魔族です、あちらは南の勇者です   作:英雄祈願侍

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夾角の閉塞感

 

 

 

「だから、俺はちげえって!!」

 

「でもね、君はさ父親に対して反抗的だったでしょ?

それにさ、君はアリバイが無い。それが答えだよ」

 

その大きな体をのっそりと動かし、小父さんは髭を撫でる。

頭にはベレー帽を被り、暗い色の被服を羽織って威張りながら言葉を突き付ける。

 

「まぁまぁちょっと待ってよ」

 

「…? あぁお前たちは」

 

やぁと手を振りながら視線に応え、目の前で犯人に仕立て上げられている少年へ助太刀する。

少しこのやり方は強引すぎるかと後悔をし始め、男の方をちらりと向くが、返ってくるのは微笑みだけだ。

 

「…この人は犯人じゃないよ

激情に飲まれた色が見えない、あるのは悲しみだけ」

 

「それが理由かね? それでは駄目なのだよお嬢さん。

殺人は遊びじゃない、分かるかい?」

 

ふむ、やはりこの見た目では駄目か。

やむを得ないね、少し世界を変えてあげよう。

 

「感覚に変容を与える魔法」

 

一瞬にして世界から色が消える。

あるのは空の青と、(こころ)の色だけだ。

これが私に見えている世界、その色だけを感じれる世界。

 

「小父さんはさ、魔法って知ってる?もう一度言うね、私には色が見える。

この世界で私が華麗で、清麗だと感じた、人の色を見るために色を変容させてる。

私が見えているのはこの世界の上辺だけ、汚泥以下のものは見たくないの

だから生まれた時から見えるものは、誰よりも少なく誰よりも多いんだよ」

 

「あ、あぁそうなのか」

 

戸惑いながらも私がただの愚昧では無い事には理解を示したらしい。

やっぱり男が説得した方がちんちくりんな私が言うよりも面倒にならなかったんじゃ、と思うがこの男は私に今回の一件を一任し、黙して付いてくるだけなので期待は出来なかった。

 

「一旦引いてもらっても良いかな? 私はその子に用があるんだ

この事件私が解決しよう、一応さ死体発見の証明(あかし)も立てたし」

 

「うむ、しかしな…」

 

「あぁ小父さんも立ち会ってくれていいですよ。

現場を荒らされるのは困るでしょう?」

 

「それなら、まぁ良いだろう」

 

しぶしぶ頷いた小父さんの姿に私は心の中で拳を握り、天高く掲げ喜びを表現した。

私の心はその歓喜、驚嘆、疑惑などで入り混じる。

だが悠然とし、湧き起こるのを理性が食い止めた。

 

「有難う、このままじゃ罪人に決めつけられてお陀仏だった」

 

冗談を言えるぐらいには、鋼の心を持つらしい少年の顔をまじまじと見る。

「なんだよ」と少し照れたような顔をするがそれすら無視し、やはり生意気そうな子供であったと結論を付ける。

 

「君があの死んだ役人の息子だね?」

 

「…ぁ、そうだよ」

 

あの事件を思い出したかのように先程の威勢から一転して、少し萎んだ。

その様子になんら興味なさそうに、死人のヒントを貰いにいく。

 

「怖がらなくても良いよ、ほら私はただの幼い子供。

君よりもだいぶ可愛らしいだろう?」

 

自然に嘘をつき、自らを人畜無害と誤認させ相手の懐に入る常套句だ。

この外見を使えば並みの人間なら懐柔できると経験で分かる。

 

「私たちは今、あの役人を絞めた下手人を捜している

君を疑う訳じゃないんだが、昨日は何処に居たと言えるかい?」

 

「え、いやえっと」

 

少し言い淀む少年に、やっぱりこいつが犯人なのでは?という疑念が浮き始めた時に、

「…たんだ」

 

「え?」

 

「寝てたんだよ!!俺は何も見ちゃいねぇよッ!!」

 

一旦は落ち着いた少年だったが、一転して狂乱し始める。

犯人ではなさそうだった、それは色が教えてくれている。

だが、何かしらの証拠を掴んでいるのは見えてくる。

 

…しかしどうしたものか、これを宥めるすべを私は持っていないぞ。

 

「ふむ、ここは少し私に任せて貰おう」

 

