魔族です、あちらは南の勇者です   作:英雄祈願侍

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その矜持は落角する

 

 

 

記憶を失う。

あの思い出を失う。楽しかった思い出を失う。繋がりを失う。

燃え盛る景色は、炭と化し土へと還っていく。

 

悪夢だ。

思い出は最悪へと変容し、楽しかったものは、悲しい出来事に置き換えられる。

今までの積み重ねは無へと還り、残ったものは残滓のみだ。

 

私の思考が溶けゆく。これが自然の摂理というのか?

自らの生の意味とは、途方もない時間の彼方へと何を望んでいたのか。今は思い出す事は出来ない。

暗い、落とし穴の底面みたいな場所に私は居た。光は無く、五感も消え去った。

出来る事は自分との問答だけで、それすらも能力の弊害で邪魔をされている。

 

「困ったな、手詰まりだよ」

 

指を前に伸ばし、何かを触ろうとするが何にも触れることは無かった。

足は何かに触れており、今の私は立っている筈なのにその感覚は無い。

夢の中ならばと、理想の自分を想像しようとするが、何も起きなかった。

 

「自らの名前すらも思い出せなくなるぐらいに、自らの歴史を消し去られ続けているね」

 

今尚、自らの脳は熱を発し、その魔法をレジストしようとするが時間の問題だった。

やはり何か外的要因が要るみたいだ。この空間では私は自らの魔法すら使えない、ただの小娘だ。

 

「そのうち歩き方や、生き方すらも忘れてしまうもしれない」

 

すっかり落魄れてしまった私は、この空間を瓦解させる策について企図するが頭が働かない。人を食らう魔物が飢えを嘆くように、私は思考という嗜好品(しこうひん)を奪われてしまった。

思考能力を制限された私は、大きな生物の口腔から空を眺めるだけの被捕食者へとなり下がり、この空間に囚われて壁と床と一体化し一部になるのではないかと思い始めた時、声が聞こえた。

 

しかしその声は憐れにも囚われてしまった私の安否を心配するものではなく、嘲笑の声色だった。

視界一杯に呪いが広がり、内包された防衛装置が起動する。

私が起きるのを食い止めるかのように、四肢に何かが巻き付く。

 

「どうした、そんなものか?啖呵を切ったのにも拘らずここで終わるのか」

うるさい、と(まほう)は思い出すのを拒否する。

 

「どうやら私の未来視は外れたようだ。これまでの旅は無駄足だった」

うるさい、と(まほう)は思い出すのを拒否する。

 

「嘆かわしい。見る眼のない私も、期待に応えない君も」

「うるさいなッ!!」

と、(まほう)、は思い出す事を、否定す、る。

 

最期に残ったそれは、私という自我の崩壊を食い止めた。

何かは分からない、だけれど私を助けてくれたという事実だけは認識できた。

 

その限界を超えた凌駕は、何かに重大な欠損を残したのか、ジリジリと何かが焼けるに音が聞こえる。徐々に焦げ臭い匂いが漂ってきた。

しかしぱちぱちと何かが燃え始める、種火は生きている。炎を大きくする為の薪は充分だ。

 

記憶が戻る。

あの思い出が戻る。好きだった思い出が戻る。繋がりが戻る。

僅かに残った炎が、息を吹き返し、めらめらと燃え盛る

真夜中みたいな真っ暗な空間に一筋の光が差し、それを起点として罅が入り始めた。

 

貶められた自我は息を吹き返し、数々の歴史が自然と発掘される。

あとは刻が解決してくれると高を括った私は、自らの安全を妄執し起床する。

 

「じゃ、もう夢心地は終わりだ。随分と楽しめた、何が幸福で何が不幸か、私が認知する過程を飛ばして知れたんだ」

 

純粋であればある程絶望したときの反動は大きい。

確かにね、ただ私が純粋だったのはもう過去の話だよ。今はもう知っているんだ、自らの心に決めている、どのように生というフィールドを走るか、その結果どのような結末を迎えるかを。

これは確実に訪れる未来ではない。私は未来視という万能な能力を持たない、よってただの推測だ。でも目標とはそういうものだよ。

 

「お疲れ様、君の出番はもう終わりだよ」

 

目が覚めた私は、既に使っていた魔法の効果を発動させる。

どさりと魔族が倒れた姿を見て、私は額から垂れ堕ちる汗を拭う。

こちらを眺める眼には驚きが宿っていた。

 

