それが物語さ、希望は潰える、絶望は永続する。そんなものだよ、現実は。
あとその前に挫折するだろうね、時間という概念があやふやな私なら出来るんだろうけど。
私はその推理により、自分の頭に自信を持ちつつあった。
「だけど、私に分かるのはここまでだ、犯人までは特定出来ないよ。
だってこれは約束を違えて恨まれているって事しか書かれていない」
そうだよね。この暗号はこれで終わりの筈だ、だって文字は“同じ”だよ。
違和感、底なし沼にハマったみたいな表しようのない気持ち悪さが残るのを無視して私は自分を無理やり納得させる。
「素晴らしい」
勇者がその私の推測を聞いて、拍手をしだす。わざとらしく演劇ぽく、この場を彩らせる。
「確かにその考察は合っている。私の旧友の夫は、昔に約束を違えた事があった。それを忌んでいる人物は居る、そしてそれがこの旧友の知っている人物である事も」
「…ッ」
「そうなんだ、じゃあ犯人もわかっているの?」
「勿論、ただそうだな。その推測は半分正解だ」
「じゃあ何?」
「その人物は既にこの世に居ないのよ」
「え」
「数年前に亡くなっているわ、私の弟だった。
私が破天荒だって言われている中、その子はそれに反して読書や勉学に励む出来た弟だったわ。そしてこんな暗号文を送るぐらいにパズルや謎解きが好きな人物だった。生きていたならばこのような文を送ってきても可笑しくは無いのよ」
「そうなんだ。じゃあこの文はその弟の物なの?」
「知らないわ、全く知らない。それに弟の筆跡じゃない。あの子に文を良く見させてもらっていた私の記憶に合致しないんですもの、赤の他人が真似っこしているとしか捉えられません」
確かにね。仮に死んでいる人物に関係のない赤の他人だったとしても、この文を送るんだったら目的がある筈だ。それの亡くなった人物が使いそうな技術を、模倣するような人間にはそれはそれは崇高な思想があるのだろうね。
ただ今の情報じゃ辿り着けそうにない。
「…そっか。じゃあ振り出しだねこの件も」
私の一言を最後に沈黙が空間を貫いた。
しかし、その無言の時間を遮るように、勇者が一言話す。
「推理は終わったか?では行こうか」
「どこへ?この話はまた振り出しで、今日は終わりでしょ」
「真の犯人の元へだ。死者のようにこのような文を送ってきた犯人の目的を知りたくは無いか?」
「会えるの?っていうかそんな答えを与えるみたいな事して良いの、私に成長をして欲しいって会った頃には聞いたんだけど」
「今回も出来ればそうしたかったが、時間が無いのでな。今行かねば間に合わなくなる」
早歩きで部屋を出る勇者の背中に私と夫人は目を合わし肩を竦ませた。相変わらず言葉足らずな奴め、そう悪態をつくぐらいには自分勝手だった。
部屋を出る時、違和感の原因であろうそれをポケットに詰め込んで、私は駆け足気味に一行の後を追った。
◆◆◆
屋敷を出ると、いつの間にか太陽が隠れ、微細な水滴が宙を舞っていた。
湿り始めた雑草を踏みつぶしながら、私たちは町外れの暗い木々の集会所へ向かって行く。
そこの場所へはそう遠くなくて、少し奥の方の開けた場所に目的地はあった。木々が作る円弧の中心に人影が見えた。
徐々にそこへ近づいていくと漸く輪郭が見え始め、最後には、1人の女性が男に向けて鋭利な刃物を向け、恫喝しているのだと認識できた。
「なんで易々とこの場に来た!?」
「それは、この場所を示されたからね。見覚えのある暗号文でね」
