魔族です、あちらは南の勇者です   作:英雄祈願侍

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角叉が幅を利かす

 

 

 

一つの結末を迎えた私は、勇者と魔族の戦いを眺めて決着を待つ。

どさりと、倒れ伏したソリテールの隣に座り、その寝顔を眺めながらこの暇な時間を潰す。

私が加勢しても良いけど、それは勇者が求める行動ではないと薄々察しが付いている。

 

だから一つの愛を経た私は、茶色に染まった一房の髪を手で弄りながら、原点回帰として、この旅の元凶について思い出してみる。

 

 

── 私が愛なんてものに執着し始めたのはいつだろうか?

 

それを語るには一つの物が必要だ。

戦いの最中にも懐に入れていた盃を、がさごそと表舞台に立たせる。

そうして思考を巡らせた。私の生まれた頃、今から数百年、数千年前の遠い過去の事を。

 

 

 

 

 

「……?」

 

辺りを見回せば、一面の森であった。

 

いつもより少し早く起きただけなのに、周りの景色はいつもと違って見えた。

草の間から注がれる輝く黄金の水は、今日という日を誰かが祝福しているみたいだった。

風がさーっと私の四肢の隙間を通り抜ける。その涼しさに思わず、目を閉じて冷涼感に浸る準備をした。

そんな準備万端な私にちょっかいを掛ける存在がいた。

とんとんっと足元で何かがつま先を叩いている事に気が付き、下を見ると小さな獣が興味深そうに、じゃれついていた。

 

「!!、…?」

 

鳴き声らしきものが私の口から出る。それに獣は不思議そうにこてんと首を傾けながら、たったったと私の身体をよじ登り、楽しそうに遊び始めた。

 

その時に私は自らの姿が四足歩行から二足歩行へと変貌を遂げたのを理解した。

いつもみたいな毛むくじゃらな身体は無く、つるつるとした皮に置き換わっていた。

地べたを進むための四本の脚は、物を握れる手を持ち、地面に踏ん張れる足の二種類に様変わりした。

そして目は理性無き、黒く濁ったものではなく、理性が宿った翠色のものへと色を変えていた。

生まれた頃にもあった角と体毛の色と同じく白い髪だけは、懐かしさを感じられそれ以外は別物だった。

 

自らの姿が寝て起きた時には全く異なるものに変わっているという一大事に私は何も危機感を覚てなかった。

他人事のように見て、ただ己の変化を当たり前のものだとして処理をした。

 

そんな時、空に何かが居るのを見つけた。

 

気になった私は肩にこてんと居座っていた獣を地べたに降ろし、ぐんと力を込め、空へと羽ばたく。徐々に高度を上げていくと、輪郭がハッキリとしてそれは翼が生えた生物の1種なのだと理解した。

私とは異なる姿をしたそれを興味深そうに観察したあと、その背景となる空に視点を移す。雲ひとつ無い青い空だった。

私は生まれて初めて見た、その広大なキャンバスに圧倒されながらもしっかりと目に焼きつける。

 

1枚の帆布みたいに境界線が見えない様は、私という生物のちっぽけさを際立たせた。

 

その景色を楽しみ尽くしたあと下を見れば、その小さき獣が空飛ぶ私を見て居るのに気が付いた。

すっと下に降り立ち、その生物の目の前で腰に手を当ててふんぞり返る。

 

「あはは、君には無い感覚だろう?」と、私は悪戯っぽくそいつに笑いかけた。

そうすれば獣はその態度が癪に障ったのか、颯爽と私の身体をよじ登り、頭の頂点へと至った後に、頬を膨らまして私みたいに偉そうに居座った。

 

「……」

その高慢ちきな獣に腹が立った私は、ぎゅっと手でそれを掴み上げようとするが、獣はスルりと躱して、スタっと地面に降り立った。

最後に馬鹿にしたかのような「きゅう?きゅきゅきゅ」という鳴き声を上げて。

 

森の中でその獣と駆けまわり、木々をよじ登り、花々で道を造り上げたりして戯れた。

そうした内にいつもの時間になった。そうすれば雰囲気は元通りに成り、私の心に安然が訪れた。

その日から、私の生活には一人の生命が追加された。食事をする時も、水浴びをしている時も、就寝でさえもそれは隣に居た。離れられる事は容易で、いつでも遠くへと逃げ出せるのに獣は、終ぞ逃げなかった。

この獣との密接な生活は、親密感と連帯感を育んだ。

 

だから私はこの森を出る時に、この獣をお供に据えた。きゅいきゅいと鳴く奇妙な生物は私の強引な勧誘に対して好意的な?態度で乗ってきた。

そんな、名前を知らない獣を連れた旅はざわざわと身を掻き立てた。

 