その困った状況でだんまりを決め込んでいた男が前に出る。

少し手を翳しながらぶつぶつと呟くと激しい色に染まった少年は幾分か落ち着いたようだった。

 

「…すまん、取り乱した」

 

「いや良いんだよ。君みたいな子供が父親を失ったんだそれぐらいの混乱は当り前さ」

 

「お前も子供じゃんか、俺よりもガキだし」

 

冗談が言える程度には回復したようだった。

この男もたまには使えるな。

 

「でさ君の父親が、最近日常で何か忙しなかったとか。些細な事で良い、変わってた事を教えてくれるかい?」

 

「なんかって…難しいな。ちょっと待て」

 

上目遣いを駆使し、年頃の少年を堕とすなどなんたる楽な事か。

めんどくさい小父さんは効かなかったけどこの人間には効くみたいだ。

その様子に、この先の苦難を視たらしい男はこの後に矯正しようと決意するがこの時の私には知る由も無かった。

 

その間にも記憶との格闘をする少年の結果を待つ。

「いつも通りに厳しい親父だったしなぁ」とか

「一昨日は街をふらついてたら怒鳴って来たし」とかぶつくさと独り言を漏らしている。

 

 

 

暫くその様子を眺めていると、

「あぁでも最近は良く夜中に出かけてたっけ」

 

 

進展があった。

 

 

「ほう、それは何時ごろからだ」

 

「確か、一か月前からだ。いつも早く寝ろという父がそれに反して出てたからよく覚えてるよ。その前までは書斎に篭って本読んでたり、本書くのも趣味にしててさ、とにかく勤勉な人だったんだけどな」

 

その時に何か、筆跡でも残っていれば分かりやすいのだがどうなんだろうか。

 

「女と遊んでいた可能性は?」

 

「うーん、無いと…思うが」

 

「それは何故?」

 

「あの人は亡くなった母さんを気にしてたから」

 

成程ね、今は無き亡霊に引きずられているのか。

 

それにしてはだ、余裕がある気がするな。愛息子から見てこういうのだ、相当な愛妻家だった様に窺える。その人間がその依り代を失い、あぁも気丈に振舞い、息子に厳しくする人間を保てるのか?

 

いや無いだろう、人間の脆さは魔族(わたし)は知っている。

それを慈しむからこそ、理解は一定以上あると自負する。

 

まぁ良い、死んだ人間の思考などは考えてもきりがない。

 

「写真かなにかはある?」

 

「えー、屋敷にはあると思うぜ」

 

「案内してもらってもいい?」

 

「あぁ、助けて貰ったお礼に見せてあげる」

 

低い(へい)と手すりで街道から遮られた場所に鎮座しているそれが目に入った。

夜の屋敷とは一変して、随分と大きな建物。

昼間に見るとより一層奥行きというのが分かるものだと私は感心した後

花壇をちらりと一瞥する。

端は満開のゼラニウムがあるが、昨日の通り窓の下はへたり込んだ花が悲し気に項垂れている。

しかしだ、窓には何ら跡が無い。窓まではそこまでの高さが無いにしろある程度は形跡を残してしまうものだ。

 

では普通に、自然と玄関から入った場合は?

あり得ると言える。

何故ならば、見知らぬ誰かならまだしも知己の仲なら役人の男本人が出迎えても可笑しくはない。

 

また、家と道路との境にある芝生には人々の足跡が千鳥ぎみについているが道に出るところでばっさりと消えてなくなっている。

衛兵も中に入っているのでどれが犯人のものかなど分かる筈は無い程度の保存状態だ。

 

「ちなみにこの綺麗な花は誰が手入れを?」

 

「あぁ今は庭師に任せてる」

 

「今、というと?」

 

「昔は、母さんがやってたんだ。花が好きでさ、いっつも暇なときはそこらの花を愛でてたんだ。くそッこんな風に荒らしやがって…」

 

ほう、良い趣味をしているね。

私も花は少し好きだから、いつかは育ててみたいと思っていたんだ。

 

…飽きるだろうけど

 

「その庭師は何処に?」

 

「今はいねぇ、父親がある日突然解雇したんだ」

 

「ほう…」

 

そんな事をするのか?金には困っていない筈だ、だから理由はそれでは無い。

 

「まぁ良い、何処に写真というのはあるの?」

 