「そうか。お前は自分のした行いを覚えているか」
「…いや、なにも」
男は否定する、女の眉間に一筋の皺が刻まれたように見えた。
「あの子へした悪行を覚えていないというのか」
「あの子が私の知っている人なら勿論何一つしていない」
男は否定する、ただでさえ固く握られていた拳は血が滲み出すようなぐらい、爪を立てて折り畳まれた。
「あの子がしていた約束を、幸せに暮らしたいという約束を破ってのうのうと生きるというのか」
「確かにそんな約束をした。それは、守りたかった。あの子が生きていたらね」
男はまた否定をした、遂に女の気配に殺気が宿った。先ほどまでの葛藤はもう過去の遺物だった。
「そうか、あくまでも白を切るつもりなんだな」
ふぅっと深い呼吸を吐き出し、覚悟を決めたのか目をかっと開き、声を張り上げる。
「お前は此処で殺さなくてはならないッ!!」
「君は何でそこまで荒れているんだ?私は何もしないよ、落ち着いてその物騒なものは地に降ろしておくれ」
「うるさいッ!!黙れ黙れ、お前はいつだってそうだ。甘い言葉で人を惑わして、だからあの子も死んだんだ…」
一瞬、自らの行為を疑ったのか、目の前の凶器と男とに視線を何度か行き来させた。
暫く逡巡したのち、ハッとしたように現実を直視したのか、顔色が蒼く染まった。
「それは…、まぁ残念だった。事実あの子はとても良い子だった」
「そうだッ!!優しい、淑やかな男の子だった。私に優しくしてくれて、みすぼらしいこの私に知恵を与えてくれる天使だった。それを、それを!!」
改めて、その悲しき出来事を想起したのか空よりも具合の悪そうな色から、熟れたリンゴぐらいの色に忙しなく色が変わる。
「まぁまぁ落ち着いて、そうかっかしないでよ」
その様子を面白く思い、からからと笑ったまま、
私はそう激昂する人間の前に躍り出て、仲裁を試みる。
いつもより人を懐柔する笑顔を携えて、その真っ赤な色をどうにか出来ないかと可能性を詮索し続ける。
「どうしてそんな凶行をしようとしたんだい?君はそんな事をするような短絡的な人間だったのかい?私は違うと思うけどね、だって貴女は自らの行いに困惑すらしている。何かしらのきっかけがあり、突発的な犯行なのだろう」
「違う、これは私の意志。そうに決まってる!!それにあなたは誰、突然出てきてなんなのよ!!」
「あぁそういう感じね、うん。まずは自己紹介をして私たちの仲を深めようかな。私の名前はピュルテ、ぜひ仲良くして欲しいなお姉さん?」
「行き成りやって来てなによ!まさかこの男の仲間じゃないでしょうね!?」
「うーん、それは違うんだよね…困ったな取り付く島もないや」
その様子にほとほと呆れ果てた私は、ちょっとしたズルをする。
「気分を落ち着かせる魔法…」
誰かに聞かせるわけでも無い、口の中で呟いただけの詠唱。
怒り心頭から冷静沈着に、あっという間に様変わり。
傍から見れば怒りの勢いを相関せずに平然と話し掛ける私の様子に張り合いを無くしたのか、少し落ち着いた様子を見せたように、私の魔法は今日も絶好調だった。
「…そう。私はあの子の友達、だった者よ」
「うん、宜しくね。名無しのお姉さん」
手をぐっと前に差し出して、温和にいこうという意思表示を
それを恐る恐るといった様子で、掴み返したのを皮切りに私はその心情を紐解く。
「お姉さんはさ、何が好き?」
「え、何って趣味って事?」
突然好き嫌いを問う私に、場違いな者を見る目を向けてくる。それに我関せず、私は趣向を訊く。
