高らかと鳴る角笛
がらんごろんと車輪が回る音が聴こえる。
「今日は天気が良いなぁ」
街を出る際に、あっと馬と馬車を忘れていたことに気が付いた私はその立つ鳥跡を濁すといった立ち振る舞いに顔が歪むのを認識しつつ、地面に八つ当たりをしながら取りに帰った。
あんないい感じに去れたのに何故こんな事に…
その時に私たちの功績を触れ回ったらしい小父さんと、それを聞き褒めたげな、暖かい眼が私を包んだ。
しかし、私はそれを好まない。
事件を解決した私たちを街人は歓待したいそうだが、それに興じる程人の集う場所は好きではなかった。
それもあるが、小父さんの企みを察したからだ。
私たちを矢面に立たせ、この暗雲立ち込める状況を変容させるとともに、自らの醜態を隠す。
衛兵が今回傍観しか出来なかったという事を葬りたいから。
食えぬ人だ、うん。でも良いよ、それが人類らしさでもある。
そんな風に考えながら周りの景色を眺める。
…おぉ、角笛だね。
大気を震わす音がこちらまで届いてきた。
息が切れるのと同じ時間で、か細くなる音。その差が私の耳を弄ぶ。
プッ、パァー、プッ、パァーと鳴る音を何度も聞く度、少し面白くなってきた。
ふふっっと笑い声を零し、本を読もうと荷積みを漁ろうとすれば遠くから何かが向かってきているのが見えた。
あの一団となった牛らの一頭が、突然進路を変えて此方へやって来たようだ。
「え、ちょ」
馬車が次の瞬間にはバラバラになる事を予知したとき、隣で腕を組みながら眠っていたと思っていた勇者が、
「フッ」
腰に差した二振りの剣を抜き、猪突猛進で来る牛を受け流す。
そのままその牛は右へと逸れて、大きな音をたてて地に倒れ伏した。
「えっと…、うん。ナイス」
「いえいえ、この可愛い馬を護るという当然の責務を果たしたまで」
「おー。ん?私は、私はいいの?」
「おぉよしよし、大丈夫かい」
「おーい、こっちに可愛い女の子、居ますよー」
何度声を掛けても無視する勇者に、頬が風船みたいに膨れるのに気が付かない。
そんな私が苦言を呈す前に「おーい」とここに新しい人が加わってきた。
「すまん、大丈夫だったか?
いつもはこんな事にはならないんだが、行き成り狂乱し始めて言う事を聞かなくなってしまった」
倒れ伏した牛を見て男は、そう原因を説明する。
麦わら帽子を被った、角ばった顎は青髭が目立つ男が乗馬してやって来た。
とても大柄で、その顔には憂悶の皺が幾本も刻まれて、額にもそれは今も伝染していく。
ひひんとうちの馬がその馬に反応して挨拶?をするが一瞥してそっぽを向かれている。
振られたようだ、不憫。
「あぁ問題ない、私が防いだからな」
「いや問題はあるよ、主に私の心」
「では問題ないではないか?」
「いやだから…」
そう口論する私たちを見て耐えきれなくなったのか笑い声が漏れ出ている男。
「面白いな、お前たちは。 どうだお詫びも兼ねて家に来ないか、お茶ぐらいは出るぞ」
「んー、ならいいけど勇者は?」
「構わないよ」
って事は今回も何かあるのね。
この人は多くは喋らず、関係することは曲折させ私自身が考えるという手間を作るぐらいには面倒くさい男だ。
でも唯一分かるのは行動に無駄がない事。
出会ったときに言っていた、私の力を有効に使える未来への為に最善と選択する事だけは曲げる事が無いと知っている。
「その前に、この牛の様態を確認しても良いか?異常があるかを見たい」
「うん、私達も知識があるから助言できるかも。見てもいい?」
「あぁ」
そう言い、馬から降りて牛に近づく男。
私も馬車から降り、勇者の隣に行き、ゆったりと歩いてその場に並ぶ。
「…息は無いな、地面に倒れる衝撃で死んだのか?」
「いやその程度じゃ気絶はしても死ぬわけは無い、それにだ暴れてその末に死ぬなんて可笑しいとは思わない?」
「確かにな」
「あとさ、なんか視えない?」
「…?いや何も変なものは視えないが」
「じゃあ、気のせいかな」
これは残滓…かな。
ふーん、きな臭いね。
その腕を擦る動作を見た勇者は、私が色を見たのを察したのかこそこそと風に吹かれれば飛ぶようなか細い声で話し掛けてくる。
「感じるか?」
「うん、これが今回の肝だね?」
「さぁ」
「はいはい」
「何か言ったか?」
「あぁ、ただの独り言だね。それよりもさ死んでるんだし、放っておくしかないんじゃない?今は持っていけないでしょ」
「それもそうだな、後で荷台でも持ってきて積むとするよ」
「じゃあ家に案内する、ここから少し離れた所にある」
「分かった、じゃあ馬車に乗るまで少し待って」
私と勇者が馬車に乗り込むのを見守った後に、
「よし乗ったな? では先行するから、後をついてこい」
言葉の後に、ゆっくりと前を歩き始めた。
どうやらこちらのペースに合わせてくれているらしい。中々に気遣いが出来る男だね。
そう思い、読もうとしていた本を木箱から取り出し読み始める。
本のタイトルは、『対話の壁』だ。
── 私達の影が少し小さくなった後に、
