決着ついたみたいだね。
じゃあここからは私の番だ。
この世界を救う一手を取ろうか、生まれ落ちてから一度も使ったことの無い魔法を今日、使用して人類に光を与えてやろうかな。
この魔法は溜めが長い、そう易々と使えない。
でもそれだけの価値があるんだよ。特に、人類にとっては大きな影響がある。
何故、魔族の私がそんな事をするのかって?
確かに。でもさ、君はもし仮に自らの種族に属しているままでは不利益を被る時にどうするんだい?そのまま、自らが産まれただけのグループと心中する?それとも、糾弾される事を覚悟しながら、裏切る?
私は可能性がある方を選ぶ、たったそれだけの事さ。
「多分私は、愛をまだ知らない。少しの間だけ勇者と旅をしていた、少しの愛を知れたと思っていた。でも多分それは一割にも満たない一欠片だけで、この惑星はもっと多くの愛で満ちている」
けほっと小さな咳をして、空を見上げる。今日は大好きな快晴の空だった。
その空の色を目に焼き付けて、魔力を練り上げる。
「馬鹿だと思うよ。だってたかが数年一緒に居るだけの人類を優先するなんて、でも私は彼の傍で愛に触れられた。それが何だろうね、私の何かに響いたのかも」
同種である魔族よりも、異なる種族。それも敵対している人類に属するなど愚かにも程がある。人類で魔族を毛嫌いしていない方が珍しい時代に、私はその嫌悪される側へと味方をする。
「私はね、魔王様に昔であった事があるんだ。その時ね言われたことがある
私は愛を愛していた、これが人類の特権であり、私達魔族に持ちえないものだからね、無いものねだりとも言うかも」
魔王様と会ったのは相当前の出来事で、もう具体的な数字は思い出せないぐらいには古い記憶だ。
私がまだ、自らの立ち位置に迷っていた時会ったんだ。天気はどうだったかな、気候はどうだったかな?ただ、雪が降る日なのは覚えてる。真北にずーっと進んだ過酷な環境のそのまた奥地に彼は居た。
「お前は、感情を理解出来るか?」
「いや、全然。ただそうだね、私はその言葉が好きだ。感情という名称がついた概念がね」
「フハハッ、そうかそうか。お前のような魔族が増えれば共存という道筋は不可能ではなく掴み取れる未来になったのかもしれんな」
たった少しの時間しか話さなかった。
でも頭にしつこくこびり付いている。彼は私を理解していた。どうしてか、その存在と相見えた事を喜ばしい事のように唄い、私ともっと早く会えればなと過去を嘆いている。
なんだか親近感が湧いた。彼はきっとこれからも王様としての自分を守り続ける。魔族の長としての役割を果たす為に自らの命すらも惜しまずに。
目を瞑った旧友の綺麗な翠色を眺めながら私が語り部となる。
私達は、誰かを愛さない、愛せないんだよ。それは機能的にってのが根本にはあるんだけど、それよりも必要性を感じていないんだろうね。生物って欲しい能力があれば次の世代には備わってるじゃん?
だから私達の先祖はそれを不必要だとして吐き捨てたんだよ、きっと。
愛は人を変えてしまう。変化はいい事もあるけど、悪い事もある。
仮に私達が人類を餌と思わずに、食人欲求が無く、人の倫理観すらも理解出来たらどうなったんだろうね。
同じ見た目をしているのに、全く異なる性質を持つ2つの生命体。
どちらの未来が幸せだったのだろうね。
そんな風に考えていると、魔族を逃したらしい勇者が歩み寄ってきた。
「どうだ、まだ息はあるか」
「お、勇者。元気だよ、気持ちはね」
「身体から魔力が漏れ出ているぞ」
そう言われて自分の体を見回せば、確かにゆらゆらと空間が歪んでいた。
私はその異変を、吐息混じりに笑って見せて心配を掛けないように話を変えた。
「ふふ。ま、そうかもね。いやぁ苦い勝利しちゃった」
「最初からお前の戦闘能力に期待はしていない。所詮長く生きているだけの魔族で研鑽をしていない希少種だ」
「うへぇ、酷い良いようだ、だけど正解。私は直接の攻撃能力は同期の中じゃ下から数えた方が早い」
その辛辣な口ぶりは何故か、攻撃の意味合いを感じなくてどこと無く心配しているみたいに感じられた。いつも通り多くは語らない彼は、その言葉の真意すら誰にも察しさせない。
未来視なんて大層な能力を得た彼は、どれ程摩耗しているのだろうか?