「まぁまぁ慌てないで、二階の書斎に大事そうに飾ってあるからさ」

 

先行する少年を私と男と小父さんが付いていく。

大きな屋敷に入った私たちは中の異常さに気が付いた。

 

「掃除、していないの?」

 

「あー、うん。目に見えるとこだけはしてるつもりだ…」

 

「いや、そうじゃなくて使用人とか…?」

 

「死んだ母さんは掃除好きでもあった、それにここに住み始めたのは父親が出世して直ぐだったから、まだこの広い屋敷も金銭的に人の数で保つのも難しかった。

あとは…元々見知らぬ誰かを入れたがらなかった。

あの人は使用人なんて雇う気も無かった。

唯一亡くなった母の好きだった花壇だけは庭師に頼んでたみたいだが、それも少し前までだ」

 

ぎしぎしと軋む階段の協奏曲に耳を傾けながら、長い廊下を進んでいくと奥まったところに目的地はあった。

壁一面が本棚とそれに所狭しと敷き詰められた本で構成されている。

相当な本好きだったらしい。

 

「おぉ、私が見た事のない本もある」

 

「遊びに来たわけではないのだが、君は先で事件を解決すると言ってのけたわけだ。

ここにヒントがあると思うのかね?」

 

偉ぶっている小父さんはそう言ってのけるが、一旦無視し本を閲読し始める。

ホラー、歴史に推理、恋愛小説まで。随分と雑食だなと思う。

 

「なぁあんたはさ…」

 

「なんだい?」

 

「幽霊って信じるか」

 

「ふむ、面白い仮説だとは思うよ。

人の想いが可視化して、現世に残る。うん人間らしい考え方だね」

 

「まるで、人間じゃねぇみたいに言うんだな…

まぁ良い、言ってなかったことがあるんだ。俺はあの日見たんだよ、亡くなった母さんの見た目の幽霊をな」

 

「ほう、それはどこで?」

 

「夜にさ、少し水を飲み過ぎたのかトイレに行って、その帰りだった。

ぎぃ、ぎぃと木の軋む音が聞こえたと思ったらそ、そのな。

居たんだ俺の母さんが。

でもさ、そん時の俺は怖くて、その場では隠れて、そいつらの気配が無くなったら部屋に駆け込んで布団にくるまって震えてたんだ」

 

幽霊を見たとは偶然というには、難しい程度の状況だね。

あの事件の日にだけ、見えるなど都合のいいことこの上無い。

 

しかしそうだね、一考の余地は…あるね。

 

そう考えている最中にふと気が付いた。奥にある重厚な机の上に一冊の本を見つけた。

それを手に取り、何かがページに挟まっていると気が付く瞬間、本に挟まったメモが床にパサリと音を立て落ちる。

 

ふむ日誌の切れ端か?何かヒントになるかもしれない読んでみるか。

そう私は読み始めた。

 

 

 

 

 

── 私は愛する妻と出会えました。

 

あれは相当に幸福な事で、ちょうど三か月前には仕事の方も順調にいき、順風満帆な人生だったと言えるでしょう。

 

あまり誇れるものではありませんが私の父は厳格な人でした。

由緒正しい家で育ってきたのか、手厳しい事ばかり言ってくる人でした。

旧い家柄の者としての責任がお前にはあると教え込まれ、それに何も考えることなく首肯する程度の愚鈍な子供だったと今思えば、そう気が付きました。

 

ですが良いのです、あの日私は運命に出会えたのです。

 

若い婦人でした。私はこの人とは初対面だったのですが関わっていくうちにみるみると惹かれて、ついには熱烈に愛し合う様になりました。

そしてついには結婚をし、家族となったのです。

それを人は狂気と謂うでしょう、ですが私にとっては僥倖で

それのお陰で仕事ぶりがぐんぐんと上達し、ついには役職も随分と不相応なほどに上に伸びてしまいました。

 

父親も私と妻との結婚を猛烈に反対していましたが、これを見て手のひらを返して褒め称えるようになりました。

 

 

そんな時です、昼間にいつも通り業務に勤めていると一報が届きました。

 

いやはい、何かを予期するような予兆はありました。

朝、起きるといつもはある本が消えていたり

靴には穴が空いていたり、そんな些細な事ですが。

これでも行いは良い方だったと自負するぐらいには他人に優しくしていたつもりでした。

 