がさりと、茂みから何かが動きその牛の死体を一瞬にしてその場から消し去った。
あとに残されたのは多少整備されただけの道と、遥か彼方まで広がる野原だけだった。
◆◆◆
「ここが俺の家だ」
平地から少し森側にある。そこにそれはあった。
石造りでどこか無骨な外観の建物と手作り感満載のガーデニングの家具が私たちを出迎えた。その隣には馬小屋があり、もう一頭牧草を食べている馬が居た。
窓から明かりが溢れ、誰かが居るのを物語っている。
煙突からはもくもくと煙が出て、入道雲みたいだった。
「良い家だね、好きだよこういう場所」
「そう言ってもらえると嬉しいってもんだ」
「誰か居るようだが、家族か何かかい?」
「…今は妻と娘が。娘は丁度そこの子ぐらいのだ。
嬢さん、お前さんはあの子と会ってくれると助かる。あの子は同年代の友達が居ないんだ」
そう言い少女の事を指す男。
あぁ、友達、それはなにか…と思い出し、
その呼び方に気まぐれで、少女は自らの“繋がり”を教えてあげる。
「私には“ピュルテ”って名前があるんだよ。
あと友達云々は会ってみないと分からないね」
「そうなのか、まぁ会ってから決めてくれれば良い。あぁお前さんは…」
「勇者と呼んでくれ」
「あー、ユウシャ?まぁ良い早く上がれ、ここで話すのは落ち着かん」
その木製の扉に手を掛け、開いて入る男の後ろで勇者が話し掛けてきた。
「ピュルテと言うんだな、私と会った時は名前なんて明かさなかったじゃないか」
「それどころじゃないぐらいに驚いてたし、自分の未来を考えていた私にそんな余裕もない。
それに、名前なんて未来を視る貴方なら知ってるんじゃないの?」
「そうだ、だが情緒というものを君は知らないみたいだね」
「言葉では知ってるよ、心動かされる雰囲気って意味でしょ。人類が好きそうな言葉だよね」
「まぁそれは追々で良い」
その背中を見て首をこてんと傾げる少女は、まぁ良いかと気持ちを切り替え後に続いた。
石造りの家に入ると、牧家的な匂いがスゥーっと抜けるような感覚に陥りその暖かさを感じる事が出来る。
中はパチパチと音をたてる暖炉、野菜がたっぷりと入った麻袋や何個かの並んだ樽が印象的だった。
少し奥まった場所にある台所には人の気配があり、それに気が付いた勇者がそちらに視線を向ける。
それと同時にドタドタと木製の階段が揺れ、上から幼い子供が満面の笑みを浮かべ、巨漢の男へと飛びつく。
その衝撃で髪がバサりと宙で広がり、男とは全く異なる、鮮やかな金色が眼に残った。
「おぉ行き成りな登場だね」
「この子が、娘だ」
「始めまして、貴女はとってもはねっけがある子だね」
その声で漸く私たちの存在に気が付いたのか、幼い子供は首を不思議そうに傾げる。
「ん?あなただーれ」
「始めまして、私はピュルテって言うんだ。仲良くしてくれると嬉しいよ」
温和そうな笑顔で、幼い子供にまずは親し気な雰囲気を出すが、
「なんか、わたしあなた…嫌」
「え」
「うーん。変な感じになる、きもちわるい?分かんないけど嫌い!」
そう言い放った後にドタドタと元居た二階へと勢いよく戻る姿を少女は呆然と眺める事しか出来なかった。
「ま、まぁなんだ。すまん…」
「…良いよ、そういう時もあるよね」
表面ではそう残念がって、拒絶されたことを悲しがった態度を出す。
だが内面では冷静にその疑心を持たれたことを心底驚愕するような感覚と新しい玩具を買って貰い、箱から出したそれに一杯の幸福を湧き出す子供みたいな感情で満たされていた。
あの子、私の偽りに勘づきかけていた?そう面白そうな子を見つけたと。
そしてそれに紐づくように一つの記憶が蘇った。
「君はなんで人の愛を知りたがるの?」
ニコニコと私を眺めながら、観察対象と思っているような、玩具を見るような目を向けてきた。それに私は心底どうでも良さそうに、自分の根本を語りだす。
「なんだろうね。私はね、自分に何も見出せなくて周りでそれを埋めようとしてた。
でも私は我儘だから穴を埋める物すら選り好みして、取捨選択なんてしてたら最後に残ったのが愛だった、それだけ。」
「素敵」
くるりと身体を回すと、私の視界一杯に緑色が広がった。
「じゃあ君の名前は今日から“ピュリテ”、そうなるよ」
「…?名前なんて要らないよ、そんなものは私には必要ないよ」
「益々興味が湧くね、魔族にある誇りも、魔法へと探求心も全く無くて。
人類に関心がある魔族なんて、今後出てくるか分からないんだから」
背中を向けて話していたあの子はこちらを振り返り、初めて本当の笑顔のようなものを浮べてた。
「じゃあ覚えておいてよ、私が付けたその名前を。私と君の絆って事で」
段々と親し気な雰囲気は芯を帯び、親しい友人への態度に変わっているように思えた。
だけど私は何が響いたかなんて見当もつかなくて疑問でまだ止まっている。
そんな私に気が付かないまま、あの子はこう言ったんだ。
「ねぇ、君の事まだまだ教えてよ。そして証明して?この考えは夢物語であるということを」