誰にもかたらず、ひたすらに人類の未来の為に己の生を使い潰すのは本当に幸せなのだろうか?
でも、そうだね。言わないんだったら分からないよ。
お婆ちゃん、これがあの言葉の意味かな?言葉と云う便利な道具があるのに使わない勿体なさを今身に染みて感じているよ。
いや、でもこれじゃああの意味は分からないね。
言わなければならないのに、言わない方がいい。
なぞかけは苦手だ。人類の事だって本からの情報をそのまま覚えているだけで理解なんてしてない。その発展形を分かろうなんて無謀だよ。
「旅してくれてありがとうね。これ使い方あってるかな?」
「ああ」
「そっか、それなら嬉しいよ」
わざと明るい声を出す。勇者はどこか上の空で、それすらもゆっくりとこの時間と共に楽しむ。昔誰かから貰った飴を口でコロコロと舌で転がし、じっくりと味わった時みたいに。
「君はどう?」
「……」
「楽しかった?それともつまらなかった?私との旅はどんな風に貴方に影響した?」
「未来で見た時は、最初に出会った時は利用するという思いだけだった」
「じゃあ今は違うって事かな」
「……」
「この短い時間でも分かるよ、勇者。君はさ言葉足らずで口下手だね。何も言わないし、全ての解釈は私に任せてた」
何故か私は捲し立てて、詰問調になっていた。
今迄を振り返っても、勇者は推理の答えが合ってるなんて言わなかった。
ただ、そうかもな?という曖昧な返答しかしてくれなかった。
「でも、それは悪いことじゃない。全てをバラすのは、種明かしするのはナンセンスだよ。物語だってそうだ、解釈は読者に任されるべきで作者が注釈で解説なんてする必要はない」
そうだね。明かさないのは悪じゃない。それによって私は思考を余儀なくされて成長へと繋げられたのだから。
「謎多き女が好まれるように、ミステリアスこそ、未知こそ娯楽だよ」
ビシッと勇者のことを指さして私はそう宣言する。
自らのことを含んだご都合主義的な仮説を、まるで実証済みみたいに断言する。
「言葉なんて解釈で意味が変わったっていい。だって私が使う言語は探究心の過程で得た副産物だ。それに深い意味なんて求めてない、所詮通過点のそれに重々しい責任を押し付けるつもりは無い」
勇者はその話に、静かに目を伏せて何かを考えた後にやっぱり何も言わなかった。
でもいつもと違うところは思考というワンテンポが挟まれた事。
私が教えてと訊いても何一つ言う気のなかった勇者は、今は迷っていた。言うべきか、言わないべきか。
それだけの進歩だけど、牛歩でも前進だ。ただでさえ時間は有り余っている、この余白を楽しんだって良いじゃないか?なんて私を説得してみた。
「それでだ。ピュルテ、君は魔法を使っているだろう?」
息を止めた。その驚きが消えるのと同時に息を吐き出す。
「あ、バレてた?使ってたっていうより詠唱後の溜め時間って感じなんだけどさ。これも未来で見えてた?私が魔法を使って、その効果によって光を導くって」
「無論だ。その世界では、長々と効果を語っていたがな」
「えー、その世界の私お喋りちゃんだね。じゃあ、なんでこの魔法を使ってるかは分かる?」
「そこまでは分からない。どこを見ても言っていなかったからな」
「そっかそっか、じゃあそんな朴念仁な勇者くん。君のために役に立ってあげよう」
ちちんぷいぷいと、私は幼子達に手品を見せてあげる時みたいに手をヒラヒラとさせて魔法を掛ける。
「
この魔法は、人類は勿論魔族にまで干渉する魔法だ。
多少の認識を歪めるとか、赤色を緑色に見せるとかそれぐらいの事を一つしか出来ない。
つまり同時に複数の改変は不可能だ。だから私は変えられる範囲の中で、人類に貢献できるものを選んだ。
シュラハトの未来視を歪め、マハトの黄金化を弱体化し、ソリテールの本来の魔法を歪ませた。つまり、魔族の魔法への弱体化さ、これには私も含まれるから諸刃の剣なんだけどね。
たったそれだけの効果さ。ふふっどうだい、長年生きているだけあるだろう?