「ただ全身を麻痺させただけだよ、動かなければそれ以上の効果はない、多分ね」

…まぁ死にはしないだろうから、一旦そこで寝ててよ。

 

「まずは1人戦闘不能だね」

 

 

機嫌の悪い空は、雨を降らし、私と林に潤いを与える。それにより、髪色が少し変わった気がした。

しかし、その余韻に浸ることも、落ち着く暇も与えない。

次の来客だ。

 

「ふふっ。やっと私の番ね、待ちに待ったわ。待ちくたびれて寝ちゃいそうだった」

 

「あぁごめんね、待たせちゃったよ。でも私はモテるからさ、引く手数多なんだよ」

 

「妬けちゃうわ。私を置いて次は、勇者なんて。なんて欲張りなの」

 

凪いだ状況は、何かの合図を待ち望んでいる。

灼熱の(ほむら)が宿るその時を。堪らなく恋しそうに、眼を官能的に潤して。

「はぁ…」と出る吐息も、色を帯びている。

 

「勇者、これは私に決着を付けさせてよ」

 

「勿論だ、それが最善だからな。私はそこの男と遊んでいよう」

 

「手を貸したいが、これとタイマンは分が悪い。あまり持たんぞ」

 

「うん。それで充分だよ、頑張ってねシュラハト」

 

不変だった。魔族同士の友情は崩れない筈であった。魔族は力関係で縁を作る。故に友まで関係性が深まる事は然う然うない。その出来上がった貴重な少しの脈を大切に持ち続けるのだ。

 

いや、それも欺きかもしれない。一時の利害関係を友と呼んでいるだけなのかもしれない。

現に、裏切った私を見て、ソリテールは嬉しそうにしている。決して裏切った相手を見る眼では無かった。

激甚(げきじん)な情は無く、(おごそ)かな気概も無い。

ぽたりと木の葉から落ちた雫の音を開戦の狼煙(のろし)とした。

 

「ふッ…!」

 

ソリテールは小手調べと、魔力の波動を展開する。

数十もの数での初手に、私は苦笑いをしながら自らも同じ量の魔力を身の回りに纏う。

 

── 相殺される。

 

始めてだ、戦いというものをしたのは。

何てことない日常で、こんな事は終ぞなかった。

腕を振り上げて、何度も、何度もその魔力を放つが、同じ程度の魔力が込められたそれとソリテールの魔力が綺麗に消え去っていく。

瞬時に魔力量を測ったその技量に少し目を見開きながら次の手を考える。

 

「膠着、同じ程度の実力かな」

 

「ふふっ、お互いにまだ手加減しているのに?」

 

「それでも私は同じだと思うけどね」

 

「そう。じゃあ、こんなのはどう?」

 

 

数多の大剣が空を舞った。

 

私も果敢に責め立てるが、練度が違う。

皮肉な話、ソリテールは長い年月を人類の魔法に費やしているのだ。並大抵の技量では無いだろう。ピュルテはサボり続けていた。それは近道ではないと御託を並べて、魔族の本懐である魔法の研究を怠っていた、それがこの差だ。

 

「どうしたの?そんなものだった、私と同じ年数を生きているのだから強いって思っていたけど、期待外れねッ!!」

 

密雲(みつうん)のような大剣の合間を縫って、近づこうとするが、高密度の魔力を織り交ぜてくる為全く近づけなかった。

 

「それとも長い年月を生きてるだけの木偶の坊なの?魔力と頭だけが肥大化してそれ以外は生まれた時のままで止まっちゃったの!?」

 

段々と、被弾が増えてきた。僅かな苦痛、身体を軋ませる何らかの圧力。気持ちは折れていないのに、身体は悲鳴を上げている。傷口から噴き出す魔力の残骸が、目の前に広がり始めた。水を含んだ場所だからか、出る音に湿度がある。踵は自らの魔法の余波に耐えるため、地面にめり込ませたせいなのか少し削れて、(かお)りはほろ苦い。多分自らの限界を教えてくれている。風にゆらぐ髪はいつも通り真っ白で、空に浮かぶ雲と御揃いだ。

 

しかし、犬歯を覗かせ私は口を大きく弧のように広げた。ぶんぶんと腕が振られ続ける。

その動きに追従して魔力の塊たちは撃たれ続ける。弾幕だ、そらは色とりどりの光で飾られて、ある日に見た花火みたいだった。

 