「うん。あとはそうだね、食べ物とか景色とか、あとは好きな本とかね。私は本が好きで幼い頃から本を読み続けていつしか本の虫みたいな生活を送るようになっちゃった」
その言葉にくすくすと先程の張りつめた空気を霧散させるかのような笑い声が響きだし、依頼主の婦人が声を切り出す。
「そうなの?良い趣味だわ。私は昔っから本が嫌いで、全然読んでこなかった人生だったわ」
「えぇ…!!それは損をしてるよ、うん。だって私でも楽しめる人類の娯楽なのに」
「何それ、うふふ。ねぇ、貴女は何が好きなのかしら私もお話に混ぜてくれない?」
私達の会話の応酬を黙して聞いていた女の子は、突然入ってきた来訪者のその言葉を聞き、少し躊躇った。
しかし決心したのか「よし」と小声言い、了承を述べる。
「うん、良いよ。えっとね私はパズルが好きなんだ、あと謎解き。ずっと前に教えてもらってから私の大事な繋がりなの」
「そうなんだね。いいな、私も最近推理にハマっててね。紆余曲折あり、そこの勇者に引き摺りまわされて探偵ごっこをしているんだよ」
うんざりした様子でそういう私に依頼主の婦人は、より一層笑顔を浮かべた。
「飼い犬みたいな扱いね。でも可愛らしい背の貴女にはピッタリね。犬は飼い主には懐いてくれて、気を許して色々な事をさせてくれる可愛らしい子ですもの」
「私は勇者に懐柔されたつもりは無いけどね。まぁでもいい経験ではあるのかな。
そんな話よりさ、なんでその2つが大事なんだい?私に教えて欲しいな」
「これは、これは。亡くなったあの子が私に教えてくれたものなの。ある日、私がいつも通りに家に帰ってる途中、あの子は居た。木製の柵に寄り掛かって、一枚の紙と睨めっこをしてる人だった。その葛藤を暫くぼーっと眺めているとこちらに気が付いたのか話しかけてくれたの」
過去の栄光に縋る愚者のように、御伽噺と現実との差を嘆く勇者のように。その女は話をする。
「最初は、そう。変わった子だなって感想を抱くだけだった。不躾な視線を向ける私に話しかけてくれる人なんて、未知の生物と対面したみたいな不思議な気持ちだった。
そんなこんな長話をしてお互いの考えを分かち合って仲良くなってから何回も何回も私の元に訪れてくれた。好きだった趣味を共有してくれて、それに私は惚れ込んだの」
過去を回想したのか目を瞑ってゆらりゆらりと身体を揺らし始める。
揺り籠を幻視させ、暖かだったその時を回顧するかのように。母児が抱擁を乞うように。
ただその揺れが収まると同時に、顔に影が差し込んだ。
「でもそうね、こんな蛮行をしたんだもん、天国のあの子は私の事嫌いになったかもね。思いは偽物だったの?とさえ思われてそう…」
「そうかな?貴女の弟への想いは本物だったよ。だって赤の他人でしかないその人のために自らの全てを擲つ覚悟を見せたんだ。凄いことだよ、真似できないことだよ」
私はそんな事は出来ない、思いつきもしないだろうね。だって自らの生を他人に委ねて棒に振るうなんてもったいなくて出来やしないよ。私達魔族は極論、自己中だ。身勝手で他人など考えて生きていない。それが普通で
昔の私ならね。今は勇者の赴くままに動いてるから、同類かもね。
それぐらい、他人の事を思考に交えるようになってしまった。
「そうかな、そうかも…。あの子は私にとっての初めての友達で、とっても大切な人だったのよ。それが居なくなってしまってどうしたら良いか迷ってた、迷い続けてた…」