ですが妻が死んだそうです。

その時私は、心が崩れ落ち、床に手を付き現実を受け入れられませんでした。

 

妻は正しい女です。

過去にどんな問題があったとしても、私と出会った時は清純な人でした。

だからそれで良いのです。

 

ですが妻が死んだそうです。

その時私は、耐えれず、涙を流し己の行いを悔いました。

 

だから言います私は神に誓って言います。

断じて、妻は悪くないのだと。

もし悪いのであれば私が悪いのだと。

 

 

 

仮にこの身分で願えるのなら、もう一度妻に会いたい。

 

 

 

 

 

── 成程と、愛妻家である事は事実のようだ。

しかし、こうも妻を愛している人間が息子に非道な行いをするものだろうか?

私は記憶を手探りに探し回れば、ちらほらとそれに類する答えは出てくる。

 

そうだ、このような人間は妻の名残を持つ息子をとても大切そうに育てるか、

はたまたその面影に辟易し、拒絶するかの二択である。

 

「あ、あった。なんでこんな場所に…?」

 

写真がいつもの所には無く、難航していたらしいその捜索は終わり見つけたらしいそれを私に手渡してくる。

 

 

── あぁ成程、これは確かにそうもなるな。

 

写真に写る婦人は、少し骨ばった優し気な顔をする人で、随分と幸は薄そうだった。

そしてなにより顔にある大きい黒子が特徴的で、視れば目に残るものであった。

 

私は一つ犯人の目星がつき、他には無いかと探し回るがそれ以外は出てこなかった。

 

「よし、では街へ繰り出そうか。 大方目星はついた、あとはどうなるか運に任せるとしよう」

 

 

私はこの部屋に居る面々の顔を見渡しそう告げる。

 

 

 

 

 

 

 

外へ近づくと独特な匂いがした。

ザーザーと雨が降っていた。

 

それに構わず私は外へと出て、一直線に迷いなく歩く。

そんな私を後ろの二人は困惑気味に追いかけてくる。

約一名、楽しげだったがそれは良いとしてだ。

小父さんが付いてくる最中にであった衛兵にこれから犯人と対面するらしい事を話し、訝し気に追従する二人の仲間が追加される。

 

そうして街のとある場所を目指していると、

昨日、死んだ男に付いて聞きまわっている時にであった忙しない女に再び会った。

 

「こんにちは」

 

「こ、こんにちは。後ろの方々は?」

 

「あぁこの人たちは…まぁ置物だとでも思っていいよ」

 

「おい、それはねぇだろうが!!!

……初めまして、だよな?」

 

「え、えぇ初めてだと思います」

 

少し違和感を感じてそうな少年の様子に更なる確信をもった。

相も変わらずビクつくその感情に私は笑みを深めてこう言った。

 

「本好きなんだね」

 

「え、あ、はい。本が好きで、す」

 

途切れ途切れに紡ぐ言葉は確かに嬉しさを宿していた。

事実、そのカバンの上から少し本が顔を覗かせていた。

 

「私も本が好きでして、あのお勧めの本とかありませんか?

この街に来てから一冊本を買いたいと思ってまして、本好きのあなたが一押しするものを買って行こうと思っているのです」

 

「え、わたしで良いんですか…?え、えっとなら、そうだなぁ」

 

そう言いながらガサゴソとカバンを漁る女は、少し止まった後に何も持たず言葉を続ける。

 

「今は手元に無いんですけど“季節の移ろい“って本が最近ハマってて…」

 

「あぁ、あの本ですか。私も知っていますよ、なにせ犯行現場にあったそうですから」

 

「あ、そこにあったんで…」

 

そこまで話した後に自分の失態に気付いたらしいその人は、先程以上に身体を痙攣させ、顔を真っ青に様変わりさせる。

まぁこれだけじゃ言葉狩りみたいなもの、貴女の最期を見せておくれ。

 

「旅だったものの、古巣に帰って来る旅鳥みたいに貴方は必ず帰ってくる。

あの死人は大層な本好きで、本棚を見れば最近買い足したものもあるのは見て分かった。

それにさ、なんで知ってたんだろうね。 あの騒ぎが殺人だって

衛兵は念のために自殺って事にしてた、だってさこんな平和な街で役人が殺されたとなれば民衆は不安がるから」

 