 

 

 

古びた街を見つけた。

 

雑木林みたいな建物たちの群れは、聞き得ぬ悲鳴を上げ、その静けさが私の耳を貫く。

(もた)れる(つた)は、有り触れた緑色でその先端にいくにつれて、土の色へと近づく。爛れた石壁を這う蜥蜴(とかげ)が餌を(たの)む。

 

そこには、皮や肉がこそげ落ちた骨だけの亡骸があった。

あるものは、壁に寄りかかり乾燥した黒い液体がずるずると広がった痕跡を残す。

あるものは、立ったまま殺されたかのような状況で、頭だけが原型を残し、他は地面に重なっている。

あるものは、屋台らしき木組みに頭を押し付けられたように、粉々に散らばったものすらもあった。

 

その中で一際目に付いたものがあった。

2人の骸骨が手を繋ぎ、重なって倒れ伏しているものだ。

他のものは孤独であったのにそれだけは複数であったのだ、だから私はそれに近づき考察をする。

 

「何故、これだけ繋がりあっているのだろう?個体は個体であり、それを繋ぎ止める機能など備わっていない筈だ」

 

“一本の花に寄らず、一羽の蝶にも寄らず、それは一語によって示せる”

 

そう近くの壁に掘られていた。

産まれたばかりの私にはその言葉が示す意味が見当もつかずに、何時間も何百時間も、途方も無い時間そこで考え続けていた。

いつになったのかは分からない、ただその気候の変貌から数年は経っている事だけは理解出来た。

 

そうして遂に諦めかけた時、きらりと光がその手元から漏れだした。

まるで鏡のように周りを写し出す、潤色で細やかな絵が彫られた2つの盃だった。

小さな高台には麻の葉模様が散りばめられている。金色の(ふち)は光を反射し、光のグラデーションを作り上げる。

(おさな)い私の心はそれをとても綺麗に思い、光物を集める(からす)みたいに誘惑されて、気が付いたらそれを手に取っていた。

 

もう次に見つけることは、出来ないかもしれない。無垢な叫びを上げる存在を、別の誰かが見つけてくれるだろうか。

胸の奥の塞がれた空洞から空気が漏れて、大気と混じり合う。

白い模様は沈黙の片隅、星雲のように遠く感じた。

 

 

 

 

 

すっかり懐いて私の肩が定位置となった獣と旅をしていると、見た事のない生物がうじゃうじゃと居る場所を見つけた。

それは私と同じ姿をしていて、忙しなく何かを地面に打ち付けている。

低木…?何かは分からないが、面白いね。

リズムよく打ち付けられる金物は、時折土にぶつけた鈍い音では無い、キーンとした高い音も兼ね備える。

 

ぼーっとその景色を見続けるために近場の岩に腰を掛け、ゆったりとした時を過ごす。

 

「おや、どうしたんだい?お嬢ちゃん迷子かな」

 

何かが音を発していた。私は暫しの間それの意味を理解できなかったが、言語という人類の機能に適応したのか分かり始めた。自分の喉に手を当てて、発声練習をする。

徐々に、目の前の存在と同じ音を作り出すように作り変えられて、遂に完成した機能を使ってみる。

 

「あ、あー。うん大丈夫そうだね。えっと迷子では無いよ」

 

「そうなのかい?でも一人で居るだろう、親御さんはどうしたんだい」

 

「親…?何それ、分からないよ」

 

その言葉にその生物は眼を大きく見開いて、最悪のシナリオを想像したのか身体をぶるぶると震わせた。

 

「…なら、(うち)に来るかい?丁度一人で寂しかったんだよ」

 

「そう。ならお邪魔になります」

 

「うんうん。素直なのは若い者の特権さね」

 

にこやかに私を眺める視線には、お日様みたいな温かさが宿っていて、それの意味を知らない私はその生物を不思議そうに見る事しか出来なかった。

 

「それで、お嬢ちゃん。名前を教えてくれるかい?」

 

「名前?それも知らないよ」

 

「あぁ、両親が居ないのなら名前も知らなくて当然だ…わたしゃボケたみたいだ」とぼそぼそと私に聞こえるか、聞こえないかぐらいの音量で言った後に、手を差し出した。

 

「じゃあ、名前はあとで決めようかね。取り敢えずだ、わたしの事はお婆ちゃんとでお呼び。これで御揃いさね」

 

その手を私はおずおずと握り、体温という熱を感じ取る。皺くちゃな手は、私のものとは比べ物にならないぐらい湿り気が無くて、道に倒れている木と同じぐらいがさがさしていた。だけれどそれには無い、熱を帯びていてそれが私は嫌じゃなかった。

