魔族です、あちらは南の勇者です   作:英雄祈願侍

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角行灯の随に

 

 

 

「あらお客さん?」

 

台所に居た気配はいつの間にか近くに来ていて、それは少し年を重ねた女の姿へ変わっていた。衣服はお世辞にも良いとは言えない、しかし品位のある婦人であった。

私はそれと少し疲労を感じさせる眼に、科学者が標本に向かった時みたいに感情を交えることをせず気が付いた。

その婦人は微笑を浮かべて、領域の侵入者にタオルで腕を拭きながら尋ねてきた。

 

「あぁこの人たちはな」

 

勝手に紹介されそうになったところで、勇者がそれを手で制し自らの言葉で自己紹介をする。

 

「私は勇者という者で、この人は」

 

「ピュルテ」

 

「そう名乗っている、ここの男と牧場の近くで出会って、知り合いこの家にご招待を受けたという次第だ」

 

あの故意では無いとはいえ事故を起こしかけたという男の非を一切いうことは無く事の次第を話す勇者の姿に感心していると、男はそれに目を伏せ無言の感謝を述べて話を続ける。

 

「そういう事だ。すまんお茶を出して貰えるか」

 

「えぇ、久しぶりの来客ですもの。なんなら夕飯も食べていかれますか?」

 

突然の来客に嫌な顔一つしないどころか、歓迎の姿勢を示すそのお人好しに物珍しさを感じた。根っからの善人とはこういう者をいうのかもしれない。

 

「お言葉に甘えてさせてもらうよ」

 

「迷惑では無いので?」

 

一切の考慮も介さない私とは対照的に、念のための確認を挟む勇者。

 

 

社交辞令など知りもしない私は、その言動に何故そんな事をするの?と疑問を浮かべた。

魔族は言葉を知ってはいるが、それに対する意味などは考えもしない。

 

合理的判断の進化の形がそれなのだから、収斂進化(しゅうれんしんか)、人類が可能性を見せるならそれに呼応して魔族も進化をするのだから。

生まれ持った“言葉(能力)”を疑問に思うなんて在り得もしない。

人は手を動かせることに、脚で歩けることに、そして言葉を話せることに疑問なんて感じない。

 

だから魔族もそうなのだ、私が初めてそれを認識したのは聞いたから、それだけだよ。

 

 

 

「えぇ、迷惑なんてとんでもない。ささ、椅子に座ってお待ちくださいな」

 

その言葉と共に再び奥へと戻っていく婦人を見送りながら言葉通りに椅子へと腰を下ろす。

 

「こういう牧歌的な風景に建つ家に来たのが初めてだから、どこか心動かされるね」

 

「そうか、そう言ってもらえると嬉しい。この家は俺の祖父が建てたんだ」

 

「へー、じゃあその人は何処に居るの?」

 

「……居なくなったんだ」

 

「?」

 

「ある日突然居なくなったんだ、前日の夜には部屋に居たはずなんだが次の日には部屋はもぬけの殻で幻みたいに忽然と消えちまった」

 

「それは、どれくらい前に?」

 

「一週間ほど前にだ」

 

「最近じゃない?まだ捜せば見つかるかもしれないのに」

 

「いや、捜したさ。見当が付いた場所は何度だって捜した、でも見つからなかった。

あの人は何も言葉を残さずに居なくなるような人じゃなかった、だから心配なんだ」

 

ふーん、話を聞く限りは痴呆の老人が外にふらふらと出て、そのまま何処かでくたばった程度の話にしか見えないけど。

この人は未だに生きていることを確信しているんだね、不思議だよ本当に。

期待して良い事があるのかな?無駄だと思うけど、それ。

 

「後ほど、部屋見せて貰っても良いかい?」

 

そんな私を察したのか勇者が堪らずといった様子で口を挟み、会話の流れを変えた。

 

「それぐらいなら構わない、といっても飾り気のない部屋だとは思うが」

 

「良いな?ピュルテ」

 

「…うん、それでも良いよ」

 

何かあるんだね、そっか。

私には何にも思えないそれにも、私を成長させる何かがあるんだね。

ぐいっと腕を上にあげ背筋を伸ばし、気持ちをリセットする。

この後に向けて今は休息の時間だ。

 

「はい、こんなものしか無くて出せませんがどうぞ」

 

婦人がお盆に載せた四つのマグカップを持ってきてテーブルの上へと載せた。

それを皮切りに男は世間話をしようと話を始める。

 

「さっきの娘なんだがな、俺とは似ても似つかん髪色だっただろ」

 

「あぁ確かに。貴方の色は赤みがかった茶色だものね」

 

男の頭部へと視線を向ければ縮れたくせっ毛の髪が眼に入る。それに隣の席に座っている婦人もそれと近しいこげ茶色で、どう考えても少女は浮いていた。

先程邂逅した少女は、金糸を編んだみたいな光り輝く金色だったのだから。

 

「あの子の髪色は、俺たちには全く似てない色だ。近所からは拾い子とか、非嫡出子とさえ言われていてな。

だが産んでいるんだ。俺の隣に居る妻が、それを俺は眼で見ているんだ。

その光の束に包まれた胎児が隙間から顔を覗かせ、おぎゃあおぎゃあと産声を上げる瞬間でさえ見ているんだ。それにだ」

 