私は目の前の女に、今までの思考をすべて開示する

その眼の色を私はしっかりと噛みしめて、舌で溶かして咀嚼しながら。

 

「いや、でもさっきのは言い間違えで…」

 

「あとさ、私さっきあの家で亡くなった奥さんの写真を見たんだ。

そしたら、ふふっ似てるんだよね貴女と。

双子みたいに瓜二つでさ、こんな偶然あるんだね。

あぁでも眼と、鼻は少し違うかな?髪もあれより長いよね。

でね、その黒子、おっきいね。だからフードなんか被っちゃってさ、そりゃ目立つからしょうがないんだけど」

 

言い訳をしようとするのに言葉を上乗せして、遮り確信めいた声色で追い詰める。

その言葉で頭に載せた布をより深く被ろうと端を引っ張るがもう遅かった。

 

「あの役人の奥さんが特徴的な黒子を持ってたからってのも大きいよねッ!!」

 

私はあまりの楽しさに少しばかり声を荒げながらそう言ってのけた。

 

「…ッ!!」

 

「そんな偶然あるのかなって詰まりはしたけど、自分と同じ顔の人間が世の中には二人いるって荒唐無稽な説があるでしょ?だから貴女はそれなんだろうね、面白いね。

私は神を信じてないけど、神でも居なければ在り得ないぐらいの事だ」

 

口を真一文字(まいちもんじ)に結んで黙るその様子に充足感を得た私は最後の証拠を述べた。

 

「だから貴女が犯人だよね

きっと亡くなった奥さんを重ねられてる事に気が付いて、それに耐えられなくて口論して、結果罪を犯した。

下にある花壇は亡くなった奥さんが趣味でよく手入れしてたところ。

だから執拗に踏みつぶした。ねぇそうでしょ?」

 

そう、あの花壇は必要以上に踏まれてた。

窓から逃げたんなら確かに在り得た話だ。

でも、それは無い。ならなんでだって考えてた。

 

知ってたんだよね。

今は亡き奥さんの趣味が花の手入れだって。

 

「そうよ!!何が悪いの、最初は私を見てくれてると思った。

でも違ったの、愛されたかった、必要とされたかった。

満たしてくれる人が見つかったと想ったらこれよ!!!」

 

おどおどした態度は演技だったかのように、私はまるで被害者だとそう天へ叫ぶ姿は、少し滑稽だった。それに呼応するかのようにより一層雨が強まった。

 

「それは突然来たの、日課である本屋で新しい出会いを探していた時に声を掛けられたの。

そちらを見てみると、その役人の男が居たわ。最初はなんだろう?って不安に思った。

でも出てくる言葉が愛の囁きで私は一転、嬉しくなってしまった。

この黒子のせいで、その…恋に恵まれなかった。

だから一生一人で生きていくんだ、本が私の結婚相手なんだってそう割り切るしかないと思ってた。

 

でも違ったの。

だからあの人と私は付き合い始めた。陰でこそこそしながらだけどね。

何せ良いとこのポストまでいけたとかで、外聞を気にしてるみたいだった。

それはまぁ…良いの。

それを上回る幸福を享受できたから。

 

だけどそれはあの日に終わった。

私はあの人にいつも通り内密に呼び出され、そして襲われたのよッ

眼を光らせ、獣みたいにね。でもそれは良かった。えぇだって私は求められることが好きなんですもの、でもあれだけはダメだった。私の裸体を凝視して違う女の名前を呼ぶ事だけは許せなかったッ!!

だから、私は殺したのよ。衝動的にね、でもね思ったの。

部屋が真っ赤に染まった時ふと我に返って、怯えちゃった。 目の前には男の死体、どうしようって

 

でも一旦はこの染まった身体を綺麗にしたかった、だから身体を綺麗にしてそれでどうするか考えてた。

窓を開けたのは外部犯を疑わせるため、まさか男が自ら出迎えて、なんて思いもしないでしょうから。

それでも血の匂いが強いから、この匂いの強いフードで防いでたんだけど…

 

貴女には違う意味に捉えられちゃったみたいね、匂い感じれてる?」

 

「…なるほど、確かに私は“匂い”なんて感じていない。

まさかそんな分かりやすいところにヒントがあったとは」

 

「ふふっ、そこのダンディな男は分かってたみたいだけどね。

私と会った時に少し顔をゆがめていたの、気が付いてたわよ

他の人は…この雨ですもの匂いなんてもう感じないわよね。

あるのは、生乾きみたいな鼻を刺すような後腐れだけ」

 

「おい」

 

「すまないね、君の為なんだ」

 

全く反省を感じさせないその姿に、怒りがこみ上げるが上回るものを得れていたのでそれがすぐさま鎮火した。

…まぁ美味しいさを得るスパイスだから良いけど、とね?