 

「御揃い?何だか分からないけど良い響きだね」

 

「そうだろう、そうだろう…!」

 

その言葉を心底嬉しそうに噛みしめながら、お婆ちゃんは繋がれた手を引いて歩き出した。

 

向かった先はそこそこの大きさの村であった。その中心から少し東に外れたところに、お婆ちゃんの家はあった。

簡素な家具と、料理が趣味なのか調理道具が棚に所狭しと並べられていた。

調味料は瓶詰めされていて、分かり易いようにラベルまで付けられている。

そんな家の中で、木製の椅子に腰掛けるように指示をされた。それに座り、大股を開いて背もたれに肘をつけた。

 

「何か飲むかい?今なら搾りたての牛乳があるよ」

 

「じゃあそれで」

 

「待っておいてね」

 

その声と共に奥の方へと消えていく。

かたかたと椅子を揺らして、感触を楽しむ。

くるくると回る水車が、窓の外に見えてバシャバシャと飛び散る水飛沫が虹を作り出していた。

 

「はい、どうぞ」

 

外を眺めていたからか、待ち時間は一瞬だった。

出された牛乳の入ったマグカップを手に取り、口に近づける。

その様子をニコニコと笑顔で眺めていたお婆ちゃんは、ぽんと手同士を打ち付け、妙案を思いついたのか声を張り上げる。

 

「早速だけど、私のお気に入りの場所を教えてあげるよ。ここは辺鄙(へんぴ)な場所だから娯楽が少ないからね、少女である年甲斐の子供には辛かろうって思惑さね」

 

「それは、どこ?」

 

「お愉しみさね」

 

その場所とは、本屋だった。古びた看板と、店前に並んだ植木鉢は白い壁の良いアクセントだった。軒先まで出たオーニングの下には叩き売りされた本が棚に詰められている。

 

店内には居れば、蝋燭で照らされた外の明るさを失った場所であった。

手作り感満載の木の棚にジャンル別に分けられた本、本、本の数々。

背表紙がその本の顔である為に丁寧に魅せられている。

私はその光景に圧倒された。

 

「ここが私一押しの本がある場所さ」

 

私はその言葉を聞いた後、本棚をずけずけと眺める。

その中で一際異彩を放つ本があった。

 

そのタイトルは『人間の感情の発露』だった。

 

それは人類という種族に備わった感情という機能についての掘り下げであり、感情の代表的な名称とその詳細が語られた後に、何故それがあるのかという学術的な考察をしているものだった。しかし所詮は文明の乏しい時代の産物である為、宗教の話が入り混じっている。やれ、女神が授けた権能やら。やれ、天使によって作り出された神器の副作用やら。そんな荒唐無稽な話も混ざるものではあった。

 

しかし私は一枚のページで指を止めた。

そこには“愛”という名称の感情と、それがどんなものなのかが書かれている。

左のページには男と女の絵が書かれており、その間には子供が居た。

私はその絵の意味が分からずに戸惑いを隠せなかったが、惹かれるものは合った。

 

「良い本は見つかったかい?良いだろう本というものは。人類の叡智さね」

 

「確かにね。ここには私の知らないものが多く有って、未知との遭遇だ」

 

「はははっ、そうかいそうかい!!そりゃ嬉しい事だ。私も本が好きさ、だから読み終えたらその内容を聞かせておくれ」

 

「うん」

 

そう約束をして、指切りをした。

人類は破られたくない契りを交わす時この(まじな)いをするらしい。

また一つ知ることが出来た。

 

そこから毎日、私はその本屋に訪れて、お婆ちゃんから渡された少額の銅貨を握りしめて長い時間を読む本の選定へ費やした。

 

次第にすっからかんだったお婆ちゃんから与えられた空き部屋は、今は多くの本で埋め尽くされるようになり、私は空いた時間をその積まれた本の読書に投資した。

しかし働かざる者は許されるほど肥えた家ではなく、日中は畑仕事を手伝わされた。人類ではない私には力仕事など苦では無かったが、初めて成人男性ですら持てない重い荷物を軽々と持ち上げた時には相当に驚かれたのだった。

 

そしてその対価で得た貨幣を使い購入した本の内容をお婆ちゃんに身振り手振りを交えて説明して、時折される質問に答えて知識を深めていった。

 

 

そんな最中の出来事だった。

ある日、1人の村人が死んだ。お婆ちゃんが言うには村で親しみを持たれていた老人であり、古くからの友人なのだと。

朝早くから家を2人で出て、葬式?とやらに参加した。

死体を火炙りにして、その身から出た灰を集め、それを瓶に詰める。そして地面を掘った場所に入れて。その人類の死を見送るといった物だった。

 