「私は愛を愛する魔族だ。だからより多くそれが得られる方に与する、それが魔族としての性であり、私という個体の宿願さ」
それにだ、勇者が居る方が勝つ、これの方がより多くの愛が生まれるだろうね。
最初は魔族の繁栄の為への好奇心から始まった。でも次第にその過程でしかない愛を知るという行為が私にとっての生きる目的へとすり替わり、最後には愛を知る為に魔族を裏切るといった事にまで発展してしまった。
「魔族が勝つことはきっとない。仮に私が手を出さなくてもあの子たちは絶対に滅びる。生物としての欠陥が多いそんな風に生まれてしまった。聴覚を狩りに使う獣が難聴で生まれたみたいに、眼が重要な種族が盲目で生まれたり、そんな感じ」
「それは、憶測か?それとも確信を持った結論か?」
「さぁどっちだろうね?ふふっ、ちょっとした意趣返しだよ。君の真似さ」
ニヤニヤと勇者を冷やかすような口調で言った。いつもと立場を逆転させたらこうも愉しいのか、もっと早くにやっておけば良かったよ。
「異なる言語を使う民族と対面したみたいにチンプンカンプンなまま、戦闘意識すら薄れてしまう。私が独り語りしている時、いつも魔族はそういった雰囲気だった」
私は孤独だった。ちょっと分かってくれそうな2人の旧友はいたが、彼らが私の道では目的を果たせない。未来は異なる、でも彼らもいつか私みたいに真実に近づけるのかもしれない。それを願うよ、裏切り者は直接声を掛けれないんだ。臆病なのかもね。
「ありがとうね、色々と。後は任せたよ」
「あぁ、任された」
「人類最強なのだろう?」
「勿論だ、そしてピュルテ。君よりも強い」
「うわぁ。それは無いよ、だって私はか弱いか弱い少女だからね」
「…それは、皮肉か?」
「さぁ、どうでしょう」
大袈裟に後頭部を手で抱えて、地面に寝っ転がる。
この選択に後悔は無い。旧友を裏切っても、私はそれを追い求める。何せ自己中なのでね、この惑星の軸が自分でなきゃ許せないたちだ。実に魔族らしい合理的思考だろう?
ふぅと言葉でない溜息を付く。寒いからか白さをもったそれが宙に飛んでいく。
君と出会ってから、数年。少し酔っていた気持ちは晴れ晴れした。
今日という大事な日を私は何百年、何千年経ってもきっと忘れないだろう。
「せいぜい頑張っておくれ、私は遠いところから君達の行く末を見守っているよ」
新たな門出を見送る。
せめて勇者が報われますように。
君が居たから私は、歩み出せたのだから。
◆◆◆
魔王討伐からXX年
世界に平穏が訪れた時に。
勇者ヒンメルが魔王を討伐し、世界には光が満ち始めた。
魔王軍の残党は徐々に数を減らし、いつかは魔族という存在がこの世から忘れ去られるだろう。
結論から言えば、南の勇者という存在はごく一部の村で語り継がれるだけの存在に成り、正史では名前が出てこない。つまり影の役者へと、当人の言葉通りなった。
七崩賢を3人と全知のシュラハトをも道連れにしたという貢献は、その村が滅びれば永遠に人々の記憶に残らないものへとなってしまうだろう。
そんな日に、街には物珍しい来客が訪れていた。白い絹のような髪で、耳は鋭利に尖っている。背丈は幼子と同じくらいには小さく、しかし目には長命種にありがちな知性が伴っている。その横には、紫髪の豊満な娘が居た。隣にいる白髪のエルフをテキパキとお世話している、母親のような娘だった。
「あぁ、口の周りにソースが付いてますよ」
「ごめん」
「もう、仕方ないのですから」
口では不満を言うが、声色と表情はどこか満足げだ。やはり、この幼児のようなエルフな態度に母性が早々に生まれてきてしまったのだろうか?