「ふふっ」

「あはは」

 

双方の想いが膨れ上がり、それは笑い声という形になって放出される。

その華奢(きゃしゃ)な身体からは考えられないほどオーラが大きく波立つ。

地面が弾ける、地面が抉れる。その豪快な身体捌きの余波で、惑星の皮膚が剝がれる。

熱によって焼かれた地面は陶器みたいに固くなり、ガラスみたいに色を失う。

 

楽園みたいだ、ここが現実なのか夢の中なのか境界線が曖昧になっていく。とりどりの風景はお互いの秘密にしながら、この世界をお洒落にしていく。

 

しかしそれは大きなきっかけで、

何らかの外的要因で、私は一転して不利になった。

 

油断は命とりだった。それは私を不安感と焦燥感という暴走列車に乗車させ、身体を明後日の方向へと誘った。すぐに頭を振り、夢心地な意識を呼び戻す。

態勢は建て直せた。しかしその数刻が大魔族同士の戦闘では、致命的だった。

ソリテールの純粋な魔力の塊たちを捌いている時、一つが私の角に当たってしまった。

驚愕する私と、その手応えに笑みを深める(きみ)

 

「あ…」

 

ポロリと角が地面に落ちた。

それは何かの産声かもしれないし、何かの悲劇の始まりの合図かもしれない。

 

距離が開く、お互い肩を上下させその応酬の壮絶さを語る。

宇宙の中にこの惑星があり、この惑星の上に私たちは立つ。しかしそれらは近いものではなく、眼では近く感じても実際は途方もない空白がそこには存在する。

手を伸ばせば届きそうな、私の君の距離もそれに付随する。

 

紙一重の攻防は私が負けた。

しかしまだ序章だ。身体からの脅迫を無いものとして、

口元にニヤリとした笑みを浮かべた。

 

「まさか魔法の余韻から抜け出せないとは…、いやぁ油断したよ。驕ってた」

 

「ふふっ。グラオザームの魔法の真意はそれじゃないんだけど…、まぁ、有利に立ったからなんでも良いわね」

 

私は、あるべき場所にある頭の角を触り、現実を確かめる。しかしそこにはもう何も残ってないことを突き付けられた。

 

「やるね。私の角を折るなんて、魔力の制御装置が壊れてしまったよ」

 

穴だらけの一部と化した、自らの誇り(つの)を眺めながら他人事みたいに状況を分析する。

突忽(とっこつ)と起きた問題は、さして私に影響は与えなかった。

もう私の魔法は、制御などいらない。いつものように誰かの様子を窺う必要はない。何故ならば最後だからだ。

 

「油断した貴女が悪いんじゃない?全く私と踊っているのに余所見なんて酷いわ」

 

「それはごめん。でも楽しいからこそのミスだ、君との円舞曲を捨て置いたわけじゃないよ」

 

「ならいいわ」

 

ちらりと遠方を見れば、勇者とフードの男の戦いも佳境であった。

何方が優勢など言う必要も無いだろう、なにせ人類最強と参謀だ。そもそもの土台が、戦場が違う。

しかし、私達も終わりにしなくてはならないみたいだ。

楽しい時間はいつか終わる、それが摂理で永遠という例外は無い。

 

感覚に干渉する魔法(アンジェラセラヴィ)、私の魔法をここに魅せてあげるよ」

 

「こうかなんて、言うまでも無いよね。きっと君なら察している筈だ」

 

気障に言うのだったらそうだね…、五感に作用する魔法とでも云うべきかな?これがあるから私は人類の生存圏に潜り込めた。

 

まるで二人の時間が静止しているかのような錯覚をした。

 

「そうね、知っているわ。そしてその効果が気持ちによって上下することにも」

 

どおりで私の事を辛辣にこきおろすわけだ。

その戦略は私の魔法を見据えての行為だったのか。

 

「でも、防ぎようは無いよ。少し入らせてもらうね、君の本心の中へと」

 

瞬きをした次の瞬間そこは、

モノクロな空間だった。

 

色という色は、私という生命だけで他は白と黒で構成された場所だった。

目をつぶると世界が遠ざかる。しかし自らの体重だけは感じることが出来、沈黙は静かな夜みたいに芸術的になり、約束という形を持って私を縛り上げる。

 