何故そんな無駄な事をするのだろうか?食べればいいのに、と思ってお婆ちゃんに尋ねてみた。

 

「なんで、こんな事をするの?」

 

「あぁ、お嬢ちゃんはこれの意味を知らないのか」

 

可愛い子を見る目をしたお婆ちゃんは、私の頭をガシガシと乱雑に撫で回しながら教鞭を振るってくれる。

 

「私たちは弱いからね、お嬢ちゃんみたいに気丈に振舞えないのさ。別れってのはいつ来ても物寂しい。昨日まで対話をしていた相手が次の日にはぽっくり逝っちまうことだってある」

 

私が愚かだとは、感情の乏しい不気味な子供とは言わない人だった。

周りから時折気色悪いと陰口を叩かれる中、この人は私を悪くは言わなかった。

角だって生えているのに、周りから浮いているものが着いているのに、態度を何も変えなかった。

 

「その時に思うんだよ。あぁなんでもっと多くの事を話さなかったんだろう…って。後悔しない時は無かった。私は無駄に年を食った婆だから多くの人を見送ってきた、だからだろうね、また来てしまったのかって思うんだよ」

 

だから、私はこの人の言葉へ耳を傾けてしまう。何か他と違うこの人を私は贔屓している。

周囲の雑音が消えた。周りの歓声や悲鳴は消えた。

今ここに居るのは私と、お婆ちゃんだけだ。

 

「お嬢ちゃんは、誰か大切な人は居ないかい?」

 

「まだ、居ないよ」

 

私は嘘をついた。まだという未来では出来たという嘘をついた。きっと私は理解できない、大切という感覚が、想像できない。

 

その日の夜は宴だった。先ほどの湿っぽかった空気は一転し、活気づいた容貌へと変化した。

しかし、どこか無理をしている感覚は有った。だから尋ねてみた、「どうしてこんなお祭り騒ぎをするの」って。

因習は打破しにくい、この村ではそうなのだと、お婆ちゃんから教えて貰った。

今回は多くを語らないお婆ちゃんの真意には私は気が付くことが出来なくて、そうと相槌を打つ事しか出来なかった。

 

面白いと思うのなら、面白いと言わねばならない。

哀しいと思うのなら、悲しいと言わねばならない。

人には言葉があるのだから、使わないのは勿体ない。

お婆ちゃんが最初に教えてくれた言葉だった。

 

それと反する事をされて、なんで嘘をつくんだろうと私は疑問に思った。

自らが言ったことを破るなんて、私は何も罪悪感を抱かないけど人類であるお婆ちゃんは抱くはずなのに。

 

「お嬢ちゃんにもいつしか分かるときが来るさね」

 

 

そうして程なくして、同じ結末を見せられた。

 

「…」

 

初めて話した人類は、その生を終えた。

 

ひと眠りすれば過ぎ去る時間を過ごしただけだった。しかし、その時間は貴重だった。

朝起きればいつもいつ場所にその人は居なくて、気になった私はお婆ちゃんの部屋に足を運び、ゆっくりと扉を開けた。

眠っているみたいだった。もしかすれば明日には起きるのかもしれないぐらいには安らかな顔だった。私は死んだことは分かったけど、奥底で噴き出るそれが何なのか分からなくて、取り敢えず人を呼びに家を飛び出した。

 

程なくして、近所に住む知り合いであった小父さんがやって来てその遺体を前に崩れ落ちた。私はその様子を見て可笑しいものを見たような笑顔を浮かべたが、それが悪い事だと分かっていたため口に手を添えて隠した。

 

いつしか見た葬式が再度行われ、村人の表情にはまた影が差し込んだ。

そして同じように祭りが行われ、前よりもより一層楽しくなさそうな雰囲気を感じ取った。

 

「ねぇ、君はどう思う?」

 

肩に乗った獣に話しかけるが「きゅう」と意味の分からない音を発するだけだった。

その様子に溜息を付きながら、私はその家を出た。周りは何故か目から雨を降らしていて、地面に水やりをしていた。

そんな非効率な事をするぐらいなら大きなバケツを使えばいいのに。と思いはしたが、なぜかその言葉を表に出すことは出来なかった。

 

その次の街では、人類となるべく関わらないように人目を避けた道を通り本屋を巡る事にした。お婆ちゃんとの思い出でその場所が一番記憶に沁みついたからというのが大きい。

 

そんな有り触れた日常の最中、事は起きた。

 

「どうしたの?」

「き、きゅう」

 