「この街はなんだか不思議なところですね」
「そう?」
「だって、勇者ヒンメルばかりの他の街とは違い、謎の人を祭り上げています」
「謎、ってほどじゃないんだけどね」
「ご存じなのですか?」
「いや、まぁ。昔に一回会った事があるってだけ」
チラリと向けた視線の先には、2本の剣を腰に差した、マント姿の特徴的な髭の男の像が、そしてその傍らには1人の少女の姿が、不釣り合いな2人がそこにはあった。
「何かあったのですか?」
「いや、何も。ただ魔法って面白いなって思っただけ」
「…?」
勇者はピュルテと会う前、フリーレンと出会っていた。
その時に、自らが道を切り開くと歌い、フリーレンが出会う若い勇者が人生を変えると断言した。その最中で、1人の魔族の話をしていた。それはフリーレンと同じような髪色をして、魔族では珍しく人を殺した事がない希少種だと。そして人類に与した最初で最後の魔族で、原初の裏切り者だとも言っていた。
「フリーレン様」
「どうしたんだいフェルン」
「そこの女の子は一体誰なのでしょうか?街の人に聞いても、小間使いだとか荷物持ちだとか、歳の離れた恋人だとか一貫性のない主張ばかりで…」
「うーん。前会った時はパートナーとか言ってたし恋人なんじゃないかな?」
「そうなのですか」
そこから会話が途切れ、暫しの沈黙が空間を包む。
突然、フェルンが後ろを振り向き、何かを探し始めた。
「…?」
「どうしたのフェルン」
「いえ、ただその誰かが私達を見ているのに見ていないようなそんな気がして」
「気のせいじゃない?それよりもあっちの店に行こうよ」
「あっ待ってください」
気づかれかけていた事に少し驚きを隠せない少女は、くすくすと笑いながら思いを馳せる。
「ふふっ。なんだか面白い子達だね、あのエルフは並大抵の魔法使いとは比べ物にならないし、紫髪の方もそれぐらいには実りそうだよ」
「あー、なんだか面白いなぁ。生きる目的なんてとっくの昔に置いて来たはずなのに。あの日でそんな思いは捨てたはずなのに」
足をくるりと回し、1人で踊り始める。
路地裏という、観客が居ない劇場で私は悦びを舞踏で表現する。
踊り手は私、観客も私。これは劇ではないと言われればそうだけど、主観的解釈で概念なんて容易に曲げられる。
「またこうも現れるとは。私に魅せてくれそうな者たちが」
そんな風に未来への切符を握り締めていると、声が掛けられた。
「どうした、そんな所に立って?もう用事は済んだぞ」
昔よりもくすんだ茶色髪と、キリリとした眉と、歴史が刻まれた顔は感慨深かった。
それに対する私は、昔と何ら変わりないのに変わり続ける君をみるしかできない。
でも、それでも私は今を生きている。もし仮に同じ事が起きるのならばその時に、私は学ぶと思うから。
「何してるの?もう行くわよ、ほらほら」
「貴女が待たせていたのだ」
「そうだっけ?私、物覚え悪い子だから知らなーい」
くすくすとじとじと。2つの色が混ざり合っている。
「次は一体どこに行こうかな、楽しみだね」
「そうだな」
嬉しそうな表情でスキップをしながら人混みへと1人の少女と1人の男が消え去っていく。
そのうちの1人は髪が綺麗な茶色で、まるで魔王討伐への先陣を切った南の誰かさんみたいな色をしていた。
「さぁ、今日も探しに行こう。何処までも、この大陸の隅々まで」
私は魔族です、そしてあちらは元勇者です。
南の彼方で生まれた彼はきっと歴史の
私にとっては立派な勇者でした。
南の勇者、彼の今後に幸あれ。
人類、強いては愛に栄光あれ。
開演は快晴だった。
終演も快晴だった。
あの日の出会いはささやかな幸福で、小さな生命には大層な幸運だった。
その最後に訪れた忘却の彼方で、彼らは何を見ているのだろうか。