「そうなのね、私の弟にここまで熱意の篭った視線を向けてくれる人がいたなんて…私的には複雑な気持ちですね」
一言二言と、私を省いてその愛しき幼子との思い出話が風船みたいに膨らんでいったところで、2人は涙を流し始めた。
恐らく、その弟がもうこの世には居ないという現実を突きつけられたからだろう、それとも別の理由?ただその零れ落ちる雫だけが真実でそれ以外は何も分からなかった。
感無量といった風に涙を流しながら抱き合う2人を眺めて、私と勇者は総評を残す。
「亡くなった弟の影にまだ囚われているんだ、そしてその姉である彼女に原因があるのだと妄想をするようになり、でもそれは自分で否定した。多分過去の話が足を引っ張ったのかな?弟は姉である彼女を慈しんでいた。
だからそれを自身が否定してしまってはその思い出を穢す事になる。事実彼女の姿を見た時、少し驚きの色が垣間見えた。大方亡くなった弟に似ていたのかな?だからその面影がある彼女を素直に受け入れられた」
物語に
「なんで犯行に至ったかは、自分ん中での整合性を保つために、話に出なかった彼女の夫である彼を詐欺師だとして、今殺そうとしていた。この場に居る中で彼にだけは未だ敵意を見せているからね。とても複雑な感情だよ、でも人間らしい」
「それも愛だろう、愛執が一番的を得ているだろうね」
いつものような
ただ私は事件が解決に向かっても、依然として心は真っ青だった。
何かが喉に突っかかるような違和感、汚い部屋の一部分が何者かによって動かされ部屋の配置が変わったかのような違和感。私はこれを気の迷いだと断じて、いつも通りに返答を返す。
私達、2人を除いた人たちは昔話に花咲かせ、その音声と比例するように盛り上がりを見せていた。
「ふーん、そっか。縋っているのも人類が取った道の一つかな。
宗教にのめり込み、それに縋って生きる事も、偶像を作り、それを敬愛する事もまた一つの考えで、人間に許された選択肢だと私は受容している」
そう言い切ったところで、手紙の暗号の話になったらしい。興味が湧いた私は勇者との会話を切り上げ、話に割り込む。
「じゃあ、私の弟に教わってあの暗号を?」
「いや、あれは一から自分で考えて…まだ拙いけどあの子の真似をしたかったから」
「そうなのね。あ、そういえば貴方、ここへはどうやって来たの?こんな秘密の場所知っていたのかしら」
「この手紙があったから私はここに来た。君の弟とは話す仲ではあったが親しくは無かった。このような隠れ家を私は知らない」
そう言い、ひらひらと懐から一枚の手紙を出した。それは前に送られてきた意味の分からない一文みたいにアルファベットの羅列で作られていた。
「えぇ。私とあの子の思い出の場所だもの、他の人間に知らせるわけないでしょ」
成程他にも手紙はあったのか、と納得しかけたところで気になっていた事を聞いてみる。
「ふーん。じゃあこれは?この人は誰も裏切ってないと思うけど」
その質問に、心当たりが無いような様子を浮かべた。
嫌な予感がした私の頬を、じとりとした粘ついた汗が伝う。
「…?、これは私、書いていない」
「え、じゃあ貴方は読んだでしょ?」
「分からない、が読んだ事は無い筈だ」
「貴方の部屋に転がっていたんだけど。え、じゃあ誰がこの文を送ったの?」
これもあの文と同じような解き方で作られている。それに筆跡だって“同じ”に見える。だから同一人物の物だと思っていた。じゃあ誰が何のために?