いつもは元気に肩や頭を行ったり来たりする獣は、今日は特別元気が無かった。

 

 

「どうしたんだろう、でも明日には起きるよね?」

 

しかしどれだけ、時が経とうとも獣は起きなかった。木々が若々しさを取り戻し、太陽がさんさんと地上に温かさを零し続ける。木々に色合いが加えられ、動物たちが忙しなく地や木々の橋を渡り歩いていた。

そして、ついに雪が降り始めた。その頃には獣は多少の皮と骨しか残っておらず元の毛むくじゃらな姿はもう無かった。

 

「なんでだろうね、これはどんな感情なんだろう」

 

私は、自分のこの湧き出るような思いを理解出来なかった。

ただ、可愛いからと旅のお供に据えただけなのに。

ただ、旅の最中に食寝を共にしただけなのに。

ただ、同じ時間を過ごしただけなのに。

 

何故だか私はこの獣の事が忘れられなかった。

だから私は、大切に持ち続けていた盃の片方をその死骸の場所へ置いた。

 

これが多分、死という別れに対して初めて向き合った瞬間であり、これが後に愛の一つだと分かる出来事であった。

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

ピュルテが過去に考えを巡らせている中、

勇者と魔族は向き合っていた。

2対の剣を天に向けて構えて、その光をランランと見せつける。

 

「お前の仲間が死に近づいたようだ」

 

「そうか」

 

「…それが仲間に対する態度か?」

 

「ハハハッ、魔族である貴方が人類である私に情を説くのか?」

 

「……」

 

心底馬鹿にしたような笑いをした後に、勇者は歪んだ口を直して言葉を続ける。

 

「そうだとも。私とピュルテは所詮利害関係だ、それ以上の意味は無い」

 

「ではなぜ、力を籠める?先よりも力んでいるぞ」

 

「それは失敬。何せ最強なのでね、手加減出来んのだよ」

 

「…まぁ良い。事実私はお前に勝てない、それにお前も私をここでは殺せない」

 

「やってみなければ分からない」

 

「分かっているだろう?私と同じ能力を持つお前ならな。未来視は絶対だと」

 

「…はぁ。やりずらい事この上ない」

 

肩を竦ませて、やれやれといった表情で溜息をつく。

事実として、同じ程度未来を見られるというのはもう1人自分が居る感覚と同義であった。

 

「お前は何故立ち塞がる?未来でお前の栄光は潰えて、新しい水色髪の勇者に功績は取られる事になる」

 

「分かっている、勿論未来をみた私はそれを知っている」

 

だがと、勇者はシュラハトの言葉を飲み込んだうえで、否定する。

自らは、承認欲求で、ただのその場限りの気持ちで戦場に身を置いているのではなく覚悟を持ち、ここに居るのだと。

 

「たとえ私の偉業が歴史の影に埋もれようとも、道は切り開くと誓ったのだ」

 

数多の葛藤を経たのだろう、苦渋の選択だっただろう。何せ、どれ程の努力をしても自らの力のみでは魔王の首に、剣は届かないのだから。

 

「人類最強であるこの南の勇者が、人類が安然に暮らせる未来への道を切り開くのだ

非常に不本意だが、世界を救うのは私ではない。そして君も表にその存在は出てこない。我々はその存在を無かったことにされる」

 

ちらりと地に伏せる同行人に目を向ける。しかしその眼には、魔族に向けるべき冷酷なものでは無く、熱が籠っていた。

 

「しかしそれは、絶望ではない。希望溢れた世界には勇者という存在は御伽噺で良い、それが真の平穏というものだ」

 

「野蛮である私は時代の歯車で良く、この権能を持つ強すぎる勇者は、あの時代に適していない。それに人助けをする柄でもないのだ、勇者らしからぬ態度であろう?」

 

自虐をしながら言う言葉には、後ろめたさが無く、何故か自信が込められていた。

 

「ピュルテには申し訳ない事をした。人類の後世の為、魔族である彼女を利用したのだ。

しかし心優しき私はそれに罪悪感を抱き、愛を得るための旅をしたのだ。つまりこれで帳消しだ」

 

遠くの方で、「等価交換じゃないぞー」と不満の声が上がった気がした。

 

「ハハハッ、まだ息を残しているとは呆れた生命力だ」

 

幻聴かもしれない音に、確かに返答を返した勇者は下ろしかけていた剣を再度構える。

 

「しかし、こちらもそろそろ終わらせるとしよう。まだ私には見守るべき事があるのでな、役目を果たした役者はお役御免と立ち去ってもらおうか」

 

より強い力を込めた一撃が、魔族を襲った。

 

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