 

「貴女はさ、人を殺した事に後悔は…ある?」

 

「無いわ、だってあの男が全部悪いんですもの。人に人を重ねるなんて酷いとは思わない?でもね良いの、私は一時でも愛を感じれて幸福だった。

何方が今の本心か分からない、あの人を殺した事を悔いる私も居れば、それを褒め称える自分も居る。

だからそこの人にバレていても街に残っていた、誰かが裁いてくれることを…望んでたのかも、ね」

 

そう縮んでいくような女を私は笑みを浮かべて見下して、衛兵に指示を出す。

 

「もう、良いよ。連れてきなよ、罪、認めたよ」

 

その声に慌てて動き出す衛兵たち。

さっと女の両脇を掴み、詰所へと連れて行く。

先程の激情は雨で流されて、今はもう水たまりの一部となっているのかもしれない。

 

小父さんが私を変な目で見た後にお礼を言い、去っていった。

役人の息子も、少し女を睨んだ後に罪の疑いから解放された歓びと死んだ母に似た顔持ちの人間を見つけた蟠りからかスッキリしないような顔しながら私にお礼を言って帰っていった。

 

それに少し充足感を得て、私は男を見た。

 

「おい勇者、愛ってこんな感じなの?」

 

「そうだ、でも違うとも言える」

 

その呼称の変更を喜ばしく思ったのか、機嫌良さげに歩みを進める。

 

「分かりやすい例えをしようか」

 

そう言い歩く男、それに私は付いていく。

泥濘(ぬかるみ)が未だに残るそれを、ぽちゃんぽちゃんと足踏みする。

 

「空をお前は知っているか」

 

「うん、勿論」

 

「これに表情があるように、愛にも多くの形や姿が存在するのだ」

 

空を見上げる、いつの間にか晴れて虹が掛かっている。

 

 

あぁ綺麗だね。

 

 

人間の愛、うん。

一つ学べたよ

 

 

一つの和声、喉からの旋律、その音の出処はどこなんだろう。

既に死んだものを厭う事は、死んだ魂は遠く(へだ)った場所へ向かってしまう。

 

なのにそれへ想う気持ちは何処からやってくるんだろう。

 

水みたいに湧いてくるの?あぁそれ良いね

だってこの惑星を感じれるから

 

火みたいに点けるの?あぁそれも良いね

だってこの人間を感じれるから

 

風みたいに空が授けるの?あぁそれも良いね

だってこの運命を感じれるから

 

ねぇ、何処からやってくるんだろう。

意外に近くからなのかな、遠いどこからか

十年よりもさらに長い、そんな日々を旅して来たのかな。

靴の踵を踏みつつ着いた足跡を笑うのかな。

 

「良いね、愛って美味しい(面白い)よ」

 

口が自分の知らぬところで上がるのを気が付かず、私は前を向いた。

畢竟、高遠な男に付いていくのが正解だったと、再認識できた。

夜はずっと寒くほろ苦かった薫りは、風にゆらいで空を舞う。

穴ぼこだらけのまん丸(こころ)も幾分か埋まった気がした。

 

「では行くか」

 

「うん」

 

そういい街を出る、もうこの街には用が無い。

少女らしく、快活に

魔族らしく、哀切に

 

 

“次の愛はどんなだろうか”

 

 

そう未来を視る。

 

 

雲霞(うんか)は明るく──

空想(くうそう)はうごめく

 

青いキャンバスに──

そんな絵が広がっていた。

 





泥に塗れた衣服はその分重くなるし、それ以上に何かがのしかかる。
なんだろう、なんだろう。何が私の背中に乗っている?
見えないなにか、分かるなにか。
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