裏切りは罪だ、なんだろうね。
他に今があるのか?この男に向けたものじゃ無いなら。誰に向けての言葉なんだろう。
「そういえばさ、その話題に上がった弟ってなんで死んだの?事故死とかなにかかな?」
「弟の死因は自殺だって」
「いや病死の筈だ」
「私は事故死だと」
「「?」」
「何があったの?それに一体どうやって3人もの認識を歪められたの」
「私がやりました」
突然この場の人物では無い声色が聞こえてそちらを見てみると、魔族が居た。
人間では白目にあたる部分が黒く染まり、その長身もさることながら闇に溶け込むような色の服装と、無表情でこちらを見ているその貌が不気味であった。
「そんな馬鹿なことが…、在り得るのか?」
「そんな事が在り得るのかですって?死亡の原因なんて簡単に捏造出来ます。
この私、グラオザームがシュラハトの命によりこの者たちに幻惑を施し、死因を誤認していたことに気がつかないとは」
まるで呼吸みたいにその魔法を駆使したと言い放つ、その魔族を見て絶句した。
確かに魔族の魔法というものは、他よりも秀でている事が多い。
しかし、こうも自然と溶け込ませることが出来るなど、ましてや私に感知出来ないほどの魔法など、どうやって…
「それに、そこの人間が怒りに飲まれていた事すら私の魔法によるもの。たかが人間1人死んだ如きで、他の全てを憎むほど感情は増幅しないでしょう」
この一連の騒動が全て自らの手によるものだと言う魔族に対して沈黙を貫いていたが、ぽつりと私が声を投げかける。
「…なんでそんな事を?」
「なんでそんな事を?それはそこの魔族が私達、延いては魔王様を裏切っているからです。人類に傅く魔族などあり得ません。愛などという心の病に執着をし、魔族にとって神たる魔王様の命にも背く、魔王様の手から離れるなど嘆かわしい事です」
嘆かわしいと言い、悲しそうな態度をするが依然として表情は無であった。
「そういえば人類の文化圏ではこのような言葉がありました。原罪とは生きるものが受け継いだ罪であり、罪を犯したから罪人なのではなく、罪人だからこそ罪を犯してしまうのだと。
貴女という個は、生誕した時より人類を殺戮対象だと思えなかった。
それは魔族にとって在り得ないことで、それを平然と行う貴女の考えこそ罪人たら占める根拠です。
それにこの文も貴女が大っぴらに話していた解説を聞き、写したものですよ」
自らの手に、先程まで私の手の中にあった筈のその手紙を出現させた。
それをぐちゃりと握り潰し、魔族はさらに畳みかけてきた。
「貴女に関わる者が苦しめられる、これ程までに恐ろしい事は無いでしょう?何せ人類は恐怖に弱い。ならば人類に傅くお前もそれに類する筈です」
確かに。私が人類に愛着を持っていたのならば、どれ程苦痛に感じていた事か。この感情を理解しきれていたら、あるいは苦しめたのかも。
「…それが?私には関係のない事だよ。時間が無限に近しい魔族なのに、一回遠回りさせられたところで自分の行いを省みる事はしない。人類に近づいても私はどこまでいっても魔族の性からは逃れられない」
「やはりシュラハトの言う通りになりましたか」
「未来視が外れる事はない。私の能力を疑う方が愚かだったな」
また魔族が増えた。眼のような模様の入ったフードを被った若い男の姿の者が。
口元は黒いマスクによって隠されており、表情を窺うことは出来ない。声色は平坦で感情の色も見えない。先ほどの丁寧語の魔族よりもより底が見えない実力の持ち主だった。
その鏡のような目の中に、私の姿が映っていることに気が付き、心臓の鼓動が少し早まった気がした。
「ふふっ。そんな慢心してどうするの?相手は私と同じくらい生きてる魔族と勇者様だよ」
そして最後にもう1人、魔族が増えた。
それは私にとっては既知の存在で、いつの日か旅をした友達だった魔族だ。
緑色に染まった髪も、それと同じかそれ以上に光を反射させる
その姿を呆然と見つめ、過去の思い出の波が私の頭を飲み込んでいたが、腕を伝う何処からか流れてきた汗によって、ふと我に返った。
その間にやっとの思いで絞り出した言葉は、この出会いを喜ぶかのような返事だった。
「あ、その…久しぶりだね」
「えぇ、心配したわ。なんたって貴女が私の元を離れるなんて思わなかったんですもの」
ニコニコと笑うその貌は、いつの日かの記憶にある優しさを孕まず、冷ややかな背筋を
が凍ったかのようなものへと変わっていた。
私は雨が好きなんです。
水は嫌いですけど好きなんです。
ジメジメするのは嫌いです、歩みが遅くなるのが嫌いです。
でもその分晴れた時は、虹が掛かるから好きなんです。