男は妻の方に目を向け、それに気が付いた妻は瞑目する。

 

「この妻が浮気なんてするとは俺は思えない

健気な人で、俺がなにぶん図体が大きく熊なんて呼ばれて粗暴な男だと吹聴される中、妻だけは庇い俺の中身まで目を向けてくれた。

『とっても苦しかったのね。見た目で判断されることの恐ろしさを私は知らないのだけどでも寄り添う事は出来るのです』妻がこんなことを言ってくれた景色は今でも鮮明に思い出せるんだッ!!」

 

「成程、では一つ聞きたい事があるんだけど」

 

「なんだッ、この話を聞いてお前も噂を信じるのか!?」

 

「そんなわけは無い。だって私でさえそこの人が善人であることは理解できるさ。

聞きたいのは、貴方の父、つまり祖父の髪色は何色だ」

 

激情に呑まれていた男はその言葉に疑いがない事を理解したのか、次第に落ち着きを取り戻し、深呼吸をした後に質問に答える。

 

「いや分からない、俺が物心ついた時から髪を剃っていて、生えている時なんて見た事も無い」

 

「では質問を変えるね、その人の頭には青髭みたいな黒い剃り跡が残っていた?」

 

「……いや残っていないと思う、まっさらな色で年を感じさせる年輪みたいな綺麗な頭だったさ」

 

「じゃあ隔世遺伝かもね、ごく偶に居るんだ。そうやって世代跨いで受け継ぐ人がね」

 

「それは一体?」

 

「そうだなぁ、あ。街でさ背が低い家族から突然高い人が生まれたり、酒に弱い両親から酒に強い子供が生まれたりする事例って聞いたことないかな。

それの先祖まで遡ると、居るんだよ。巡り巡って生まれる人がさ。

確かに君たちは赤毛とこげ茶色だよね。だから普通はそれに倣い、濃い色が引き継がれる。それが大半の場合だね。でもさ運命ってのは面白くて居るんだ。そのごく僅かな可能性を掴み取った人類が」

 

私は推測の域を出ないそれを、この夫婦に希望という形で高らかと言い放つ。

一つの愛を教えてくれた代わりに、奉公に応える主人みたいに気まぐれで教えてあげるんだ。

 

「それがあの子だったんじゃない?」

 

ニヒルな笑顔を浮かべて、ね。

 

「でもなんでそんな事を?金髪なんて隠す事なのかしら?」

 

「ごもっともな意見だね。でもそうだな、それは幸せな回答だよ」

 

「そ、それはなんでかしら」

 

「少し昔の話なんだけど、魔法を使える人類が魔族に魅入られたものだと言われていた時代があってね。一国では禁忌として研究などが出来なかった時代さえあった。

その名残なのか、田舎に行けば行くほどにその風習が残っててさ。

目立つ髪色をしていると糾弾されて、火炙りの刑みたいな事をされかねない。だからその祖父は髪を永遠に剃り続けたんじゃ無いかな?」

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

「ここが祖父の部屋?」

 

「あぁそうだ」

 

お茶を飲み終わり、あの後少しの沈黙があった後

婦人が切り替えるように、楽し気な話題を懸命に振ってくれたお蔭であの場の後味はとても美味なものになった。

その後に約束通り、祖父の部屋をのっそりと立ち上がった男に案内してもらい、一階の隅にある部屋へとやって来た次第だ。

 

「なんだか薄暗いね、ここ」

 

「祖父は自分の部屋にここを熱烈に所望してな、俺たちも止める意味も無いからそうなったんだ」

 

「ほーう、良い趣味してるね。友達になれそうだ」

 

その言葉に首を捻る男を差し置いて、私はドアノブに手で覆い部屋へと入った。

 

飾り気のない部屋だ。家具など必要最低限の物しかなくて、机と椅子とベッド、それと少し服が掛けられる場所ぐらい。目立つのは本棚でそこに少しの分野が揃っていない無造作な本が置かれているぐらいだ。

でも、そんなことよりもだ。

私がこの部屋に入る前には感じる事が出来なかったものがある。

 

「魔力の残滓を感じる」

 

「な、なにを?」

 

本の一つからほんの微かに何かの魔法を感じた。熟練の魔法使いでもよく精査しなければ気づかないほど些細なものが。これは侵入者を防ぐとか、資料を護る為とかそんな余計な思考は無く隠蔽に全ての力を注いでいるかのような、それぐらいの分かりにくさだった。

 

「ちょっと触るよ」

 

そう言いそこにあった本棚の一冊の本を触った。

そうすると何らかの魔法が働いた後に、ふわっと壁と本棚の隙間から風が抜けて、後ろに空間がある事を教えてくれた。

先程は床にへばり付いていた本棚が、少し床から浮き容易に動かせるようになった。

 

「ねぇ、これ知ってた?」

 

「いや…俺は魔法なんて使えない。多分妻もそうだ、だから知る訳も無い」

 

「そう、ねぇ勇者この先に危険とかは」

 

「ふむ…、まぁそれぐらいは良いか。無い、この先に生を過ごす者はもう居ない」

 

「じゃあ、開けるよ」

 

そう言い、私はその浮く本棚に手を掛けた。

 

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