隔てられたものを、力任せに抉じ開けて中を覗き込めば、蹲った有彩色が居た。

迷路みたいな透明な場所の先に、ソリテールは居た。

私は探り探りにその場所への道を探し求め、自分という自我を摺り減らした。

どれぐらい現実では経ったのか、分からない。しかしきっと瞬く間の出来事だろう。思考とは光よりも早く時間を消費するものだ。

そうして、自らの知識を総動員し、その長い月日の末に見つけ出した。

 

息づいた。がちゃりと音を立て、透明な障壁は消失する。

水が部屋を満たし、私たちはお互いの意識を重ね合わせる。

 

ゆっくりと近づく、そして目の前に両者が並び立った。

そして両者ともに動き出す。

私が先に目を閉じたのか、君が手を拾い上げたのが先か、どっちでも良いか。

ただ私はごく自然に、その手を振りほどき、当然の如く視線を合わせて、ソリテールの肩に手を置き、憮然とした態度を取った。

彼女の色が急に縋りつくようなものに変化し、解かれて居場所を無くし膝に添えられた手に力が籠る。

 

知見を取り入れる事に意欲的な姿勢に惹かれた。

今の自分を棄てて、別に何かに成れる。

と、彼女の手を取った過去は、今思っても懐かしい。

 

「こんな事をした自分の気持ちは分からない」

「うん」

 

「貴女は、これを説明できる?」

「いいや…」

 

「じゃあ、これが愛なのかな。貴女が言っていたもの。人類という種族に興味を持った私とその集合の一部である感情のまた一つのカテゴリに惹かれた貴女。二人の追い求めるものは確かに違うけど、心持は共有できた」

 

気持ちの整理が付いたのか、ソリテールは思い出話を始めた。

 

「魔族には無い概念の話を出来る同族は貴重だった。だから私は貴女に惹かれたし、貴女も同じだよね」

「…そうだね」

 

「きっと、より多くの同族がこれから死んでいく」

「うん」

 

「共存という夢物語の為に友達はどれくらい消えれば良いんだろう」

「そ、うだね」

 

「共存という思想はきっと癌になる。魔族という種族が絶滅するその原因があるとすればそれだよ」

「否定できない、確かに種族という俯瞰視点でいえばそうだね」

 

「きっと君を誰かに重ねてしまう」

「それは私に価値を感じていたって事かな?それは嬉しい誤算だね。ソリテール、君はそんなものを想うような魔族だったなんて」

 

「私は命を懸けてまで、種を繋いでゆくという役割を果たしたいとは思っていないの」

「だけど行動は正にそんな高潔な精神に則っている」

 

「どれだけ、長い年月を生きようとも。どれだけ、異端であろうとも魔族からは逃げれない」

「確かに。私は、今恐れているね、自らの終わりへのカウントダウンを」

 

「君がどこにそれを感じているか分からないけど、決して逃れられない魔族としての性質はある」

「忠告かな?ありがとうね、でも私は自らの行動を止めるすべも無ければ、止める気も無い」

 

足を引きずる音が聞こえた。誰かが後ろ髪を引かれているのだろうか。

ずるずると前に歩く。

 

人類史(じんるいし)曰く。

 

万有引力とは、引き合う孤独の力である。

宇宙は歪み、声明は惹かれ合う。

 

それにより生命の想いはどんどんと膨らんでいき、それを不安がる生命も出始めた。

この膨大な邂逅は、パズルのピースみたいな形を織りなし、嵌まり繋がるものもあれば、嵌まらず端に寄せられるものもある。私達はどちらに属するのだろうか?それは後世にしか分からない。

 

無限大に広がる空の彼方でも、岩同士がぶつかり合い繋がって、衝突して粉々に別れるを繰り返している。しかしそんな中で時折成功する者があった。銀河系で太陽と月みたいなただの路傍の石ではない星が生まれ始めた。それと同じように、生命同士の出会いも大きな波紋を産むことがある。

せいぜい無限程の体積しか持たない生命は、縁を構築する。

しかるが故の感情の価値、これが無ければこの場は存在しなかった。

 

「少し、歩くのが遅くなったかな」

 

決別って厭な概念だね。

 

 

 

魔法を解いた時残っていたのは、立つ私と地に伏せる旧友だけだった。

しかし、それの影響かまた髪色が変わった。人房程度だが、誰かみたいな髪色に。

 

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